#00 ダンジョン枯渇時代を由々しき事態だと私は考える
Q.なぜ冒険者は命を懸けてダンジョンを目指すのか?
A.そこにダンジョンがあるからさ!
かつてこの世界は善と悪・光と闇・人と魔の二元論に別れて争っていた。
冒険者と魔王が互いに鎬を削り合い、鍔を競り合ったそんな黄金時代。
その闘いの舞台となったのが『ダンジョン』と呼ばれる大迷宮だった。
そう、ダンジョンは冒険者たちにとって一攫千金の最大の晴れ舞台。
何十層にもおよぶ迷いに迷う大回廊、各所に仕掛けられた危険なトラップ、
迷宮に巣食う血に餓えた凶暴なモンスター、冒険者の知恵を試す多くの謎。
暗闇の先で待ち受ける数々の難関に、冒険者はロマンを見出し熱狂した。
多くの犠牲を出しながらも、多くの謎を解き、多くの敵を倒す冒険者たち。
繰り返しからの繰り返し、冒険に重ねられる冒険、過酷に次ぐ過酷の果て、
最後に彼らが辿りつく場所は魔王という最強のラスボスが控える王の間。
そして魔王もまた冒険者と同じくらいダンジョンでロマンを追い求めた。
ダンジョンとは魔王にとっても自己を表現する芸術であり腕試しの場だ。
生半なものを用意しては興醒め。それこそ目の肥えた冒険者に笑われる。
冒険者を満足させるダンジョンを作れない魔王など駄馬にも劣る。
頭をこねくり回して造った回廊や謎かけを彼らはどうクリアするか。
自信作のトラップやモンスターの山をどう彼らはどう跳ね除けるか。
勝利者には値千金の報酬を。敗北者には無惨な死を。そこに浪漫がある。
問われるセンス。求められる芸術性。試される製作者の殺意の度合い。
もし攻略されればそこで終わり。冒険者にケツの毛まで毟られる。
だからこそ面白い。だからダンジョン造りはやめられない。
時代はツワモノを求め、冒険者たちは歯応えのあるダンジョンを求め、
そして魔王たちは自分の作品に挑む冒険者の中から、自身を滅ぼす力と
仁智勇を兼ね揃えた英雄が一人でも多く誕生してくれることを求めた。
最高傑作を乗り越えた勇者に斃される至福。これこそが魔王の本懐。
聖女アリアドネの糸に導かれ──
より深い階層へ──
より深い奥底へ──
深部から深奥へ──
深層から深遠へ──
そして最深の回廊で響き渡る勇者テーセウスの渾身の一撃──!
傲慢チキ迷宮王の牛面は─~♪ 永遠にその体とおさらば~し~た~♪
現在でも吟遊詩人の歌として世に語り継がれている勧善懲悪の物語。
ダンジョンの古典にして規範と歴史家に評価される迷宮王のラビリンス。
『富』『名声』『力』、かの地ではこの世のすべての栄華が手に入った。
欲しければくれてやる。探せ。この世の全てを深淵に置いて来た!
今から千年の昔──
稀代の魔王【迷宮王ミノス】が全世界へ向けて放ったこの一言は、
刺激に餓えていた冒険者たちをダンジョンへかり立てた。
冒険者たちはダンジョン最深部を目指し、夢を追い続ける。
世はまさに、大迷宮時代!!!
