第七話
かぐや少年、バトルのターンです。かぐやの話し方、いろんなキャラに似てしまっていたのでイメージ固定を避けるため、ちょっと改訂しました。
バトルアクション要素少なかったので今日急遽足しました!更新に間に合うように慌てて加筆したので変な部分があるかもしれない……加筆したので今日だけいつもより長いです。
「もうそろそろ直接お話ししてもらえませんか、かぐや姫」
石上は半ば呆れ果ててため息交じりに言う。御簾越しの面会でも石上がそう悪人でないことは伝わってくる。媼に頼んで調べてもらい、彼が帝と個人的に親しいことも突き止めた。あの天然で素直な犬のような男と親しいなら信用がおける人物であることは間違いないだろう。会話の随所に彼の面倒見の良さが現れている。
かぐやは小筆を取った。
『わかりました。しかし私にも心の準備が必要です。今から五つ私が数え終わるまで絶対に目を開けないでくださいまし。何があっても、絶対に。五つ数える前に目をお開けになった時点で二度とお会いすることはありません』
まるで黄泉醜女の伝説のようだと思いながら指示の紙を受けとり、どうぞ俺をお試しくださいと言って石上は目を閉じる。聴こえてきたかぐやの声は案外と低く女性のものとは思えない。まさか、性別を偽っているから直接会えないのか?
「いち、にい、さん……」
かぐやがゆっくりと数えていると、翁が呻きながら畳に倒れこんだ。どさりという音に石上はすぐに気付く。
「うう、苦しい……」
石上はとっさに目を開けて翁の体を助け起こした。
「どうした、大丈夫か?」
「し、ご……目をお開けになりましたね」
「んなこと言っとる場合か! 爺さん大丈夫?」
翁は飛び退りそのまま土下座の姿勢を取った。
「すみません中納言様……! かぐやに、姫に頼まれてこのような芝居を打ちました!」
今度は御簾の中から激しく咳き込む声が聴こえ、石上は御簾の前にしゃがんで中に声を掛ける。中で体が倒れるのがわかった。石上は思わず御簾に手を掛ける。
「おい、あんたも! 芝居はわかったが医師を呼ぶか?」
「大丈夫……。じいさまとばあさまに席を外すようにお伝えください」
二人が席を外すと、かぐやはひゅうひゅうと気管を鳴らしながら御簾を上げていいですよと辛うじて伝えた。
石上はのれんのように御簾を捲り、かぐやの見た目を確認するより先に発作を疑って薬を探した。
「薬はねえの?」
「申し訳ない。あんたを試したんだ。どんなやつか知りたかったから……これはその報いだから大丈夫。もう収まった」
改めて目の当たりにすると、色が白く痩せていて、他の貴族女性のように何重にも重ねて単を着ていないせいかより一層儚げに見える。石上を見上げて微笑むと人心地が付いたのか血色が戻ってくる。透明で、油断するとどこかに消えてしまいそうな美人だった。
「かぐや姫……確かに美しい」
かぐやは翁と同じく畳に付くほど深々と頭を垂れた。最後まで目を閉じ動かないままの男なら本当に屋敷から追い出すつもりでいたがあんたはすぐにじいさんを助けた、と理由を説明する。
「信用できる。いい男だ」
「喋り方が……あんた本当に姫御前か?」
「竹職人に育てられた女官も付いてねえ成り上がり者だから。気取らず喋るとこの通りでな、口が悪い自覚はある。ごめん」
それにしてもこんな乱暴な、まるで農民か漁師の男のような話し方をする女子がいるか? かぐやは伸びをしながら御簾から出た。判断しかねている石上も、定位置に戻りあぐらをかいた。
「帝の周囲に妖の噂はないか」
「なんでまた、突然そんなことを」
「帝は顔がいい。吸い込まれそうな瞳とはよく言ったもんだよな、帝の目を見てるとそんな気分になる」
