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帝国の花嫁は夢を見る 〜政略結婚ですが、絶対におしどり夫婦になってみせます〜  作者: 長月京子
第十章:皇太子の抱える問題

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53:皇太子の抱く主義

 王宮には謁見の間がいくつかあるが、ルカが呼ばれたのは皇帝が私的な要件に利用する最奥の部屋だった。皇家の紋章が施された荘厳な扉の向こう側は、皇太子と近臣だけが立ち入りを許されている。


 すでに見慣れた美しい扉だったが、ルカはますます帝室からのよからぬ打診があるのだろうと、表情が険しくなる。

 慣例に則って皇帝の御前に参上すると、王座の傍らにあったべリウス宰相が「おや?」という顔をして微笑んだ。


「ルカ殿下は随分と畏まっておられますね。本日は職務とは無関係なお話です。そんなに固いお顔をされず、とりあえず隣のサロンへ」


 何らかの命令が下される場合は王座の前で会話が終了するが、どうやら一方的な内容ではないらしい。花嫁候補に選択肢があるということだろうか。ルカにとっては何の気休めにもならないが、目の前の宰相の雰囲気は和やかだった。


 べリウス宰相はめりはりのある人間で、規律や政治が関わると苛烈で厳しい面を見せるが、私的な交流においては穏やかな伯父である。ルキアの父親であることが一目でわかる銀髪紫眼で、いつも皇帝の傍らで凛と姿勢正しく立っている印象が強い。


 本日の宰相は、帝室の厳しい規律を感じさせない伯父の顔をしていた。


「この短期間でルカにそんな顔をさせるとは。サイオンの王女とは気が合うようだな」


 皇帝であるユリウスも可笑しそうに笑いながら王座を立つと、からかうような眼差しを向けてくる。ユリウスはルカの祖父であるが、年齢はルキアの父であるべリウス宰相と然程(さほど)も変わらない。まだ五十を超えたばかりで、ルカに似た端正な容姿をしており、雄々しく若々しい威厳に満ちている。


 癖のない赤毛だけが似ていないが、ルカの容姿が完全に皇帝である祖父譲りであることは、誰が見てもわかる。


 亡き父が疑った母の不貞の相手。

 ユリウスも母も否定しているが、父が疑惑を抱くのも無理はなかった。

 ルカにも真実はわからない。


 サロンへ移動すると、背の低い華麗な卓を囲むように、ゆったりと造られたカウチや長椅子があった。足や肘掛に美しい彫刻が施された一揃いの調度は木目が美しく、布張りの部分の刺繍が、彩り豊かな糸で花を咲かせている。


 最奥のサロンに招かれた場合、肩書による作法が緩む。ルカとルキアは上着を脱ぐと、皇帝と卓を囲むように椅子にかけた。


 宰相が「では早速」とにこやかな顔でルカの前に端末を置いた。

 画面にはずらりと家名と令嬢の顔が一覧になっている。


「何でしょうか? これは」


 意図はよめたが、ルカはわざと問いかける。ルキアが隣で同じ画面を眺めて、目を丸くした。


「サイオンの王女との婚約披露のあとから、殿下の人気が沸騰しております」


 宰相である伯父の声が嬉しそうに弾んでいる。ルキアが隣で吐息をついた。こんな一覧を楽し気にみせてくる父親に呆れているのだ。ルカも伯父の愉快そうな笑顔にため息を漏らした。


 伯父はにこやかに絡繰(からく)りを語ってくれる。


「スー王女の影響でしょう。婚約披露の場で、ルカ殿下の優しさと、振り向いてもらうために努力していると、熱心にお話されたようです。しばらくご令嬢方の間では、健気な王女の話で持ち切りだったとか」


 ルカは彼女らしいと苦笑する。王女の素直な告白に応援したいと思った者もいるだろうが、それ以上にスーは数多くのライバルを作ることになったのだ。


 帝国貴族の浅ましさを知らないのだから仕方がないが、スーの健気さが裏目に出ることはやりきれない。


「王女がまだ殿下にとっての寵姫ではなく、同時に小国の王女であっても婚約者には礼を尽くす。それが、あの婚約披露での印象なのでしょう。殿下への評価がガラリと変わってしまいました」


「――皮肉なことですね」


 率直な感想を述べると、黙って様子を見ていたユリウスが身を乗り出してきた。


「せっかく人気を取り戻したのだから、興味のある者を選んでみればよい」


「陛下、ご冗談を」


 ルカが容赦のない白けた視線を向けると、ユリウスが笑う。祖父が自分を可愛がってくれているのは、昔から感じている。


 皇太子として指名してからは特に気にかけてくれているが、理由は明白だった。


「多妻が許されているのに、何も後ろめたいことはない」


 まるで好色な漢のような発言をしているが、祖父も妃を二人しか持たない。一人目と死に別れて、新たに迎えた二人目の妃が現在の皇后である。


 愛妾を持つこともない祖父のユリウスに、欲に溺れるような好色さを感じたことはなかった。傍に置くのは常に一人だけなのだ。


 ルカは祖父への親しみを隠さず素直に打ち明ける。


「陛下もご存知でしょう。現代は昔のように、後継を絶やさないために、多くの妻を娶って後宮を構成するような時代ではありません」


 医療の発展も著しく、乳児の生存率も高くなった現代では、多妻であるが故に生まれる軋轢の方が、皇家にとっては遥かに不利益を生む。


 ヘレナをはじめ、美しいと評判の娘を召し上げて我が物にしていた父の所業を見ていたルカには、むしろ嫌悪感しかない。父を亡き者にしたあと、父の妃であった者の待遇や処遇にはひどく骨が折れた。

 今でも不満を抱え、皇家を恨んでいる者がいないとは言えない。


「私は陛下のように、身辺は穏やかにしておきたい主義です」


 はっきりと意思を伝えてから、ルカは続ける。


「ですが、スー王女を迎えてなお、陛下が私に新たな者を検討せよと仰るには、何か理由があるのでしょう?」


 まっすぐに本題に切り込むと、ユリウスと宰相が顔を見合わせた。宰相が意図を口にする。


「実は第三都ガルバの一大商家(カンパニー)ルクスからも、殿下に話が来ております」


「ルクス?」


 ルカは予想外の先方に思わず聞き返した。

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