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第1話 双腕重機大地に立つ 〜その4

お待たせしてすみませんです。ようやくクライマックスです。

ツェリンナーナ島攻防戦も佳境に入ります。ニノ村の戦いはどうなるのか。『みのお』の対ドラゴン戦の結果やいかに。

お楽しみいただけたら嬉しいです。

 橋のこちら側に設置したバリケードを、走竜は越えられなかったが、後から湧いて来た兵士たちの人海戦術で少しずつ壊され、意外と早く突破されてしまった。


 砦の中に入る と、所定の場所に誘導される。すぐさま扉になっていた所がジャングルジム状のバリケードで塞がれて要所要所を溶接されていく。


 その間も押し寄せたクムル兵と走竜がゲートや外壁をガンガン叩いて壊そうとしている。

 こちらの予想通りにうまく事が運ぶのか、次第に不安になって来た。


 俺は双腕重機ZX2100を立ち上げてその背を伸ばし、さらに両腕を外壁の外側に伸ばして取り憑こうとしているクムル兵を摘んで渓谷に投げ込む。渓谷って言っても5mぐらいしかないから死なないよね。死んじゃうかかな?

 とにかくポイポイっと摘んでは捨てを繰り返す。


 ゲートから奥へと誘導するように作られた通路を挟んで、俺と反対に位置する場所には宗像あかり三尉がクレーンのフックの先に取り付けた高さ3m幅2.5m厚さ10cmの鉄板を器用に振り回して、同じく取り憑こうとしている兵士たちや走竜をぶん殴っている。


 次から次へと湧いてくる兵士たちに、ついには対処が追いつかなくなっていく。


「アムロ〜、壁を乗り越えようとする奴が増えて来た〜。そろそろゲートが破られた体で、この場を撤収して次のポイントに移るよ。」宗像はその事を指揮所に伝える。


 指揮所からは第2防衛地点に移動するように指示が来る。

「この場は引き受ける。宗像はすぐに下がれ。」と俺。まだポイポイを続けている。


 宗像のクレーンが30mほど村の中心へと下がる。宗像が移動した後のスペースを待機していた霧島三尉がバリケードで埋め、それを霧島班の隊員が溶接して固定していく。


 ゲートから村の中心へと引き込む通路は先の第2防衛地点まではアルミ板の屋根がついている。防衛地点の最奥は設けられたバリケードで塞がれていて、そこから手前に20mぐらいには屋根がなくなっている。


 宗像が下がったのを確認すると、俺も盛り土して少し小高くなっている所定の位置へZX2100を移動する。外壁は上に鼠返しがついているし有刺鉄線も巻いてあるから早々には超えては来られない。ゲートが開けばわざわざ外壁を越えずに通路に雪崩れ込んで来るだろう。


 俺が定位置に着くと「ゲート開けるぞ。」と霧島の号令とともに、壊れたように見せかけて、ゲートが開かれる。要するに内側に両開きのゲートの片側がバタンと倒れたのだ。


 ゲートが開くとまずは歩兵たちが雪崩れ込んで来た。ワーワーと雄叫びを上げ突進していくが先が行き止まりと見るや、その手前15mほどのところで、最前列の兵士たちが5人ばかり並んで膝を付き銃を構える。その直後に立ち姿勢でやはり5人が並んで発砲姿勢を取る。


「ほ、放水始めーっ。」鏑木の慌てた様子の指示が飛ぶ。


 放水が始まったのとほぼ同時にマスケットが火を吹いた。

「パパパパン」と乾いた音が響く。応戦準備をしていた何人かが被弾して、呻き声を上げながら倒れる。大事に至ってないといいんだけどな。


「読み違えた。」鏑木は歯がみした。雪崩れ込んだ敵兵はその勢いで行き止まりまで押し寄せると予想していたのだ。

 槍突き班のプラトムの村人たちが慌てて待ち伏せポイントから移動してくる。パイプで作った長さ5m近い槍をパリケードの隙間から差し込んで突き出す。


「ぎゃあああッ。」「痛ぇえええッ。」「あーっ。」

 いろんな悲鳴が聞こえる。クムル兵は刺された味方の兵士を盾にしてマスケットを撃ってくる。

 プラトムの人たちは俺たちが作った簡易的な盾を持ってヘルメットをかぶっている。縦はアルミ板を鉄板で挟んだもので、体を小さくすればほぼ全身を隠すことができるはず。覗き穴もついている。ヘルメットは現場で使うプラ製だから、当たりどころが悪いと弾が貫通しちゃうけどね。


 そうは言っても跳弾もあるし、完全に覆われている訳じゃないから腕やら足やらに弾が当たる人も出てくる。

 敵味方関係なく、そこかしこで呻き声や悲鳴が上がる。目の前でそんな荒事が繰り広げられている。

 俺はあまり深く考えないことにして、とにかく目の前の敵に対応することだけに集中していた。


 宗像が急いでクレーンを操作する。放水の効果が現れずに次弾を打たれては被害が増える。ブームを回し、通路の屋根ギリギリの辺りに狙いを定めるとフックに取り付けられていた安全装置を外した。


「グワッシャーンッッッッ」


 豪快な音とともに10mの高さから重さおよそ600Kgの鉄板で作った箱が、銃を今や撃たんと構える兵士目掛けて落下する。その結果は、ちょっと目にしたくない惨状だ。

 箱を再び巻き上げて、ブームを操作し次の目標の頭上へと移動させる。


 俺の役目は、高さ3mの柵をえっちらと登ってきた奴に元の場所に戻っていただくお手伝いだ。つまり叩き落とすのである。柵とは言っても2mぐらいの厚みというか距離がある。鉄バイブで組み上げられているので間はスカスカで、片足がちょうどハマる感じの嫌な隙間になっている。さらに縦のパイプが飛び出しているので、普通に歩くのは困難だ。倒れでもしようものなら・・・・。

 まぁ、例によって真嶋の設計なんだけどね。こういうアスレチックなものを考えさせると右に出るものはいない。


 登ってきた連中は下を見て落ちないように慎重に動こうとするので、なんていうか生まれたての仔牛みたいな感じで足元おぼつかずにプルプルしている。それを摘んで元の場所に投げ入れるのだ。

 たまに、摘んだ奴で登ってきた奴をぶん殴ったりもする。


 クムル兵たちは落ちてくる箱を交わしながらバリケードの薄いところに突貫するのを何度か繰り返す。その度に何人かは箱の下敷きになる。即死であればまだ楽だろう。足や腕を潰された兵は哀れだった。そいつらの悲鳴がずっと響いている。


