離れる
電話に出た二人を置いて、沙那は憶人と十夜のもとへ行った。
「どう……今日の見え具合……」
「やっぱ冬よりは見劣りするけど、まあいい感じだぞ」
十夜が答え、望遠鏡の接眼レンズを明け渡す。そして、沙那が覗き込もうとしたその時、霧香と舞が斜面を駆け登ってきた。
「おっ、電話は終わっ――――」
そう声をかけた十夜の横を、霧香と舞は駆け抜けた。
「えっ、あれ?」
その問いに答えることなく、二人はそのまま停めてあった自転車に飛び乗り、霧香は下りへ、舞は上りへと、瞬く間に去っていってしまった。
「あっはは……急用かな?」
十夜は少し傷ついたのを隠しきれない表情になっていた。
「分かんねえけど……こうなるとまあ、撤収になるか」
憶人の言葉に沙那が頷く。
「そうだね……なんだか……そういう空気じゃなくなった……」
「なんなんだよ……」
十夜が肩を落とす。
「集まっただけでもよかったって思おうぜ。この夏休みはほとんど集まってなかったし」
憶人が慰める。
「また計画してくれたら……頑張って予定……合わせるから……」
沙那も十夜を慰めようと頭に手を伸ばしたが、背伸びをしても届かなかった。
“霧香”はその様子を見届けてから、下り道のほうへ意識を向けた。
霧香は下り坂の道でもペダルを懸命に漕ぎ続けていた。
追いついた“霧香”には、その懸命さの理由が分からなかった。ただ、“霧香”の身体には霧香と同じ感覚があった。酸素を求める身体の苦しみ。そして、その苦しみとは別に、心の底から胸を貫かれるような痛みを感じた。
麓の市道に入り、なおも必死に漕ぎ続ける。向かう先が次第に絞られてくる。“霧香”は霧香の進度に合わせて目的地の候補を少しずつ消しながら、見守り続けた。
そして、ようやく霧香は目的地に着き、自転車から転ぶように降りた。
“霧香”がその視界に捉えていたのは――――救急病院だった。
恐怖が音もなく湧いた。その場所。消えていた記憶。併せてみれば、もはや希望的な未来を考えることができない。知らなければいけないことなのだと、理解はしていたが、認めたくはなかった。
そんな“霧香”の思いを砕くかのように、記憶は霧香を追わせた。
人のいない、明かりに乏しいロビー。そこには霧香の祖母が待っていた。霧香が駆け込んでくる足音に顔を上げる。
そして、霧香は感じた。祖母の諦めと悲しみの視線を。
「ね……ねえ……」
尋ねようとする霧香を、祖母はきつく抱きしめた。
「どうなってるの……?」
息が整わないまま、震える声でそう訊いた霧香に、祖母はためらって、答えた。
「誰も……間に合わなかったよ」




