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霧の中の記憶  作者: 雪原たかし
南中の記憶
12/39

幼なじみの活用

 八月二七日。木曜日。正午頃。

 夏休みの間、文芸部所属の憶人は真夏の太陽と無縁の生活を送っていた。だが、この日はサッカー部の夏休み最後のオフで、真夏の太陽よりも煩わしい十夜が憶人の家に遊びに来ていた。

「なあ、憶人さぁ、俺たちって幼なじみに不自由してないよなぁ?」

 十夜が憶人のベッドの上で転がる。

「不自由……まあ、してないな」

 椅子に座る憶人は栞を挟んでからパタッと本を閉じて答えた。

「だよなぁ……」

 十夜が腕を広げる。

「で、それがどうかしたか?」

「いやな、不自由はしてねえのにいまいち活用ができてないような気がしてんだけどさ」

「活用ってお前……」

「いいじゃねえか舞はいねえんだし」

 十夜はその場にいない舞をからかうかのように言った。

「活用とかそういうのを考えるような関係じゃねえだろ、幼なじみって」

「いやいやいやいや! よく考えてみろよ。俺たちの立場をオークションにかけたら高値間違いなしだぞ? まさに“たかねのはな”ってやつだな。おっ、うまいんじゃねこれ?」

 憶人が眉を寄せる。

「十夜お前、金欠なのか?」

「そうじゃねえよ、例えだ例え。とにかくな、霧香にしろ舞にしろ沙那にしろ、かわいいどころを独占状態なんだぞ? でもそれがどうだ、今の俺たちときたら、一緒に遊びに行けもしねえじゃねえか」

「誘ったのか?」

「……誘ってねえや」

 十夜が照れ笑いになる。

「おいおい……」

 憶人は再び本を開いた。

「だってよ、一緒に遊びに行ったところで、もうガキじゃねえんだから、つりあいとかそういうのがはっきり出ちまうだろ? そう考えると、学校からの帰りはともかく、遊びに行くってのがなぁ……」

「つりあいって……まあいいか」

 栞を取り、憶人が本に目を戻す。

「なんだよ?」

「……」

 憶人にそれ以上答える気は無かった。

「ええいもうヤケだヤケ!」

 そう言うと、十夜は床に放っていたカバンから携帯を取り出した。




『なに? どうしたの?』

 十夜が電話をかけたのは舞だった。

「お前確かこの前さぁ、今日は暇だって言ってたよな?」

『あっはぁ~そういうことね』

 途端に舞の声がいたずらめいてくる。

『でも残念だね。今日は五時まで自主練が入ってる』

「うっそだろ……」

 そして、思い至る。

「てことは霧香もか?」

『そういうこと。てかこの前って夏休みに入る前じゃん。いつの話って感じだよ、あははは』

 舞と霧香は吹奏楽部に所属している。吹奏楽部はここ数年で地区の強豪校に数えられるようになった部で、わずかなオフの日に自主練習――――という名の強制参加の練習が入るほど、部員の意欲も高い。

「マジかよ……」

『あたしのほうが十夜より残念に思ってるんだからね?』

「はいぃ?」

 十夜の声が上ずる。

『せっかくお父さんもお母さんも休みだったのに』

「ああそういうことっすね!」

『なによ大声出して』

「いや、まあお前と霧香が今日は遊べねえってのは分かったから――――」

『あっ!』

「……なんだよいきなり」

『沙那も今日はダメだからね。新しい題材の打ち合わせとかで』

 放送部に所属している沙那も予定が合わないということだ。つまり――――

「全滅……」

『そういうことだね。まっ、どうせ憶人と一緒にいるんでしょ? せいぜい暇な男だけで楽しんでなさ~い』

 電話は切られた。




 本を読み終えた憶人が視線を上げると、十夜がベッドの上に呆然と横たわっていた。

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