 箱落としも7回目で箱が壊れてしまった。

「落し箱が壊れた。次の箱を装着するため交代する。」宗像のクレーンがその場を退くと代わりに真嶋の大型油圧ショベルがやって来た。先端のアタッチメントをグラップルというのに替えている。向かい合う2つの刃で物を掴むタイプだ。

 俺のZX2100はそれのもう少し進んだ版で、三本の爪でものを掴むようになっていて、しかもマニピュレーターに対応しているので結構細かな作業ができるのだ。


 真嶋も俺と同じように登ろうとする奴を摘んではポイする。真島が操っている油圧ショベルの爪は、マニピュレーターじゃないから操作は難しいはずなのだが、ホイホイと簡単そうに摘んでいる。大したものだ。


 たまに油圧ショベルの腕にとりついてぶら下がろうとする奴がいたりするが、そういう時は腕を上にぐんと伸ばす。

 地上10m以上になるのでおいそれと飛び降りられる高さではないし、周囲からは丸見えなわけで、そこを優秀なプラトムの狩人の皆さんが弓で射るのだ。

 100mぐらいの距離から当てるのだからたいした腕である。まぁ、狙われた方はたまったものではないだろうが・・・。


 頭上の箱がなくなったので、バリケードに歩兵が殺到する。屋根がない場所に出てきた歩兵たちに放水で水をかけるのだが、火蓋を雨などから守る仕組みでもあるらしく、こちらの思った通りの効果が出ない。マスケットをバンバン撃ってくる。


 俺のZX2100も真嶋のK社製大型油圧ショベルも運転席は防弾仕様だし、カモフラネットをかけているから狙い撃ちされることはないが、窓にガンガン当たるたびに肝が冷える。

 真嶋なんか「ひっ」とか悲鳴あげてるしな。俺は、そのなんだ、俺も「ひっ」て言いました。


 歩兵ではラチが開かないと思ったのか走竜が突進してくる。走竜の脚力を持ってすればバリケードを超えるのは容易と考えたのだろう。そしてその考えは正しい。

 正しかったのだが、そんなことはこっちだってお見通しなのだ。


「鏑木二尉、走竜がそっち行きますよー。」と伝えると「了解。」と短い返事が返ってくる。


 空中にいる間は姿勢は変えることが出来ても、飛ぶ方向を変えることはできない。姿勢だって空中に飛んでから急に変えようとしても限界がある。まあ簡単にいうと無防備なのである。

 そこを5.56mmNATO弾と弓矢で狙い撃ちする。


 走竜にとっては小石をぶつけられた程度のことだろうが、竜騎兵にとってはそうではない。弾丸は哀れな竜騎兵の脇腹から背中に抜け、数本の矢が貫いて瀕死の重傷を負わせた。


 竜騎士がのけぞるように鞍から落ちていく。

 そして竜が落ちて行く先には深さ7m、縦20m、横10mの堀がある。さすがの龍も重力と慣性の法則には逆えず、堀の中に落ちていく。その底には2mの深さに水を貯めてある。


「ブワッシャーン。」

 派手な水音とともら竜が着水する。主人がいなくなった竜はきょときょとしながら、堀の端まで泳いで来る。もちろん自力で上がることはできないので、引っ張り上げることになる。

 プラトムの人たちが頭に袋をかぶせると、借りて来た猫のように驚くほどおとなしくなる。縄を首にかけ、力持ちなプラトムたちでさえ5人がかりで引っ張り上げていた。


 これを5度ほど繰り返したところで、流石に敵も気が付いたようで、バリケードを飛んで超える策は諦めて、バリケードを壊すことにしたようだった。


 どうやって壊すのかと見ていると、鉄パイプに紐のようなものをかけて、なやらゴソゴソとやると紐がカッと光ってバイブが切れるのだ。どうも魔法らしい。理屈はわからんが、アレがあると俺らの仕事は捗るな、と呑気なことを考えてしまった。


 集中力がなくなってきたらしい。それでもしたい放題にされてはたまらないので、紐をかけている奴を摘んで通路の後ろの方へ投げる。また、バリケードにとりついてパイプを切ろうとするので、掴んで投げるの繰り返し。


 すると上空で爆発音がした。ものすごい光量の光が背後で光ったのがわかる。

 多分ドラゴンにスタングレネードを噛ましたんだろう。

 俺は呑気に、そのスタングレネードにクムルの兵たちが驚いているのが面白いなどと考えていた。


「アムローッッ。」


 呼ばれてるのにしばらく気がつかなかった。


「避けろーッッッッ。」真島が叫んでいる。


 え、なんで、とボーッとしていると、鏑木の怒声が響く。

「アムロ、右後方に下がれっ。死ぬぞ。」


 言われるとおりに右後方へとZX2100を移動する。その直後だった。俺がいたまさにその場所に、アレが突っ込んできた。


 体長は5mほど、尻尾までいれれば10mは楽に越える青光りする巨体。怒りに我を忘れた青いドラゴンが。


 ◇◇◇

 話は少し遡る。ニノ村にドラゴンが乱入する少し前。


 巡視艇『みのお』はそのドラゴンと対峙していた。

 戦闘指揮所からも、なんとか怒らせることはできないかと打診が来ていたこともあり、一力二尉の発案でとにかく一発かましてやろうということになったらしい。


 茂木三尉のCH-47と連携して、とにかくドラゴンに嫌がらせをするだけして怒らせる作戦だ。


「ブレスくるぞー。右旋回、降下、3、2、1、今っ。」ガンナーの森友曹長の指示のもとに茂木は抜群の操縦技能を発揮して、ドラゴンのブレスを避けまくっていた。


「また、頭狙いまーす。」と緊張感があるともないともつかない平坦な森友の報告とともにM2機銃が火を吹く。


「ダダダッッ、ダダダンッンッッ。」


 ドラゴンの頭に集中砲火を浴びせる。

 その隙を見て『みのお』が放水塔を伸ばして、ドラゴンに向けて放水を開始する。

 植野航海長自ら操舵輪を手にして、抜群の操艦でドラゴンとの距離を一定に保っていた。


 CH-47の方を向いていたドラゴンの後頭部辺りに水が派手に飛び散りながら命中する。


「○×▽◇◎ッッッ」その跳ね返った水を浴びた龍騎士が早口に喚いている。


「ギュオアアアアアッッッ」


 それを受けてか、ドラゴンが吠える。口を大きく開いてブレスを撃つ気らしい。

 それをゆっくり待つ気は無いので『みのお』の4基の放水銃がドラゴンの口目掛けて合計毎分20,000リットルの勢いで海水を放つ。


 口を開けたところにいきなり高圧の水を、しかも塩分たっぷりの水を打ち込まれたらどうなるか、というと、それは思いっ切りむせる事になるのだ。


「ギュボッ、グフッッ、ゲブァッッッ。」


 ゲフゲフ言ってる横っ面を、また森友のM2機関銃の12.7mm弾がヒットする。だいぶお怒りのようで、CH-47と『みのお』を交互に見てブフーっと鼻息を吹き出す。もうすでに龍騎士の言うことなど半ば聞いていないようだ。龍騎士が手綱を引きながら、何やら喚いている。


