表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/19

第1話 双腕重機大地に立つ 〜その1

入院先から投稿です。お待たせしてすみませんですが、一気に書き上げられませんでした。今回は第一話のその1を投下します。

読んでいただけると嬉しいです。よろしくお願いします。

 どこまでも青く広がる空、透き通る青い海、白い砂。南国の島。パラダイス!

 そして迫り来る竜に跨った騎士と兵士たち!


「どうしてこうなった?」


 施設課のしがない重機のパイロットでしかない俺が、前線に立ってどうして竜騎士と兵士の群れを相手にしなきゃならないのか。

 操縦桿を握る手には力が入り、一層汗ばむ。グローブをしていてつくづく良かったと思う。


 とりあえず自己紹介をしておこう。俺は安室(あむろ)玲二郎れいじろう。陸上自衛隊の自衛官。施設科の三尉。趣味は自転車。33歳。独身、彼女なし、ほっといてくれ。

 ああ、名前、名前ね。お察しの通り、母が件のアニメの熱烈なファンで、こともあろうか息子に主人公の名前をもじって付けてしまったというわけだ。さすがに半世紀以上も前の作品だから同世代で知ってる人は少なかったが、父親や祖父さんの世代の人にはものすごく名前をいじられた。


 施設科っていうのは戦闘部隊を支援するために、陣地の構築とか橋をかけたりとか土木作業をもっぱらする部隊だ。海外派遣も多い。土木建設作業のためだけどね。今回みたいに。


『西の壁』の外側に東西に370km、南北に120kmにわたるフォールラシータ諸島というのがあるんだが、今はその西の端っこの七つの島が点々と並ぶツェリンナ列島の最も東のツェリンナーナ島というところに来ている。


 この島には、海辺の「一ノ村」そこから森を抜けて小さな渓谷を渡った先の「二ノ村」、さらに森の奥に入って2,000m級の山の麓にある「三ノ村」、そして険しい山道を登って中腹を超えたあたりの「上ノ村」がある。いずれも俺たちが知るエルフと獣人に似た人たちの暮らす村で、「三ノ村」まではそれぞれに序列があるわけではないが、「上ノ村」だけは特別な村とされる。

 俺たち自衛隊が駐屯させてもらっているのは三ノ村。


 そんな島で俺たちが何をしてるかというと、レーダーと通信基地の建設だ。

 だった。はずだった。


 自衛官だけど、積極的に戦闘には参加しない・・・はずだった。

 そんな俺がたった今、二ノ村の入り口あたりに造ったバリケードで、こうして敵兵士と対峙しているのだ。

 まぁ、成り行き上致し方なかった。その上自分から志願した。とはいえ、である。


「やっぱ、イヤだぁあああああああっ」

 俺は一人、重機のコクピットで叫んでいた。



 ◇◇◇

 話は5日前に遡る。

 かねてより建設を進めていた山頂のレーダーサイトのレーダー設置を終えて、プレハブの仮説観測所でテスト運用を開始した時のことだ。試験担当の折原(おりはら)聖人きよと三曹がこんなことを言い出したのだ。

「ありゃ、これ船じゃねすか?」


 折原が指差すスクリーンの北西西120kmほどの距離に『unkown』の文字と船を表すアイコンが明滅していた。確かそのあたりにはツェリンナーモ島があったはず。


「無人偵察機を飛ばしてもらおう。倉田〜、下に連絡してくれい。座標はこっちから送る。」

 現場監督をしていた俺は倉田(くらた)次郎丸じろうまる三曹に命じた。こいつは絶対に親のどちらかがラグビーファンに違いない。本人もガタイが良く、高校まではラグビー少年だったらしい。


「こちらレーダー敷設、アムロ班。レーダーに不明船舶の感あり。無人偵察機による現地偵察を要請する。オクレ。」と通信器にはっきりとした口調で話している。お前今俺の名前をカタカナで言ったな〜とちょっと睨んでみるが、倉田はいつも通りにヘラヘラっとしている。


「ここは良いところですよね〜」新城戸(あらきと)めぐり二曹がやや間の抜けた調子でそう言いながら俺の横に立って遠くを眺めている。見た目は中学生、頭脳は大人と本人は言っておどけているが、頭脳も時々子供になると俺は思っている。


「お前は、仕事しろ。」真弓麗蘭(まゆみれいら)一曹が一喝する。宝塚スターばりの高身長と美貌の持ち主だが、本人が全く頓着していない。天は二物を与えないモノらしい。いや与えているのか。


