幕間1 ヴァイゲル大佐の勇猛と憂鬱 〜1
新しいお話の前にO話の続きというか帝国軍側から見たサイドストーリーというかを書きたくなりました。
お付き合いいただけますと嬉しいです
※早速数え間違いをしてました。中型空母は3隻でした。搭載数も軽空母が少なすぎるので少し増やしました。
謹んで訂正させていただきます。
「レーダーが使えません。」
最初はレーダー観測士の困り果てた報告だった。
第一次東征艦隊の旗艦『グローセス・ヴァイデンライヒ』の高さ50mを越える前部艦橋の作戦指揮所で、海軍元帥ベルトホルト・フォン・リーデンドルフ侯と並んで、参謀の面々と海図を広げた大テーブルを囲んでいた私はぎょっとして振り返った。
私は帝国海軍大佐アロイス・ヴァイゲル。リーデンドルフ侯の副官を務めている。
「偵察機からの通信も途絶えました。」今度は通信士からの報告だ。「最後の報告は敵艦隊を発見。座標と大まかな規模を報告してきました。」
「電波障害か?。」
「自然現象とは思えません。全周波数が使用不可です。」
我々には魔導通信という電波に頼らない通信手段もあるのだが、これはあまり遠距には使えないのが欠点だ。残念ながら数百Kmも離れると使えないので航空機には装備されないのだ
「敵の妨害だと?。あり得るのか?。」
「わかりませんが、そうとしか・・・。」
「わかった。報告を続けろ。」
「敵艦隊規模は大型空母1、中型空母3、軽空母4、巡洋艦約20、駆逐艦約20。以上であります。」
少ないな。50足らずの艦隊で600を超える我が艦隊とやり合う気だと。しかも戦艦がいない。
ニッポン国が愚かでないのであれば、何か秘策でもあるのか。
私はそう思いながら、参謀の1人のベネディクト・クラインシュミット少佐の方を見る。確か彼はずいぶん前にリュミエール公王国で行われたニッポン国の軍艦の実演展示を見ていたはずだ。
「クラインシュミット少佐、貴官は以前ニッポン国の軍艦の実演を見たと聞いているが、どのようなものだったか?。」
「はっ。私が見たのは巡洋艦クラスの船でした。艦体は頑強そうでしたが武装は貧弱でした。120mm程度の単装砲塔が1基艦首にあるだけで、あとは20mm程度の対空機関砲が艦橋の両脇に2機。他は実演はなかったですが、魚雷発射菅らしき物とロケット発射塔らしきものが艦の中央あたりに2機ずつありましたが、それだけでした。」
その場にいた皆がざわつく。あまりの貧相さに驚いたのだ。
「ただですね。」とクラインシュミットは続ける。「命中精度は馬鹿みたいに高かったです。単装砲は10kmほど先の標的に対して百発百中でしたし、機銃の方は回転式銃身のものでしたが、空中の標的をあっけないぐらい簡単に落としてました。圧巻でした。」
「止まっている標的なら、我が軍にもそれぐらいの練度のやつはゴロゴロいるぞ。」やはり参謀のエーミール・ホイス中佐が口を挟む。
「それが、動いている標的にも当ててました。」
「な、・・・そうか。それは、凄いな。」ホイスは考え込むような仕草をする。「どちらも対空が主目的なのかもしれないな。」
「艦砲の射撃間隔はどれぐらいだった?。」
「あくまでも実演展示でしたから、あてにはなりませんが、それでも5〜6分ぐらいだったかと。」
「速いな。」とホイス。
「はい。自動装填装置を導入しているのではないかと。空薬莢を前方に排出してましたから。」
「よく見てるな。」ホイスが感心する。「そうするともっと速く撃てる可能性があるな。」
「はい。照準の練度も高そうでしたから、急げば2分に1発は撃てるだろうと推察します。」
それはなかなかに脅威的だ、と私は2人の会話を興味深く聞いていた。
「他には何か特徴的なところはあったのか。」とクラインシュミットに問う。
「艦体全体がえらくのっぺりしていて・・・あっ、艦尾にわが国が開発中の回転翼機の発着用と思しき飛行甲板がありました。」
「対潜哨戒能力に長けているのかもしれませんな。」とホイス。
「ニッポン国の海軍は航空隊偏重型なのかもしれません。」と、同じく参謀のヨルダン・エックホーフ少佐が軽い調子で言うとこう続けた。
