#03 フラグ管理というのはとても面倒なものでして
ミノスシステム──
それは千年前に迷宮王ミノスが開発した原点にして頂点のダンジョン建築術。
人間から発せられる魂の躍動をLPと呼ばれるダンジョンエネルギーに変換し、
道・部屋・罠・モンスター・アイテムをLPから生成できるこの魔術理論は、
千年が経過した現代でも通じるダンジョン作成ツールとして知られています。
これ一本あれば一般的に知られているようなダンジョン創造術よりもずっと
コストが安くダンジョン建築が行え、いちいち地下を掘るような手間も無用。
わざわざダンジョン内に緻密な計算の上で作成させる生態系の維持だとか、
モンスターの創造やら養殖やらといった面倒なユニットの生産も必要なく、
すべてはタッチパネル式の水晶板にあるアイコンで気軽に命令するだけ。
ダンジョンを拡張したり維持したりするエネルギーも、ダンジョンマスターの
持つ魔力ではなく、価値ある魂を持つ冒険者のロマンを追い求める心なので、
冒険者がダンジョンにやってくる限り、理論上は永久機関とされています。
そんな超魔術式級の力を持たない魔族でも使える利便性もあり、
ミノスシステムは現在もダンジョンの教典として君臨しているのです。
このシステムツールは迷宮王没後に著作権フリーの素材として提供され、
後年さまざまなダンジョンマスターたちの手によって改良に次ぐ改良を重ね、
ベーシックな基本システムを拡張する多彩な追加パックが開発されました。
そうなるとシステムは複雑化の一途を辿り、どうしても不具合が起こります。
もともといじるところのない完成版といわれている基本システムでさえ、
迷宮王の現役時代は不具合とバージョンアップの繰り返しだったそうで、
いかにダンジョン生成プログラムが難解な理論で作られているかわかります。
このミノスシステムの中枢にはかなり厳重なセキュリティが施されていて、
通常のダンジョンマスターではシステムそのものに触れることは不可能。
ただ単純にプログラム上にある指示を出して命令文を発動できるだけです。
なので一般のダンマスのみなさんにできることはダンジョンの建設のみ。
モンスターの配置やトラップの設置などの基本命令もこれに含まれます。
その埒外、拡張キットの追加や、発生した不具合を手直しする作業など、
ミノスシステムのブラックボックスに触れる部分となると話は違います。
素人がシステムプログラムそのものに触れることは禁忌とされています。
なにしろ当システムは魔王クラスでも難解な特殊魔術理論の塊だからです。
システムの根底に関わる構築魔術を理解するには高度な専門知識が必要で、
理由を問わず魔術プログラムによるシステム関連への干渉が許されてるのは、
私たち特殊教育を受けたダンジョン建築士の有資格者のみとされています。
それにもまた干渉可能な深度によって三級から特級まで四段階あるのですが、
権限の違いについては最高位である特級建築士の私には無意味なので割愛。
大変でしたよ特級建築士試験……頭がフットーするかと思いました。物理で。
「では不具合調査を開始しますね。契約に基づきコアに強制アクセス──!」
私はマスタールームにあるダンジョン核の端末に触れて侵入を開始する。
脳裏に続々と浮かんでは流れていく『傀儡師のダンジョン』の情報。
人形使いのダンジョンだけに設置されているモンスターもゴーレムばかり。
うん、そこがまたいい。こういう特化型って独特の味がありますから。
出てくるモンスターは全てリッチーさんの手作りという職人魂ぶり。
モンスター召喚リストにもゴーレムはいますが、人形使いには上位スキルに
『クリエイトゴーレム』というモンスターの製造スキルがありますから、
手製のほうが安上がりで済みます。まさに芸は身を助けるというやつです。
しかもクレイゴーレムやアイアンゴーレムなどといった王道だけでなく、
トタンゴーレムやブリキゴーレムといった色物枠も混ぜる充実ぶり。
うわぁ、ボスモンスターは魔法金属製のミスリルゴーレムですって。
これって人形使いの上位スキルのおかげでコストが安く済んでますが、
普通にモンスターリストから召喚したら消費LPが軽く五桁いきますよ。
さすがゴーレム中心だけあって推奨される冒険者の格もCランクから。
そこらのFラン新米冒険者ではダンジョンまでの道のりで全滅は確実。
ギリギリ湿地帯を越えられるDラン若手冒険者でも第一層で半壊必至。
本気で攻略を狙うならアイアンゴーレムといい勝負可能なCランクから。
それですら表層のボスであるミスリルゴーレム相手では分が悪い。
でもクリアして得られる報酬は魅力的ですね。