「ははは。まあまあ。本当にいい眺めですなぁ。心が洗われるようですよ。」と年長者らしく、穏やかな口調でにこやかに遠乃井(とおのい)まもる二曹が声を掛ける。

 確かに2,200mの山頂からの南洋の眺望は絶景以外の何ものでもなかった。青く広がる透き通った海、水平線がくっきりと見える。点々と浮かぶ島。少し下の方を流れていく雲。何もかもが美しく、非現実的で、幻想的だった。


 遠乃井二曹はアラフォーの一見普通のニコニコ顔のおじさんだが、こう見えてクレーンの安全競技大会で全国一、二を争う腕の持ち主で、安室班ではとにかく頼りになる人だ。趣味の剣道も全国大会で8強に必ず残る猛者なのだから人は見かけではわからない。


 俺を含めたこの6人が安室班の全メンバーだ。手前味噌になるが、我が班は優秀なためにとても面倒、ゲフンゲフン、いや技術力を要求されるとても難しい案件を任される事が多いのだ。


「しかしこの山頂は変わってますよねぇ。」とは折原だ。こいつそういえば登山が趣味だったな。どう、変わってるのかと尋ねると。


「こういう火山でもない。切り立ったテーブルマウンテンでもない。単一で、しかも2,000m級の山で、こんなにハサミでばっつんって切ったみたいな広い平らな山頂って珍しいんすよ。」と腕をぐるっと回して周りを見ながら言う。「ここ、楽に1kmメートル四方ぐらいあるじゃないすか。真ん中あたりに居たらただの平地っすよね。山の上感がないっていうか。」


 へーそーなんだー。と、こいつよく知ってるなぁと感心しつつ、改めて周りを見渡してみる。割と低緯度なこの島の森林限界は、この山頂の高度を楽に越える3,000mぐらいだそうだから、本来ならここに木が生えていてもおかしくない。なのに樹木と呼べそうなものは一本も生えていないのだ。


 こんなに平らで広い土地がここにあるのに、何で下の6合目あたりのあの狭い崖に張り付いたような上ノ村は作られたのだろう。

 確かに道は険しい事は険しいが、石切場は9合目辺りにあるし、少し外周部に降りてしまえば木材は容易に手に入るのに、である。


 ここならマチュピチュのような空中都市や天空の城があっても不思議ではないのに、ただただ広い野っ原が広がっているだけ。


 レーダーサイトの建設場所だって、上ノ村の神官たちにもう既に決められていて、少し小高い丘状のところに今の1.5倍ぐらいの面積にしたいと言ったら、鬼の形相で反対されてしまったり。何か曰くがあるんだろうけれど、あんなに怒らなくてもいいとは思った。


 何とかヘリ発着場(パッド)は作らせてもらえたので、そこはまぁよかったのだが、予定していた80mの電波塔は叶わなかった。40mの高さのアクティブフェーズドアレイレーダーの設置はできたのでよしとせねばなるまい。って誰目線だよ俺。


 ◇◇◇

 麓の三ノ村から定期便の輸送ヘリCH-47J チヌークが上がって来た。積荷は今日の昼飯と一週間分の食料、資材などなど。


 と思ったら隊長がやって来た。


「艦影だって?」政宗(まさむね)ミムラ一尉は俺の肩越しにレーダースクリーンを覗き込む。このどっちが名字だか名前だかわかりにくい名前の持ち主は、身長こそ151cmとどちらかと言えば低いが、暇さえあれば体を鍛えている筋骨隆々の女子である。

 施設科は基本的に非戦闘員ということもあって女性隊員は多いのだが、どちらかというと男勝りなガテン系な人が多い。政宗一尉も例に漏れず、ということだ。

 それでもけしからん体型と、割と整ったやや童顔のため、一部に熱烈なファンがいるのだと言う。で、当たってます、当たってますから。


「このツェリンナーモ島で停泊してるみたいです。」と政宗と一緒にやって来た三科(みしな)賢祥けんしょう三尉がタブレットに地図を表示して言う。「あと10分ほどでスキャンイーグルの視界に捉えられるかと。折原、こっちにスキャンイーグルのコントロールを回してもらった。操作頼むぞ。」

