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霧の中の記憶  作者: 雪原たかし
霧散と灯火
25/39

真空

 九月八日。火曜日。放課後。公園のベンチ。

 霧香はこれまでのことをひとりで振り返っていた。

 残した記憶。消えた記憶。すべてが結局は後者へと収束した。それでも、前者が存在した時間がまったくなかったわけではなかった。刹那でも、残ることができた。そこにしっかりと応えを見出せるようになったことを、霧香は自身の成長なのだと捉えていた。

 そして、ふと気づいた。

「ねえ憶人?」

「ん?」


「私って、日曜日になにをしてたんだっけ?」


 とてもあっさりと出したその言葉。

 無かったから不思議に思い、そのまますぐに尋ねる。そんな反射に似た過程。

 重大さに思考が到るまで、どうということもない話のように装われ、そして――――


「覚えているのか?」


 霧香の思考を到らせたのは、憶人の反応だった。

「えっ?」

「まだ足りないのかよ……」

 頭を抱え、閉じこもろうとする。

「憶人?」

「じゃあもっと深く……」

 もう一度、霧香は名前を呼ぼうとした。

 だが、その瞬間に、音が響いた。

 たった一拍だけ。それでも意思が止まるほど不気味で不快な、心音のような音。

 そして、目の前の憶人のまぶたが下がり――――

「あっ……」

 憶人の身体は崩れるようにその場で倒れ込んだ。

「憶人っ!」

 すぐに駆け寄ろうとした、数歩の距離。

 それが、一瞬で消えた。

「えっ?」

 周囲にはいつの間にか白霧が現れていた。両手の届く距離より向こうがまったく見えないほどに濃い。

 霧香は自分が公園にいるのではないと気づいた。白霧以外のすべてが消えていたのだ。

「我々は対処する」

 そして、言葉を失っていた霧香に届いたのは、抑揚がまるで無い少年の声。霧香は周りを見回したが、声の主は見えない。

 すると、カキンと足元で音がした。見下ろすと、鈍く輝く真鍮色の鍵があった。

 霧香は思わず屈んでその鍵を拾い上げた。冷たさが指先に伝わる。

「洲本霧香は鍵を得る」

 今度は少女の声。やはり抑揚がまったく無く、姿も見えない。

「「霧は晴れる。そして、洲本霧香は知る」」

 少年と少女の声が重なる。どこまで広がっているのか分からない空間の中で、その声は響くことなくまっすぐに霧香へ届いていた。

「誰?」

 ようやく霧香が発した言葉。だが、それは誰にも届くことなく――――


「「すべてを」」


 少年と少女の声がそう告げた瞬間、霧香の全身を激痛が襲った。

「うっ……うあっ……ああっ……!」

 感覚のすべてが痛みに塗り変わる。逃げ場がなく、身体の芯まで到達するしかなくなり、思考までも痛みだけに塗り替えられてゆく。

 そんな激痛は、襲来と同じように一瞬で消え去った。


「がっ……はっ……はっ……」

 荒れた呼吸。抜ける力。霧香はその場に背中から倒れ――――そして気づいた。

「ここは……」

 見知った場所。幼い記憶にも、とても近い記憶にもある場所。

 霧香は夏の夜の山にいた。

「そういえば……」

 夏休みの終わり頃、ここで天体観測をしたのを思い出す。改めて考えれば、この一週間でそのことを思い出したことはなかった。

 なぜ思い出さなかったのか。記憶の消失に抗っていたことだけが理由ではないと、理由のない思いが頭に浮かぶ。


「お~い! 準備できたぞ~!」


 おもむろに耳に届いたその声を、霧香は知っていた。

「は~い!」

 その返事の声も、霧香は知っていた。

 もっと厳密に言うなら、霧香は“思い出した”のだ。

 夏休みの終わりのことを。天体観測をしに幼なじみが夜の山に集まったことを。

 振り返れば、憶人が望遠鏡を調整していて、十夜がその手元をライトで照らしていた。視線を移せば、斜面に広げられたシートの上に、舞がいて、沙那がいて、そして霧香自身がいた。

 霧香は察した。

 自分がいま、記憶を辿っているのだと。


 携帯の着信音が響く。

「おいおい、音切っとけよ。せっかく自然のいい音が聴こえるってのに」

「あれ……ひとつじゃない……?」

「二人同時か。珍しいな」

「「ちょっと待ってて」」

 笑いあう自分と舞。

「「もしもし……」」

 そこからが、霧香がいつの間にか失ってしまっていた記憶だった。

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