プロローグ 後編
後編部分です。巻き込まれるように戦いの渦中にある海上自衛隊の最新鋭艦「あかぎ」は敵航空機24機を相手に防空戦を行うことに。
読んでいただけると幸いです。
イージスシステムにはその武器管制に3つの動作モードがあり、「手動」「半自動」「全自動」
となっている。
手動モードは目標捜索から脅威度判定、攻撃指令から攻撃までのすべてのステップをオペレーターが手動で行うもので、半自動モードは全ステップのうち攻撃指令のみをオペレーターが行う。
全自動はすべてのステップをシステムが行う。あらかじめ入力された目標に対して指揮決定システムが状況を判断して攻撃指令を出し攻撃行動に移すもので、そこには一切人間の関与はない。もちろん途中で割り込むことは可能で、目標を変えたり攻撃を中止したりを手動で行うことができる。同時に認識する目標は100を超え、その中から驚異度の高いものを10個ずつ選び、順次攻撃する。
一部のフィクション作品に、この全自動モードを「ハルマゲドン・モード」と呼称するものがあるが、地下鉄テロ事件のあった日本国の海上自衛隊においてはそう言う不穏な名称は使われていない。
「確実にモニターせよ。不測の事態に対しては手動対応する。迎撃開始っ。」
「了解。システム直ちに迎撃開始。」
「敵機2群に分かれます。先行するA群が超低空のまま迎撃範囲に接近。速度650km。距離20km。」
「これは雷撃?いや、この速度は反跳爆撃でもやる気かな。」と多聞。
「突撃するつもりかもしれません。この高度を維持して飛び続けてる。能力は高いです。それだけにここで落とさないと。」接近する赤い点を梅木は睨みつけた。
「主砲近接信管弾にて撃ち方始めました。続いてRAM発射。」オペレーターの声が響く。あかぎの62口径長155mm単装砲が1分間に20〜25発の速さで発射される。目標に近づくと爆発してその爆風と破片で薙ぎ払う。その度にスクリーン上の赤い点が次々と明滅して消えていった。
「トラックナンバー01〜04、06、08、10〜12撃墜。」
「次いでB群接近中。こちらはさらに二手に分かれるようです。」
「トラックナンバー18〜24急上昇。シースパロー、一斉発射。」
「トラックナンバー13〜17左右に分かれて低空にて接近。」
「トラックナンバー05、07、09低空でなおも接近。」
「05撃墜。18〜22撃墜。23、24、目標を本艦に変更した模様。反転して急降下。突っ込んできます。」
「23撃墜。24まだも急降下接近中。RAM発射。」
「24、命中するもまだ接近中。」警報音が鳴り響く。「警報。衝撃に備えよ。警報。衝撃に備えよ。」
「24、接近。距離600m、RAM発射。」警報が鳴り響く中、オベレーターは震える声で報告を続ける。「さらに接近、400m。」
一瞬の沈黙。警報だけが鳴り響き・・・
「24消失。破壊した模様。破片に注意。」ほうっと三々五々にため息が漏れる。そして接近警報は鳴り止んだ。
「13〜15、撃墜。17撃墜。16はまだ接近中。距離2,400m」
「16撃墜」
「05、09、撃墜。07、接近中。距離1,200m、機銃撃ってきました。」接近警報が再び鳴り響く。「07なおも接近。」
「被弾は?」梅木の問いに「ありません。」とオペレーターの一人が答える。
「07、距離800、主砲の死角に回り込む模様。なおも接近。RAM発射。」
CICに緊張が走る。再びの接近警報。
「距離500を切ります。なおも接近。」
「なぜに当たらない?」操縦桿握ってるやつは超能力者かなんかなのかと、汗をかき始めた手で梅木は口元を押さえた。
「07、墜落。うねりに突っ込みました。」
「敵機全機消失。」
誰ともなく漏らした安堵の息がCICに響いた。
そうして梅木は自分がじっとりと手に汗をかいていたことにやっと気づいた。
「ドローンとヘリを出せ。生存者を捜索する。」多門が指示を出す。
格納庫ではSB-2多目的ヘリコプターが発進準備をはじめる。
そのすぐそばでブラックホーネットIII小型ドローンがつぎつぎと飛ばされる。これは掌サイズの小さな二重反転プロペラのヘリコプターで、12機が一組となって互いに通信しながら捜索任務などをこなす群体ドローンだ。