 このお堅い名前の見た目もお堅い男は実家も実にお堅い。地方とは言え、結構な規模の神社の宮司だと言う。それで高校までは「カンヌシ」と言うあだながついていたのだとか。


「ツェリンナーモから小舟が何艘かこっち向かってるみたいなんスよ〜。逃げて来たんすかねえ〜」とレーダースクリーンを眺めていた折原が気がついた。

「何かあの船が停泊している島で異変が起こったとみるべきかな。」と政宗隊長。「本部にも連絡しておこう。三科頼む。」


「救援は出しますか。ヘリは2機ありますし。」と三科がいうと、宗像は少し考えてから「島の状況がはっきりしてからにしよう。この辺りは潮の流れも緩やかだし、時間はかかっても何とかツェリンナート島に辿り着けるだろう。」


「島の映像来ました〜。火災が起きてるようですね。結構大規模。ちょっとズームしますか〜。」と、普段の言い方なのだが間延びした調子で折原はそう言うと操作する。


 ググッと画面が島に寄っていく。そうするとあまり目にしたくない凄惨な光景が全員の目に飛び込んできた。18世紀ごろの英仏の軍隊を思わせる男たちが、家々に火をかけ、捕らえたとみられる村人を銃剣で刺したり、サーベルで切りつけたり。一方的に殺傷していたのだ。

 村人たちも応戦はしたようだったが、虚しく敗北したようだった。


「うっ。」ある村人の首が跳ねられたのを見て、折原をはじめ俺の班の全員が目を逸らした。俺も例に漏れずその一人だ。吐き気がこみ上げてくるのを必死に堪えた。こういうのがダメだからの施設科なのに!


「これは、あかんやつだな。」政宗はそう言うと「三科、鏑木(かぶらぎ)二尉と星名(ほしな)二尉、海自の一力(いちりき)三尉と海保の田村さんをこちらに呼んでくれ。あ〜、各班長も召集だ。それと」と指示を出し、俺たちの方を向く。

「真弓、アムロ班長以外のみんなを連れて下に降りてくれ。今後の方針と詳細は後で話す。」

 今、ぜってえカタカナで呼んだな。



 ◇◇◇

 30分もすると召集のかかった全員がもう一機のCH-47Jで山頂に上がって来た。

 鏑木(かぶらぎ)鷹矢たかや二尉が真っ先に観測所に入ってきた。彼は施設科ではなく同じ陸自の機甲科の偵察隊の班長だ。後方の大フォールラシータ島に本隊は居て、この島には彼の一班10名が赴任している。あと輸送ヘリコプター隊から2機、10名が赴任していた。


 はっきり言って、戦える部隊は彼らだけだ。だが、装備は軽微なもので27式偵察警戒車、高機動戦闘車が2両づつ、いずれも12.7mm機関銃を装備したタイプで、後は偵察用オートバイ4台と控え目だ。このほかに60mm迫撃砲が6挺、12.7mm対物ライフルが2挺。先に登場したCH-47にはドアガンとして12.7mm機関銃が2基づつ備えられている。


 お世辞にも重武装とは言えない。


 船もあるにはあるがいずれも戦闘艦ではない。

 1隻は3,000トンの貨客船、もう1隻はジェットフォイルと呼ばれる小型の高速旅客船だし、海上保安庁から借りているのもよど型巡視艇「みのお」という船で、高圧放水銃を4基も備えているものの艦砲などの武装はない。もともと消防艇として借りたものだから当たり前なんだけどね。

 あとはクレーンやらの重機を運ぶ平な運搬船が2隻あるだけ。


 で、この「みのお」の船長が海保からこの西の果てまで出向して来た田村(たむら)陽彦はるひこ二等海上警備士だ。身長は190cmはあろうかという大男で体型もがっしりしており、プロレスラーとか格闘家と言っても通りそう。でも顔はちょっと眠そうで優しげな顔立ちだ。


「みのお」には海保の隊員が5人乗り込み、主要な操艦任務に従事しており、そのほかを海自の自衛官が担っている。ここまでの航海の当初は反発もあって色々あったっぽいが、今ではうざいぐらいに一致団結している。


 この海自の連中を束ねるのが鬼の副長、一力(いちりき)ゆかり三尉だ。170cmは楽にある高身長で、えっ腰の位置そこなのと、びっくりするほど足が長いスレンダーな女性だ。少し垂れ目気味の柔和な大和撫子な顔立ちに騙されてしまうが、性格はかなりフランクで大雑把なところがある。なんか邪魔だから、と言って、背中まであった艶やかな黒髪をバリカンで刈ろうとしたのを同僚5人掛かりで止めたという逸話がある。その時に上司から勧められたお団子が気に入って、以後変態ゲフンゲフン・・・変わりお団子の虜になったのだとか。

