第四話
かぐや姫が男の子だったら……。
かぐや姫の新解釈バトルアクション。バトルアクションと言いながらバトルが三回しかないので今必殺技のターンとか入れるべきか迷っています。
帝やいっちゃんの髪はちょんまげイン烏帽子ではなくなんかいい感じに前髪がある様子で想像なさってください。
あまりにもかぐやを落とすためのハードルが高いので、社会的スペックの低い者達はやがて振り落とされ、残った男は五人となった。
石作皇子、車持皇子、右大臣阿陪御主人、大納言大伴御行、中納言石上麻呂。
かぐやに向ける想いも、社会的地位も、申し分ない。
「さて、こいつらが信頼に足る人物かだな」
かぐやが独りごちたのを媼は聞き逃さなかった。この子にはまだ秘密があるのか。信頼に足る? 何をしようとしている? 愛おしく思い育ててきた息子だが、不安になる。
「何をしようとしているの? かぐや」
「ばあさま……巻き込んでごめんね」
「巻き込んで、って、何に? おまえが美しいせいで求婚者が絶えないことかい? それとも美しい品を食うことかい?」
「どれも……」
違う、と言いかけたような気がした。かぐやが気に病んでいるのはそんなことではないのだ。媼はそれを察したが口に出して問い質すことはできなかった。
「どれもこれも、ばあさまに迷惑をかけることばかり。かぐやのせいでございます」
寂しげに眉を下げ微笑んで、かぐやはそう言った。しかし直後に、首に赤い発疹が出る。
「……っ、うえっ」
二、三回咳き込んでえづくと走って部屋に戻ってしまう。
この五人の求婚者とは、かぐやは頻繁に文のやり取りをした。特に信頼がおけるのは、大納言大伴御行、中納言石上麻呂。他の者からはうそつきの匂いがしたので、無理難題を出す。するとことごとく偽物を差し出してきたのであっさりと振った。
大伴御行は、棗の実のような目を細めて春の庭を眺めている。現代のこの国とはまるで違う大昔の話である。御行もまた、そのような重要な役職に収まれるのが不思議なほどの若者であった。帝とも知らぬ仲ではなく、みゆき、と名前で呼ばれている。
「みゆきー」
鞠を持って帝が遊びに来た。蹴鞠をしようと誘いに来たのだ。御行も現代に生まれていたら引く手あまたであったろう。帝に負けず劣らずの大きく形のよいまなこ、柔らかそうな桃色の唇、まだ幼さの残る頬は血色がよく、動くと赤く染まる。帝のまなこが黒曜石ならば、御行のまなこは栗皮色。石上のまなこは珍しい色で金茶か亜麻色と言ったところだろうか。
ずっと求婚し続けていたかぐや姫から、文の返事が来るようになったと嬉しそうに告げられ、帝は大変な焦りを覚えた。
「ええ、俺まだ会ってないのに! ずるい、俺も絶対会いに行こ」
「いやいや抜け駆けはだめですー」
帝は悔しさ半分で鞠を高く蹴り上げる。御行はそれに文句も言わず、庭の端まで走って鞠を取ってきた。放り投げた枝を追いかける犬のようで、面白くなって頬を両手で挟んでもみくちゃにしてやると、御行はくすぐったいのか笑い声を上げた。
「なんでだめなんだよ」
「だって帝とかぐや姫奪い合ったら絶対負けるもん!」
こんなことを言ってくれるので、帝もかぐや姫が本心から御行を選ぶのならそれでもいいかと思ってしまう。
いよいよ、帝もかぐやの屋敷を訪れることになった。御行もそうだが、石上もかぐや姫に求婚している。毒味しているとは思わず、いっちゃんもかぐや姫に本気になったんだなと呑気に考えていた。帝の好奇心は幼馴染と恋のライバルになる不安を越えて強かった。やっぱり見たい。美しいなよ竹のかぐや姫が。
一方のかぐやも帝がどれほどの人物か、見極めなければならなかった。
訪れた帝を翁が門前払いにする。
「そんな、せっかく来たのに。わかった、じゃあ官位をあげる」
「い、いいえ、そのような物をいただいても、姫が会いたいと言わない限りは屋敷に上げることはできません」
「えええ。さすが多くの男の心を殺してきただけのことはあるな……じゃあ、この和歌を渡してください。返事が来るまでここで待ってますから」
媼はそんな、とんでもない、と首を振った。帝ともあろう男が、庭先の石に腰掛けて、布袋から出した干菓子をつまんでいる。
帰る様子もないので、和歌を渡しその様子をそのまま伝える。権力を笠に着て翁や媼に乱暴をするようだったら絶対に会わないと固く心に誓っていたがどうやらそういうタイプではないらしい。和歌はとにかく独創的だった。下手な方だったが。悪意は感じない。
この国の長だ、上手く味方に付けられれば兵もたくさん集まる。間違いなく、力になるだろう。だが慎重にいかねば。
「では、御簾越しにお会いしとうございます」
かぐやが眺めていると、若い男が入ってきた。想像より若くかわいげのある姿をしている。
「きょうはかぐや姫に会えるということで貢物をいっぱい持ってきました」
畳の上にすとんと座り、布袋から果物を出す。
「成果物です。桃でしょ、柿でしょ、梨でしょ、いちじくもあるよ」
これにはさすがのかぐやも面食らった。今まで正絹の袿やら、瑠璃、玻璃、翡翠と金銀財宝を持ってくる男ばかりだったのに、帝ときたら果物である。
「どれを食べますか」
「あ、あ、じゃ……もも」
不意を突かれ声を出して返事をしてしまったが、気にする様子はない。
「桃! 俺も桃が一番好きー」
桃を食しながら、帝は自分の近辺の話をぽつぽつと続けた。今の所、人間同士が殺し合うような戦いも起きていないのに剣を学ぶのがいやだとか、剣術が上達しないとか、庭に遊びに来る猫の話とか、そんな他愛のない話題ばかりだった。
黙って聞いているかぐやを見て、人見知りなのだろうか、お喋りが上手でないのだろうかと考えた帝は比較的ゆっくりと、相槌を打ちやすいテンポで語りかける。
うん、うん、と御簾越しに影が動き、頷いてくれているのはわかる。
「……ふふ」
時々聞こえる笑い声は想像より低かったが、優しかった。氷の美女だと思っていたのに、そうでもないようだった。
「また会ってくれる?」
御簾越しでなら、と小筆を取って書こうとして、かぐやは手を止めた。
「はい。御簾越しでなら。貴方のお話は楽しいです」
「いつか散歩したいね。お日さまの下で遊んだらきっと楽しいよ」
「……無理に連れ出すなら、消え失せてしまうつもりです」
「いやいやいやそんなんしないよ」
帝は人懐こい笑顔を浮かべてそれを否定した。かぐやの微笑みがメレンゲなら、帝の笑顔は蜂蜜である。大きな目が細められると涙袋が強調され、目尻に笑い皺ができる。かぐやの笑みは見た者を真綿で包むような優しさがあるが、帝の笑みは見た者の胸に火を灯す。
「かぐや姫が俺に会いたくなったらでいいよ」
いいやつだ、とかぐやは唸るしかなかった。権力者特有の、ちゃらついた若者が職権を乱用して嫁になれとごり押ししてくると覚悟していたので、かぐやも妙に帝に心を許してしまう。帝はまた来るねと笑って手を振り帰っていった。
生産者はBLを愛好しますがジャンルとしてはBLではありません。
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