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霧の中の記憶  作者: 雪原たかし
霧散と灯火
26/39

離れる

 電話に出た二人を置いて、沙那は憶人と十夜のもとへ行った。

「どう……今日の見え具合……」

「やっぱ冬よりは見劣りするけど、まあいい感じだぞ」

 十夜が答え、望遠鏡の接眼レンズを明け渡す。そして、沙那が覗き込もうとしたその時、霧香と舞が斜面を駆け登ってきた。

「おっ、電話は終わっ――――」

 そう声をかけた十夜の横を、霧香と舞は駆け抜けた。

「えっ、あれ?」

 その問いに答えることなく、二人はそのまま停めてあった自転車に飛び乗り、霧香は下りへ、舞は上りへと、瞬く間に去っていってしまった。

「あっはは……急用かな?」

 十夜は少し傷ついたのを隠しきれない表情になっていた。

「分かんねえけど……こうなるとまあ、撤収になるか」

 憶人の言葉に沙那が頷く。

「そうだね……なんだか……そういう空気じゃなくなった……」

「なんなんだよ……」

 十夜が肩を落とす。

「集まっただけでもよかったって思おうぜ。この夏休みはほとんど集まってなかったし」

 憶人が慰める。

「また計画してくれたら……頑張って予定……合わせるから……」

 沙那も十夜を慰めようと頭に手を伸ばしたが、背伸びをしても届かなかった。

 “霧香”はその様子を見届けてから、下り道のほうへ意識を向けた。




 霧香は下り坂の道でもペダルを懸命に漕ぎ続けていた。

 追いついた“霧香”には、その懸命さの理由が分からなかった。ただ、“霧香”の身体には霧香と同じ感覚があった。酸素を求める身体の苦しみ。そして、その苦しみとは別に、心の底から胸を貫かれるような痛みを感じた。

 麓の市道に入り、なおも必死に漕ぎ続ける。向かう先が次第に絞られてくる。“霧香”は霧香の進度に合わせて目的地の候補を少しずつ消しながら、見守り続けた。

 そして、ようやく霧香は目的地に着き、自転車から転ぶように降りた。

 “霧香”がその視界に捉えていたのは――――救急病院だった。

 恐怖が音もなく湧いた。その場所。消えていた記憶。併せてみれば、もはや希望的な未来を考えることができない。知らなければいけないことなのだと、理解はしていたが、認めたくはなかった。

 そんな“霧香”の思いを砕くかのように、記憶は霧香を追わせた。




 人のいない、明かりに乏しいロビー。そこには霧香の祖母が待っていた。霧香が駆け込んでくる足音に顔を上げる。

 そして、霧香は感じた。祖母の諦めと悲しみの視線を。

「ね……ねえ……」

 尋ねようとする霧香を、祖母はきつく抱きしめた。

「どうなってるの……?」

 息が整わないまま、震える声でそう訊いた霧香に、祖母はためらって、答えた。

「誰も……間に合わなかったよ」

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