 その一方で、ブラジルの格闘技カポエイラの達人で、銃器の扱いも上手い。鏑木と遜色ない本隊の最大戦力である。


 もう一人、自衛隊の隊服なのに、どこかの中堅企業の疲れた課長のようなオーラの、星名ほしなまさる二尉が眼鏡をくいっと上げながら入ってくる。ヘリコプター輸送班の班長だ。たまに話すことがあるが、物腰の柔らかい感じの良い話し方をする普通のおじさんだ。

 一度、ヘリ班の整備士に「優しそうな班長でいいなあ」と言ったら、ギギギと音がしそうな硬直した動きでがっしと両肩を掴まれて「代わってみるか?」と死んだ目で言われたことがある。人は見かけに寄らないのだな、うん。


 彼らの後ろには偵察隊副隊長の百瑛(ももえい)穂積ほづみ三尉、ヘリ隊の茂木(もてぎ)央亮おうすけ三尉、海保の植野(うえの)大輔だいすけ三等海上警備士、海自の粟村(あわむら)新太しんた三尉がいる。


 百瑛三尉は長距離狙撃の名人らしい。少しくだけた感じの鏑木二尉とは対照的に見た目はビシッとしてきっちりした印象の人で、性格もほぼ見たままの通りらしい。

 茂木三尉は身長が低いのがコンプレックスと話してくれたことがある。30歳になったばかりだが、すでに4人の子持ちで、趣味は模型なんだとか。

 植野さんとはあまり話したことがないので性格まではわからないが、いかにも勤勉で真面目そうな人だ。

 粟村三尉は180cmは楽にあるがっしり体型で、一力三尉の暴走を止められるのはこの人しかいないと思わせるに足る人物ではある。空手の有段者らしい。


 残りは俺と同じ施設科の3人の班長たちだ。

 宗像むなかたあかり三尉はクレーン作業の名手で、ほんの2、3日前まで無人のツェリンナーファ島で通信塔の設置をやって今日戻ってきたばかりだ。


 霧島悠兵きりしまゆうへい三尉は道路敷設班の班長で、どこもかしこもアスファルトはマズイと提言して、現地の村人と一緒になってマカダム工法とか言う砕石を敷き詰め踏み固める道路舗装なんかをやっている。国立大の土木科は違うねえ。


 真嶋まじま康介こうすけ三尉は俺の同期でパワーショベルの名人。ちょっと顔がいいが、いわゆるオタクだ。まあこいつの事はいいや。


 ああ、もう二人いた。「上ノ村」のリョージャさんとお付きの人だ。このリョージャさんは少女にしか見えないが、200歳を軽く越えているのだと言う。初めてあった時に真嶋がエルフかと聴いたら「ワシはシルビスじゃ。そんな変なもんと一緒にせんで。」と怒られていた。正しくはシルビス・オモと言うらしい。

 耳は尖ってて長いし、プラチナブロンドで超色白だし、目の色は宝石のような緑色だし、インドのサリーみたいな服着てるし、見た目はどう見てもエルフなのにね。とにかく村で一番偉い人と紹介された。村長より偉いって何?


 ともかくシルビスたちは数が少なくこの列島に住む人の1割程度しかおらず、その上男女問わず見た目がほとんど同じで、なかなか俺たちには見分けができないのだった。


 お付きのヴィーネさんは本当のところは多分護衛なんだろうと思う。2m近い大女で、全身が毛深く顔にまで薄っすらと毛が生えている。目は虹彩が縦長で夜は光る、まるで猫だ。大きな耳は尖っていてやはり毛深い。でも場所は普通に俺たちと同じで、顔の横にぴょこんと飛び出している。形だけ猫耳でちょっと残念、と真嶋が言ってた。もちろん手のひらと足の裏には肉球があった。

 再々残念な真嶋が「肉球あるんすね」とヴィーネさんに言ったら、真顔で「全部毛だったら物が掴めないし、滑って転ぶだろう。」と少し馬鹿にしたように言われていたな。


 変わっているのは髪型で、側頭部ともみあげが伸びないそうだ。後ろは首の付け根あたりまでが長髪になるそうで、ぱっと見ソフトモヒカン。俺の印象としてはたてがみだ。その独特の髪型も相まって毛が生えててもすごい美人だと思う。その美人さんがいわゆるビキニアーマーと腰布だけって、目の保養・・ゲフンゲフン目の毒だ。やり場に困るよ。


