表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
帝国の花嫁は夢を見る 〜政略結婚ですが、絶対におしどり夫婦になってみせます〜  作者: 長月京子
第十八章:第二王子レオンの婚約披露

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

103/167

103:無邪気な使命感

 王宮の大広間にはいると、急に強い光を見たときのような威圧感があった。

 スーは車内で演じられたルカの甘い演技で意気ごみが最高潮に達し、これ以上はないくらいに気分も上々だった。


 なにも恐れることはないという心強さがあったのに、広間で感じた威圧感で勢いがそがれてしまう。ふくれあがったときめきと、輝いていた気持ちに影がさした。


(やっぱり緊張しているんだわ)


 思いだすだけで心が躍るような大人のキスの余韻で、スーは自分の感情を見誤っていたのだとあらためて警戒心を強くした。


(大丈夫。今日の主役はレオン殿下でいらっしゃるのだし、すぐに終わる)


 二人の大広間での披露宴は終日つづく予定だが、ルカはレオンへの祝辞をすませたら早々に場を離れるつもりのようだ。


 王宮の管理は軍がになっているため、レオンの婚約披露も元帥であるルカが筆頭となり、あらゆる面から采配している。それでもスーを表舞台に立たせる懸念はたかく、敵陣に長居は無用と言いたげに徹底した警戒だった。


 リンが傍をはなれ、ルキアにすすめられた柘榴果汁に口をつけながら、スーは自分が怖気づいている場合ではないと、さっきまでの幸せな気分を呼びもどす。


(今日のわたしはルカ様に溺愛されている魔性の王女よ!)


 やりきって見せると意気込んでいると、隣に立っているルカがさらに一歩スーに歩みよった。

 囁きとともに自然に腰をだかれて、スーは再び舞いあがりそうになる。


(状況はどうであれ、今日という日に感謝だわ!)


 喜びで弾けきった気持ちとは裏腹に、スーは精一杯魔性の王女らしくルカにすがりつく。


 車内での予行練習が功を奏しているのか、ルカの逞しい体をかんじても顔面が緩むことはない。うわつきそうになる気持ちを全力で隠して当たり前のようにほほ笑む。


(でも、やっぱりどきどきするわ! 緊張とときめきで心臓が爆発しそうよ!)


 人々の視線を感じて、スーはことさらに艶然と微笑してみるものの、慣れない密着で胸が高鳴ってしまう。ルカに早鐘のような鼓動が伝わっているのではないかと気が気ではない。


(平常心、平常心。今日のわたしはルカ様の寵姫)


 心の中で唱えていると、目前にルカの政敵であるディオクレア大公がやってきた。


 血色のよい顔には爽やかな笑顔が宿っている。幅のある体躯にまとった派手な衣装が、大公の地位を具現するように目を惹く。ルカに負けない存在感を演出していた。


 細部まで見事な意匠が施された華やかな装い。生地の複雑な模様も、麗眼布を彷彿とさせるほど美しい。素直に綺麗だと感じたが、スーは唐突に耳鳴りにおかされ、周りの喧騒が遠ざかるのを感じた。


 まるでひどい中毒におかされたように急激に血の気がひいていく。

 自覚した時には手遅れだった。すうっと視野が狭窄し、このままでは気を失うという危機感に苛まれる。


(貧血? でも、いま気を失うわけにはいかない)


 ルカとディオクレアの会話に集中できない。自身をおそった不調に耐えることで精一杯になっていた。

 そんなスーの様子に気づいたいのか、ディオクレアが身をかがめて労るように声をかけてきた。自分の不調を知られるとルカに迷惑をかけると思い、なんとかやり過ごそうとするが、意に反して体が小刻みに震えはじめている。


(わたし、どうしてしまったの?)


 意識と感情が乖離してしまい、舵を取ることができない。狂気を装填した銃のトリガーが引かれるような危機感。今にも脳髄に向かって発砲され、そのまま正気をうしないそうな強烈な不安だった。


 突然地獄への釜が開かれてしまったように、抑えようのない恐ろしさに見舞われているのだ。


 得体の知れない恐怖に全身をはがいじめにされて、スーの呼吸が浅くなる。ルカの期待に添えないことが怖いのか、今日という日の危うい状況を恐れているのか。


 そのどれもが心身に不調をきたすほどの恐怖にはならないと理解できるのに、不安はますます高まっていく。自分では調整(コントロール)が効かない。漠然とした恐怖が一気に胸に広がり、すぐにでもその場から逃げ出したい衝動にかられる。