 ドラゴンはまずは近くの『みのお』に的を絞ったらしい。急降下を始めるドラゴンの手綱を必死でひっばる龍騎士だったが、もう全く言うことを聞かないようだった。

 植野はそれとは気付かれない程度に後進をかけていた。目測に狂いが生じたドラゴンは操舵室まであと少しというところで、足が届かないことに気がついたようだ。急制動をかけて再び飛び上がろうかと逡巡しているように見えた。

それに追い討ちをかけるようにドラゴンの目の前で『みのお』の自営噴霧装置から水が吹き上げられる。


目の前に急に現れた霧状の水の膜に、一瞬気後れしたのか、飛び上がるのをやめてやんわりと『みのお』の前甲板に着地した。ドラゴンからすればよおし掴んだぞー、みたいなことだったのかもしれない。

目の前の自営噴霧装置からの放水でずぶ濡れになっているが、もちろん海水なので、どうも心地が悪いようではある。


「艦首放水銃、狙えるか?。」M2を外して肩に背負いながらの一力の問いに田村艦長はかぶりを振る。


「後ろは狙えない。」


「わかった。」とだけ答えると一力は放水塔へと向かった。


 操舵室上の放水銃でドラゴンに海水を浴びせるが、威力が足りない。

「一力が何かするまで持たせろ。頼んだぞ。」田村が放水をコントロールしている海保の隊員にそういうと、隊員は何か思いついたようで、操舵室上の放水中の首を上下左右にと振り始めた。


 口をバクバクさせながら飛んでくる水を食べるフリをする。余裕である。やがてそれも鬱陶しくなったのだろう。

 ドラゴンが右腕を上げる。その瞬間、植野は左へ急に舵を切り急加速する。それと同時にバウスラスターを全開にする。バウスラスターというのは船首に横向きにつけられた駆動装置で、接岸の時などに使用する便利な機能だ。

 『みのお』は左に急旋回しながら船体を左に急激に傾けることになる。

 ドラゴンの右腕が操舵室目掛けて振り下ろされた。が、横にふられたおかげでドラゴンは狙いを外した。


「グワワワーンンッッ。」「ガシャン。パリーん」

 それでも操舵室の左舷側の窓が盛大に割れた。


「フレームが歪んだ〜ッ。」海保の隊員が頭を庇いながら退避してくる。


「こちら一力。急に加速して船を傾けるなよ。危ないじゃん。とにかく放水塔の上に着いた。威嚇射撃を始める。」

 そう言うなりM2の引き金を絞る。


「ドパンッッ」


 狙いはドラゴンの鼻先だ。撃った弾はエクスプローダーという炸裂弾。この開拓基地に10発しかない貴重品だ。そのうちの二発をくすねてきた。気がついた鏑木が怒る顔を想像して一力はニヤリと笑う。


 弾はドラゴンの鼻先で見事に爆発した。爆発に驚いたドラコンが一力の方を睨む。


「あ、やべっ。」一力はそう思いながら、腰につけたハーネスの金具とロープをぐっと握る。M2を背中に斜めがけにして後退る。


 ドラゴンが一力と同じ高さまでふわりと飛び立ち、大きく口を開ける。


「今だっッ。」一力の合図で放水塔の2基の放水銃がドラゴンの口めがけて合計毎分10,000リットルの水を撃ち出す。


「ガボガババッ、グホッ。」


 ドラゴンは今度は放水銃に狙いを変えた。


「右、放水やめっ。」一力が合図すると右の放水銃が放水をやめる。左側の放水がドラゴンの頭部を捉え続ける。


「ガーッッッッ。」


 放水に苛立ったドラゴンが左側の放水銃に飛び掛かろうとしたその時である。


「消化剤、てーッ。」一力の合図とともに放水が止まり、粉末消化剤が打ち出される。


 毎秒45kgの勢いで吹き出された粉末消火剤は全部で2トン。まるで雲のようになってドラゴンの頭部から全身を覆う。すでに濡れていたドラゴンの体は消化剤のおかげで真っ白になる。粉末消化剤の主成分は炭酸水素ナトリウム、いわゆる重曹である。

 濡れたところではシュワシュワして、鱗の隙間やらに入り込んで不愉快この上ない。体全体がむず痒い感じだ。もちろん目の中でもシュワシュワする。こっちは痛くて、ろくに開けられない。


 ドラゴンのストレスはピークに達しつつあった。破れかぶれなのか、怒りまかせなのか、放水塔にドラゴンが突進する。


 左側の方水筒の上部をへし折り、それに引っかかったような感じで、ドラゴンはそのまま『みのお』の後部デッキに落下する。その勢いで『みのお』は大きく揺さぶられ、一力は放水塔から振り落とされた。命綱があるので放り出されることはないが、柱にぶつかるかもしれない。一力は体を丸めて頭を守る姿勢を取る。


 植野の必死の操艦で危うく転覆は免れたものの、『みのお』の船体は前後左右に大きく揺られている。

 田村はインカムで一力に呼び掛けた。

「一力二尉っ、大丈夫かっ。」


 サーっという音が流れる。

 少し間を置いてプツっという音がしたかと思うと、「だいじょばねぇし。」と一力の声が聞こえた。



 龍騎士は体を鞍にくくりつけているらしく、放り出されることはなかったが完全に気を失っていた。


「ギュオアアアッッ。ギャゲッ。」


 頭の辺りを不器用にかきむしりながら、ドラゴンは宙に浮く。頭をフルフルと振るが消火剤は粘性を増す添加剤のためにまったく剥がれない。

この隙に、とばかりに『みのお』は全速で後退し始める。


 CH-47のガンナー森友は事態を静観していた。

『みのお』の放水塔が半壊したのを見て、改めてドラゴンに照準を定めた。

ドラゴンが宙に浮いたその瞬間に頭部に3連射を浴びせた。


「ダダダンッンッッ。」


 半分開かない目でCH-47を捕らえると、ドラゴンの怒りの矛先はそちらに向く。


「ギュオアアアアアッッッオンンッッ」


「来た来た来た〜〜ッッ。ケツまくって逃げるぞっ。」茂木三尉はCH-47をニノ村の方向に進路を変え、速度を上げる。


「ちゃんと食いついてきてます。ブレス、来ます。右旋回用意。3、2、1、今っ。」

 森友と反対の窓から観測していた搭乗整備士の合図で急旋回を始める。


 火の玉というのか、大きな火の塊がCH-47の後部をかすめて飛んでいく。


 やがてニノ村の上に差し掛かる。こちらはこちらで大変なことになっていた。乱戦というのか混戦というのか。防衛側が有利に戦っているとはいえ、少なくない怪我人が出ているように見えた。


