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#01 ダンジョンに恵まれなかったときはオーラビリン!

 魔界と地上界の境界線にある暗黒大陸【パンデモニウム】。

 そこは『我こそが勇者を倒す未来の魔王であるぞ』と、虎視眈々と

 叩き上げの立身出世に夢をはせる魑魅魍魎悪鬼羅刹たちが集う万魔殿。


「ヒマですねー」

「暇だな」


 その僻地の僻地、初級魔王の街と呼ばれる場所に私の事務所はあります。


「うわぁ、ミルちゃんのダンジョン掲示板、また大炎上してますね」

「緊急メンテ明けの六時間後にまた緊急メンテだからな。さもありなん」


 初級魔王の街のメインストリートから少しばかり離れた裏路地の穴場。

 その名もダンジョン経営コンサルタント【ファフニール迷宮相談事務所】。

 看板が右斜め45度ほど下に傾いているのがチャームポイントです。


 私の名前はファフナー。この迷宮相談事務所の所長をやっています。

 魔界アカデミーを卒業して即、ベンチャー企業を開業したド新人ですが、

 冷たい社会の荒波に揉まれながら、なんとか今日まで生き残ってます。


「だから新エリア拡張の大規模アップデートのときは慎重にって言ったのに」

「お前は他人のダンジョンの心配より先に、自分とこの経営難の心配しろよ」


 今日も辛辣な助手くんのツッコミが辛い。

 暇なときの事務所の午前は、だいたい助手くんとの漫才で潰れます。


「うっ、とっ、取れてますから! 定期的にちゃんと契約はとれてますから」

「取れてるって言ったって、八割が身内関連のお情けとサクラだろ」


「みっ、身内以外の契約だってあるもん!」

「雑魚魔王を相手にした、採算の取れない赤字覚悟の初心者プランだけどな」


 うぐっ。


「そこはほら、未来の大手様へ期待するツバつけ先行投資ということで」

「このまえみたいにデビュー早々に勇者に目ぇつけられて破壊されなきゃな」


「はい……オススメした土地の立地条件が悪すぎました。瑕疵担保責任が重い」

「今期の決算も順調に赤字だな」


 順調に……とか、ヒドイです! ><


 そんな風にあっぷあっぷしながらも、うちの事務所も無事に創業半年目。

 経営の軌道はお察しで万年赤字経営者なんて助手くんに罵られますけど、

 どこだってベンチャーの開業初年度なんて赤字上等が基本なんですよ。


 開業したら即大儲けでウハウハなんてドリームは常識的にありえません。

 異世界からやってきたチートスキル持ち勇者さま(笑)じゃあるまいし。

 迷姫王ミルが焚きつけた第二次ダンジョンブームはまだ始まったばかり。

 縁の下の力持ち役である私が必要とされるのもこれからだ。


「今日も平和ですねー」

「ああ、平和だな。『魔界の住人としてどうなの?』って想うくらいに」


 助手くん、それは誤解だよ。

 別に魔界だからって魔界の深層部にある修羅界の住人みたいに年が年中、

 魔族たちが内ゲバで血みどろの争いをしてるわけじゃないんですよ。

 むしろ現統治者が穏健派なので人間社会よりも治安がマシなくらいで。


「ヌルいな」

「温い、ですか?」


「八年前の大戦を知る身としてはな」

「当時を知る人はみんなそう言います。でも時代は変わったんですよ」


 ぬるい……か。

 八年近く前に地上で起きた人と天と魔を巻き込んだ前代未聞の大戦。

 当時まだ私は学生で実際に大戦の模様をこの眼で見たわけじゃないけど、

 六百年前に起きた邪神と人類との世界の存亡をかけた聖戦に匹敵する、

 大陸全土をまたにかけた壮絶な全面戦争だったと聞いています。


 なにしろ魔界からは大魔王一等候補の魔王が七人も地上に同時侵攻。

 それに対して天界も地上に四人もの救世主を投入するというイカレぶり。

 戦争そのものは一年ちょっとで収束する短期決戦に終わったものの、

 もう地上そのものが次元の狭間へ落ちかねない大規模災厄だったとか。

 

 話によると助手くんはその大戦の経験者。当時まだ10代だったとか。

 だから魔界でも血気盛んな極右扱いの七人の魔王を知ってると身として、

 大戦に参加した急進派が人間に敗れて、生き残った穏健派が主流になった

 魔界の現在のあり方がとてつもなくぬるぬるに感じてしまうんだと思う。

 あと人間の持つ魔界のイメージと現実の魔界との乖離もあるんだろうな。


 この事務所の唯一の従業員である黒髪の青年。通称『助手くん』。

 彼は地上に最も近い位置にある初級魔王の街でも珍しい人間ヒュームだった。

 それもこの世界の住人でなく、こことは別の世界からやってきた異邦人。


 黒髪に黒の瞳は、この世界にやってくる異世界人に多く見られる特徴。

 ちょっとスタイリッシュを勘違いした田舎のホストみたいな外見だけど、

 これでなかなか腕が立つ。おかげでお店の用心棒として重宝しています。

 

