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帝国の花嫁は夢を見る 〜政略結婚ですが、絶対におしどり夫婦になってみせます〜  作者: 長月京子
第十二章:野望は皇太子の寵妃

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67:迂闊な社交辞令

「ルカ様、お邪魔しております」


 浴室から寝室へ戻ると、室内の長椅子にスーの姿があった。彼女はすぐに立ち上がって優雅に会釈する。


 長く艶やかな黒髪が、むきだしの華奢な肩をはらりと滑り落ちる。

 夕食の時とは異なる、夜を意識した装い。白い首筋が危ういほど綺麗で、ルカは意識が吸い寄せられるのを感じた。


(……見なかったことにしよう)


 歩み寄ることはせず、距離を置いたまま立ち止まると、磁石が反発するようにくるりと踵を返した。浴室へ戻ろうとすると、スーの慌てた声が追いかけてくる。


「あ! ルカ様、どうしてお戻りになるのですか?」


 瞬間移動でもしたのではないかという素早さで、スーが隣に駆け付ける。

 いったい誰の入れ知恵かと思いながら、もっともらしい理由をつけた。


「まさかスーが部屋を訪れているとは思っていなかったので、とりあえず着替えようかと」


 裸身にローブを纏っただけで、髪も濡れている。このまま寝台になだれ込めるような相手であれば気にしないが、スーに見せるような姿ではない。


 彼女も改めてルカの様子を意識したらしく、みるみる顔が赤くなる。


「申し訳ありません。書斎にいらっしゃるのかと思って、お待ちしておりました」


「私に何か話が?」


 もしかすると打ち明けておきたいことでもあるのかと思ったが、一筋の憂慮はすぐに打ち消された。


「ぜひルカ様と晩酌をしたいと思いまして!」


 傍にいたいという意欲に満ちた笑顔が輝いている。長椅子の前の小卓には、晩酌のための用意が整っていた。スーが独りで準備できるはずもない。昨夜の誤解から、どうやら館の者の意識が変化している。皇太子の寝室がスーに開放されてしまったらしい。


 さすがに職務が関わる書斎への出入りは容認していないようだが、ルカにとっては良くない傾向である。

 危機感を募らせるルカとは対照的に、スーは無邪気な様子で明るい声を咲かせた。


「実は憧れていたのです。わたしの両親がよく晩酌をしながら楽し気に過ごしていたので、ルカ様ともそんなふうに時間を過ごせたらいいなと」


「スーの両親が……」


「はい。こちらではそのような砕けた振る舞いはできないかと思っていたのですが、ルカ様はわたしに自然体で良いと仰って下さったので、今夜は思い切って実現してみました!」


 ルカは記憶のページを手繰る。たしかに他国に嫁いできた彼女の緊張をとくために、自分が言いそうなことだった。


 何も気負わず。あなたらしく。自然体で。


 ルカにとっては社交辞令に等しい。今となってはよく覚えていないが、スーの心にはくっきりと刻まれていたようだ。加えて、昨夜のことがさらに後押ししたのだろう。


(迂闊だったな……)


 そつなく振舞うだけだった過去の行いを悔いるが、後の祭りである。

 今さら自分に懐いてくれた彼女を突き放すのも難しい。


 どんなふうに牽制するべきかと考えていると、スーが伺うようにルカを見た。


「あの、ルカ様がお疲れでしたら諦めます。申し訳ありません。自分のことばかり考えてしまって」


 彼女の期待に満ちた笑顔が、はにかんだような戸惑いに上書きされていく。


「じつは浅ましいことも考えていました。ルカ様が他の方をお迎えになる前に、少しでも一緒にいられる時間があれば有利ではないかと。それにルカ様は酔われると、わたしのことを少しだけ女性として見てくださるようなので。だから、せっかくなので、今の状況を最大限に活かそうと思って、すこし先走ってしまったかもしれません。ルカ様にご迷惑をかけてしまったら、意味がないのに」


 スーが労わるように笑う。


「お疲れであれば休んでください。またの機会に伺います」


「…………」


 ルカは衝動的に手が動きそうになって、ぐっと堪えた。あまりのいじらしさに、理性の糸が切れそうになる。抱きしめたいという気持ちが全身を駆け抜けた。


「――いえ、せっかくのお誘いなので付き合いましょう」


 平常心を呼び戻し、辛うじて理性的に答えると、スーの顔がパッと明るくなる。


「ありがとうございます!」


 いきいきとした笑顔がルカにも伝染する。彼女の無邪気さや明るい声は、ルカの抱いたサイオンへの懸念を軽くした。

 

「スー、着替えてくるので、座っていてください」


 とりあえず平常心を立て直すためにも、いったん離脱した方が良い。けれど、ルカはその後に思い知る。スーと晩酌を楽しむということが、自分にとっていかに地獄であるのか。


 夜を意識した装いのまま、酔ってさらに蠱惑的になったスーを相手に、彼が理性と欲望の戦いを強いられたのは言うまでもない。


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