やや大きな機体の固定翼ドローン、スキャンイーグル3も発進準備を始める。ガソリンエンジンで24時間飛び続けて捜索、偵察をすることができる。専用のカタパルトから勢いよく飛び出すと艦の周りを旋回し、その半径を次第に大きくしていった。
ドローンが発進して10分ほど経った頃、ブラックホーネットが海に浮かぶ戦闘機とそのコクピットに生存者を発見した。
SB-2多目的ヘリコプターに乗り込んだ海難救護班が現場へと急行する。
ものの5分ほどで到着すると潜水士が海中へと飛び込む。
その様子をCICで多聞たちは眺めていた。
「こちら救護班。生存者発見。外傷は無いようですが意識を喪失しています。脳震盪の恐れあり。体温はまだ平常。呼吸、脈拍ともに異常はなし。」
「同じく救護班。機体の方は、損傷は軽微ですが徐々に浸水中。」
「引き上げるなら早いほうがいいな。しれとこに連絡。ウェルドックに引き上げられるんじゃないかな。生存者も収容してもらおう。」
SB-2の報告を聞いた多聞はそう指示した。
ものの10分ほどで輸送艦しれとこが現地に到着し、後部のウェルドックに墜落した機体を引き上げ始めた。それまでに3名の生存者を発見して、SB-2に順次収容していた。
ブラックホーネットとスキャンイーグルはその後1時間で22名を発見し、次々と救助する事になる。
「全艦に通達。救助活動が一段落したら時間割に従って各自適宜休息せよ。次の戦闘予定時刻まで2時間ほどある。予定時刻の15分前状況開始する。以上。」
多聞はそう通達を出すと、梅木に「ここは森末に任せて、我々は上に行こう。」と告げ、マイク越しに「木原副長、飯盛航海長、二人も来てください。ちょっと話があります。」と言って席を立つ。
◇◇◇
艦長室の前にはすでに木原と飯盛が待っていた。4人は室内に入るといつものように座る。そしていつものように多聞は「珈琲でいいな。」というと手慣れた手つきでミルで豆を挽き、コーヒーメーカーにセットする。しばらくすると香ばしい匂いが部屋に広がってゆく。
「話は他でもない、今回の戦闘のことについてだ。」コーヒーを配膳しながら多聞が言う。「どう感じたか、正直なところを聞かせてもらいたい。」
「どうとおっしゃいますと?」と飯盛。
「いつも通りの口調でいいぞ、飯盛。極めて個人的な感想というやつを聞きたいんだ。怖かったとか、そう言うさ。」笑いながら多聞が言う。
「そう言うことでしたら、先生。」木原はさっと手をあげる。訓練生時代に多聞が教官だったのでプライベートの時にはそう呼ぶのだ。「敵機が迫って来るまでは全く現実味がなかったです。訓練やシミュレーションをしているような、そんな感じというのかな。こちらの攻撃の結果、多数の死傷者が出ているとか、そういうのも実感としてないというのかな。」
「我々自衛官はそう訓練されてるんだから、ある程度は当たり前じゃないのかな。」梅木はそう言いながらメガネを右の中指でクイっとあげる。
「オレも木原に同意だな。敵機の姿を目視した時に感じた戦場を感じるとでもいうのかな、それと敵が見えないうちの戦闘とではこう、あれだ、本物感が違う感じかな。」と飯盛。
「梅木、お前も感じてはいたと思うんだが、我々の戦闘には現実感がかなりごっそりと欠落しているんだ。」多聞はコーヒーを一口啜る。「人を殺傷し、物を破壊した罪悪感を持つべきとかそういう話ではないんだ。ただ、この現実感の無さはあまりよくない気がするんだな。」
「慢心?ですか?」と梅木。「確かに一方的なアウトレンジ攻撃ですし…。」
「まさにそれよ。」木原が梅木の方を指差して言う。「私たちはこのゲームのような戦闘に慣れきってるのよ。前の世界の演習と同じように、眼前に敵を見ることがない。これまでの仮想敵と同じような感覚が抜けない。」
「むー。確かにそれは否めない。つまり、生身の敵意がある相手と相対している実感が薄いということだよな。」梅木は少し間をおくと続けた。「で、迫り来る敵機をモニター越しでなく直に見た木原や飯盛はそのギャップを感じたってことか?」
「うん、そうだな。あの低空で突っ込んでくる艦爆を目にした時に、オレには何か覚悟みたいなものが足りてないような、そんな不安感のようなものがあったな。」と飯盛。