「ブレス、また来ます。左旋回用意。3、2、1、今っ。」今度は森友の合図だ。


 しかしドラゴンは知能が高いというがそれは本当のことらしい。こちらが避けるのを予測して連続で3発のブレスを吐き出したのだ。


「ヴォアッ」「ヴォアッ、ヴォンッ。」


「続け様に2発ッ。右急反転、高度下げッ。今っ。」森友が必死の様相で合図する。


 2発目は何とか避けたが、3発目が左後部のエンジンナセルの上をカスって、前部パイロンの根元に直撃した。


「油圧下がります。前羽根の回転やや落ちますっ。」コパイロットが叫ぶ。


「ヴィーネさん、百瑛、あとは頼んだぞっ。」茂木はそう言いながら必死に操縦桿を握っていた。


 茂木のCH-47はオイルを吹きながら急速に高度を下げ、森の上空を這うように進む。ヴィージャたちが裸眼で捕らえられるくらいのところをすり抜け、森の陰にうまく逃げ込むと、さらに匍匐飛行で三ノ村を目指した。どうやら生き残れたようだ。



 ◇◇◇

 百瑛三尉が放った12.7mm炸裂弾がドラゴンの鼻先で弾ける。それまでCH-47を追っていたドラゴンの意識がニノ村で最も高い樹に向けられる。

 あのデカいうるさい羽虫はもう落ちただろうとドラゴンは思ったのか、大きな樹に居るものに標的を変えたようだった。よく見えない目は次の敵を睨んでいた。


 2,000mの距離でも高確率で的に当てる百瑛の手にかかれば、1,000m以下の距離で当たらないわけがない。立て続けにドラゴンの鼻先に徹甲弾と炸裂弾を交互に撃ち込んでいく。


 リョージャによれば、ドラゴンのブレスというのは魔法なのだそうだ。

「魔法は魔法で防ぐことが出来る。それが世の理というものじゃ。」とリョージャさんは言う。


 ドラゴンのブレスの有効射程は概ね500mほど。ヴィーネの弓がほぼ狙い通りに届く120mまでの間を守りきらねばならない。


 ドラゴンが吐くブレスを、リョージャたち5人の術者が結界を張って防ぐ。詳しく言うと、3人が結界を張って物理的な被害を防ぎ、残る2人はブレスの魔法陣を分解する魔法を放ってブレスそのものを無効化する。一度放たれた魔法を完全に分解することはできないそうで、良くすれば8割がた分解できるらしいが、まぁ平均して6割程度の率で分解できるらしい。


 そうやってブレスを防ぎながら、ドラゴンとの距離が詰まるのを待ち受ける。

 ヴィーネはギリギリとコンバウンドボウの弦を引き絞る。コンバウンドボウの良いところは、一旦引き絞って仕舞えば、比較的軽い力でその状態を維持できるところだ。それだけに狙いを外しにくくなっている。

 何度か放たれたブレスのせいで髭や髪がチリチリと焦げている。


 ドラゴンとの距離が120mを切った時、リョージャは息を静かに吐き、再び静かに息を吸う。息を静かに吐き出し、吐き切る直前にカッと目を見開いたかと思うと指を弦から外す。

 指から放たれた矢は山なりにドラゴンへと飛翔する。ドラゴンが口を開き、再度ブレスを履こうとしたその時に、矢はドラゴンの目の前に達した。そして炸裂した。


 強烈な光と炸裂音がドラゴンに襲いかかる。

 地上の太陽とばかりの光は、既に見え難かったその目を完全にくらませるには十分だった。そして強烈な爆音は、ドラゴンの優れた聴覚を奪った。



 ◇◇◇

 なんてことが頭上で行われていることなど全く知らない俺は、湧いて出るGのごとく次から次へと現れるクムル兵と防衛隊の面々が泥臭い戦いを続けているのを見ながら、クムル兵たちを叩いたり摘んで投げたりを繰り返していた。

 俺はここにいると思われていないから、その点は気が楽だったが、外で俺たち重機のサポートや、槍でついたりする直接攻撃役の人たちは敵の銃で狙われる。銃ではなく弓でも狙われる。

 傷ついて倒れる人が次第に増えてきた。


 いつ終わるんだよ。と叫び出しそうになったその時だ。


「避けろーッッッッ。」真島が叫んでいる。

 何で?とぼんやりしていたら、鏑木からも避けろと無線で指示が来る。こちらも怒鳴っている。


「はいはい。了解ですよっと。」と事態を全く理解していない俺は右後方へと、台座から降りる。その時後ろを振り返るような軌道で降りたのがいけなかった。いや良かったのか?。


「ギュゲギャゴグワッ、ゲギャッ。」と変な声で喚き散らしながらドラゴンが突っ込んできた。


 我に帰った俺は、急旋回しながらZX2100を後に急発進させる。目の前をもんどり打ちながらドラゴンが土煙を上げて柵に突っ込んでいく。4トントラックのロングボディ車が転がりながら突っ込んできたような・・・逆にわかりにくいか。とにかくそんな感じだ。


 盛大な音とともにドラゴンが柵をなぎ倒して、真嶋がいる側の柵のところでようやく止まる。


「ギュオオオオオンッッ。」めちゃめちゃお怒りの様子である。

 変なところにはまり込んでしまって上手く身動きが取れずにいるのだが、それがまた火に油を注いでいるようで、周りのすべてに当たり散らしている。もう敵味方どうでもいいらしい。クムル兵に向かってブレス吐いてるし。


 ドラゴンが暴れまくったおかげで、俺たちが昼夜を問わず一所懸命に作った誘導罠は崩壊した。とはいえ、敵味方関係なくお怒りになっているドラゴンに恐れをなして、走竜たちが戦線離脱をしたのは、俺たちにとっては幸いだった。