 この人も獣人ではなくプラトム・オモなのだそうだ。このプラトムさんたちは数も多いが見た目のバリエーションも多い。体型、体格はもちろんだが、髪の色、体毛の色、皮膚の色、目の色、耳の形、終いには虹彩の形まで異なっていて、その組み合わせになっているので、まさにみんな違っていた。

 ついでだが、我々のような普通の人間はシクトス・オモと言うらしい。


 さて、この面々で先程の映像を見る。ヴィーネはスクリーンに突撃せんばかりに激昂し、リョージャは涙を流しながら憤怒の形相で血が出るほどに唇を噛み締めていた。


「此奴らはクムル聖教法皇国の奴隷狩りじゃ。国を揚げてやりおる、クズじゃ。」


 鏑木、田村、一力が「これ、あかんやつやな」「ダメなやつだ」「いけんヤツじゃ」などと同じ内容を口々に言う。


 ついでに言っとくと宗像、霧島、真嶋の3人は外に吐きに行った。俺は耐えた。


「蒸気帆船の装甲艦、フリゲートだな。」と一力は2隻の帆船を指さす。「こっちは見た事ないな。大きさ的には戦列艦だが砲門がないね。」


「それは竜母艦だ。走竜、飛竜を運ぶ。捕まえた人を運ぶのにも使う。」ヴィーネが憎々しげに言う。


「どれぐらい載せてるもんなんだ、その竜を。」と鏑木が問うと、「奴隷狩りの場合だと走竜を30騎、飛竜は4騎程度だ。人を大量に載せたいからな。」ヴィーネは不満げに答えた。


「この走ってるヤツが走竜だな。乗ってる騎士ってのかな、こいつ持ってるのはマスケットか?」と鏑木が言うのを横から覗き込んだ三科が「そうみたいですね。フリントロック式でしょうか?」と相槌を打つ。

「遠くてわかんねえな。」と鏑木。

「その銃と同じのならオレらも少しだが持ってる。」とヴィーネが言うので後で持って来てもらう事にした。


「まずは敵戦力の把握だな。強行偵察やるかねえ。」と鏑木。

 それを聞いていたヴィーネが少し考えてから、「それなら夜になってからこの小さな浜に上がると良い。もしかすると女子供はここの洞に隠れてるかもしれん。」とクムル国の連中が上陸したのと真反対側の切り立った岩場の続く海岸を指さす。


「何人ぐらい隠れていると思う?」と鏑木が問うと

「200人ぐらいじゃろう。」とリョージャが答えた。

「見つかるまでにどれぐらい猶予があるかな?」

「奴らも初めてじゃないからの。それでも、あの険しい山道をシクトスが登ってたどり着くには、明日の昼過ぎまではかかろうの。」

「その前に船の方がツェリンナートに向かうんじゃ。」と三科が割っては入ると、「それはない。オレらのハラカラがこの島に逃げてくることを奴ら知ってる。」とヴィーネが答えた。「そしてこの島から先にはどこにも逃げられないことも知ってる。」

 それを聞いて政宗も鏑木も、その場の皆がムッとした顔をした。


「夜間に救出しよう。」と鏑木。「その隠れてる洞窟から海へ出るにはどうするんだ?」

「そのまま海に繋がってる。潮が引いてる時でも外からは見えない出入り口がある。潮が満ちてても少し潜れば外に出られる。」とヴィーネ。

「赤ん坊とか無理だろ。」と鏑木。

「・・・・」

 しばらく皆は黙りこくってしまう。


「あっ。」俺はあれの事を思い出した。「何とかなると思います。」と手を挙げていた。俺たち優秀な安室班の、お手製レジャー用品があるのを思い出したのだ。あれなら、赤ん坊でも水面下を潜ることができる。はず。後でチェックしなきゃ。


