一回表 〜一ゴロ、四球、三振、右飛〜
切り込み隊長中西勇樹はA県西部の山間にあるO町という人口三千人ほどの田舎町の出身で、野球も軟式しか経験が無かった。しかし彼の野球センスと身体能力の高さは硬式野球部の高校でも名を轟かせており、本人も硬式転向を目論んでいた。
『宅師潤一郎が総合高校野球部の監督になるってよ』
その噂話で彼の心が決まった。総合高校があるM市には歳の離れた姉が一人暮らしをしており、そこに転がり込む算用で両親を説得した。
『アンタの脳みそで入れるのかい?』
両親は息子の勉強嫌いを懸念していたが、偏差値の低い機械溶接科であればと入れそうと言って未来展望度外視で入試に臨んだ。結果オーライで入学こそ叶ったが、何の勉強をするかも分からずに決めたため結局学業では苦労の連続だったとだけ付け加えておく。
「序盤はあのスライダー捨てた方がいいな」
“好きこそものの上手なれ”を地で行く勇樹は野球に関して天才的感性を持っていた。対戦相手となる海洋水産高校の二年生エース武田のスライダーのキレの良さを察知し、アウトにはなったもののチームメイトと情報を共有する。
「手が出たらとにかくファールで躱して球数投げさせるのもアリだな、持久戦に耐えた方が勝てる」
彼は試合展望をそう読んでいた。彼の伝達を元に次の打者である主将中西哲は九球投げさせて四球を選ぶ。三番打者小木凌太朗は粘りはしたが三振に倒れ、チーム一のスラッガー依田稔はやや浅めの右飛で一回表の攻撃は無得点に終わる。
総合高校 0 0
────┼─┼─
海洋水産