幕間1 ヴァイゲル大佐の勇猛と憂鬱 〜2
ヴァイケル大佐の苦悩は続きます。
負け続ける話というのも書いててなかなか難しいものがありますね。
お読みいただけると嬉しいです
ニッポン国は誘導ロケット弾を持っている。その考えにすぐそこの暗い未来に恐怖したが、私はとにかくできることをやるしかないと気を取り直し、次々と指示を出していた。
「左前方40度の方向に弾幕を張り続けろ。敵飛翔体は低空で侵入して来る。かなり高速だ。全主砲は四号弾を目盛り0、2、4、5にセットして水平に連続発射。」
「大佐、それでは最短のものは1,200mほどで爆発しますが・・・。」『ウンベジークバー』艦長のフロスト・フォン・ヴェーベルン中佐が心配げにしている。
「かまわん。あれに被弾するよりはいいだろうさ。いざとなったら我々対空艦が盾になる。全員覚悟はしておけ。」
「それでこそ、本望でさぁ。」「やってやりましょう。」などと艦橋にいる全員が口々に言う。
私は艦橋を見回す。自分には出来過ぎなくらいに良く出来た部下たちだ。自分の今があるのは彼らがいてくれたおかげだし、リーデンドルフ侯が彼らごと私を擢用してくれたからだ。
そんな感慨に浸りながらも、冷たい現実をひしひしと感じていた。
盾になるとは言ってみたものの、あの目標を定めて誘導されてくる飛翔体に対して、前に出たからと言って、代わりに被弾することなど果たしてできるのだろうか?
四号弾にしても、運が良ければ当たるかもしれない程度のものだろう。一体我々は何を相手にしているのか・・・。
そんなことを考えていると、私の補佐官をしているクルト・フューゲル少尉が声をかけてきた。
「大佐殿、意見具申よろしいでしょうか。」
「なんだ。」
「実はテスト用の魔導砲弾を何発か持ってきております。索敵術式を組み込んだ近接信管の四号弾です。あれならば例の飛翔体にも有効ではありませんでしょうか。」
「何?。そんなものを持ってきておったのか。他の艦艇にはあるのか?。」
「いいえ。本艦だけです。数も確か30発ほど。第一主砲塔と第三主砲塔に配備しております。」
「いや、それは朗報だよ。出し惜しみする必要はない。次にあの飛翔体を発見したらその魔導四号弾を撃て。」
少しはあの魔弾から友軍を守れるだろう。少なくとも『グローセス・ヴァイデンライヒ』だけでも守れることができれば、敵艦隊に一矢報いることは叶うだろう。
今度は頭上でいくつもの閃光が煌き、次々と爆発音が轟く。しばらくすると飛行機の残骸が降って来た。上空で落下傘の花も開いている。
遊軍機がやられているのだ。
「私たちは悪魔と戦っているのでしょうか?。」
フューゲルの問いに私は何も答えてやることができなかった。
◇◇◇
私は作戦指揮所で海図を睨んでいた。敵の足取りを予想してなんとか反撃したいと考えたからだ。
「敵は我々よりも足が速いと見るべきだろうな。」
「はい。最初に索敵機がレーダーに捉えたのがこの位置で、最後に目視で捉えたのがここです。」
フューゲルがテキパキと地図に赤いフェルトペンで書き込んでいく。
次いで定規をあてて距離を測ると、計算尺を取り出してメモリをスライドさせる。
「およそですが27ノット程ですね。そうすると・・・。」
定規をあてがい直線を引いていく。その終端にバッテンを描く。
「現在はこの辺りかと。」
「200kmほどか。」
「はい。相対速度から考えると、『グローセス・ヴァイデンライヒ』が攻撃可能な距離までは、1時間ほどです。」
「それまでに敵の攻撃が無いといいんだが、そう甘くは無いだろうな。」
「先ほどのような攻撃がまたあると?。」ヴェーベルン艦長が不安げに尋ねる。
「あるだろうな。私の予想では・・・30分後ぐらいかな。」
フューゲルが海図に書き込むのを一瞬躊躇する。振り向いた顔は「根拠は?」と聞いているようだった。
「フューゲル、例のロケット弾の速度を毎時1,100kmとして、敵艦隊の場所から発射位置を予測できるか?。」
フューゲルが計算尺で計算しながら地図上に鉛筆で書き込んでいく。
「あれ?。あれって200Kmもの距離を飛べるものでしょうか???。」
「無理だろうな。せいぜい150kmだろう。我が軍のロケット弾から考えてもその程度だ。もっと短いかもしれん。」
フューゲルがぶつぶつ言いながら、かちゃかちゃと計算尺を操るのを横目にヴェーベルンが聞いてきた。
「先ほどのは艦載機からの攻撃だったと?。」
