70:参謀ルキアの手回し
「ルカ殿下、当初は殿下のご想像の通り、私は次女であるアグリを殿下の妃候補に推薦しておりました。実はアグリは殿下のファンでして。親の私がいうのも差し出がましいですが、美しくて器量よしの愛嬌のある娘なのです。私はこれまで殿下にいただいた御恩を返す契機になるのではないかと考えたのですが、どうやら浅はかな案だったようで、お騒がせしてしまい申し訳ありませんでした」
「いえ、ルクス総帥のお考えはもっともでした」
詫びるテオドラにルキアが即座に口を挟む。
「殿下は帝国貴族の御令嬢は食傷気味であられますし、帝室に一般の女性を迎えることは皇帝陛下も前向きにお考えになっていることでした。ですから陛下も数多の貴族令嬢よりも、今回の縁に関心を示された。私も時期が違えば、盛大に推挙したと思います」
テオドラが「ありがとうございます」と礼を述べて、ルカに視線を移す。
「無礼を承知で申し上げますと、私も皇帝陛下は一般に皇家の門を閉ざすようなお方ではないと感じております。外交を重んじ、地方や他国への視野を広く持とうとしておられます。ルカ殿下も皇帝陛下の意を組んでおられる。ですから、殿下にとって、我がルクスとの繋がりは、この先何かの一助になるのではないかと、軽率に考えておりました」
「軽率ではありませんよ。やはり総帥は皇帝陛下の情勢をよく見ておられますね」
ルキアが心から賛辞を贈っているのがわかるが、ルカは腑に落ちない。
「しかし、私には総帥のお気持ちを退ける理由はありませんが、なぜ破談に?」
「それは殿下が婚約者である王女様を溺愛されていると聞きましたので」
テオドラとコルネが隣のルキアを見る。ルカは怖いもの知らずのルキアの豪胆さを垣間見た気がした。
再びテオドラが小さく咳払いをして続ける。
「殿下は分け隔てなくアグリをお迎えになるだろうと、ルキア様は仰いました。ただ、もし殿下への恩返しであると考えるなら、もっと別の方法をとった方がよいと助言をいただいたのです」
ルキアを敵に回すことがあれば相当厄介だと、ルカは背筋が冷たくなる。第三都ガルバの視察にルキアを伴うことは多かったが、即座にルクス総帥であるテオドラに助言を行えるだけの地盤を築いていたことが、すでに恐ろしい。
ルキアは横目にルカを眺めながら、皮肉気に笑う。
「殿下はお迎えになった妃には分け隔てなく心を砕かれるでしょう。スー王女をお迎えになる前であれば完璧にこなされたでしょうが、今となっては平等に接することに苦悩が伴うはずです。私は殿下に肩書きに伴う責務以外に余計な懸念を抱いてほしくありませんし、総帥の大切なご息女であるアグリ様にも幸せになっていただきたいのです。ですから、そのように進言させていただきました」
サイオンの王女が抱える問題を知らないルキアを責めることはできないが、ルカには破談を心から喜ぶこともできない。後継問題が先送りになっただけである。
スーとの間に子を設けるためには、幾重もの障害を乗り越えなければならない。
彼女との未来は、まだ朧げな幻のようなものだった。
どう受け止めるべきかと思いながらも、ルカはルキアの言うことにも一理あると思い直した。
(たしかに後継のためだけに望まれる相手も気の毒だな)
ルカにとって婚姻は皇家の人間としての責務の延長にあったが、皇家の都合ばかり考えてしまうことに視野の狭さを感じた。
婚姻に幸福を求めない価値観は、帝国貴族と同じなのだ。
(ルクスとの話は、破談になって良かったのかもしれない)
結婚に夢を見るような女性には、必ず辛苦が伴う。皇太子に嫁ぐのは、やはり貴族令嬢のように割り切った価値観を持つ相手の方が相応しいだろう。
素早く気持ちを切り替えて、ルカはテオドラを見た。
「せっかくご息女を推薦していただいたのに、申し訳ありません」
誠実に詫びるとテオドラが飛び上がりそうな様子で慌てる。
「殿下が詫びることなどありません。事情も知らず先走ってしまいお恥ずかしい限りです」
頭をかく父親の隣でコルネが「親バカなんです」と笑った。ルカは改めて彼女を見た。
「あなたが女性であるとは考えたこともありませんでした」
「はい。この通り男装しておりますし、ビジネスにおいても男を名乗っておりますから無理もありません。……ただ、ルキア様にはすぐに見抜かれましたが」
「わかりますよ、それは。でもまぁ、我が殿下はそういう所が好ましいのですが」
ルキアが笑うとコルネも可笑しそうに笑った。
「はい。殿下は肩書きや見た目ではなく、実力を評価してくださいますので。おそらく地位や身分、性別や年齢で差別をなさらないでしょう。ですから、本日はありのままに自己紹介させていただきました。実はお会いするたびにルカ殿下を謀っているようで、心苦しく感じ始めていたのです」
テオドラも申し訳ないと苦笑しながら頭を下げた。
「いつ打ち明けようかと、コルネと頭を悩ませておりました」
「そうだったのですか。私の方こそ思い至らず申し訳ありませんでした」
ルカが詫びて笑うと、ルクス親子も照れたように笑う。この契機を与えたのもルキアなのだろうと隣の参謀を見ると、彼は小さく頷いた。
ルカが開いている席に視線を移す。
「では、本日はその席にご令嬢が現れることはないのですね」
テオドラとコルネが含みをはらんだ笑みを浮かべて、顔を見合わせた。
「実はルカ殿下にご紹介したい方がおります。ですが、少々話が小難しくなるかもしれませんので、まずは食事を楽しみましょう」
誰が来るのかと気になったが、ルカは頷いた。ルクスの総力を結集したと豪語する料理は、見慣れない珍味が多い。気負っていた顔合わせから解放されると、素直に食卓に興味がわく。
ルカはようやく目の前の皿に手をつけた。