でも──
大流行というものはいつしか廃り、過ぎ去ってしまうもの。
あれから千年が経過して、ダンジョンという鉱脈は掘り尽くされた。
何処を見渡しても、何処を掘り返しても、もう浪漫は見つからない。
迷宮王のダンジョンは攻略され、流行の波に乗って各地で乱造された
有象無象の中小ダンジョンも冒険者に調べ尽くされてしまった。
もはや地上に前人未踏のダンジョンは存在しなくて、たまに産まれても
それはダンジョンと呼ぶのもおこがましい施設程度の粗製品ばかり。
いつしか魔王の在り方も変わった。
ダンジョンを造って冒険者を待ち侘びる引き篭もり魔王は姿を消して、
ガンガンと外に打って出て侵略活動を始める無粋な輩ばかりになった。
そんな連中の造るダンジョンなんて豪華なガワだけの城砦でしかない。
走破者への報酬なんてもちろんない。ただ敵がいるそれだけの陣地。
そうなれば魔王に対抗する冒険者の信念も劣化する。
暴かれ尽くしたダンジョンという体の残骸や廃墟を徘徊する彼らは、
来る日も来る日も棲み着いたモンスターを相手に日雇いの素材狩り。
昔の迷宮にはダンジョンマスターとの知恵比べという妙味があった。
それに命懸けで挑む冒険者たちの目は常に輝いていたことだろう。
文献を漁り、情報を交換し合い、謎を解明し、守護者に挑んで──
そして最深部にあるラスボス部屋の先で手に入る金銀財宝や秘宝は、
これまでの苦難をねぎらって余りある最高の勲章だったことだろう。
でも、もうなにもかもが昔の話。時の砂に埋もれたおとぎの国の物語。
心奮わせる謎解きも、走破したものに贈られる功績も、そこにはない。
あるのはからっぽの宝箱と残り香みたいにぎこちなく稼動する罠だけ。
今の時代、本当の意味での【冒険者】なんていない。
魔王退治なんて頭がハッピーセットな勇者様一行に押し付ければいい。
自分たちはひたすらに採取に採掘にモンスターの素材狩りで身銭稼ぎ。
冒険者らしい冒険浪漫を見失った彼らは、ただのハンターでしかない。
同じく姫君をさらって勇者を待つ旧き良き魔王もまた絶滅危惧種だ。
黙々と人間の領地を破壊して回り、占領して支配すればそれでいい。
どいつもこいつも効率厨。ダンジョンなど懐古趣味だと鼻で笑う始末。
今はそんな美意識の欠片もない三流がデカい顔をしてのさばっている。
単なる縄張り争いなら路地裏の野良犬にだってできるというのに。
冒険のない冒険に明け暮れる今の冒険者の未来を危惧しながら、
知恵よりも腕力だと語る現代の魔王の質の悪さに辟易しながら、
私は飽いていた。乾いていた。焦がれていた。求めていた。
願わくば胸が躍るような探求を。
叶うなら心臓が焼け付くような探検を。
手にするなら好奇心が沸き立つような探索を。
そこ私は考え付いたのである。
切っ掛けは学校の食堂で友人と一緒に紅茶を飲んでいたときの会話。
『それなら自分でダンジョンを用意してあげればいいんじゃないかな』
普段はクラスで浮いてるぼっちのくせになんて真理を突いた一言。
それは思わず目から竜鱗がこぼれるような至言だった。
さんざん現状を憂いておいて、結論はなんてこたぁないのである。
誰もやらないのなら、言いだしっぺの自分がはじめればいい。
なぜなら私たちはもうじき卒業式を迎えることになる未来の魔王。
未知の冒険がなくなってしまったのなら、私が用意してやればいい。
謎も、罠も、敵も、迷宮も、名誉や報酬も、欲しければくれてやる!
私が尊敬してやまない【迷宮王ミノス】が過去にそうしたように。
少なくとも私たちには『それ』を現実に出来る資源と家柄がある。
天下泰平とは名ばかりでクソ食らえな世の中に私が祝福を与えるのだ。
友人の祖父が築き上げたダンジョンブームの火を、私たちが現代に蘇らせる!
はてさて、ここから論文の本題に入るわけなのだが──
【ナラカ国立魔王学院・とある女生徒が提出した卒業論文の一節より】
タイトルを四文字に略したらえらいことになった(確信犯)。
本作品は裏番組で連載中の【たわだん!】とはまた違った角度から見た
ダンジョン経営者を相手取るダンジョン経営ものとして誕生しました。
不定期連載ですがよろしくおねがいします。