 衝動を堪えていると全身が震えて、冷や汗がにじみはじめた。

 隠しようもない異変に気づいたルカが、すぐに大広間からスーを連れ出す。


 極限にまで達しかけていた恐怖が、王宮の一室に移動する頃には徐々に和らいでいた。恐慌していた感情の山がなだらかになる。


 嫌な余韻が尾をひいていたが、すこし呼吸が深くなった。

 別室へ入ると寝台で休ませられそうになり、スーは「大丈夫です」と自分をかかえているルカを仰いだ。


「顔色がよくない」


 スーを見つめるルカの表情は不安げだった。動揺が見てとれる。


「大切な時に申し訳ありません、ルカ様」


 詫びてから、スーは深い呼吸を意識して気持ちを落ちつける。発作のような耐えがたい衝動はやんでいた。


「ソファで少し休めば大丈夫だと思います。今日はルカ様に溺愛される王女という大役があるのですから」


 ほほ笑む余裕も取り戻していた。いったい自分の身体に何が起きたのかスーにも不可解だったが、どうやら不調は一時的なものだったらしい。


「そんなことより、スーの身体(からだ)が心配です」


「きっとただの貧血です。自分で思っていたより緊張していたのかもしれません」


 さっきまでの不調が幻のように消え失せていた。血の気を失っていた手足の末端にも、血が巡りはじめているのがわかる。指先もじわじわとぬくもりを取り戻していた。


 ルカは逡巡していたが、寝台ではなく手前の長椅子にスーをおろした。

 気遣うようにルカも隣にすわって、スーの様子を見ている。すぐに王宮医が呼ばれて診察されたが、明らかな異常はなかった。

 護衛から王宮内に不審な点がないか情報を集めていたルキアが二人に報告する。


「王宮内は、大広間をふくめ不審な点はございませんでした。ネルバ候からも同じ連絡が入っております。スー様が口にされた果実酒にも異常はないようですし」


「そうか。ありがとう、ルキア」


「あとはリン殿が戻られたら、気づいたことがないか聞いてみましょう」


「そうだな」


 二人の会話を聞きながら、スーはすっかりいつもの調子を取り戻していた。不調がなくなると、やらかした現実が浮き彫りになる。ずうんと自分の失態に落ち込んだ。


「ルカ様。体調管理もできず本当に申し訳ありません」


 隣に座っているルカに頭をさげずにはいられない。

 もしかすると自分で思っているより繊細なのだろうかと、スーが自身のたくましさを疑っていると、ルカがそっとスーの手をとった。

 途端に身体中の血流が一気に騒がしくなる。スーが顔を紅潮させていると、ルカがほっと力を抜いたのがわかった。


「何でもなかったのなら良かった」


「はい! ありがとうございます! もう大丈夫ですので、大広間に戻った方が」


「油断は禁物です。もう少し様子をみましょう」


「でも、そろそろレオン殿下がいらっしゃるのでは?」


「レオンへの祝福より、私にはスーの方が大切です」


 握られている手に力が込められるのがわかる。ルカの手の熱を感じると、失態を反省すべきなのに胸がときめいてしまう。


(ルカ様は女性を口説くのがお上手そうだわ)


 彼は出会った時から自分を大切にしてくれている。皇位継承の証となる婚姻にともなう義務感。わかっていても、甘い言葉をかけられるとルカにも気持ちが芽生えつつあるのではないかと期待してしまう。


(もしかすると、お色気作戦も全くの無駄ではなかったのかもしれないわ)


 自分を見つめるルカのアイスブルーの瞳には、まだスーを気づかう不安が揺れていた。心配をさせているのだと思うと、スーは胸が締めつけられるように切なくなる。

 彼の不安を払拭したいという使命感にかられて、思わず元気よく訴えた。


「もう一度ルカ様がキスしてくださったら、わたしは無敵です!」


「……………………」


 しんと室内におかしな沈黙が満ちた。

 ルカの背後でルキアが肩を震わせながら笑っている。


「……あなたはいつも予想外のことを言い出しますね」


 握っていたスーの手を持ちあげて、ルカがそっと手の甲に唇をよせる。


「今はこれで我慢してください」


「はい! ありがとうございます!」


 明るく笑顔を向けると、ようやくルカもほほ笑んでくれた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
▶︎▶︎▶︎小説家になろうに登録していない場合でも下記からメッセージやスタンプを送れます。
執筆の励みになるので気軽にご利用ください!
▶︎Waveboxから応援する
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