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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

黄泉の王は人を愛さずにはいられない

作者: 翼弥






 黄泉の入り口には、今日も様々な魂が集う。動物だったり、植物だったり、神様だったり。魂を持つものが死ねば、必ずこの門を通らねばならない。

 魂の終着点。今世を終え、来世に向かうために。魂に刻まれた輪廻を繰り返すために、彼らは必ずここを通る。

 門を通る魂は、基本的に丸い形をとっている。だが、それはあくまでも門を通る時の話であり、黄泉の国に来た段階ではまだ本来の姿を保っているものもいる。

 彼らは、ここにきた段階ではまだここがどこだか理解出来ない。だが、魂はここを知っている。しばらくぼうっとした後、魂の伝えるままに門へと向かいはじめ、徐々に丸く魂本来の姿に戻っていくのだ。

 だが、たまに例外もいる。


 門よりも離れた現世に近い場所。俺は今日も、この方の供としてやってきた。



 「・・・・・・いた」



 「どうしますか、王よ」



 「話を聞く」



 短い言葉だけを告げて、王が歩を進める。漆黒を思わせる長い髪がふわりと揺れて、綺麗だ、なんていつも思っていることを思った。

 王の後について、例外の魂の元へと歩く。そこには呆然と門とは逆の、つまりは現世のほうを見つめる少女がいた。



 「おい」



 王のそっけない呼びかけに、返事はない。むしろ、聞こえていないのではないか、と思うほど少女はぴくりとも動かなかった。

 だが、王は気にする様子もなく、少女の肩に手をかけ、力尽くで自分のほうを振り向かせた。

 そして、いつもの言葉を紡ぐ。



 「生きたいか」



 その、問いかけに。澱んでいた瞳にはっきりと光が宿ったのを、王は見逃さなかった。

 ゆっくりと王の口角があがる。それを見て、俺は額に手を当てた。


 ――またか。


 そう思う俺の前で、王はたまにしか使わない、けれども本来はあってはいけないことを口にする。



 「我と契約すれば、生かしてやる」



 「けい、やく?」



 「そうだ。お前は自らの意思では死ねない。天寿を全うするまで生きねばならない。そういう契約だ」



 少女の目の輝きが、一層強くなった。同時にがしっと我が王の腕を掴んで、縋るように禁忌を口にする。



 「契約するわ! お願い! 私を生き返らせて!!」



 ああ、なんと哀れな。



 「いいだろう。さぁ、帰れ。ここであったことは、全て忘れてからな」



 我が王が楽しそうに笑って、少女に口付ける。これで契約は完了だ。

 さらりと水のように形を代え、現世へと戻っていく魂。哀れな魂に、俺は心の奥底から同情した。












 死人が生き返ることは、通常であればありえない。人間の世界では「九死に一生」なんて言葉もあるそうだが、それはまだ命運が尽きていなかっただけ。つまりは、黄泉の国に訪れてもいないだけ。

 黄泉の国にたどり着いた魂は久しくすでに死んでいる。奇跡なんて起こりえない。そう。


 我が王が何もしない限りは。



 「何か言いたそうだな」



 「いいえ、何も。ただ、ここで死んだほうがあの娘のためだっただろう、とは思いますが」



 答えた俺に、王が笑う。それはそれは楽しそうに笑って、きびすを返して歩き始めた。

 城に戻るのだろう王の後を、おれもゆっくり追いかける。ここは黄泉の国。彼は黄泉の王。王に逆らうモノなど存在せず、ゆえに、俺は護衛ではなくあくまで側仕え。要は話し相手だ。とはいえ、饒舌なわけではない。彼が望むときに、望むままに、望むように。話をするだけだ。

 城へのさして長くもない移動を沈黙で過ごし、王の間へと帰ってきた王は、どかりと玉座に座った。俺は一度下がってから、巨大な鏡を王の前に持ってくる。

 それを見て、王は機嫌が良さそうに笑った。



 「準備がいいな」



 「いつものことですから」



 それだけ言えば、機嫌のいい王は手を空に滑らせて、鏡の機能を呼び覚ました。

 鏡には、さきほど別れたばかりの少女が元気良く動き回る姿が映し出されている。



 「現世ではどれくらい時間が経っている?」



 「正確にはわかりませんが、2・3日でしょう」



 「・・・まぁいいか」



 少し不満そうに唇を尖らせていたけれど、許容範囲ではあったらしい。楽しそうに現世の様子を見始めた王に、俺はまたため息をひとつ。

 黄泉は現世よりも時間の流れが遅い。俺たちにとっては数分でも、現世にとっては数時間、あるいは数日たっている。ここは死んだモノたちが集う世界。輪廻転生の末に生前の知り合いにめぐり合わないよう、転生には百年単位の感覚が必要なためだ。