「多分そうだろう。角度的にも艦隊からとは思えない。まあ、そういう欺瞞行動ができる弾だったら話は別だが。さすがにそれは無いだろうしな。」
私は海図の予想位置を指しながら続ける。
「影も形も見えなかったから100km以上の彼方から発射したのだろうな。」
「それであれだけ当てるなんて・・・バケモノですか。」
「はは、そうだな。ニッポン軍が我々の想像もしない兵器を持っているのだけは確かだ。あれは誘導弾だよ。まさしく魔弾だな。」
「そんな・・・。それで、あの命中率というわけですか。」
「ああ。」
「大佐、残り20分です・・・。」計算を終えたフューゲルがげっそりした声でいった。
「フューゲル、リーデンドルフ閣下に進言だ。20分後に先ほどの攻撃が1時方向よりあるため、今より艦隊はジグザグ航行による回避行動を開始されたし、と。」
了解しましたと勢いよく返事をしたフューゲルは脱兎の如く通信士の方へと走っていった。
◇◇◇
指定された方向をそれこそ目を皿のようにして見続けていた対空監視係が叫んだ。
「右前方5度、飛来物多数。物凄い高速で突っ込んできます。」
「『グローセス・ヴァイデンライヒ』の前に出るぞ。取舵70、全砲門右へ回せ。」
ヴェーベルン艦長が指示を出す。
「全門発射っ。弾幕を張れっ。近接信管弾も惜しまず使えっ。」
『ウンベジークバー』の左側に立て続けに爆発する。黒煙が次々と花開くように広がっていく。
その様子を、効果があってくれと祈りながら私は見守っていた。
そうしていると右前方にいた対空駆逐艦がまるで飛び上がるかのように爆発した。
そうそう上手くいくわけはないのだ。
雨霰と降り注ぐ誘導ロケット弾はその数ざっと200から300というところだろう。そろそろ終わりだろうか。どうやら最後の1発と思われる魔弾がなんとか踏ん張っていた重巡に命中したところだった。爆発轟沈は免れたものの一気に傾くほどの被害を受けた。
それでもこの『ウンベジークバー』と後ろの『グローセス・ヴァイデンライヒ』を狙ったと見られるロケット弾の何発かは阻止できたようだった。索敵術式による近接信管は効果があったようだな。
とはいえ、その虎の子の近接信管式四号弾も打ち尽くした。第3波がきたらもうお手上げだ。
「諸君ご苦労だった。」煤けた匂いが漂う艦橋で私はその場の全員を労った。コーヒーと軽食を皆に振る舞う。「2時間は戦闘がないと思われるが、警戒は続けよ。取り合えずは小休止だ。」
被害報告が上がってくるのに耳を傾ける。戦闘艦の8割が失われた。事実上の敗北である。
空母は全艦被弾し、沈没を免れた4隻のうち2隻は修復は不可能なほどの損傷で、残りの『グラーフ・レーヴェンドルフ』と『ウンターニーメン』は修復は不可能ではないが相当に時間がかかるとのことだった。発艦した飛行隊は戻る場所がなくなってしまった。2隻の修理が間に合わなければ着水したところを拾ってやるしかない。仮に帰ってこれたらの話ではあるのだが。
「フューゲル、リーデンドルフ閣下に今後の方針を伺う。同道しろ。艦長、あとは任せる」
敬礼を交わすと私たちは艦橋を後にして『グローセス・ヴァイデンライヒ』に向かった。
◇◇◇
『グローセス・ヴァイデンライヒ』の作戦指揮所には25名ほどの指揮官や艦長、参謀たちが集まっていたが、その空気は重かった。
「この戦は我が軍の大敗である。」リーデンドルフ候は沈鬱な面持ちで口を開いた。「しかし、この艦が何もせずにすごすごと帰投してしまっては、沈んだ僚艦の連中に顔向けがたたない。」
「!・・・・」一同が息を飲む。
「私は本艦をもって突貫しようと思う。本艦の乗組員には申し訳ないが、私と共に運命をともにしてもらうことになる。」
「我々もお供いたします。本作戦において、ここのメンバーは皆、責任者であります。」そう言うクラウス・フォン・ローゼンクリーガー大佐の白い制服は血と煤で汚れていた。彼の乗艦の戦艦『アトミラール・ゼップ2世』は前部の主砲塔全てを失っており、辛うじて誘爆を起こさずに済んだが、浸水のため艦体が少し沈んでしまった。
集まった指揮官たちは次々と同行する旨を口にする。私も例外ではない。もとより私はリーデンドルフ候の副官である。いわば運命共同体であり、候が行くところには私も有るのが当然なのであった。
リーデンドルフ候は手を上げて皆を制する。
「全員は必要ない。救助活動もしてもらわねばならないからな。参謀の諸君もこの船を降りて生き残ったものたちの救助を頼む。」そう言って私の方を見る。