 竜騎士がどんなに宥めようとしても、全く言うこと言かず、中には騎士を振り落として逃げ出す個体もちらほらいる始末だ。

 ただ、人の方はそう簡単にはいかない。ドラゴンを恐れつつも、この砦攻略がこの島の島民略取の試金石と考えているから、ありがたくないことに逃げずに頑張ってくれてしまっている。


「アレ、何とかできるか?。」と鏑木が聞いてきたが、そこで暴れているアレのことですよね。


 何とかって言われましても・・・。


「ギュオオアアアアンンッンッ。」

 俺はとりあえずこの怒れる蒼龍と相対する事になってしまった。


「真嶋ーっ。こっちに回って来られるかっ。手伝ってくれ。霧島、ホイールローダーの一番でかいやつでこっちに来てくれ。あかり、作りかけのバリケードあっただろう、アレを吊るして待機してくれ。」


 俺は少しずつ後退りながら間合いを取る。

 動物ってのは自分より大きい相手だと、無闇に飛びかかってきたりはしないって聞いた事があるな。そんなことを思い出した俺は、ZX2100の足を目一杯立てて全高を上げ、両腕を斜め上に広げる。これで結構でかく見えるはず。


「ギュオオッッ。」

 ドラゴンが少し身構える。おおー、ビビってるビビってる。これで真嶋たちが来るまで時間が稼げればいいな。


 そんな甘い見積もりは成り立たないことなんて、優秀な俺はお見通しなんだけど、今は言わないことにする。

 なーんて言ってたら、案の定、ドラゴンさんがブレスを撃とうとしていらっしゃる。相手はただの動物さんではいらっしゃらなかったのだ。

 どうしたものだか。



 ◇◇◇

「なんか、橋の入り口で陣を張ってる奴らなんだが、特に偉そうなのがイライラしてるみたいだが。」

 ツリーハウスの百瑛は呑気に鏑木に連絡をする。既にリョージャとヴィーネはその場を後にしており、この物見台には百瑛とスポッターの筧二曹だけが残っている。


 鏑木からすればこっちはそれどころでは無いのだが、と思いながらその報告を聞いていた。ドラゴンの乱入で誘導路が壊れてしまい、走竜たちはドラゴンを恐れて逃げ出したものの、歩兵たちは隙を突いて攻め込んできており、これまでよりも気の張る状況になってしまっていたからだ。

 多勢に無勢とはよく言ったものだ。幾ら装備が優れていようとも、数で押されればなかなかに苦しい。

「こっちは手が足りなくてな。百瑛、弾はまだ有るか?。」


「まぁ、5.56は十分だが、12.7mmはあと7発か、そんなところだ。」


「じゃあ、その親玉をぶっ飛ばせ。」相変わらずこいつはタメ口だよな。俺の方が上官なんだがな、と思いながら鏑木はそう指示を出す。


「すでに乱戦気味なんだ、指揮官がいなくなったところで、混乱が増えるだけじゃ無いのか?。」


「五分五分だろ。うまくすれば兵は引く。ダメなら現場指揮官っぽいのが何人かいるだろうから。そいつらをやってくれ。」


「わかった。」


 百瑛は、デッブリと太った体を揺すりながら、顔を真っ赤にして、隣にいる男に罵声を浴びせかけている男を標的にする。もちろん声は聞こえないが、酷い罵詈雑言を口にしているのだろう。周りの者たちの顔がそれを物語っていた。

 筧の指示を聞きながらスコープの中心にその「クソ野郎」の頭をとらえる。

 息をゆっくり吸い、しばらく止めるとゆっくりと息を吐く。吐き切ると再び息を止める。これを4回程繰り返す。

 改めて息をゆっくりと吸い、肺一杯に空気を吸い込んだら息を止め、ゆっくりと絞るように引き金を引く。


「ズドンッッ」TAC-50対物狙撃銃が火を吹く。


 クソ野郎の頭は四散した。

 周りの連中の慌てふためきようが凄い。あるものは這いつくばって逃げ出そうとし、あるものはなぜか持っていたお盆のようなもので身を隠そうとしている。そんなものじゃ隠れられないし、そもそも12.7mm徹甲弾は容易に貫くのだけど。


 百瑛はその様子を筧と一緒に、何の感慨もなく眺めていた。手元のボルトを上に上げて手前に引くと「ジャコッ」っという音ともに大きな薬莢が排出される。


「さて、どうなるかな。」

 他の獲物を探しながら、百瑛はそう呟いた。


 果たして、鏑木が期待したように親玉がやられただけでは、クムル兵が引く事はなかった。だからと言って混乱が増すこともなかった。

 そもそも彼らの本質は盗賊だ。指揮系統がしっかりしていたとしても、親玉が死んだからといって略奪をやめる気はさらさら無かったし、これまでと同じように行動を続けるだけだった。


「百瑛二尉、一時方向、庇の陰に指揮官らしいの居ます。」筧が単眼鏡を覗きながら言う。


「了解・・・・確認した。」

 百瑛は近距離ではオーバーキルになってしまうTAC-50からカービン仕様の37式小銃に持ち替えている。そのスコープを覗いて、大声で叫びながらあちこちと腕を振っている人物をその中に捉えていた。

 呼吸を整えてから息を吸って止める。静かに引き金を引く。


「タンッッ」TAC-50に比べると随分控えめな射撃音と共に5.56mm徹甲弾が打ち出される。


 狙われた男の左胸に命中し、男は大きくのけぞりながらその場に倒れた。倒れた男に兵士たちが駆け寄り壁を作っている。よく見ると、中の1人が倒れた男に手をかざして、何かをしていた。

