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第二章-1

 22時が目前に迫っていた。英一たちは、残りの時間をタロットの知識を頭に入れることに費やした。ありさから借りてきた本を手当たり次第に見返しているのである。

 先ほどピエレッタはカードを使っていなかったように見えたが、実際には掌の内側に隠し持つようにしていたのを葉月が気付いている。その絵柄までは判別つかなかったようだが、カード1枚1枚に個別の意味と効果がある可能性は高い。知識を仕入れておくに越したことはなかった。

(アルタイルの方はどんな感じなんだろう)

 英一は考えを巡らせた。あちらには斎川とその部下3名に加え、意外なことに諒子も参戦している。斎川は諒子の上長である高田のライバルだったらしいので、当人同士も何らかの接点があったのかもしれない。性格的にはまったく相容れなさそうな二人だが──

 と、そんなことを考えている間に、塔へと続く森の中に一つの影が降り立った。

 英一は、腕に巻いた通信機器の時計に目を落とす。

 きっかり22時。

「意外に正攻法か」

「みたいだな」

 呟いた葉月に応えながら、全身に神経を張り巡らせる。横ではぺたりと寝そべっていたハクが起き上がり、低く唸り声を上げ始めた。


「ただし、この私自体が偽者かもしれない」


 呟きが聴こえたのだろう、そう言ってからかうような笑みを向けてくる影──ピエレッタ。

 だが英一はあっさりと肩を竦めた。

「別にどっちでもいい。こっちは目の前のお前を倒すだけだ」

「あら、そっけないのね。少しくらい気にしてみてもいいと思うのに」

「断る。芸のない登場の仕方が多少意外ではあるけどな」

「派手に行こうと思ったけど、面白い組み合わせだったからついそのまま出てきちゃったの。で、その犬はなに?」

「友達だ」

 言い切った英一に、ピエレッタは目を丸くし、それから破顔した。

「いいわね、面白い。許してあげる。ただし容赦なんてしない、その犬ころとまとめて、あんた達の運命を残さず喰らってあげるわ」


 ◇


 同時刻。アルタイル前。

 諒子はナイフの手入れをしながら、目の前で黙然と腕を組む男の背を見遣った。

 斎川総司さいかわそうじ。高田の同期で、軍では並び称される存在である。実践派の高田と異なり知略家として知られており、いちはやく参謀幕僚となって中央部で昇進の座を駆け上がった。

 いまや実質的な最高司令官であり、前線に出ることは皆無となっているが、昔を知る諒子は斎川の戦闘スキルを高田以上とみていた。実際、先刻会議室で垣間見せた銃の腕前にはいささかの衰えも感じさせなかった。

 他コロニーの軍部は、彼をサムライと呼び畏怖している。長めの髪と眉間に皺寄せ佇むその姿には、たしかにその仇名は相応しく思えた。

「また大尉と組む日が来るとは思いませんでした」

 斎川を始め、軍人たちは誰一人口を開かない。どうにも諒子にはいたたまれず、ついそんなことを口にしてしまう。

「意外だったか?」

 そう問い返す間も、斎川は目を開けない。

「今更私を戦力として扱って下さるなんて、望外のことですから」

「謙遜はいい、君の実力はよくわかっているつもりだ。それより意外なのはこちらだ。君は私の求めよりもあの学生の助けを優先すると思っていたからな」

「まあこちらにも事情が色々ありまして」

「ふむ」

 元々深く詮索するつもりはなかったのだろう。斎川はそれきり黙りこんだ。

 諒子は内心、助かった、と思う。正直なところはとても言えないのだ。自分が2つの塔の戦力を出来るだけ等しくさせるためにこちらに来た、などということは。

 たしかに斎川の実力は相当なものだ。他3人もそれに準ずるものを持っているのだろう。諒子も自分が彼に及ばないことを承知している。

 しかし、そんな斎川でも英一には届かない。考えは甘ちゃんで覚悟も足りない、格闘スキルは未熟で隙だらけ、だがそんな英一の力は通常の人間のそれを大きく凌駕している。あの能力は、どのような達人であっても届かない高みに、学生である彼を押し上げているのだ。

 それを卑怯だと言う気はない。彼の能力の本質を知っているからこそ、諒子はそう思う。むしろ彼をアテにしなければならないことに、申し訳なさを覚えている。

(せめて、こっちは必死にならないといけないわね)