 また一度下がって、今度はワインを持って戻ってくる。鏡から視線は外さず、手だけを差し出してくる王に、何度目かもわからないため息を突きながら、ワイングラスを渡してやる。

 グラスを何度か回すように揺らしてから口をつける様は、悔しいくらいに似合っていた。



 「アリス、というらしいぞ、この娘」



 新しい玩具を見つけた王は、本当に楽しそうだ。現世に繋がる鏡から、一瞬たりとも目を離さない。



 「健やかにお育ちで何よりです」



 「まったくだ。もっとあの瞳を見せてもらわねば」



 楽しそうに鏡越しに何かをしている王に、ため息しか出てこない。黄泉の国が退屈なのはわかるが、だからといって現世の人間で遊ぶのはどうかと思うのだ。

 そう、この王にとっては、すべてが「遊び」だ。王は「愛しいから」などと理由をつけるけれど、何をどう間違えば愛しい相手を手放すつもりになれるのか。俺は感情が欠落しているから、「愛しい」という感情自体わからない。けれど、少なくても王のコレが「愛」ではないのは理解している。

 ちなみに、俺に限らず黄泉に住むものには感情が欠けている。そうでないと、死人を見送る仕事など出来ない。我が王もそのはずなのだが・・・この王は、壊れているから。壊れてしまったから。もしかしたら、本当に愛がわかるのしれない。



 「・・・あ」



 鏡の中では、アリスという少女の両親が事故でなくなり、嘆き悲しむ姿が映っていた。一般庶民の家なのだろう。簡素な葬式の間、少女はずっと泣いており、親類たちを困らせていた。

 ああ、なんという。少女の両親は、まだ天寿が残っていただろうに。



 「ああ、そうだ。だが、試練あってこその生だろう?」



 俺の思考を読んだように、王が喉の奥で笑う。死を司るこの方の前で、天寿などあってないようなもの。生者など指先ひとつで簡単に死んでしまう。本当に、恐ろしい人だ。

 それ以上王を見ている気になれず、再び鏡を見れば、少女がナイフで手首を切っている姿が映った。両親の死に絶望したのだろう。かわいそうに。

 君はもう、自分では死ねないというのに。



 「ふん」



 鼻を鳴らしてワインに口付ける我が王。赤いそれが、まるで少女の手首から溢れる血のようだ、なんて決して口にはできないけれど。

 すぐに親類に気付かれて手当てを受ける少女を、王は興味なさそうに見つめている。何度か昼と夜が巡って目を覚ました少女は、瞳から滝のように涙を流しながら、泣き叫んでいた。












 その後、少女は貴族と結婚した。身寄りのない少女が生きる術は少ない。親類たちの勧めるお見合いの末に決まった婚約。町娘である彼女が本妻になれることはない。だが、確かに愛されての結婚だった。

 これには我が王も少しばかり面白くなさそうだったけれど、人の運命を変える力は王にはない。王にできるのは生死を操ることだけ。相手を殺さなかったのは、何かの意図があってのことだろう。

 貴族との間に子をもうけた少女は、とても幸せそうだった。目が生気に輝いていて、子を見る眼差しが暖かい。親子の愛なのだと知識としては知っている。俺も微笑ましかったけれど、王はやっぱり面白くなさそうだった。


 それからまた数年の時が流れて、少女は一人の女性になった。それと同時に、貴族の愛も離れていったようだ。一人の少女から、母になった。それだけで用済みとばかりに、若く美しい娘を屋敷に向かえ、そちらばかりを愛していた。

 愛という名の後ろ盾を失った彼女は、縋るように子供を抱いたまま部屋から出ないことが多くなった。



 「人間というのはこれだから」



 王はそう言って楽しそうに笑っていた。それが少女と貴族のどちらに向けられた言葉なのかはわからない。ただ、どちらにも向けた言葉なのだろうな、とは思った。

 やがて新しい愛人にも子が出来ると、彼女の存在が邪魔になったのだろう。促されるまま、貴族は彼女の食事に毒を盛り、久しぶりの一緒の食事に浮かれた彼女は、疑うことなく食べてしまった。