 結局倒れた男は後方に2人掛かりで連れて行かれた。


「魔法か?。」と呟く百瑛。


「治癒魔法っていうのもあるみたいですよ。強力なのになると無くなった手足も生えてくるとか。」


「何それ、怖い。」


「ですよねー。」場にそぐわない軽さの2人だった。「あっ。もう1人発見。10時方向、距離・・・。」


「了解。」


 こうして何人かを狙撃したのが功を奏したのか、クムル兵の勢いがなくなって来た。


「三尉〜。もうちょっと間引きますか〜。」


「筧さん。その言い方はちょっと。」


「ヴィージャさんたち弓手隊を援護しましょう。2時方向、クムルの銃士隊と交戦中。」

 指示された方を見やると、バリケード越しに両者が撃ち合っており、ヴィージャたちがやや優勢ではあるものの、敵の数の多さに難儀している様子だった。


「では、ちょっと助けましょうか。ドラゴンは・・・・。」

 ドラゴンの方を見るが、双腕重機と対峙していて狙撃手の出る幕はなさそうだった。


「あっちはあっちで任せましょう。三尉はこっちの数減らしに注力してください。」


「了解した。じゃあやりますか。どれから行きましょうか。」

「まずは、3列目左4人目の青い制服のから。」


「了解。」百瑛は37式小銃の引き金を静かに引いた。


 ◇◇◇

 ヴィージャたちはバリケードを挟んでクムル兵たちと撃ち合いになっていた。

 バリケードはまだ破られてはいないものの、パイプが切断され次第に取り除かれて、突破されるまでは時間の問題と言えそうだった。


「放水が思ったより効果が無いみたいだね。」ヴィージャの隣で弓をつがえているモーリオと言うハチワレの男が残念そうに言った。


「もっと派手に浴びせないと無理みたいだな。ショーボー車とか言う鉄の車があればできたらしいが。」ヴィージャはそう言いながら引き絞った弓を放つ。


「ドニがやられたッッ。」誰かが叫ぶ。


「後にさがらせろ。怪我人はアラキトが三ノ村に運んでくれる。」ヴィージャが叫ぶ。


 その途端、ヴィージャの目の前にいた指揮官らしい兵が突然前に突っ伏した。その頭部から血溜まりが広がって行く。どうやら狙撃されたらしい。ツリーハウスの方を見ると、スポッターの筧が親指を立てて合図していた。

 ヴィージャもツリーハウスに向けて親指を立ててニッと笑って見せた。


 しばらくするとその新城戸めぐり二曹が、資材運搬用のトラックの荷台に毛布とシーツを敷き詰めた、間に合わせの簡易救急車でやって来た。

「けが人を運ぶよッ。」新城戸が声をかける。


 軽症者が重傷者を抱えたり背負ったりして運んでいく。ドニと呼ばれたサバトラの少年は首に弾が当たっていて重傷だ。一緒にいたキジトラ白のモランという若者が布切れで傷口を抑えている。


「ドニ〜ぃ。起きたらあかん〜。しっかりせぇ〜。」

 もう痛みをあまり感じないのか、「俺はまだやる」と言いながらドニは体を起こそうとする。それをモランが押さえて寝かしつけていた。


 担架で運ぶ時もドニは降りようとするので、なかなか手こずっていた。


 怪我人たちは12名、そのうち自衛官は4名。プラトムの人たちは頑丈なのでギリギリまで戦ってしまう。そのため重傷者が多い。自衛官はみんな施設科の連中だった。戦い慣れてないからね。


 そんな人たちを見て新城戸は貧血を起こしそうになる自分を奮い立たせていた。

「めぐりんが来たからには大丈夫。みんな助けるからねっ。」

 無理やり笑顔を作って声を掛ける。

 みんなも愛想笑いを返してくる。


 新城戸は血で汚れるのも構わず重傷者に手を貸してトラックの荷台に乗せていく。

 みんな死んじゃダメだかんね、と思いながら三ノ村の救護所へと急ぐのだった。



 ◇◇◇

 ドラゴンがブレスを吐かんとしている、今この時、あー、俺死んだな、とぼんやり思ったその時、目の前に何重にも魔法陣が現れる。

 俺の後ろに霧島が運転するK社製大型ホイールローダーがリョージャたちシルビスの人を5人乗せて来た。

 運転席の周りが手すり付きの回廊みたいになってるんだよね。子供だったら絶対に走り回るやつ。シルビスの人たちって体型が子供サイズなので、不敬にもそんなことを連想してしまった。


「た、助かった〜。」

 俺は操縦席の前で盾になるようくっ付けていた両腕を開く。


 霧島の後ろから真嶋が油圧ショベルで駆けつけてくれた。


「このまま押さえ込むのじゃっ。」リョージャさんが叫ぶ。鼻血が出ている。よく見るとシルビスの皆さん鼻血出してます。顔色も今ひとつ悪いし。


 俺は近場にあった作りかけのバリケードを両腕で持ち上げ、ドラゴンにそれを突き出しながら近づくと、首のあたりに押し付けて押さえ込む。

 霧島のホイールローダーがバケットを持ち上げドラゴンの尻尾の方から接近して、そのままバケットを下向きにして下半身を押さえ込むようにする。


 真嶋は尻尾に乗っかるように油圧ショベルで尻尾をまたぐと、腕で尻尾の先を押さえ込んだ。


 流石のドラゴンも3台の巨大重機に押さえ込まれたのでは、なかなかに身動きが取れない。

 そこに作りかけのバリケードをぶら下げた宗像の超大型クレーンと、2トンの鉄球をぶら下げた遠乃井二曹の操る大型クレーンがやってくる。クレーンの外側には指示を出す施設科高所作業班の隊員が乗っていた。



「一気に方を付けるぞ。」高所作業班の4人はクレーンから降りると2組に別れてそれぞれドラゴンの真横の位置に移動する。宗像と遠乃井がクレーンの位置調整をするための指示を出すのだ。どうしても奥行きってわかりにくいからね。


「ちょい奥〜。」とか「スラー」とか掛け声を小さな声てかけている。


 クムル兵の中には無手の彼らを撃とうとする不届きな奴がいたりするのだが、そいつらをシルビスの人たちが魔法で、2人一組の片割れが37式小銃で牽制する。


 そうは言ってもバカスカ弾を撃って来るから、残念ながら無傷というわけにはいかなかった。右手の比較的開けたところにいた指示役の人が「うっ。」とうめいて倒れる。それを相棒の人が片手で小銃を打ちながら、片手で首根っこを掴んでバリケードの陰に引きずっていく。


 そこまでいくと、撃たれた相方さんはまた指示を出し始めた。根性あるというより、鬼気迫るものを感じた。

 俺と真嶋と霧島は押し戻そうとするドラゴンをパワー全開で押さえつけていた。

 ドラゴンの暴れ方が一層ひどくなる。


 双腕重機はそもそもこういう力技には向いていない。両腕の油圧ポンプが悲鳴を上げている。それは真嶋も同じらしい。暴れようとする尻尾に本体は突き上げられ、腕は持って行かれそうになる。ぐっさりと地面に爪を突き刺して真島機は耐えている。