ゴーレムの残骸という純正の鉱物資源が貰えますから。
もっとも沼地の外へ報酬を持ち出すのは収納魔術なしでは至難ですね。
そういう意味でもベテラン冒険者向けのダンジョンといえます。
「リッチーさんがゴーレムづくりのエキスパートというのもありますが、
なかなかの出来栄えのダンジョンですね。とても新人とは思えません」
「カカカ。他人様に自分の作品を審査されるというのは、出来を問わず、
人形もダンジョンも等しく心底ハラハラするものですなぁ~」
通常、ダンジョンマスターが他者のダンジョン核に触れるのは禁則事項。
なにしろ核にはそのダンジョンの全情報が詰まっているからです。
ダンジョンマップやユニットの種類に配置、集客数や討伐数からなにまで、
これまでダンジョン内で起きたことすべてが経歴としてデータ集積され、
いわば核の情報はダンジョンマスターにとって生命そのものといえます。
「第一層に問題なし。第二層にも問題はなし。第三層は……ん?」
ダンジョン建築士になるには、まず個人情報を守れるモラルが問われます。
もし万が一にも冒険者に情報を売るような悪徳建築士が現れたら大変です。
戦争において自陣の詳細を知られるということは致命傷同然なのですから。
なのでダンジョン建築士の守秘義務違反には厳しい罰則が定められています。
「リッチーさん。第三層の中心にあるボス部屋付近に微弱な歪みを感じました。
不具合調査のためボス部屋の構築プログラムに干渉してもよろしいですか?」
「カカカカカ……どうぞどうぞ。見られて困るような機密もありませんし」
「承りました。では契約に従い、ボス部屋の構築プログラムへダイブします」
実に怖いおはなしになりますが。
特級建築士ともなるとダンジョン情報の赤裸々なところまで閲覧する権限が、
魔界の創造主にして魔族の父である邪竜神より直々に与えられています。
権限発動には迷宮管理者の承認が必要になりますが、強制執行も実は可能。
怖いですよね。最近はモグリのダンジョンハッカーも現れたと聞きますし。
もちろん私は、解決に不適当な情報に触れるようなマネはしませんけどね。
って……あ、ボス部屋情報の過去ログに違和感を見つけました!!!
「ふむふむ、裏ダンジョンへ繋がる隠し扉のフラグ管理にミスがありますねー」
ついに第三層のボス部屋の構築プログラムの地点で、私は問題点を発見する。
「不具合が見つかりましたか?」
「ええ、どうやら裏ダンジョンに侵入が可能になるキーアイテムのコードと、
侵入した冒険者が所持しているアイテムのコードが偶然に一致したせいで、
システムが彼らの所持品を解放キーとして誤認してしまったようです」
「はぁ……そんなことがあるんですね」
「アイテムコードは自動生成ですから。そういう偶然の一致は極稀にあります。
ただ今回の場合、よりにもよって工事中通路のパスになってしまったのが……」
コードの誤認という不具合よりも、フラグなしで勇者を通したのがマズイ。
おまけに通路は最低限のものだけでスイスイと抜けられる始末だからもう……
「本来の裏ダンジョン開放アイテムは、ボス部屋で出現するミスリルゴーレムを
一定数討伐するとドロップする【ロードスの巨人の心臓】でいいんですよね?」
「うむ、まだ未実装じゃが、本来はそれで開放されるよう設定しておった」
「ではキーアイテムのアイテムコードを変更し、開放条件もそれに合わせます」
ちょいちょいちょいとプログラムをいじくってアイテムコードの修正完了。
念のため、同じことが起きないようにサブコードも設定しておきます。
「アイテムコードと裏ダンジョンへの道が開ける条件の修正が完了しました。
これでよほどの奇跡がない限り隠し通路が誤解除なんてことはありません」
「それはまたはやいですなぁ。さすがはダンジョン特級建築士さまさまじゃ」
「いえいえ、そんな自慢することでも……」
ありますけどっ!
「いや、でも……」
ここでリッチーさんは急に不安げな気配になる。
「侵入者退治に出かけた助手君は一人で行かせて大丈夫か喃」
マズそうなら加勢でもしようかと言いたげなリッチーさんへ──
「なんら問題はありませんよ♪」
私は絶対の自信をもって、そう笑顔でこたえた。
「エネミー情報を見るに、侵入者は勇者・盗賊・僧侶・魔法使いの四名。
平均レベルは30でBランクに昇格してもおかしくない上級Cランカー。
僧侶と勇者が光属性なので、不死族のリッチーさんが出るのは危険です。
大型のボスゴーレムをよこすにしても裏ボス部屋の施設に被害でますし」
それに──
「うちの助手くんは歩くチート野郎ですから、そのへん心配御無用です☆」
アレよりも暴に優れた【人間】を、私は地上でまだ見たことがない。