「我らの転移前の世界のあの連邦王国のような機動艦隊主体なのでは?。」
「そうだな、対戦哨戒能力に対空能力か・・・そう考えると戦艦が一隻も無いのも頷ける。」とリーデンドルフ侯が答える。
「敵航空母艦は8隻、この大型空母が多分我方のと同等で艦載機数は120機と言うところでしょう。中型が80機、軽空母は60機。そうすると、ざっくりとで600機、我方の3分の1の艦載機数です。そうは言っても十分脅威となりますな。」とホイス。
「巡洋艦や駆逐艦にも艦載機があるとすると、全体で700に近いと考えられますね。」とクラインシュミットが続ける。
私はハッとする。電波障害による目眩し、航空機主体の攻撃、対潜、対空能力の高い艦船・・・全てのキーワードが頭の中を駆け巡り、とても嫌なゾクッとするような感じがして、リーデンドルフ侯に向き直る。
「閣下。意見具申よろしいでしょうか。」
「うむ。申してみよ。」
「艦載機を全機発艦しましょう。敵は既にこちらに攻撃機を差し向けている可能性があります。ニッポン国の噂が大袈裟なものなのは分かっておりますが、飛行機の能力が高いのは間違いないでしょう。」私は自分付きの補佐官クルト・フューゲル少尉を手招きする。
「わがリッペンスナイダー攻撃機と同等、またはそれ以上として、500ノットは出ると仮定すると・・・・1時間ほどで飛来します。全機発艦には50分ほど必要でありますから、ギリギリですね。」フューゲルが計算尺を片手に言う。
「うむ。全機を直ちに発艦させよ。攻撃機から発艦、直掩機はその後発艦し上空で待機。全艦対空戦闘に備えよ。対空、対潜警戒を厳となせ!。」
リーデンドルフ侯の命令を私は復唱し通信士に伝える。
「以上の命令を魔導通信で空母に伝達。全艦に対しては戦闘陣形に速やかに移行と伝えよ。急げ。」
「念のため対空巡洋艦と対空駆逐艦を連れてきて正解でありましたね、大佐。」エックホーフがやはり軽い調子で言う。
対空巡洋艦と対空駆逐艦は件の連邦王国の航空隊対策で作られた艦で、大きな大砲は有しないが、三連装150mm砲を4〜5基、連装または単装150mm砲を6〜12基、40mm機関砲を多数、対空用ロケット弾発射機まで備えた艦艇で、シュタッヘルシュヴァイン(ヤマアラシ)と呼ばれる。
「あれらの形成する対空陣営を突破できる航空機は、我が航空隊にもそうはいないですからね。あのプラチナ中隊ぐらいでしょう。」
「妖精姫率いるエース中隊ですか。」そう言いながらホイスがウンウンと頷いている。
「油断は禁物だ。600ノットで巡航する航空機ぐらいは持ってるやもしれん。」私はデスク上のマップを睨む。
「対空艦船群が前方に展開します。艦隊速度上昇」観測要員がそう告げる。
艦隊の中心にいると、全体の動きが面白いように見える。これまで全体が幅の広い箱型であった陣形の前後が次第に長くなり、紡錘形に変わっていく。
「閣下、本艦ならびに各戦艦には四号弾の使用を具申いたします。」四号弾は対空用時限信管弾だ。空中で爆発して数百発の子弾を500m四方にばら撒き弾幕を張る。「低空で敵機が侵入して来ても、これで防ぐことが可能です。」
私の進言にリーデンドルフ侯はうむ、とだけ同意する。
いかに優れた航空機動であってもそれを跳ね除ける鉄壁の防護だった。いや、そのはずだった。
「私はこれより『ウンベジークバー』に移って対空戦闘および旗艦直衛を指揮します。」
リーデンドルフ侯は無言のまま頷く。
私は敬礼すると踵を返し、フューゲルを従えて艦橋を跡にした。
———
「攻撃隊は全機発艦せよ。敵艦隊を発見した。敵は60艦に満たない。一気に叩き潰す。繰り返す。攻撃隊は全機発艦せよ。」
フリードリヒ・ジークマイヤー大佐は戦闘指揮所で大声を張り上げていた。
空母『ウンターニーメン』は一気に蜂の巣を突いたような騒がしさとなっていた。エレベーターで次々と攻撃機が飛行甲板に上げられる。
旧ドイツ空軍のFW190Aに酷似したリッペンスナイダーGf107艦上攻撃機と同じく旧ドイツ空軍のJu 87に似た逆ガル翼のフォラントWz23艦上戦闘爆撃機はいずれも爆装している。排水量6万トンを越える大型の『ウンターニーメン』の広大な飛行甲板は、あれよあれよと言う間にひしめき合う攻撃機に占領されていった。