黒曜石が雨に濡れるとあのような光を放つのだろうか。興味深いことを話していると目がぱっと開いて外からの光を受けて輝く。細めたり笑ったりすると涙の量が多いのかそれだけでうるうる、きゅるきゅると光る。
「あんたも綺麗だと思うが」
かぐやの小さい口、薄い唇は桜貝のように淡い色をして、肌はハクモクレンの花弁によく似た質感だった。
「妖は美しい物を好む。帝は狙われてるんじゃねえかな」
石上は警戒を強めた。もしやこの美しく風変わりな姫御前は、妖側の生き物ではないだろうか。ならば腑に落ちる。
「お、おれ……わたくしは噂になるほどの美人であるらしい。わけあって謙遜ができねえんだが、上手くすれば帝を狙う妖の気をこちらに逸らせるんじゃねえかと思ってな。妖には詳しいんだよ。貢物で巻物もたくさんもらった。退けるために力になれるかもしれねえ」
石上は納得した。確かに、かぐやが求婚者に出したお題は蓬莱の珠の枝や火鼠の皮衣などオーパーツや幻想獣絡みのものばかりだ。
「俺たちは小鬼と呼んでいるが、得体の知れない青い童みたいなものが御所の屋根の上に座っていただとか、牛の角や長い牙の生えた鬼が御所に入ろうとしていたとかそういう奇妙な者が百鬼夜行のように帝の牛車の後にくっついて歩いていたとか」
「やっぱりそっか」
(あれほどのツラの良さ、あいつらが喰おうとしないわけがねえ)
「石上殿。帝の周囲の警備を強化してくれ。特に月が満ちる晩は寝所にも護衛を置くように。俺もできる限りのことはする」
「姫がか?!」
「えっ?! ああ、うん……なんかおかしいこと言った?」
「いやっ……」
(俺の傍にいた方が安全なのかもしれないが、俺が帝の囮なのか、帝を使ってやつらをおびき寄せているのか、もうわからねえな)
かぐやは黙って俯いた。
(ただ帝を守りたいのは本当だ。それだけは、自分の気持ちだけはわかる)
「小鬼や牛の妖についてまとめた文献はないか。あったら俺にも読ませてよ。あいつを守りたい。たぶん……あんたと同じ気持ちだと思う……」
「はっはっはっは! どっちが姫御前だかわかんないね!」
急に目を細め石上が快活に笑ったので、かぐやは目を見開いた。
「女子に無茶はしないでほしいけど、調べて危険回避させる程度ならかぐや姫、あんたにも協力してもらいたい。あいつうっかり帝だからさ、危機意識ないからね」
本気で惚れているなら邪魔はするまい、と石上はかぐやの目を見た。
「なんで帝を守りたいの」
「なんで? なんでって……わかんねえけど。よくわかんねえ」
文献を、学者を求める割にまるで赤ん坊のような要領を得ない答えに石上の目尻も下がる。
「桃くれたし、笑ってくれるし、温かいし、いいやつじゃん」
「そうだね」
「いいやつだから好き」
「そうだね」
それ以上の理由なんてないやね、そう呟いて、石上は蘇蜜を口に運ぶ。
それから少し、石上とも他愛ない話をするようになった。
かぐやと帝は竹林を突きぬけて小川の方へ歩いていた。腰に佩いた太刀が重く、帝は大分遅れを取っているが本人はせせらぎの向こう側に見えるヤマザクラに目を奪われながら後ろ手を組んでのんびり歩いている。
目の前に立派なヤマザクラの枝が現れた。かぐやは後で喰うために枝を折ろうと腕を伸ばした。
「あっやめろやめろ、何してんの」
ゆったり歩いていた帝が駆け寄ってその手を止める。
「折って家に持って帰ろうと」
「桜は折っちゃだめなのよ。切るならあっちに生えてる梅にしな。梅は小枝が多すぎるから切って形を整えないと混み過ぎて花や実が付きにくくなるのよ」
「賢い」
帝は照れ笑いをしながら草花が好きなだけ、と謙遜した。帝は動物や花が好きで気性の穏やかな性質だった。重い太刀を振るわせて、妖とはいえ、命ある者を斬らせたくないと躊躇してしまうような人間だったがそれでも自分を守るために戦ってもらわねばならない。