 諒子は手入れを終えたナイフを、一旦全てポケットに収めた。これが彼女の戦闘スタイルである。時を同じくして、斎川はその目を開けてホルダーに手をかけ、3人の部下たちもめいめい武器を構える。

 来たのだ。あの道化師が。

 その場にいた全員が気配を感じ取り、体勢をとった次の瞬間。

 辺りをけたたましい爆竹音が鳴り響いた。

 そして極彩色の火花が生じては消えて周囲を目まぐるしくかき乱す中──ピエレッタが悠然と歩み来たりながら口上を述べる。

「さあさあとくとごろうじよ! 今宵お目にかけまするは! 気狂いピエロのカード遊び! 仏蘭西ふらんすより来たりまし! 妙手妙技の博覧会! 駄賃はほんの少々で! 幕の降りるその前に! 隅の隅までご覧あれ!」

 諒子たちの視線を集めながら、ジャグリングする姿が現れる。

「……派手な登場だな。駄賃は弾んでやる」

 斎川が言って、右手を掲げた。直後、部下3人が一斉射撃を行なう。

 だがその弾幕に晒されながら、ピエレッタは笑みを崩さない。弾丸は全て、彼女が掲げたカードの手前で向きを変えさせられていた。──カード名『月《La・Lune》』。

「せっかちね。私はトリックスターであって、スピード一辺倒は嫌いなのだけど」

 依然として歩きながら、彼女は手にした『月』に投げキスを贈る。と、絵柄が瞬く間に別のものに切り替わった。──カード名『戦車《Chariot》』。

「求めに応じるは道化師の勤め、最速の1枚がお相手致しましょう。これなるはマッセリアの2頭馬、若き王が手懐けし太陽神の使い。さあさ退きませい!」

 直後、場を衝撃が駆け抜ける──。


 ◇


 於いてベガ塔前。

 戦いの口火を切ったのはハクだった。

 犬ころ呼ばわりが余程腹に据えかねたのか、激しく喉を唸らせて幾条もの雷を前足より生み出すと、ピエレッタ目掛けて一声吼える。

 雷撃は一瞬だった。一瞬でピエレッタに突き刺さったかに見えた。だが実際にはその手前で乱反射し、身体を掠めたものは一筋もない。

 悠然と佇む道化師の手には『月』のカード──しかしその意味を理解するまでもなくハクは肉薄する。甘えや油断などとは無縁の神獣は、雷の後を追ってその身で飛び掛っていた。

「──残念」

 そしてその猛々しい追撃さえもが中途で阻まれた。ハクのしなやかな体は、道化師の一歩手前で不意に地面に叩きつけられていた。不自然な圧力を感じて唸る彼の眼前に、ピエレッタがこれみよがしにカードをぶら下げる。──カード名『塔《La・Maison・Diev》』。

「ハク!」

 英一は咄嗟にカバーに入ろうとした。出し惜しみはしない。『力』を脚にこめ、弾丸の速度で道化師に近接し掌底を放つ。

 だが同じだった。ピエレッタに触れる手前で上方より強烈な重圧を受け、地に伏せるまでは至らなかったものの大きく勢いを減じさせられる。ピエレッタが余裕をもって飛び退いたためハクへの攻撃は防いだ結果となったが──英一の顔には隠しきれない戸惑いの色が浮かんだ。

(やりづらい)

 僅かの攻防で分析はまるで間に合っていないが、直感的にそう思った。施設での模擬戦の記憶が蘇る。教官役の男がこのタイプだった。力の使いどころが上手く、単純格闘型の英一などは良いようにいなされたものだ。

[葉月、わかるか?]

 後方の葉月に問いかける。念のため通信機越しに小声でのやり取りだ。このチャンネルは同時にありさにも開かれており──案の定図書室で夜を越そうとしていたため、彼女の兄の機材を流用した──思うところがあれば発言するよう協力を依頼していた。

[まだ情報が足りない。今推測できるのは、あのカードには図柄に沿った効果を発生させる機能があるという点だけだ]

[『月』にしろ『塔』にしろ、こっちは何されたのかもわからなかったんだが]

[『月』の意は不安定。対象の攻撃の矛先を逸らす。『塔』の意は転落。対象を地面に叩き落す。──だと思う。ここまでは比較的想像がついた]

 葉月はありさにも言い含めるように明瞭な口調で告げる。こうやって情報を蓄積していけば、やがてありさが何らかの糸口を見つけるかもしれない、という期待があった。膨大なタロットの知識から、この戦闘で得られる僅かな情報との共通点を見つけ出す。それはあの図書室の主にしか出来ないことだ。

[けど、タロットは22種存在するんだろ。今みたいなのがあと20もあるんなら、とても対応しきれないぞ]

[それはないと思います]

 英一の疑いを明確に否定したのはありさだ。

[なぜだ?]