 「・・・・・・」



 「お前はたまに人間のような顔をするな」



 毒でもがき苦しむ彼女を黙って見ていた俺を、気付けば王が見ていた。どんな顔をしていたのだろう。触ってみたけれど、鏡もないのではわかるはずもない。首を傾げれば、王は満足そうに笑っていた。



 「いい。だからお前を置いてるんだ」



 ぽんぽんと俺の頭を気まぐれに撫でて、鏡に視線を戻す。何が起きたのかわからない俺は考えるのを放棄して、王と同じようにまた鏡を見た。

 一緒に食事を取っていた子供は死んだようだ。だが、彼女は死ねない。最愛の子供をなくし、手足の痺れという後遺症が残った彼女を、貴族はあっけなく屋敷から追い出した。


 それからの彼女は、壮絶だった。娼館に身を落とし、男と交わっては身ごもる日々。生まれた子供は取り上げられ、また男と交わる。

 見ているだけでも、気分が悪かった。



 「・・・王よ。もう死なせて差し上げては?」



 この世に絶望し、彼女は何度も何度も自殺を図った。だが、死ねない。死を司る我が王が「生かす」と決めた以上、死ぬことなどありえない。

 手首を切り、毒をあおり、首を吊り、川に身を投げ。そのたびに、彼女の体には不都合だけが増えていく。



 『どうして死ねないの・・・!!!!』



 鏡の中でそう叫ぶやつれた女性に、だが、王はまだ死を許すつもりはないようだった。俺の言葉にも答えず、ただじっと鏡を見ている。

 何度も自殺を図る彼女は、娼館さえも手に余したのか、いたるところをたらい回しにされたようだ。やつれた体では客もとれず、次に待つのは人身売買くらいだろう。


 俺の予想通り、彼女は売られた。だが、なんという幸運なのだろうか。彼女は売られたけれど、買ったのは豪商のようで、奴隷を普通の人と同じように屋敷で働かせている、根っからの善人のようだった。

 体調の悪かった彼女はしばらく静養させられた後、屋敷内の簡単な雑事を仕事として働くようになった。花瓶の水を替えたり、インクを補充したり。子供でも出来るそれが彼女にとっての精一杯で、元々奴隷が多かった屋敷では同情はあれどイジメなどもなく。

 人として普通の環境に戻ったことで、生気が戻り始めたようだ。



 「人間というのは不思議だな」



 そう笑う王は楽しそうだ。空のグラスにワインを注ぎながら、俺も心の中で安堵する。


 鏡の中の彼女は、40か50を過ぎた頃だろうか。人間の見た目はよくわからないけれど、老いてきたのは確かだ。屋敷の使用人たちは一人、また一人と減っていく。だが、結婚も、違う職場を見つけることも出来ない彼女は、屋敷の中でも古株と呼ばれる存在になっていた。

 変わりない日常が何よりも大切なことを、彼女は知っている。いつも穏やかな笑顔を浮かべている彼女は、屋敷の中で敵を作ることもなく、平穏な毎日を過ごしながら年月を重ねていった。


 そして、手も顔も皺くちゃのおばあさんになった頃。屋敷に一人の客が訪れた。壮齢の男性は、彼女を見つけるなり涙を流しながらこう呼んだ。



 「お母さん」



 と。彼女は信じられなさそうに目を大きく見開き、現れた男性を凝視していた。俺も反射的に我が王を見ていた。王は「ふむ」と男性を眺めた後、



 「確かに血が繋がっている。娼館で生んだ子の一人だろうさ」



 我が王が言うのだ。間違いないだろう。鏡の中では感動の対面に、屋敷の主も、使用人たちも、もちろん彼女自身も涙を流して喜んでいた。

 息子は自分にも子供がいて、今度結婚するのだということを話していた。その席に、是非出席してほしいのだと。頭を下げる息子に、屋敷の主は「めでたいことだ」とすぐに許可を出し、彼女も感謝の言葉を告げながら出席を決めたようだ。