「アロイス、すまないが君と『ウンベジークバー』には一緒に来てもらう。」
「もとよりそのつもりでおります。閣下。」私はそう言って頭を下げた。
その後、リーデンドルフ候は7人に声をかけ、残りの者には救助活動を命じた。
ローゼンクリーガーは選ばれなかった。悔しそうにはしていたが、卿にはこの戦のことを本国に正確に伝えてもらいたい。と言われては大人しく引き下がるしかなかった。
600の艦隊が最後はたったの9隻とは。
いつの間にか現れたリーデンドルフ候の侍従が皆にグラスを配っている。グラスにはワインが注がれていた。鼻腔を擽る芳しい奥の深い香りがする。良いワインだ。戦勝時に乾杯するつもりで用意したものだろう。
「帝国に栄光あれ。」リーデンドルフ候はそう言ってワインのグラスを持ち上げた。
全員がそれに倣いワインを飲み干すと、1人ずつ正式な帝国海軍式の敬礼をして艦橋を去っていく。
選ばれた7人がだけが残り、海図を広げたテーブルを囲む。
リーデンドルフ候に促されて私は話し始めた。
「多分ですが、敵艦隊は今頃は我が方の航空隊と交戦中でしょう。そろそろ終わるのかもしれませんが、帰投するものはほとんどいないでしょう。」
全員が無言で頷く。
テーブルの各々の手元にはいつの間にかコーヒーが配られている。こういう時のカフェインはありがたい。私は先を続ける。
「敵艦隊は多分この辺りで足を止めていることでしょう。我々の出方を待っているはずです。」
「奴らがこちらに向かってきてないと言う、その根拠は何かね。」と7人のうちの一人のノルドハイム大佐が聞いてきた。
「メリットが何もないからです。」
「どう言うことかね。」
「彼らとしてはもう勝利は確定しています。我々がこのまま去れば、戦は終わりです。それはそれで良しとするでしょう。また、我々が戦を続行する場合、まさにそうするのですが、我々が彼らの守備範囲に近づくまで放っておいても構わないわけです。勝手に近づいて来るわけですから、わざわざ油を使って移動する意味がないわけですよ。」
「なるほど。」
「我々が動き出せば?。」リーデンドルフ候が問う。
「何かしらの攻撃があるでしょう。多分水雷ではないかと思います。」
「潜水艦か?。」
「はい。しかも我々の探知網の外の長距離からか、さもなくば我々が思いも寄らない深深度からの雷撃か。」
「なんだかクラクラしてきたよ。深深度とか長距離とか。」と7人のうちの一人のアイスバッハ中佐がもらす。
「ははは、卿は想像力が足りんのだ。」とやはり残ったうちのハームビュッヒェン中佐が笑う。
「深深度でありますか?。我が方の潜水艦より深くですか?。」とイエーガー少佐。
「500mとかね。」
「ありえない・・・・。」
「現実に我々はありえないと考えていた誘導ロケット弾で攻撃された。他の兵器についてもSFのようなものがあると考えたほうがいい。」
私がそういうと皆は押し黙ってしまった。
「話を戻すが、雷撃を受けたとして、我が方は耐水雷装備には長けている。幾分かは被害を軽減できる。1、2発程度であれば本来は航行に支障がないはずだが、舵と推進器をやられたふりをして、急に速度を落として敵艦隊の方へ回頭する。」
「で、反撃すると。」
「そうだ。魔導ブースターを装備した砲弾で反撃する。あれを有効に活かすためには、観測機による索敵が欠かせないが・・・。」
「では、俺の艦の艦載機を使おう。飛行艇としてはそこそこ速いし、魔道通信機も載せてある。遠距離用だから120kmぐらいまでは通信可能だ。」戦艦『ローゼンクローネ』のミュンヒハウゼン大佐が提案する。いざとなれば着水して浮かんでりゃいいしな。そのまま降伏して拿捕されてもいい。」と言ってニヤリとする。
「それに、俺が行ってもいいしな。」とガハハと笑い飛ばす。
この男なら本当にやりかねないと私は思う。
「我々が全滅するほどの水雷攻撃があるとは考えないので?。」オーバーマイヤー少佐はニコッと笑みをたたえながら尋ねた。
「足止めが主目的と考えるし、彼らは兵器の無駄遣いを極度に嫌ってるように思うので、そう言う飽和攻撃はしないと思うよ。」私が答えると、隣にいたアルンヘム少佐が少し不安げに尋ねてきた。
「例のロケット兵器の攻撃は再びありますでしょうか?」
「多分。あれほどの物量で仕掛けて来る事はないと思うが・・・。」と私が口籠っているところにハームビュッヒェンが口を開く。
「雷撃の戦果によるのではないかな。戦果があったと見ればオーバーキルになる攻撃はしてこない。あのロケット兵器はかなり高価な物だろう?。」
