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霧の中の記憶  作者: 雪原たかし
霧散と灯火
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追憶の理解

 八月二七日。夕方。

 霧香の両親と舞の両親は、旅行を終えて帰路についていた。

 以前から両親同士の仲がよかった洲本家と大河内家は、子供が中学に上がってからでもよく親だけで旅行に行っていた。

 その日、ハンドルを握っていたのは霧香の父だった。助手席には舞の父が座り、後部座席の右側に霧香の母、左側に舞の母が座っていた。

 そして、巨大な影が車の前に差した瞬間、もうそれは避けようのないものとなっていた。




 車は横転したトラックに突っ込んでいた。激突という表現が合ってしまうほどに、車はひどく潰れていた。

 なんとか避けようとしたのか、車は右側から横向きに突っ込んでいた。

 それが、悲しみを分けた。




 安置された遺体。すでに湯灌と、修復を終えていた。

 修復が必要なほどの損傷だったのだ。そして、修復されてもなお、遺体は生前の面影をほとんど失ったままだった。

 両親の遺体と面会したというより、二体の遺体を見せられたというほうが近いと、霧香は思った。そう思わなければならなかったのだと、“霧香”は理解した。たとえ記憶にないまま過ぎたものでも、時間はそんな違いを生むほどに絶対で、優しく、残酷だった。




 八月二八日。

 早朝に遺体を家に安置した。あらゆる手配は祖母が慌ただしくこなし、霧香は掴めない意識をかろうじて留めながら時を過ごしていた。

 死装束のほとんどを二人に着せたのは霧香だった。父は足を失い、母は右肩から先を潰されていた。霧香はそれを見ても手を止めることはなく、“霧香”は言葉にならない想いを押さえ込んだ。

 葬儀社の人の手を借りて、霧香は納棺を祖母と二人で行い、祖母の運転する車で斎場へ移動した。

 夜になり、誰も遺体を見ることのない通夜が行われた。父方の祖父母と母方の祖父は故人で、父方には伯父がいたが海外在住で到着は翌日になると連絡があり、母はひとりっ子だったため、霧香と祖母だけが参列者だった。

 遺体のそばで寝ずの番をした。新しい線香に替えておけば眠ってもよかったが、霧香は眠らなかった。ただじっと線香の朱に燃える様子を眺め続けていた。




 八月二九日。

 家族葬にしたため、葬儀のみが行われた。伯父夫婦を加え、参列者は四人となった。

 霊柩車へ運ぶ手も葬儀社の人の手を借りた。火葬場へ向かうマイクロバスは、ほとんどが空席になった。

 そして、死の実感がやってくる前に、両親の肉体は消え、脆く軽い骨だけを遺した。

 骨壷は二つとも霧香が抱えた。初七日の法要を終え、祖母の家に帰り、遺骨のそばで、霧香はようやく眠った。それでも、実感は無いままだった。




 八月三〇日。

 目を覚ました霧香のそばには、二つの骨壷。

 そして、霧香にようやく死の実感がやって来た。

 冷たく並んでいる骨壷を見据えながら、霧香は泣いた。後悔や無念のない、ただひたすらに純粋な悲哀だけの涙が流れる。押しこもりそうな胸の奥底から、身体が懸命に呼吸を続けさせる。朝を涙で迎えたのは幼い日の記憶だった。大人になろうとしている今の涙は、幼い頃のものと違ってどこまでも理由があり、寄り添う手は自分のものだけだった。




 八月三一日。

 夏休み最後のその日、霧香はひとりで自宅に帰った。

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