36:世界中を敵に回しても
「はい。私が父を陥れて、今の地位を手に入れたのは本当のことです。そのために母を含め犠牲も出した」
ルカの口から語られる成り行きに、スーは頷いた。
「五年前のクラウディアの内乱。影で糸を引いたのは私です。私は父が施政者であることを相応しくないと判断し、とても卑怯な手段で父を葬りました。それが正しかったのか、間違えているのか、私にもわかりません。だた犠牲を無駄にしたくない。だから、これからも信じた道を貫くだけです」
「はい」
ルカが自嘲的に笑う。
「スーには、そのような私の側面は、ただ嫌悪されるだけだと思っていました」
帝国の悪魔と謳われる由縁。時には施政者として、冷酷な手段を選ぶこともある。
けれど、そんなことはスーの中では織りこみ済みのことだった。
「わたしは、何があってもルカ殿下のことが大好きですとお伝えしました」
「信じていなかった……というより、私には信じられなかった」
ルカの立場では、当然の考え方である。スーは包み隠さず伝えておくことにした。
「軍事帝国の皇子に嫁ぐことがどういうことかは、理解しているつもりです。政治のことは詳しくありませんが、綺麗事ばかりではないことは覚悟しております。それに、わたしはルカ様の妃になるのです。世界中の人を敵に回しても、わたしはルカ様をお支えするべき立場です。いえ、もしルカ様が皇太子でなくても、わたしはずっとあなたをお支えしたいです」
そこまで勢いよく伝えてから、スーは急に歯切れが悪くなる。
「わたしがもっと賢ければ、ルカ様の相談に乗ったり、意見することもできるのかもしれせんが、あいにく賢くはありませんので……、お支えすると言っても、その、あまりお役には立てませんが……」
生意気に主張してみても、現実は甘くないのだ。自分は無知で何もできない。
恥ずかしくなって手元の料理に視線を向けると、ルカが小さく笑うのが聞こえた。
「帝国の悪魔は恐れないのに、邪推をする自分が嫌とは……」
「あっ、あの、わたしがルカ様をお支えしたいと思っている気持ちは変わりませんが、ヘレナ様との仲を邪魔しようと思っているわけではありませんので」
「……それは、たしかにつまらない邪推だな」
ボコっとスーの気持ちがめり込む。恋愛感情に任せて父親を裏切るなんて、ルカにとっては腹立たしいほど莫迦らしい話だろう。
「申し訳ありません」
肩をすくめて小さくなっていると、目の前にフォークに刺された肉の切り身が差し出された。
ルカが面白そうに笑っている。
「スー、どうぞ」
「え?」
ルカの差し出した肉の切り身を前に固まる。彼の手から食べさせてもらうなんて恐れ多いし、恥ずかしい。
「じ、自分で食べられます」
「さっきから料理に手をつけていないので、私が餌付けしておこうかと」
「はい?」
「食べておかないと、この後に踊れない。ほら」
ますます肉の切り身が口元に寄せられて、スーはやり過ごせなくなる。仕方なくパクリと食いついた。もぐもぐと噛み締めるが、戸惑いで味がわからない。
「スー、わたしとヘレナはそういう関係ではありません」
(んぐっ)
他愛なく打ち明けられたことに驚いて、スーは肉が喉に詰まる。
ゲホゲホと盛大に咳き込んでからも、誤飲の苦しさで涙がにじんだ。
「ル、ルカ様! 今、なんとおっしゃいましたか?」
むせた後の涙目のままスーがルカを見ると、彼は水の入ったグラスをすすめてくれた。一息に水を飲んで喉を整えると、スーは先刻の話題に食いつく。
「わたしの聞きまちがいでなければ、ヘレナ様とはそういう関係ではないって……」
「ええ。たしかに彼女は私の公妾ですが、立場と経済的な面でお支えしているだけで、スーが勝手に邪推しているような愛人関係ではありません。私は幼馴染だと紹介したはずですが」
「ーー本当ですか?」
「はい」
「ルカ様の想い人ではないのですか?」
「幼馴染です。スーが立場を弁えるような相手ではありません」
暗雲が立ち込めていた胸の内に、パッと光がさす。青空が広がるように、いっせいに靄が晴れていく。スーはじっくりと天使のように美しいルカの顔を見つめた。
(ヘレナ様は、ルカ様の想い人ではなかった)
胸の内がすっきりと晴れ渡り、むくむくと喜びが膨らんだ。諦めた夢が手元に戻ってくる。
「では、わたしはルカ様に振り向いてもらえるように頑張っても良いのですね」
張り切って笑うと、ルカがおかしそうに笑った。
「スーはすぐ顔に出る」
「え? そ、そうでしょうか?」
自分の手で頬を揉んでみるが、今は笑顔が引きつるどころか、意識していないと顔がにやけてしまいそうだった。ルカの言うとおり単純な顔面である。
「ヘレナが、あなたを邸に招きたいと言っていました」
「本当ですか? わたしもぜひまたお話してみたいです」
晴れやかな気持ちで笑うと、スーのお腹がぐぅと鳴った。
「!!」
ルカがおかしそうに笑いながら、頬を染めたスーに再び餌付けするように肉の切り身を差し出す。
「はい、どうぞ」
「あの、ルカ様、自分で食べられます」
「まぁ、そう言わず」
「……ありがとうございます」
再び二人で舞踏会の始まる広間に赴くまで、スーはルカの手から餌付けされ続けた。




