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霧の中の記憶  作者: 雪原たかし
霧中の試行
18/39

残影の焼き直し

 体育の授業は学年を二つに分けて行われる。霧香が所属していた三組は一組と同じ組分けで、五人程度という制約しかなかったダンスのグループを、憶人たちは幼なじみ五人で固めていた。

 だが、今や霧香は一組の生徒で、しかも転校生だ。作っていたグループは霧香がいない四人組になっているだろうというのは容易に推測できた。目立つには、まず授業に参加できることを体育教師に理解してもらい、次に元のグループに戻ることが必要だという認識で霧香と憶人は一致していた。




「洲本は転校生だし見学になるな。すまんな、退屈だろうがこらえてくれ」

 授業が始まる数分前。体育教師が霧香に声をかけた。

「あっ、えっと……私、踊れますよ?」

「は? いやいや、グループを作ってるんだが……」

「芦屋くんに教えてもらったんです。だいぶ前からの知り合いなんですよ」

 体育教師が困惑しながらも手元のバインダーに視線を落とす。

「芦屋……四人か。おっとそうじゃなくて、教えてもらったって言ってもなぁ、目立っちまうかもしれんぞ? あんまりよくないほうに」

 それが転校生に配慮しての言葉だということを、霧香は理解していた。

「心配ありがとうございます、先生。でも、きっと心配ないです。芦屋くん、けっこう厳しかったんで」

 大丈夫だと思わせるほどの自信を、霧香は全身にみなぎらせていた。

「……そうか。じゃあ、芦屋たちのところで一緒に発表してみるか?」

「はい!」

 霧香はとびきりの笑顔で返事をした。




「というわけで、俺たちのグループに霧香……洲本が参加することになった」

「よろしくね」

 発表前の打ち合わせの時間。憶人に紹介され、霧香は舞、沙那、そして十夜に微笑んだ。

「やったぁ! よろしくね洲本さん!」

 舞が霧香の手をとってブンブンと振る。

「よろしく……なんだけど……」

 沙那が見やった先で、十夜は呆けていた。

「おい十夜?」

「洲本さんが……美少女……近いって……どどどどうすりゃあ……」

 視線は足元に落ち、小さな声で早口に呟いている。

「朝来くん?」

 霧香が心配そうに声をかける。

「はぁ……洲本さんの声で呼ばれた気が……」

「十夜……?」

 沙那も心配そうに声をかけた。

「あぁ……今度は沙那かぁ……」

「ちょっと十夜、なにボケっとしてんの?」

 心配しているとは伝わりにくい言葉遣いで舞が声をかけると、十夜は我に返り、舞のほうを向いた。

「あっ、なんだ舞か」

 舞の表情が固まる。

「……ちょっとこっちに来て」

「ん? なんだイテテテテっ!?」

 舞が十夜の耳をつまみあげる。

「あったしだけ反応変えんのってどういうことかね朝来くぅん?」

「タイミング! タイミングが悪かっただけってイテアアァァ!」

 舞は十夜を放すと、ふくれっ面でそっぽを向いた。

「普段はね……もうちょっと仲いいんだよ……」

 沙那が霧香のそばに寄ってフォローを入れる。

「あっ、いやいや大丈夫だよ。仲いいなって思ってるよ」

 霧香の笑顔には、ほんの少しの苦笑いが混じっていた。

「そういえば……洲本さん……振り付け知らないんじゃ……?」

「あ、ううん大丈夫。芦屋くんに教えてもらったから」

「いつの間に……」

「夏休みの間にね、憶人くんから軽く教えてもらってたの。転校が決まってからはけっこう真面目に」

「それって……どうして……?」

「えっと……楽しそうだったのもあるけど……」

 霧香が恥じらいを見せる。

「訊かないほうが……よかった……?」

「あはは……ちょっと恥ずかしくなってきちゃった。考えついたときはいい考えだって思ってたんだけどね」

「なんにしても……よろしくね……」

「あ、うん!」

 霧香の笑顔が弾けた。

「まあ洲本さんが入るのはいいことだけど、どの位置に入れるかが問題よね」

 舞が考え込む。

「あー……それなんだけどな」

 憶人が気まずそうに口を開く。

「俺が教えた振り付け、センター用なんだ」

「はぁ!?」

 十夜が声をあげたが、すぐにその勢いは収まった。

「いや、憶人がやるよりも面白くなる……か?」

「元々は誰がセンターやる予定だったの?」

 霧香が十夜に尋ねる。十夜は「なわっ!?」と言って少しだけ跳ね上がったあと、答え始めた。

「憶人だよ。この野郎、自分がやりたくないからって……ああなるほどな。そういうわけで振り付け教えたんだな」

「ちげえよ」

「センターやっても大丈夫なくらいには教えてあげてるんだろうな?」

 恥をかかせるなら承知しないという、十夜からの言外の圧力。だが、憶人は余裕をもってそれを受け止めた。

「それは問題ない。合わせてみりゃ分かるぞ」




 合わせたのは一回だけ。時間にしてほんの数分だった。だが――――

「えっぐ! なんだよ洲本さんとんでもねえじゃんか!」

 十夜が興奮を抑えきれずにやたらと腕を振り回す。

「えへへ。練習すっごく頑張ったからかな」

 霧香は素直に照れた。

「憶人あんた、どれだけしごいたらこんなに完璧に仕上がるのよ……」

 舞の引き目が憶人に向けられる。

「霧香に素質があったってだけの話だろ。なんで俺を鬼にしようとしてんだよ」

「これなら……いけるよ……きっと……」

 沙那の言葉に全員が同意していた。

「よっしゃあ! この完璧なまでに調和したユニットのすんばらしい舞いをとくと見るがよいってんだ。ハハハハァ!」

 振り回していた腕をぐんっと振り上げ、十夜が叫ぶ。

「あたしがどうかした?」

 舞が十夜のほうを向いた。

「……イントネーション違うだろ。ちゃんと聞けよ」

 冷めきった十夜の声。

「知ってて言ったに決まってんでしょうが!」

 舞の平手が十夜の肩にバシッと振るわれると同時に、体育教師が打ち合わせの終了を告げた。

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