「なるほど。では砲撃は?。」
「彼らの主砲は120〜150mmと聞く。それに我々のような魔導推進弾もない。それであれば射程はせいぜい20km。こちらが近寄らない限りは問題にならないだろう。」
ハームビュッヒェンの言に少しばかり考え込む仕草をしたアルンヘムは、やがて口を開いた。
「余談は禁物かもしれません。魔導推進がなくとも他の手段で砲弾の飛距離を延長する方法があるのかもしれませんし。」
ほう、と感心したようにハームビュッヒェン。
「確かに兄が言うように何某かの手段で到達距離を延長することが可能かもしれんが、魔導がないとなるとロケットモーターか何かであろう?。それでは高価になってしまうから同じように出し惜しみするのではないか?。」
「そうかもしれませんが・・・。」
「仮にそのようなものを持っていたとして、先の誘導ロケット兵器よりも安価であれば使って来る可能性はあるぞ。」私は助け舟を出すことにした。
「彼らが脅威と考えるのは、今となっては我々の主砲のみだろう。それを無力化するにあたって、主砲の方が制御しやすいのではないか?。」
「あっ。」とに何かに気づいたようにオーバーマイヤーが声を上げる。
「例のロケット兵器は的が大雑破だったように思います。砲塔だけ狙うとか言うことができないのではないかと。」
「おお、それはそうかもしれんな。」とハームビュッヒェン。「とすると、何か他の手段があると言うことか・・・。」
「無誘導のロケット弾とか・・・。」イエーガーがぼそっと言うと、皆がそっちを振り返った。
「それはあるな。」私は顎に手を当てて少し考えてから続けた。「100kmも射程はないと思うが・・・。」
「我々はやるべきことをやるだけだ。」それまで聞き手に徹していたリーデンドルフ候が口を開いた。「アロイスの策はよくわかった。先手をくれてやるのは些か気に入らないが、敵の方が索敵能力も高いようだから仕方がなかろう。その上で一泡吹かせてやれれば、痛快この上無いな。」
そう言って笑った。
◇◇◇
私たちが『ウンベジークバー』に戻った直後に『ローゼンクローネ』から飛行艇が飛び立った。ミュンヒハウゼンが言ってた通り、なかなかの高速で、あれよあれよという間に水平線の彼方に消えていった。
それを合図に艦隊が動き出す。たった9隻だがね。
「両舷全速ー。」ヴェーベルン艦長は威勢よく指示を出す。
「ヤヴォール・ヘァ・カピテーン」と操舵手が了解の返事をする。
暫くすると観測員の声がの艦橋に響く。
「「左舷に航跡!。水雷です。雷数4。衝突コースは内2」
「発射音は探知したか?。」ヴェーベルン艦長が聴音係に聞いたが、いいえと返事が返っきた。
「取舵いっぱい。」
「す、水雷がこちらを追ってきます。」観測員の声が震える。
そりゃあそうかと私は妙に納得してしまった。誘導ロケット弾があるのだ。水雷だって同じく誘導で何もおかしくはない。
「ヴェーベルン艦長、『グローセス・ヴァイデンライヒ』には1本で済むようにできるか。」
「やってみましょう。主砲、副砲、発射。」
四号弾が主砲、副砲から発射される。1,200mほど先で爆発すると海面に無数の小さな水柱が立つ。
続いて大きな水柱と爆発音。水雷が爆発したようだ。」
3本の水雷は何事も無かったかのように迫ってくる。
「対水雷爆雷放て。全員衝撃に備えよ。来るぞっ。」
大きな音とともに艦の後部能見が広範囲に連続して泡立ち、続いて大きな水柱がいくつも立つ。さらに遅れて大きな音とともに巨大な水柱が立つ。艦隊が大きく揺すぶられる。どうにか水雷を破壊できたようだ。
「被害報告急げ。推進器は問題ないか?。」
「問題なし、全速でいけます。」伝声管から返事が返ってくる。
「よし。両舷全速。あと一本。間に割って入るぞ。衝撃に備えっ。」
ドオオオーンという威勢の良い音とともに大きな水柱が艦首にそびえ立つ。それとほぼ同時に右前を航行する『グローセス・ヴァイデンライヒ』の後部に大きな水柱が立った。
その直後だった。ヒュルヒュルという聞き覚えのある音が頭上から聞こえてきたのだった。
艦橋の全員が戦慄したのはいうまでも無かった。
それは敵の砲撃だった。
今回は魚雷攻撃まででした。
ざまぁ的な要素を期待された皆さまにはすみません。
大したざまぁ要素がなかったですね。
軍人でしかも指揮官ならそんな馬鹿はおらんよなぁと、思ってしまってなかなか分かりやすいざまぁなことにならないです。
この幕間のお話は次で終わる予定です。