[タロットは万物を表現します。それゆえ対象とする範囲に制限はありません。その反面、取り扱いには厳格なルールがあります。カードの置き方一つとっても細かな制約があるのです。1枚1枚のカードがどれほど強力でも、どこかで『場』としての制約に縛られる。そうでなければそれこそなんでもありになってしまいますから]

[今はそれに期待するしかないか]

 『なんでもあり』の可能性もないではないが、考えても仕方のないことだと英一は割り切った。何より、ピエレッタと対峙するのに神経をすり減らされており、深く考える余裕がない。

「では次はこちらから」

 話をしていられたのはそこまでだった。『塔』を持つピエレッタの手が翻り、カードが勇ましい図柄のものに変わる。2頭引きの鉄騎にまたがり剣持つ王子の姿──『戦車』のカード。

 一目見た瞬間、ちり、と後ろ髪が焦げ付く錯覚に陥った。その先は本能的な動きだった。

「避けろ、ハク!」

 英一は大きくバックステップして後方にいた葉月を脇に抱えると、強く地面を蹴って横っ飛びした。

 直後、ごろごろと地面を転がる二人の足元を、膨大なエネルギーが貫く。『戦車』の突撃だった。2頭馬と王子は炎熱の塊と化し、一息に空間を貫いた。周囲の空気を焦げ付かせ、草木を一瞬で燃え尽くし、転がる石すら炭化させて蹂躙の道を開く。

 英一も僅かに間に合わず、足先に焼け付く熱気を感じた。痛みよりも先に戦慄が背筋を這い上がったが、意を決して見てみると幸い直撃は避けられたようだった。靴は半ば溶け崩れて脱ぐことすらままならなそうだが、おそらく火傷は軽度で済んでいる。動きに支障が出るレベルではない。

 葉月も腕の中で身を強張らせてはいるが、怪我を負った様子はなかった。英一は彼女を助け起こしながら前方の様子を確かめる。間に合っていればいいが──

「ハク!」

 だがその願いは断たれた。道化師の前には、地面に突っ伏して唸りながら敵を見上げるハクの姿があった。いつ取り出したのだろう、ピエレッタの手には一振りの剣。そしてそれで腹を切り裂かれたのか、蹲るハクの下から大量の血が流れ出ていた。

「──この子はとても勇敢」

 細めた目でハクを見下ろしながら、ピエレッタが呟く。なぜだろうか、先ほどまでの人を食った様子はない。代わりに周囲の空気をちりちりと焦げ付かせるような憤然とした空気を纏っている。

 その時になってようやく、英一はピエレッタの左手からは血が滴り落ちていることに気付いた。

「大したものよ。『戦車』を初見で見切っただけでなく、そのまま反撃に転じてくるんだから。『塔』の効果が残ってたから腕1本で済んだけど、でなければこちらも危なかった」

 ピエレッタは剣にこびりついた血を払い落とすと、切っ先を英一に向けた。

「この子は今も傷ついた体でわたしの隙を窺っている。本当に、どこかの逃げてばかりの男とは大違い。さっきのお前の頭には、わたしを攻撃しようなんて意思は欠片も存在していなかったのでしょう」

「……挑発には乗らない」

「挑発?」

 道化師の口元が嘲弄の線を描いた。

「馬鹿げたことを。これは駆け引きなんかじゃない。なぜわたしが貴方の隙を誘うような真似をしなければいけないの?」

 たしかに、ここまでの戦闘ではピエレッタが圧倒的に場を支配していた。英一は言葉も無く、ただ黙り込む。

 するとピエレッタは、今度は明確にそのまなじりを吊り上げ、感情を露わにしたのだった。

「誤解しないでほしいわね。私はただ貴方を怒らせたいだけ。私の怒りに相応しいだけの熱を見せてほしいだけ。それすら出来ないのなら、いいわ、ここでまとめて消し炭にしてあげる」

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