先陣を切って飛び立つのは妖精姫の独立第4攻撃中隊の24機。我が軍のエース中のエースだ。必ずや戦功を上げてくれる事だろう。
3本の蒸気カタパルトがフル稼働し、一機、また一機と空へと駆け上がっていく。
『ウンターニーメン』所属の攻撃機は約70機、全てが発艦するまでに40分以上の時間がかかった。
続いて米軍のF9Fパンサーによく似た護衛のジェット戦闘機が飛行甲板に上げられて来る。フェルトホフJ-4F艦上戦闘機は最高速度は600ノットに限りなく近く、上昇速度は帝国軍戦闘機の中で一二を争う。
こちらは爆弾の代わりに大型の補助燃料タンクを付けて、次々と飛び立っていくと、艦隊の上空で緩やかに旋回し続けるのだった。
全機を空に上げてひと息ついた頃、異変は起きた。
『ウンターニーメン』の左舷側を追い越すように進出して来た大型巡洋艦『ブラウンシュヴァイケル』がいきなり爆発したのだ。
立て続けに数隻が爆発する。その中には空母も含まれていた。
艦橋が慌ただしくなる。
「敵襲だ。対空監視を厳となせ!。」ジークマイヤーが声を張り上げる。
見張り要員たちが目を皿のようにして周囲の空を見つめる。
「飛来物あり、左40度方向、低空を超高速で接近中・・・。」
『ウンターニーメン』の連装120mm砲、40mm連装機関砲、20mm機関銃、全ての対空兵器が火を吹き、弾幕を張っていく。だがそれを嘲笑うかのように、海面すれすれを飛行して来た謎の飛翔体は艦の手前数十メートルでいきなり上昇すると、そのまま急降下し飛行甲板の中央やや前方にめり込んで爆発した。
◇◇◇
これは何かの間違いだ。そうに違いない。
対空戦艦『ウンベジークバー』の艦橋で私は外の光景と次々ともたらされる報告に戦慄した。
「・・・『ブラウンシュヴァイケル』爆発轟沈、『ウンターニーメン』被弾炎上中、飛行甲板をやられて復旧には相当の時間がかかると。『シュヴァルツバルト』爆発轟沈・・・・。」
私はこの世界に完全転移してからずっと、リーデンドルフ侯と共に歩んできた。常に戦闘に次ぐ戦闘、戦いに明け暮れる日々をその隣でいつも見つめてきたのだ。
リーデンドルフ侯は常勝不敗の将であり、不利と思える戦況にあっても、目の覚めるような妙策を持って勝利をもぎ取ってきた。
その将が今敗れんとしていた。
海が燃えていた。
敵の最初の攻撃で実に半数以上の艦艇が被弾し、その多くが航行不能または作戦続行は不可能、もしくは沈没していた。
大型の戦闘艦だけを狙ったようで、非戦闘艦や小型の艦船には被害が出なかった。生き残った艦艇が懸命救助作業をしている。
四号弾がそれなりに効果を発揮したおかげもあってなのか、旗艦『グローセス・ヴァイデンライヒ』以下大型戦艦群は辛うじて無事だった。
代わりに対空艦船がかなりの被害を出してしまった。
敵の影すら踏んでいないと言うのに惨憺たる有様だった。
私は改めて戦況を鑑みた。我々の弾幕に捕らえられた飛翔体はごくわずか。何発もあっただろうか。
彼の飛翔体は狙いすましたかのように戦闘艦だけに被弾した。『ウンベジークバー』の目前で対空巡洋艦『シュテルンビルト』に被弾したものは、まるでロケット弾のような速度で接近し、直前で上昇して上から命中している。
ほんの1時間前までは艦隊全体は楽勝気分だった。
一握りの将官は何か嫌な予感を感じ、周囲の連中ほど楽観はできなかったものの、それでも敗北するとは微塵も考えていなかった。
未知の敵、ニッポン国の軍隊『ジエイタイ』についてはいろいろな噂があったが、どれも眉唾っぽいものばかりだった。音速を超える戦闘機だの、自動追尾する誘導弾だの。そんな空想小説まがいのものなどと一笑に付していた。
だがそれは事実だったのだ。
狙いすましたかのようにではなく、狙ったのだ。ニッポン国は誘導弾を持っている。
私は己れの考えに恐怖した。
続きます。次は潜水艦と対峙します。というか、一方的に攻撃されます・・・
よろしくお願いいたします。