「アムロ、本体ちょっと右へ移動。1m。霧島そのまま。真島チョイ前。」と宗像。


 俺はその指示通り腕はそのままに本体を右へ1m移動する。真嶋も尻尾の先端側へへ50cmほど移動する。


「ご安全に〜。」宗像の間抜けな掛け声とともに、クレーンが結構な勢いでバリケードを下ろしてくる。


「ガッショーン。」

 金属同士がぶつかる音。それと共に大きな檻状のバリケードがドラゴンの上に下ろされる。ちょうど体全体をすっぽりと覆う感じで、流石に硬いので皮膚を貫通することはなかったが、地べたにドラゴンを押さえつける形になった。


 そこへトドメとばかりに遠乃井の操る2トンの鉄球が下ろされる。


「グワッシャーンンンン。」

 何本かバイブをへし曲げて檻の真ん中に鉄球が落ちる。


「押さえ込んだぞー。」と宗像が合図すると、どこに控えていたのかパイプと電動ポンプと何やら液体の入ったビニールバックで持った隊員たちと村人がワラワラと出てくる。


 ドラゴンの口にバイブを無理やり突っ込み、ビニールバッグとポンプで繋ぐ。ポンプの電源を霧島のホイールローダーの電源部から取ると、スイッチを入れた。


 ビニールバッグの中身が勢いよくドラゴンの口に注ぎ込まれる。


「この匂いはッッ。」俺は叫んでしまった。

 そう、ドラゴンに無理やり飲ませているのは酒である。


 最初は抵抗していたドラゴンだが、口に合ったのだろうか、途中からは自主的に、むしろ積極的に飲み始めた。

「んぐっんぐっ。」という嚥下する音とともに大量の酒がドラゴンの胃袋へと消えていった。


 ビニールバッグに20個。概ね80リットルの酒を飲んだ頃に、ようやくドラゴンは寝た。

 ドラゴンってイビキかくんだな。ただ、猫みたいな感じだが。まぁ、それは置いておいて。


「宗像、この酒・・・・。」俺がそう言いかけると宗像がかぶせるように朗らかな口調で言った。


「いい作戦だろ。ほら昔の怪獣映画でビル壊して怪獣を押さえ込んで、何かを飲ませる作戦をやってたのを思い出してな。」

 とても自慢げである。確かにうまく行った。

 そういう点では良かったが、この酒はいったい誰の酒なのか、というのが問題ではある。

 俺の予想が正しければ、うちの隊長と一力二尉が大荒れに荒れるはずである。合掌。


 ドラゴンが落ちたおかげで壊された誘導路はこの押さえ込み作戦で塞ぐこともできたし、ドラゴンそのものもなんとかなった。


 たが、まだ戦いは続いている。


 諦めが悪い奴らというか、しつこいというか。

 さて、俺もあのグダグダに参加するか、そう思いながらぼんやりと戦いを見ていた時だった。


 背後にある山の山頂が光った。噴火したんじゃないかと思うほどの大きな音とともに、大きな光の柱が天に向かって立ち昇っていた。


 それを見るなり、クムル兵たちは我先にと逃げ出した。

 噴火したらヤバいもんね。俺たちもどうなっちまうんだろう。


「アレ、ヤバいんじゃないかな。」と重機から降りた俺は、同じく降りてきた宗像に話しかけた。


「なんかヤバそうだな。」と宗像。


「逃げたほうがいいですかねぇ。」とやはりクレーンから降りてきた遠乃井が言う。


「噴火なのかなぁ。」ホイールローダー から降りてきた霧島が言う。


「霧島、お前、頭、怪我してんぞ。」とクレーンから降りてきた真嶋が霧島に話しかける。


「お前もな。」宗像が真嶋にいう。真嶋は額から血を出していた。破片で切ったらしい。


「あの山は火山じゃないぞ。」俺は折原が前に行ってたことを思い出した。


「えっ、そうなのか。」と4人がハモった。


「ああ、うちの折原が前に言ってた。変な山頂だって。火山でもないのになんで平らなんだって。」


「そういや、変な山頂だったな。森林限界でもないのに木が生えてないんだよな。」と霧島。


「そうなんだよ。だだっ広い平地なのにヘリポート作るのでもあっちはダメ、こっちはダメってダメ出しだらけだったし。変なんだよなぁ。」俺は光の柱を眺めながらリョージャさんたち上ノ村の長老たちの怒った顔を思い出していた。


「あれ、信号弾だよな。」と霧島が真顔でいう。山頂から時々火の玉みたいなのがポンポンと飛び出してくるのだが、火山弾ではないのは明らかで、俺たちがよく知る信号弾とか照明弾のようだ。


「アレで、噴火のふりをしているんやないですかねぇ。」と遠乃井。「隊長さんがなんか仕掛けはったんでしょうか?。」


「いやいや、ないない。」俺たち4人は見事にハモった。


 あの、けしからん体型・・ゲフンゲフン・・・丸投げ大王が策を考えたとは思えないのだが、意外性を発揮するのが政宗ミムラという女であるのも確かではある。

「あの光の柱は何なんだ?。」



 ◇◇◇

 クムル兵たちは来る時もいきなりだったが去る時もいきなりだった。

 泡まみれ、水浸しの機帆装甲船(フリゲート)に無理やり生き残った連中およそ400名が乗り込んで、それこそ這々の体で尻尾を巻いて逃げて行った。

 あの光を見て噴火だと思ったんだろうなぁ。


 龍母艦が使えないので走竜たちは置いていかれた。所在なげに一ノ村の海岸でうろうろする姿は哀れを誘うものがあったが、野良になられては困るということで、プラトムの皆さんによる捕獲大作戦が盛大に行われた。

 これに参加したウチの真弓一曹が、ロデオまがいの騎乗テクニックで走竜を次々と捕獲したのはまた別の話だ。


 取り残されたクムル兵はほぼ全員が怪我人で、全くと言って良いほど戦意を失っている状態の者たちばかりだった。腕とか足がもげてる人とかいるしね。

 いずれは捕虜としてフォールラシータに建設中の基地に送られることになる。


 戦いすんで日が暮れて。

 随分日も傾いて次第にオレンジに染まる空の下、俺たちは三ノ村の戦闘指揮所に再び集まっていた。今度は『みのお』の乗組員もジェットフォイル の乗組員もいる。

 みんな疲れ切っていたが、少しいい顔になっていた。


 100人足らずの人員で700人以上の兵士たちとドラゴンと渡り合ったのだ。大したものだと言ってもらえると嬉しいな。


 酒がなくなったと最初にブチ切れたのは、何と植野航海長だった。秘蔵の酒も使われてしまったらしい。怒りまくった後の嘆き方も半端なかった。その植野さんを一番暴れそうな一力二尉が全力でなだめていると言うのもすごい絵面ではあった。