 なんでそんな存在がうちのお店で従業員として働いているのかというと、

 これがまた色々とワケありでございましてゴニョゴニョ。


「助手くん」

「んー?」


「さっきからタブレットとにらめっこして、なにをやってるんですか?」

「課金ガチャ全力。今週は☆5のSSRの排出確率が倍なんだ」


「それ、向こうの世界のゲームですよね? よく信号が届きますね」

「雷精霊が頑張ってくれてるからな。受信のコツを知人に教えてもらった」


 雷の精霊すごい。


「SSRでました?」

「出るには出るが望みのやつだけ何故かきやしねぇ……ぐぁ、またゲス枠だ」


 あるある。

 裏で意図的に操作されてるんじゃと疑うくらいあるある。

 業界ではそれを物欲センサーと呼びます。


「私も異世界のゲームとかやってみたいなー」

「知り合いに頼めばネット回線繋げられるが、手数料かなり高いぞ」


「ねぇ、助手くん」

「んー?」


「課金する余裕あるならお金かして」

「おいドラ子! 今月の給料ちゃんと出るんだよな!?」


 うっ、うん。出るよ。たぶん。今月に新規契約をあと三つ取り付ければ。


「よりにもよって課金兵にカネせびるとか、いったい今度はなにやった?」

「え、えっとね……ユニコーンレースで十五万マーカほど……」


 あ、ゲームに集中して生返事だった助手くんの動きが止まった。

 すみません、ゲーム中断してタブレットを置く仕草が凄く怖いんですが。


「その月の小遣いを越えた掛け金、どっから出てきた?」

「え、えっとね、事務所の経費から」


 ずいっと助手くんが前に一歩。


「俺は助手として、計算ミスが酷いボンクラ所長に代わってこの事務所の

 経理を一任されているわけだが、そんな出費の報告は初耳なんだけど?」


「だ、だって事前報告したら怒るし、勝つまで黙っててもいいかなーって」


 ずずずいっと私が後ろへ二歩。


「まさかとは思うが金庫の魔貨カネちょろまかしたんじゃないよな?」

「してない! してない! それだと横領になっちゃいますから!」


 ずずずずいっと助手くんが前に三歩。


「じゃあ、それだけの大金はどっからわいて出た?」

「えっとね」


 もう間合い。


「うちの事務所ダンジョンLPラビリンスパワーからアイテム交換で♪」


 てへぺろ☆


「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッ!」


 外は晴天なのに魔王の城付近の天気みたいに雷が落ちまくる音がしました。


「それを世間様では横領っていうんだごるぁあぁあぁっ!!!!」

「ぎゃああああっ! いたいいたいいたいいたい!」


 助手くんのスコーピオンデスロックほんとに痛い!


事務所ダンジョンの寿命切り売りしてバクチに使い込んでんじゃねーよ!」

「だってだってっ! 昨日は単勝一点買いでイケると思ったんだもん!」


「昨日のG1か。ほぼ鉄板のレースだったよな。どの馬を買ったんだ?」

「カモノネギ。当日は雨だったし、カモちゃん重馬場だと一発あるから」


「よりにもよってンな名前の馬に単勝一点買いやってんじゃねーッ!」

「ギャーーーーーーーース!」


 ぎぶっ、ぎぶぎぶ。ほんとにぎぶあっぷっ!


「ったく、ドラ子、お前ってつくづくフリーダムだよな……」


 涙目のタップが続くこと十数回で、ようやく制裁おしおき完了。

 普通、組織のこういうのって魔王が部下にするものじゃありませんこと?


