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不思議な老人との出会い

 いよいよオーディションを3日後に控えた、水曜日の昼下がり。るいとカスミは駅前商店街の中にある、小さな楽器店に来ていた。

 ほんの数坪ほどの店内に、ところ狭しとギターが並べられている。

 店の奥にあるレジには、老人がひとり座っていた。ちょうどるいやカスミの祖父のような年加減に見えるその老人は、かなり年季の入ったギターを丁寧に手入れしていた。


「あのー、すみません。ギターの弦欲しいんですけど」 

「ふむ。どんなギターかね?」


「ええっと、普通のフォークギターです」


「普通の?それじゃよくわからんなぁ。女の子じゃからショートスケールのギターかい?」


 老人は怪訝な表情で尋ねた。るいは楽器に詳しくないので、困惑した様子で沈黙してしまった。すると、すかさず次の質問が飛んできた。


「家は近くかね?」


「え?ええまあ・・・」



 まさかとても遠方とも言えず、るいはそう答えた。


「じゃ、持って来なさい」






「はぁ!ふぇー!もう!すごく重いじゃない。だからあの店はイヤだって言ったの!あのジジイ本当に偏屈で有名なんだから」


 ハードタイプのギターケースを持ったるいを乗せて、自転車をこぐカスミはブツブツと文句を言い続けた。二人乗りの自転車はやや空気の不足しているタイヤからノイズを出しながら、フラフラの蛇行運転を続けた。


 ようやく楽器店にたどり着くと、カスミはすぐさま店のガラス戸を押し開けて叫んだ。


「はいっ!持って来ましたよぉ!」


 と、なかばヤケクソ気味に言った。

 さっそく持ち込んだ父の形見であるギターを、老人に手渡すと、彼の表情がさっと変化するのを、二人は感じ取った。そして更にじっくりとそのギターの細部に渡るまで、一通り眺めると、彼はるいに尋ねた。


 「いったい、このギターをどこで手に入れたんじゃ?」


「父の形見なんです」




「ほお!そうかね。ギブソンというメーカーのギターでな・・・」


(そんなのロゴ見りゃわかるよ)


 カスミは横を向きながら小声で言った。

 そんな場の空気にお構いなく、老人は続けた。


「なかなか珍しいモデルじゃぞ!これは。あんたみたいに小さな娘さんに弾きこなせるかねぇ?」


「そんなに高いギターなんですか?」


「有名なミュージシャンのギターを再現したモデルでな、値段も相当にするが、







何よりいい音がするじゃろうな、これは」


「へえ!そうなんだ。おじさんいいギター持ってたんだね。ウチのパパにはもったいないヨ」


「これほどの代物じゃからなぁ。いい弦を張ってやりなさい。そうじゃなぁ、このあたりがいいじゃろう」

  そう言いながら、老人はこじんまりとした棚から、弦を1セット取り出した。するとそそくさと今張ってある、錆びれた弦を外しはじめた。そして慣れた手つきで新しい弦を張ってゆく。るいの記憶の中で、これは。老人の姿と、父の姿がオーバーラップしていた。 ほんの数分の間で生まれ変わったギターを、老人は抱えると音叉をコツン叩くチューニングを合わせた。

「これでよし、っと」


 自分に言い聞かせるように呟いた老人は、おもむろにギターを爪弾いた。

 なんとも言えない切ない響きが店の中に広がった。その音色は暖かく、そしてるいにとっても懐かしい響きであった。


「はい、どうぞ」


 ニッコリと微笑みながら、老人はるいにギターを手渡した。老人はさっきまでとは打って変わって、いいギターを手にしたからか、上機嫌な様子であった。

 るいは手渡されたギターをしんみりと、そして少し気恥ずかしそうに弾いた。そもそも楽器の腕前にはあまり自信のないるいは、その音色もどこか控え目に聞こえた。


「うーん、なっちょらんなぁ。まだまだじゃ」


「あの、私まだまだ練習出来てなくて。それにギターが専門じゃなくて、ボーカルなんです」


「じゃ今バンドでも組んでいるのかい?」


「いえ、当分メンバー探すまでの間は弾き語りをしようと思ってます」


「わしの教室に来るかい?弾き語りのコツもしっかり教えてやるぞ!」


 るいとカスミが顔を見合わせていると、老人はすぐそばにあった店のギターをおもむろに抱えた。

「どれ、じゃあ少し手本を聞かせてやろう」


 そう言うと老人はギターを爪弾き始めた。るいとカスミはどこかで聞いたイントロだとは思ったが、それが何と言うタイトルかは、わからなかった。


《I see trees of green red rose too ・・・


老人の爪弾くギターは、とても繊細で、美しい響きだった。そしてそのしゃがれた声も、何とも言えない哀愁が漂うようで、二人は身を乗り出して聞き入った。 ワンコーラスを歌い上げると、老人は少し得意気な様子でギターを置くと、二人を優しい眼差しで見据えた。


「いくらですか?」


 るいはが老人に尋ねる。

「ん?何がじゃ?」 


「月謝です」


「おお!月謝の事か。5万じゃ」


「ええっ!高っ!」


 思わずカスミが叫んだ。老人は悪戯っぽい微笑みを浮かべて続けた。

「定価は五万じゃが、そっちのお嬢さんは素直そうじゃから、特別に千円にしてやろう!ただし半年間の限定という事でな」


「今度はまた極端に安いね・・」


 カスミが苦笑いしながら言った。


「ありがとうございます!よろしくお願いします!」

 るいはとても嬉しそうな表情だ。


「で、いつから来ればいいですか?」


「いつでもいいぞ。何なら今日からでも」


「じゃ、今からお願いします!」


「え?るいちゃん、本当にいいの?」


 あまりの話の早さに、呆れたカスミだが、るいがどう答えるかは、聞くまでもないことはわかっていた。 こうして始まったるいの弾き語りレッスン。傍らで見守るカスミもいつしか楽しげで、時間が経つのを忘れてしまうような、素敵な空間なのであった。

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