 あ、ドラゴンどうするんだ。今のところは酒かっくらって寝てるけど。しばらくしたら起きるんじゃなかろうか。

 そう思って聞いたら、テイミングする魔道具とか言うのがあるそうで、それで大人しくさせることはできるらしい。クムルの連中も似たようなものを使ってたらしいね。


「で、あの光の柱は何だったんですか?。」誰かが政宗に尋ねていた。みんな興味津々だった。ほんの一部の人は知ってたらしいが、ほとんどの人は知らなかったんだからね。

「アレは・・・、よくわかりません。オホホ。」そう言って俺にヘッドロックかますのは何でですか、政宗タイチョー。ええ、いつものことですが、ほっぺただけ幸せです。後は全部不幸ですけど。あ、よだれが・・・。アリガトウゴザイマス。スミマセンデス。


「わしから説明しようかの。」とリョージャさんがみんなの前に立った。


 リョージャさんの説明はまるで御伽噺のようだった。それはそれで面白かったんだけど、なんせ長かった。聞いてるやつの6割は寝た。


 かいつまんで言うとアレは古代からシルビスに伝わる神降ろしの儀式なんだそうな。2〜300年に1度行うのだとか。シルビスの人たちにとっては大した時間ではないらしいのだが、プラトムや俺たちシクトスからすれば途方もない時間なワケで、シルビス以外にはほとんど知られていないそうだ。それぞれの地域のシルビスには降ろす神が決まっているとか。


 この島の山頂が平らなのは、神様に来ていただくからで、神様が来る時だけ現れる神殿があるんだそうだ。で、あの光の柱は神様に用意ができたことを知らせる狼煙のようなものなんだそうで、シルビスの巫女が30人掛かりで魔法陣を構築して作り出すものなんだそうだ。


 で、今年あたりがちょうどその節目だったので、少し時期としては早いんだけど前倒しで儀式をやってしまうことにしたと。ちょうど噴火みたいに見えるから、きっとクムルの連中は逃げるだろうと。300年ほど前にも同じような事があったんだと。


 で、ミムラ姉さんとリョージャさんが、敵を欺くには味方からとばかりに全員に内緒でことを進めたと言うことだ。火山弾のふりについては完全にタイチョーの悪ノリだったらしい。とはいえ協力した巫女さんや上ノ村の皆さんもノリノリだったらしいけどね。


 神様を呼ぶ儀式したってことは神様がやって来ちゃうってことなのかな、と思って聞いてみると、何と呼び出してから何年も、下手すると100年ぐらいしてから来たりするらしい。何とも時間のスケールが違いすぎて良うわからん。



 ◇◇◇

 とっぷりと日が暮れる寸前、西の空だけがまだ紫色になっている。

 俺はニノ村のツリーハウスに1人登っていた。

 戦いの跡を眺めてみたが、もう随分暗いので細かいところはよく見えない。明日の早朝には後片付けをしないとならないだろう。死体とかね。ウプ。

「明日から大変だなぁ〜。」と独り言を言ったら下から「そうだねぇ。」と返事かきたんでびっくりした。


 政宗タイチョーが登って来た。

「誰もいないと思って来たんだが、先客がいたか。」


 いやーすんませんです。と頭を下げたら、なぜかヨシヨシされた。


「今日はがんばったねー。エライエライ。」


 え、何なんですかこの儀式は。


「アムロ、背中を貸せ。」そう言うなり後ろから俺に抱きつく。前に手を回して両手をギュッと握りしめる。そうするうちに、背中からすすり泣く声がして来た。


「ドニが死んだ。まだ子供なのに・・・。首の怪我が酷くて、治せなかった。」

 新城戸の目が赤かったのはそのためか、と改めて思った。


「みんなが死んだらどうしよう、そう思うと変になりそうだった。みんなと一緒に前線にいた方がどれほど気が楽か。」

 政宗の俺を締め付ける力が強くなる。

「お前が死んだら・・・・・。」


 いつの間にやら辺りは真っ暗になっていた。満点の星空に俺たちは囲まれていた。

 ドニの話で昔見たツール・ド・フランスのビデオのことを思い出した。

 それは古いツールのレースビデオで、フランスの生中継を録画したもの。スタートからゴールまで5時間たっぶりある。

 親父と一緒に見たその日のツールは、全然レースじゃなかった。

 見る前に、「今日のはお前見ても面白くねえぞ。」と親父に言われたが、一緒に見たいと俺はそう言って、親父の隣に座った。

 フランス語のビデオで何を言ってるのかサッパリだったけど、なんか重苦しいような空気感だけは伝わって来た。


 レースが始まると、その異様さはいや増した。あるチームが横一列に並んで前に出るが、どこのチームもそのチームを追いかけないのだ。いつもならチーム同士での先頭争いや、誰かが飛び出すのをチームで追っかけたりと言う駆け引きがあるのだが、全く無い。

 そのチームが前を走り、集団となった他の全員がその後ろを淡々と付いて行く。子供の俺には何かおかしなことが起こっていると言うことしかわからなかった。

 親父は酒を飲みながら、時折涙を拭いながらその様子を見ていた。


 結局最初から最後まで黒い腕章をつけたそのチームが並んで走り、少し離れた後ろを他の選手全員がついて走って、そのままゴールした。


 親父の話では前日のレースの事故で亡くなった選手がいて、その選手には結婚したばかりの奥さんと生まれたばかりの子供がいて、レースの賞金は勝ったチームに入るので、誰が言い出したわけでもなく、ただ全員がそれが良いと思って死んだ選手のチームがその日の優勝チームになるようにしたのだと言う。チームは賞金の全額を遺族に、残された奥さんと子供に寄付したのだそうだ。


 当時の俺は親父が何が良くてそのビデオを見ていたのか全然わからなかったが、今日の今は何となくわかる気がする。


 明日はドニのために何かできることをしよう。俺はそう思って登って来た月を眺めた。

 政宗タイチョーもきっと協力してくれるだろう。


 声をかけようと思ったら背中から寝息が聞こえて来た。起こさないようにそのまま座る。

 変な格好でちょっとしんどいが、タイチョーが起きるまでこうして居よう。

 俺たちは夜がかなり深まるまでそうしていた。

なんか長くなってしまいました。

話の切り方とか、構成とか、まだまだ勉強することが多いです。

お楽しみいただけましたでしょうか。そうでしたならとても嬉しいです。

読んでくださった方には感謝です。

このアムロくんのお話は今話をもって完結ですが、また別のお話を投稿する予定です。

よろしくお願いいたします

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