幸い、剣術を教わること自体にはやる気が出てきたようだ。
「この葉が落ちきる前に枝を斬る、こちらからまっすぐ振り下ろす」
竹ではさすがに手首を傷めるので枯れ枝で袈裟斬りの練習をさせていると、川のそこから皮膚全体が青黒い頭でっかちの生き物が這い上がってきた。目は退化しているのか存在せず、口と、耳の位置に空ろな穴だけが開いている。体は人間に近く、百五十センチほどの小柄で痩せ型の見た目をしている。
帝が太刀を取り落とし大声で悲鳴を上げた。かぐやがその口を慌てて塞ぐ。
「こ、小鬼……っ」
(この国では小鬼と呼ばれているのか。間違いなく月衆だ)
「声出すな。ゆっくり後ずさりしてこの場を離れるぞ」
耳元で囁くと帝は何度も頷いて、砂利を踏む音に細心の注意を払いながらかぐやに押さえつけられたまま数歩後ずさる。
「き、き、きれい、きれいな、にん、げん、どこ」
子供のような声で単語を放ちながら、首を振りこちらに近付いてくる。
「こち、こっち、いるか」
帝はがくがく震えている。妖を直接目の当たりにしたのは初めてだった。油断すると悲鳴が出てしまいそうで、かぐやの手の上から自分の両手を重ねて涙目で歯を食いしばっている。
「いた、いた、い、い、い、いいいいいいた、こっちこ、こっちいる、たぶん、ぜったいお、おそ、おそらく」
(なんで? 声出してないのに)
かぐやは自分より多少高い位置にある帝の首筋に鼻を擦りつけた。
「…………っ?!」
「匂いだ」
「……?」
「おまえいい匂いする」
小鬼は視覚に頼らず『美しい者』を長年の勘で選んでいる。共通していたのがおそらく
単や直衣に焚き染められた品のいい香りだろう。農民や漁師に美人がいないわけではないが泥まみれで体を鍛え働く者より、貴族や公家の方が線が細く美意識も高い。確率的に美人が多くなる。加えて、美しい者特有のフェロモンも嗅ぎ取っているのかもしれない。
かぐやも普段はそれなりに香や精油を使っているが、刀を振るう前には沐浴をするため匂いは消えてしまう。
ならば、とかぐやは帝の体を反転させ、ぎゅっと抱き着いた。かぐやをいまだ女の子だと勘違いしている帝は顔を真っ赤にして慌てふためいている。かぐやは耳の傍で囁いた。
「匂いを俺に移せ」
首に頬を擦りつけ、後頭部に手を回し、足の間に足を挟み込み、胸の間に自分の体を滑り込ませる。
「?!?!?! ちょ、ちょっ……」
「本当にいい匂いする。これじゃ寄ってくるはずだ。お、耳の後ろはじっくり嗅ぐと赤ん坊みたいな匂いだ。知ってるか赤ん坊、汗臭いんだぞ。俺この間見せてもらったんだ」
帝の羞恥が限界に達しかけた時、かぐやはようやく帝から離れて小鬼の前に躍り出た。
「いたいた、いい、い、い、いた!!」
匂いで追うことができる小鬼の反応速度は異常に速く、かぐやを押さえつけようとタックルを繰り返す。しかし、視覚がない分やはりかぐやに分があった。一太刀浴びせて腕がもげかけたがまたするするとくっついてしまう。
「うつくしい、うづぐじいに、に、にん、げんいいにおい、いいにおいっ」
(くそ、体積が小さい分回復速度が速い、これじゃきりがねえ)
心臓を狙って突きを繰り返すが体を反らし避けられてしまう。
「く、く、くう、くわせ、くわせて」
体力が削られた瞬間、かぐやの体が引きずり倒された。
「待って!! こっち!!」
帝が上体を起こしたかぐやを庇うように横から滑り込んでかぐやを背に庇う。
「いい匂いするのは俺だよ」
「いたあ」
この人を殺させるわけにはいかない、帝は必死に小鬼の体を押さえているが、肩口に齧り付こうと小鬼は舌なめずりをして呼気を荒げている。