 日取りは半年後。だが、その間に彼女の体はどんどんと衰弱していった。



 「王よ、これは・・・」



 「寿命だ」



 短く切り捨てられた言葉に、はっとする。彼女は死ねない。死ぬことを許されていない。ただ1つの条件、「天寿を全うするまで」は。

 鏡の中では、息子が母の手を握っていた。傍には彼によく似た人間が何人かおり、これが彼女の孫たちなのだろうと検討をつける。

 その中の誰かの式まで、あと1週間となっていた。



 「行ってくる」



 王が立ち上がり、鏡に向かって手を伸ばす。それだけで、王の姿が消えてなくなる。俺も王に続いて、現世へとすぐに向かった。












 鏡越しではなく、改めて目の当たりにすると、彼女が寿命だというのがよくわかった。



 「さぁ、迎えに来たぞ」



 王の姿も、俺の姿も、普通に生きているものには見えない。見えるのは、もうすぐ死ぬものだけだ。

 彼女は俺たちの姿を見つけると、大きく目を見開いた。俺たちのことを思い出したのだろう。全て合点がいったという顔をして、目を閉じる。



 「・・・あなたの、せいだったのね・・・」



 それは、初めて黄泉で聞いたときとは違い、しゃがれた振り絞るような声だった。

 何もないところを見て話し始めた彼女に、息子たちが慌て始める。死に際の幻を見ていると、そう思ったのだろう。とはいえ、俺には彼らと接触する手段はないから、完全に放置だ。

 俺はただ、王と彼女のやり取りを見守るだけ。



 「もっと生きたい・・・もう少し・・・せめて、孫の晴れ姿を見るまで・・・」



 「ダメだ。『天寿を全うするまで』それが契約だ」



 王が手を伸ばし、彼女に触れる。その手に擦り寄るように頬を添えながら、彼女が笑った。



 「そう、ね・・・そうだったわ・・・」



 それが彼女の、最後の言葉だった。













 城に戻ってきた王は、彼女の魂に門を通らせなかった。現世で捕まえた魂を、そのまま城へと持ち帰り、地下の一室の扉を開ける。

 そこには無数の魂が、瓶に詰まった状態で飾られていた。



 「おやすみ、アリス。愛しいひとよ」



 たった今死んだ魂を同じように瓶に詰め、ちゅと口付けてから棚に飾る。俺は室内には決して入らない。ここはいるだけでも気分が悪い。開かれたままの扉の外から、その様を眺めるだけだ。

 王はその後もしばらく部屋から出てこなかった。部屋から出てくれば、また違う玩具を見つけにいくだけ。それがわかっているから、俺も出てこいとは絶対に言わない。

 俺には、捕らわれた魂たちがいつか解放されることを願うことしか、できなかった・・・





















**********

******

***










 この部屋には、ソフィは絶対に入ってこない。扉の奥に見える顔はなんとも言えない苦しそうな顔をしていて、それだけで心が満たされた。

 アリスの瓶を棚に置き、部屋の奥へと歩を進める。何十、何百という魂の中。こんなことを始めることになった、最初のきっかけ。

 部屋に入ってこないソフィは絶対に知らない場所に、それはある。



 「久しぶり、愛しい人」



 他の魂は、瓶の中で丸い形を保っている中、その人だけは違う。人間の姿のまま、肉体のまま、水晶の中に閉じ込めている。

 我以外では、この世界で唯一の肉を持った体だ。



 「今回もダメだったよ。どうすれば君は、我を愛してくれるんだろう」



 答えなど返ってこない。それでも我は、ソフィにそっくりな彼女に向かって話し続ける。



 「ヒトは嫉妬で愛を確かめる、と聞いたのに。暇つぶしにはいいけど、全然愛してくれないなんて酷いじゃないか」



 水晶越しに、彼女の手に触れる。ぬくもりはない。鼓動も感じない。けれど、それでいい。死を司る我が、黄泉で肉体を持つ彼女に触れては、粉々に風化してしまう。

 絶対に、絶対に、それだけは嫌だった。



 「今度は上手くいくように、君も願っていてね」



 ちゅ、と水晶越しに口付けて、名越惜しいけれども彼女から離れた。大丈夫。体は動けない彼女だけど、魂は常に傍にある。我に縫いとめた魂は、今も我から離れられず、扉の外で待っているのだから。

 我を壊したヒト。我に愛を教えたくせに、他の男を愛し、子を産み、死んでも我を思い出さず、我に愛を返さなかったヒト・・・

 愛しい愛しい、大切なソフィ。



 「またくるよ」



 それだけ告げて、扉へと歩き始める。さて、今度はどんな人間を使って、彼女の嫉妬(あい)を手に入れようか。それだけを考えながら――












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