夏の夜に響く音
八月二七日。午後三時。
女子全員の予定が合わないことを知って呆然としていた十夜だったが、しばらくして唐突に飛び起きた。
「夜があるじゃねえか!」
「危ねえだろお前と一緒とか」
「俺まだなんにも言ってねえんだけど!?」
憶人が栞を挟んで本を閉じる。
「じゃあなにをするつもりなのか言ってみろよ」
「ほう……お主にそれを聞く覚悟はあるのか?」
十夜が無いヒゲに触りながら言う。
「もったいつけるな」
十夜は自信のある表情を崩すことなく、部屋の隅に置かれているものを指さした。
「それを持ってあの山に行けば、多少騒いでも迷惑にならねえし、そもそも騒ぐこともねえだろ?」
「……確かに」
「だろ? 夜ならあいつらも予定空いてるだろうし、完璧だろこれ」
十夜はカバンを引っ掴んだ。
「それじゃあ、あとの計画はよろしく頼むぜ!」
「……おいちょっと待て」
「あい?」
ドアに手を掛けた状態で十夜が止まる。
「お前はなにを用意してくれるんだ?」
「それは憶人が決めろよ」
「……丸投げすると?」
憶人の眉が険しくなる。
「言われりゃ買い出しくらいはするぜ?」
十夜は爽やかに笑って返した。
「言い出したのはお前なのにか?」
「計画とかはお前に任せたら間違いがない。俺がやれば絶対なにか見落とす。適材適所ってやつだ」
憶人は盛大なため息をついた。
「……分かった。じゃあ重い飲み物とかは全部十夜が持ってくるってことで」
「えっ、ちょっ――――」
「これは丸投げされた腹いせとかじゃなくて、単に俺が運べないからってのが理由だからな?」
そう言いつつ、憶人はいたずらめいた表情を隠せていなかった。
「はぁ……分かったよ憶人大臣。まあ他にあったら連絡入れてくれ」
「ああ、よろしく」
十夜が部屋を出る。階段を降りてゆく足音が消えると、憶人はため息をついた。
毎度、似たような流れで憶人たちの遊びの計画は進められる。最近になってからは、固まってしまっている役割を再分配してやろうと目論むようになった憶人だが、それがうまくいった試しがない。
ただ、憶人は実際のところ、そう真剣に悩んでいるわけではなかった。十夜の出す案に匹敵するものを自分が出せるとは思えず、十夜の言ったとおり、十夜が憶人ほどの確かな計画を立てられるとも思えない。つまりは“適材適所”がすでに完成しているのだ。
結局のところ、憶人は現状にそれほど不満があるわけではないのだった。
家から自転車で数十分。すっかり日が暮れ、灯りに乏しい山の中。憶人たちは少しひらけた台地になっている場所に集まっていた。
「『虫除け対策してから来いよ』って言うから、なにをするのかと思えば……」
舞が十夜を見やる。
「これって十夜の提案?」
「ああ。名案だろ?」
「確かにいい提案だよね。さすが十夜って感じだよ」
霧香が頷く。
「久しぶりだよね……星の観察……」
沙那が夜空を見上げながら呟く。
十夜の提案。それは天体観測だった。
「小学校の頃は長い休みの度にやってたけど、そういや最近やってなかったな」
持参した望遠鏡を調整しながら憶人が言う。
「そして俺はいつも手元のライト係と」
「もうちょっと角度つけてくれ。奥が見えねえ」
「へいへ~い」
「もう少し待っててくれ。さすがに久しぶりで手際が悪くなってる」
憶人が舞たちに声をかけた。
「は~い。じゃあちょっと転んどかない?」
舞の提案で、舞たちはゆるやかな斜面にシートを敷くと、その上へ仰向けに寝転んだ。
「そういえば……二人とも……親が出かけてるって……」
真ん中に寝転んだ沙那が、左右に寝転ぶ霧香と舞とを交互に見やる。
「そうそう、霧香の両親とあたしんとこの両親とで一緒に旅行に行っちゃってるの。まったくもう、仲がよすぎなんだよね」
舞が苦笑いになる。
「でも、親どうしの仲がよすぎって舞が気づいたの、周りに言われてからだったでしょ?」
霧香が沙那越しで舞に話しかける。
「まあ別に悪いことじゃないじゃん。これが親どうしで不倫とかしてるんだったら問題だけどさ」
不穏な言葉だが、舞は笑いながら言った。
「あはは、ないない。だって私たちが引くぐらい夫婦仲いいもんね」
「そうそう」
沙那が思案顔になる。
「うちが……普通くらい……?」
「あ~そうかもね」
舞が頷く。沙那の両親は霧香や舞の両親とそれほど交流があるわけではない。顔を合わせればあいさつをして、軽く話をする程度だ。
「まあなんにせよ、仲がいいのが悪いことにはならないよ。それに、二人とも出かけてくれたら家を独り占めだし、逆に追い出したようなもんだね」
霧香はうれしそうに言った。
「追い出すって……ひどいよ……」
「舞くらい親孝行してたらバチ当たんないんだろうけど、私はいつ当たるか心配しとかないとね」
「えっ、あたし?」
舞が目を丸くする。
「あぁ……分かる……」
「だよね。舞以上の親孝行な娘はいないよ」
霧香と沙那が互いに頷きあう。
「えっ、そうかな?」
「こういう自覚ないところが舞のいいところだと思う」
「確かに……」
霧香と沙那から次々に飛んでくる褒め言葉に、舞はこそばゆさを感じた。
「お~い! 準備できたぞ~!」
十夜の呼び声が届く。
「は~い!」
舞の返事とともに三人は起き上がり、シートを軽くはたいてから畳んだ。そして、ゆるやかな斜面を登って、準備を終えた望遠鏡のほうへ向かっていると、携帯の着信音が響いた。
「おいおい、音切っとけよ。せっかく自然のいい音が聴こえるってのに」
十夜が呆れたように言う。
「あれ……ひとつじゃない……?」
沙那の言うとおりで、着信音は二つ。霧香と舞の携帯から聴こえていた。
「二人同時か。珍しいな」
憶人が面白がる。霧香と舞は同時に「「ちょっと待ってて」」と詫びを入れ、声が重なったことを互いに少し笑いながら、また同時で電話に出た。
「「もしもし……」」