「……うちの助手くんが上下関係をまったく理解してくれない件について」


 なんかもう百万回くらい同じこと言ってる気がします。


「あの、至らないとこもありますけど、一応、私はあなたの雇用主でして、

 それに私は異世界人のあなたをこの世界に召喚したマスターでして~。

 所長に対してそのドラ子って呼び方、そろそろなんとかなりません?」


 たしかに私はドラゴン族の中でも特に由緒正しい真竜の出自です。

 こうして人化形態をとるときも竜の尻尾と角だけは隠しませんし、

 むしろそれが逆にチャームポイントだって自負がありますけど。

 もうちょっと、こう、なんというか、手心というか……


「うっさい。お前なんかドラ子で十分だ」

「ひどいです! ><」


 助手くんは盛大な溜息をつきながらタブレットのスイッチを切って、


「なぁ、今更だけど、この迷宮相談事務所って開設する意味あったのか?」


 創業半年目にして本当にいまさら確信を突かれた。


「助手くんの懸念も分かります。この業界、まだまだ知名度が低いですし。

 迷宮事業はようやくこれから生長していこうとしている新規参入の産業。

 つまり今は下積みとして耐える時期なんです。たとえ苦難だらけの道でも、

 1%の望みがあれば勝利のために命を燃やして賭けにでるべきなんです!」


「魔王が頭ハッピーセットな勇者さまみたいなこと言ってんじゃねーよ」


 でも真理だと思うんです。

 こういうベンチャーものは今も昔も早いもの勝ちが基本。

 柳の下に眠る餌の臭いを嗅ぎつけた二匹目のサーペントがやってくる前に、

 先走りと謗られても先見の明で元祖という縄張りを張っておくのは当然。


「いいですか、助手くんはダンジョンマスターという仕事を軽く見ています。

 今、地上界は大迷宮【迷姫王ミルのダンジョン】のブレイクを皮切りに、

 その人気にあやかろうと数々の中小魔王たちがダンジョン事業に興味深々。

 我々ダンジョンマスターの価値はLPラビリンスパワーの総量と獲得量で決まります。

 そしてLPを発生させるパワーの源は、ダンジョンに侵入する冒険者です。

 いえ、正確にはダンジョンに向ける彼らの魂の熱がパワーの源になります。

 自分のダンジョンに冒険者を呼び込み、彼らの熱いロマンのエネルギーを

 どんどん掻き集め、そのエネルギーを元手にさらにダンジョンを拡張して、

 さらに上等な価値ある魂を持つ勇者や英雄を招いて膨大な力を回収する。

 気がつけばもう自分は最大手の大迷宮の主。魔王の格も鰻登りでウハウハ。

 目指すはもちろん魔界での爵位! 平魔王でも侯爵の地位は夢じゃない!

 そういった野望を抱き、徐々にではありますがダンジョンマスターの数は

 魔族社会で増加傾向にあります。第二次ダンジョンブームさまさまですね」


 しかしダンジョンの運営というものは簡単にはいかないもの。


「けれどダンジョン運営のノウハウは現代ではもはやロストテクノロジー。

 なにしろこの百年でアカデミーのダンジョン建築士志望者はたった二名で

 本気でダンジョン経営を目指す魔王は六百年前に絶滅というていたらく。

 現代では術士の精神世界を具現化する【魔宮】と呼ばれる結界が主流で、

 わざわざ面倒をかけてまでダンジョン建築を行う魔王は稀になりました。

 迷宮王が残したシステムが著作権フリーで魔界に提供されてるとはいえ、

 あのシステムはダンジョン建築士一級でないと使いこなせないのが現実。

 当然、1から始めたばかりの新人ダンジョンマスターには扱いが難しく、

 コツやノウハウが分からなければ不具合やトラブルは必ず発生します」


 そこで私のようなプロの相談役が必要になるのです! フフン!

 なにしろ私は、現魔界でたった二人しかいないダンジョン特級建築士!

 アカデミーのダンジョン建築科でも準主席の地位にいた身ですから!

 ……ダンジョン建築科の生徒数がたったの二名という事実はさておいて。


「ダンジョン経営の敵は冒険者だけにあらず。運営難もまた敵なのです。

 冒険者の集客がかんばしくない。ダンジョンの建築がうまく進まない。

 どう友好的に使っていいのか分からないダンジョンの仕掛けの数々に、

 モンスターの配置、トラップの設置、アイテムの選別と悩みは尽きず、

 アップデートのたびに襲い掛かる不具合の対処もしなくちゃいけない。

 最近では私たちのようにダンジョンマスター需要を見越した鍛冶職が

 ダンジョン拡張キットを販売するようになり、より建築手段は複雑化」


 あれもやりたい。これもやりたい。でもやりかたが分からない。

 あるいはもう一段上のステップに挑戦したいけど知識が足りない。

 なぜなら項目が多すぎてなにから始めていいのかすら分からないから。


「そういう悩める初心者ダンジョンマスターたちを支える一助となるのが、

 私たちダンジョン建築士ことダンジョンコンサルタントの使命なのです」


 ビシィッ!


「ZZZ……」

「はい、そこでイビキかいて寝ない!」 


 ほんとにZZZって言いながら寝る人を初めて見ましたよ私。


 と、普段はいつもこんなカンジの事務所ですが──


 ビーッ。ビーッ。ビーッ。


「おーい、スクロール棚から緊急アラート鳴ってんぞ」

「おっ、きましたきました。悩める契約者からの御相談が」


 閑古鳥の鳴く事務所でもこれまで十数名の顧客を抱えたのは事実で、


「アラートを出しているのは人形使いのリッチーさんの契約書ですね」

「ああ、あのゴーレムオンリーに特化した人形工房のダンジョンか」


 右で運営トラブルが発生すれば、すぐさま駆けつけ問題解決。

 左で困ったダンマスいれば、悩みに応じて的確なアドバイス。

 これが私たちダンジョンコンサルタントの揺るがぬ基本理念!


「どうやら攻略禁止指定区画に勇者が入り込んだみたいですね」

「やれやれ、久々に仕事と思えば、またいつもの害獣駆除かよ」


 そう言わない。不適当な冒険者の駆除は大切なおしごとですよ。


「助手くん、転移装置の準備。場所はデーネー腐海のB8地点!」

「あいさっさっと」


 墓守りどもを呼び醒ませ!

 守りを固めろ!

 罠を忘れるな!


 さぁ、おしごとの開始です。

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