(考えろ、剣は振り抜く力がまだ弱く両断できるかわからない。だけどくっついたままだと勝手に切断面が吸い付いて元に戻ってしまう。両断するか、動きを止めるか……とにかくこの場からかぐやの手を引いて逃げる時間稼ぎさえできれば)
帝が考えをめぐらせている間に、かぐやは素早く立ち上がり今度は自分が帝を庇おうとして足を出すが帝に阻まれている。
「おい」
視線の先に、居合修行に使う予定だった枯れ枝が転がっている。一歩か二歩で到達できる距離。直径およそ、六センチ。狩衣の中にしまっていた檜扇を広げ、小鬼の斜め前に投げ落とす。檜扇から漂う香の匂いに騙され、小鬼の意識がそちらに向いた瞬間、帝は走って枯れ枝を拾った。
枯れ枝を両手で持ち、後ろに引き、片足を上げる。片足を着地させながら体重を移動し枯れ枝を勢いよく振り抜いて小鬼のみぞおちに当てそのまま思い切り吹っ飛ばした。
現代を生きる人間ならバッティングフォームを思い出しただろう。
予想外の攻撃に小鬼の体は二人から数メートル離れた場所に崩れ落ちた。
「かぐや姫、逃げるよ!」
「だめだ! 逃げても追ってくる」
「だけど」
言いながら向かって行こうとするかぐやの手を掴み起き上がろうとする小鬼からかぐやを庇おうとずっと背に隠している。
「おい、いいからっ」
「早くここから離れよう、目は見えないんだから走って屋敷まで戻って」
小鬼は首を傾げて帝に近付いてくるが、その背に隠したかぐやの方に気を取られているようだった。
「お、おぉぉおおまえ、こわい、ころ、ころされ、ころ、さ、れる、こわい」
帝は逃げることを最優先で考えているせいか殺気がないのだ。それだけではない。
(隙だらけだ)
全身に覇気を漲らせ隙なく張りつめているかぐやとは違い、どこから攻撃しても当たってしまいそうなほど、刃でも石つぶてでも受け止めるような隙に満ちた佇まい。
「変わってんなおまえ」
「え?」
かぐやは帝の背中に足を掛け、高く飛び上がった。小鬼の頭に太刀を突き立てた。
小鬼の断末魔が響き渡る。
上に跨って心臓にも太刀を突き刺して、枝を叩き斬り先端を鋭くすると太刀を抜いた後に深く刺す。
「燃やさねえと完全に死なないんだって! 動かないように押さえ続けてるから戻って松明と油、燃えそうなモンあるだけ持ってこい!」
「置いていけないよ!」
「いいから、帝より強いの知ってるだろ!」
帝はかぐやを無理矢理突き飛ばし必死に押さえ込む。
「俺が押さえてるから持ってきて!」
「あんたより俺のが強いだろ!」
「姫をこれ以上危ない目に遭わせらんないでしょ、頼むから、お願い、早くっ」
かぐやは自分の太刀も帝に握らせる。
「回復しそうになったら斬れ、絶対死ぬな、どうしようもなくなったら走って川に飛び込め! 匂いで辿れなくなる!」
帝の差し出した手をぎゅっと握り、かぐやは凄まじい速さで山を駆け下りる。ありったけの燃える物を馬に詰み、戻ってくると帝は汗だくで倒れ込む。
「大丈夫か、どこも怪我してないな?」
「大丈夫。姫は? 守ってやれなくてごめん、俺弱いから」
小鬼を燃やしながら、かぐやは俯いて考えていた。
(俺が姫だと思っている限りこいつも、他のやつらも俺を守ろうとする……怪我も回復しないのに……短命なくせに、力も弱いのに)
燃え盛る小鬼を見ながら帝は泣きそうに眉を下げてしまった。
「守ってくれてありがとう。お姫様に守られて情けない」
「そんなの関係ないって」
とは言ったものの、このまま嘘をつき続けることで周りに危険が及ぶ。かぐやは帝の狩衣の泥を払ってやりながらある決意を固めた。
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