「アタシはちょっと違うかな。不安感と言うよりも恐怖だった。アタシたちは運よくこれまでああ言う敵意というものを目の当たりにしたことがない訳で、その敵を滅するという執念のようなものがしっかりと形を持って迫ってくるのは、あからさまに恐ろしかったわね。足がすくむとかいうのと違って、こうじわじわくる感じかな。」中空をぼんやりと眺めながら木原が言う。「降下して突っ込んできた爆撃機よりも、主砲もRAMもかわして突っ込んでくる敵なんて、普通考えられないし。」
「ああ、それだ。」と梅木。「俺たちはスクリーン越しだし、よくわからなかったんだけど、あれどうやって避けてたんだ?。ありえないだろ?」
「こちらのミスではない訳だし、オートモードが遠慮するとも思えんしな。」と多聞。「木原、お前にはどう見えた?」
「監視員にビデオ撮らせたんで、後で分析回しますけど、彼が言うには躱す瞬間ブレたって。」と広げた左手を水平に出してひらひらと小刻みに捻って見せた。「アタシが見た感じだと、砲弾もミサイルも飛んでくるのがわかってるみたいでしたね。当たる瞬間にこう、ばっと方向変えたり機体を捻ったり。」
「なんだそりゃ。」梅木がいかにも半信半疑な顔をする。
「アタシだってそう言いたい。ほら、昔のさロボットアニメでキラーンて閃いて避けちゃうのってあったじゃない。まるであれ。」と木原が答えた。
「そんなSFな・・・。」と梅木。
「いやマジだって。」と飯盛。「最後は直撃を避けようとした時の急な姿勢変更に機体が耐えられなくなった感じだったしな。あれ、ワイヤーが切れた感じだったな。で、そのま波に突っ込んじまった。」
「その辺は引き上げた機体を調べればわかるだろう。二人とも参考になった。しかし映像と記録があるからいいものの、主砲はおろかミサイルも避けられましたなんて報告あげたら、普通は始末書もんだがな。」多聞はさも面白そうに言った。「とは言え、ここは魔法のある世界だからな。そんなことがあっても不思議では無いわけだが。」
◇◇◇
「攻撃位置まで、あと15分。」全艦にCICオペレーターの声が響く。
「攻撃位置まで15分。ようそろ〜。主砲対艦誘導弾よーい。」梅木砲雷長の指示が飛ぶ。「目標との距離12万5,000mで攻撃開始。」
「同時に潜水艦部隊が攻撃を加える。潜水艦部隊は距離約6,000、深度約600から雷撃する。舵が効かなくなったら敵艦は止まるだろう。相対距離に注意せよ。」
「諸元入力済み、相対距離よし、主砲仰角44度、発射準備よし」武器管制オペレーターが言う。
「予定通り、3発ずつ間隔を開けて3連射する。主砲、撃ち〜ぃ方始めぇ〜。」多聞の指示を梅木が繰り返す。「主砲、撃ち〜ぃ方始めぇ〜。」
「主砲、てーっ。」オペレーターの掛け声とともに、スクリーン上の主砲が立て続けに3つの黒煙を吐く。しばらく間を置いてまた3発、また3発と繰り返したところで多聞が「撃ち方やめ」と掛け声をかけた。
「弾着観測後、修正して再度同じく3発3連射する。」
「だ〜ん着〜」と女性観測官が声を上げる。
主砲発射から3分ほど経っただろうか、スクリーン上の超大型戦艦の艦体の中央あたりに砲弾が次々と着弾する。ほぼ同時に後部から大きな水柱が立ち、推進器あたりを魚雷が直撃したのだとわかる。「超巨大戦艦速度落ちました。現在5〜7ノット。やや左に進路がずれていく模様。」と島津が状況を報告する。「随伴した戦艦も一隻を除いて動きが止まりました。その一隻は救助活動のようですね。」
「舵をやったみたいですね。もうまともに動けないでしょう。」と梅木。
「超大型艦の前部甲板と煙突付近、後部手法近辺で小爆発。火災が起きた模様で、煙が吹き出してます。」島津が偵察機のカメラ映像の様子を告げる。「意外と上部構造の被害が少ないように見えます。」
「船体が傾きはじめたな。浸水か?。」梅木は訝る。
「砲塔が動いています。」島津が言うと一瞬緊張が走る。
「バランスをとっているのかもしれんが・・・。」と多聞。だが次の瞬間。
「回頭を始めたぞ。こちらを狙う気だ。まだやる気だ。距離は?。」
「距離11万。砲身が動いてます。」島津が叫ぶ。
「第二射、撃ち方よーい。今度は3連射を2回。」多聞の号令を梅木が繰り返す。担当管制官が「よーいよし」と返すと、一呼吸おいて「撃ち〜ぃ方始めぇ〜。」と号令がかかった。
『あかぎ』の主砲が18発撃ち終えた頃に、スクリーンの超大型戦艦の3基9門の巨大砲塔からとんでもない大きさの爆煙が上がる。オレンジの炎と漆黒の煙が艦体を覆うように朦々と湧き上がる。
「超巨大戦艦、主砲発射。」と島津。