「あとは船だな。」と政宗。

「ジェットフォイルに全員乗せられますが、あの大きさのが近づいたらバレますよね。」と三科。

「ここのツェリンナーデ島の影にジェットフォイルを隠して戦闘強襲偵察用舟艇ゴムボートで乗りつけるか。」と政宗。

「そんなに手持ちが無えよ。」鏑木が言う。「5艘だったかな。」


「・・・・・」一同が黙り込んでしまう。


 ◇◇◇

 その後あれこれと話し合ったが、なかなか妙案が出ないまま時間が経ち、やがて全員が押し黙り、いささか重苦しい空気が漂う。


 その沈黙を軽い賑やかな声が破った。

「ちゃース。鉄砲持って来たッすよ〜って皆さんどうしたッすか?どんよりしちゃって。」

 声の主はポリジ。プラトムの少年で髪は銀髪、体毛はロシアンブルーのような青みがかったグレー、耳は丸く、虹彩の色は透き通るような水色で丸い。島で一番の健脚ということで、俺たち自衛隊も伝令なんかをお願いすることが多い。


「おう、ありがとな。」鏑木が鉄砲を受け取る。撃鉄のあたりの構造を確かめて三科に渡す。

「やっぱフリントロックでしたね。パーカッションロックじゃなくて良かった。と三科は続けてフリントロック式は着火が不確実で、しかも天候に左右されやすいのだと説明した。


 少し場が和むのを見てポリジが嬉しそうな顔をして

「役に立ってよかったッす。で、何に困ってたっスか?」と聞く。


「お通夜っぽかったのは、ボートが足りなくてよ。」と鏑木。

「オツヤってのは解んないっスけど、どんなボートっす?」とポリジが聞くので、タブレットで|

 戦闘強襲偵察用舟艇ゴムボートの写真を探し当てた三科がそれを見せる。

「こんなの。」

「え、これっすか?、こんなのツェリンナート島にいっぱいあるっスよ。」

 あっけらかんとしたポリジの返事に一同は一瞬固まってしまう。

「はああああああ〜〜」直後、リョージャとヴィーネを除く全員が変な声を上げた。


 そこで初めて戦闘強襲偵察用舟艇を見たリョージャが「あっこらの漁りの連中があんまりひどい舟しか持っとらんで、ニホン国がくれたんじゃ。」と言い、その後ろでヴィーネがウンウンと頷いていた。


「だってこの島にはオレらが持って来たのしか・・・・」三科が言いかけて止め、「この島の人魚獲りに行かないわ。つか早く見せていればあああああ」と続けた。


「4島で40艘用意してくれたんじゃが、沖で漁るのはツェリンナーぺの一部とツェリンナートの連中だけじゃし。多方はツェリンナートに行ったのう。」リョージャはそう言ったが、後でツェリンナートには32艘だと分かった。船外機も自衛隊のそれと遜色ないガソリンエンジンのポンプジェットだった。よっ日本政府太っ腹www。


「よし、方針は決まったな。」政宗一尉は皆の顔を見ながら言った。みんなの反応は、え、そんなの決まりましたっけ、であるが政宗ミムラは気にしない。そしてこう続けた。

「まずはツェリンナーモ島の島民救助と敵状偵察だ。」そして一拍置いて「委細は鏑木二尉に任せた、よろしくぅ。」


 またかよという顔で鏑木二尉は苦笑するのだった。むろんその場の俺たち日本人皆が口にこそ出しはしないが、「出たよ、マサムネ一尉の最終奥義、丸投げ」と言いたげな同じ顔をしていたのは当然のことだった。


 ◇◇◇

 夜の闇が背後から刻一刻と迫ってくる。

 沈みゆく夕陽を追うように25艘のゴムボートが40ノットの猛スピードで海上を滑るように疾走していく。鏃型の隊列を組んで25本の白波を曳きながら進む様は、まるで海を切り裂いて行くようだ。

 先頭を切るのは鏑木の偵察隊の面々で、黒い戦闘服に、黒いヘルメット、黒いフェイスマスクを着け、目の周りを黒いフェイスペイントで塗りつぶしていた。

 先頭の5艘は陸自の戦闘強襲偵察用舟艇で自衛隊員が舵を取っており、残りの20艘はツェリンナート島の複合型ゴムボートで、村人たちが舵を取っていた。


 さほど時を待たずに陽は沈み、闇が彼らを追い越して行く。名残惜しそうに西の空が青紫に染まっていたが、それもやがて闇に呑まれていった。

 後に残ったのは漆黒の海と、文字通り降るような満天の星空。それはまさしく世界の全てのようだった。


次回は救出作戦&強行偵察の始まりです。また、間が空いてしまいます。ご迷惑をおかけしますが、お待ちいただけると助かります。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