「こちらには届かないとは思うが。イージスシステム全自動モード。驚異度の高い砲弾は撃ち落とす。」と梅木。
「大型砲弾ぐんぐん上昇します。現在高度1万5,000まだも上昇中。」
「ありえない・・・」梅木は顎に手をやりながら呟く。
「うむ。推進補助があるようにも見えないから、そこまで高度が上がるのは無理があるな。」と多聞。
「やはり魔法でしょうか?」
「かもしれんな。」
「敵砲弾、高度2万まだも上昇中。予想到達高度は2万7,000。着弾予想時間110秒。『コンスティテューション』への衝突コース。被弾確率80%。・・・」島津は「そんな馬鹿な」という言葉を飲み込んだ。
そもそも、50cm45口径砲の最大射程は大きく見積もっても50kmほど、現在の相対距離の半分にも満たないはずである。そして最大到達高度も1万5,000mには達しないはずである。まして第一射が目標物に8割の確率で命中するなど絶対にありえないことなのだ。射爆理論の常識を遥かに凌駕する異常事態と言えた。
全自動モードのAIはSM-6とSM-3を発射した。いずれも弾道ミサイル迎撃用のミサイルである。
『あかぎ』だけではなく、同型艦の『しらね』とオバマ級ミサイル巡洋艦『カーライル・トロスト』、改ズムウォルト級ミサイル駆逐艦の2隻、ホロウェイ級ミサイル駆逐艦の2隻の計9隻から一斉にSM-6とSM-3が発射された。
36本の白い航跡を残してミサイルが雲の彼方へと飛翔していく。しばらくすると遥か上空で光が瞬いたかと思うと、少し遅れて雷鳴のような轟音が鳴り響いた。
「砲弾消滅・・・。あっ2発だけ生き残ってます。」といつも淡々としている島津らしく無い声を上げると、今度は武器管制官の一人が「全艦からSM-2が発射されました。」と大きな声で報告する。
37隻の戦闘艦から全部で40発のSM-2対空ミサイルが発射され、落下する砲弾へと飛翔する。さっきより強い光が瞬き、少し遅れて、でもさっきより早く、さっきより大きな轟音が鳴り響く。しばし沈黙。
そして、しばし沈黙。
「砲弾消滅。」やはりいつも淡々としている島津らしからぬ、安堵の響きでそう報告した。
「だ〜ん着〜」といつもの女性観測官が声を上げる。
前回の砲撃では残存艦全てに向けられた砲弾が、今度はくだんの超大型戦艦に向けられた。600発を超える砲弾が雨のように超巨大戦艦に降り注ぐ。爆煙が次々と艦体上部を覆い尽くしていき、艦橋もろくに見えなくなった。朦々とした黒煙の中で誘爆らしい爆発がいくつも起こり、戦艦の姿全体がやがて掻き消されていく。それも少しすると収まって、全体を覆い尽くしていた黒煙も緩々と風にたなびいて薄くなっていく。
やがてカメラに映し出されたのは、全ての砲塔がねじ曲がり、ひっくり返り、煙突が崩れ落ち、艦橋も原型を留めず半壊した超巨大戦艦の姿だった。ボロボロではあったが、未だ威厳を残してそこに佇んでいた。その艦橋にはいつの間にか白と青の旗が結びつけられ、はためいていていた。
ただ一隻生き残った戦艦は変わらず救助活動をしている。その艦橋にも白と青の旗がたなびいていた。降伏の合図なのかもしれない。
「終わったらしいね。」と多聞が静かに言うと、CICの全員が多聞の方を見て頷いた。「あの状態ではもう戦えないだろうが、警戒は怠るな。」
「降伏勧告をするのでしょうか?」
梅木の問いに「多分そうなるね。無益な殺生はしたくはないし、弾の無駄遣いもしたくはないしね。」と多聞は答えた。
そのタイミングで逢坂通信士が「司令部より、司令部から直に降伏勧告をしたとのこと。例の姫様が通信したそうです。」
「了解。これで本当に終わりらしいね。」多聞は黒煙を上げたまま沈黙する巨大戦艦の映像を見つめた。
「ええ、こちらは被害らしい被害はなくワンサイドゲームでした。」梅木も同様に見つめている。
スクリーンには白い立派な制服を身に付けた士官らしき人達数人が、半壊の艦橋に佇んでいる様子が大写しになっている。見た感じは欧米人のような容姿である。無人偵察機に気がついたようで、こちらに向かって敬礼らしきポーズをとった。それを見て多聞も敬礼を返す。無論彼らには見えないわけだが、それが礼節というものだと思ったのだ。
それに倣ってCICの皆が一様に敬礼を返した。
プロローグ と言いつつ次の話はガラリと雰囲気を変える予定です。
ご感想、誤字脱字報告などございましたらよろしくお願いいたします