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第8話:オーディション決定

 「はい、なんですか?」


 素直なるいはつい反射的に返事をしてしまう。ずっと東京で育ったカスミは、るいとは対照的に警戒心をあらわにした表情で、心配そうにるいを見つめている。


 「そっちの小柄で可愛いお嬢さん。君は音楽やってるんでしょ?」


「やだ!この人たちさっきアイさんとしゃべってるの聞いていたのよ!」


 カスミが露骨に不快感を表して言った。どうもカスミはまず敵対するクセがついてしまっているようだ。そのクセ一旦信じると何もかも信じてしまう、それが玉にキズであった。


「いやいや、確かにお二人の会話は聞こえてしまっていたけど、会場で見かけた時から、僕たちもそれくらいは気付いていたんだよ。」


 すかさず、そう弁解しながら真壁はジャケットの内ポケットから名刺を取出し、慣れた手つきでるいにそっと差し出した。

 そのスムーズさは紳士的にそして優しさをうまく醸し出していた。

 るいは名刺を受け取るとすぐ、表の名前と裏面も確認した。そこには、


《芸能プロダクション響・新人発掘専門》


と書かれていた。


「僕たちは新しい才能をいつも探してるんだ。それでいつもたくさんのライブハウスやイベントに足を運んでいる」


 真壁はるいが名刺を確認出来る間を、少しおいてから話だした。となりで三上は笑顔で小さく頷いている。るいが何も話さないでいると真壁は続けた。


「君がアイの歌を聴いている時の雰囲気で直感した。君はスターになる素質がある。良かったら一度君の歌をゆっくり聴かせて欲しい」


 真壁が話す僅かな時間に、るいの手からさり気なく名刺を取っていたカスミは半信半疑な表情で、状況を見つめている。


「来週の土曜日は少し時間を取れないかな?」


「えっと・・・何もなかったよね?」


 るいはカスミの方を向いて確認したが、東京に来たばかりで何もこの先の予定など考えていなかったのだから、カスミは笑いだしそうになりながら、小さく頷いた。


「じゃ決まりだ!午後1時にオフィスに来て下さい。特に何も持って来なくていいから」


 るいのイエスの答えを待たずに真壁はさっそく時間を決めてしまった。


「あ、あの!私もついてっていいですか?」


 慌ててカスミが切り出した。やっぱり疑ってるんだなという表情を一瞬浮かべた真壁だったが、すぐにそれをかき消すように努めて優しい声で、


「もちろん!是非一緒に来て下さい」


 そうして土曜日の小さなオーディションが決まった。真壁とるい達はお互いの連絡先を交わして別れた。 田舎とは全く別の星なのではと思うほど、ぼんやりと霞んだ東京の月が下町の中途半端なネオンたちと入り交じって、二人を微かに照らしていた。 駅までの道のりは何故か交わす言葉も少なくなったるいとカスミ。

 るいの胸には期待と不安がマーブル模様のように、複雑にそして混噸と入り交じっているのであった。



 白い天井が眩しげにるいの視界に入ってきた。一瞬の違和感はすぐに彼女の中で溶かされて、カスミの家で目覚めたことを寝呆けた頭ながら理解した。


「ふぁ〜ぁ。何時だろう?」


 大きな欠伸をしながら、るいは時計を探した。勝手のわからない家で、瞬時に時計を発見出来なかったるいは、自分の携帯をその手に掴んだ。


〈10:45〉


「エーッ!もうこんな時間!?」


 るいは飛び上がるようにベッドから出ると、部屋着に着替えて階段を降りた。 1階のダイニングでは、伯父の太一と和子がテーブルに座っていた。


「るいちゃん、オーディション受けるんだって?」


 太一が興味深げに訊ねた。

 るいは階段をまだ下りきらない内に質問されたので、あわてて答えた。


「あ、ああ。まぁオーディションって言っても、とりあえず私の歌をプロダクションの人に聞いてもらうだけよ」


「いやいや、それでもスゴいことじゃない!チャンスチャンス。がんばってらっしゃい」


 和子が真面目な顔で言った。確かに降って湧いたような話だが、ここで認めてもらえれば突然デビュー!などという調子のいい想像を、頭の中では描いていたるいである。 それがチャンスであることは充分に理解していた。


「あっ、そうだ、ほら!お前。あれは、アレ」


「ああ・・、そ、そうね。でもアンタが渡してあげればいいじゃない。もともとはアンタがもらったものなんだから」


 るいには二人の会話が全くつかめず、少しキョトンとした表情で、二人の顔を交互に見つめている。


「るいちゃん、ちょっと待ってなよ」


 太一はそうるいに声をかけると奥の部屋へ急いで向かった。なにやらガタゴトと音がしているので、るいは太一が何をしているのか、とても気になった。

 しばらくすると、今度はパタパタと何かを叩く音がしたかと思うと、慌ただしく太一が小走りで部屋に戻ってきた。


「いやぁ、随分奥のほうにしまってたから、ホコリかぶってたよ。痛んではないと思うんだけどなぁ」 そう言いながら太一は、運んできた年代物のギターケースをそっと開いた。

 そこには、かなり年季の入ったギブソンのギターが入っていた。るいは思わず目を見張った。


「るいちゃん、これはね。洋ちゃんが、僕にくれたギターなんだよ。でも知っての通り僕は機械で怪我をしてから、弾けなくなったしまったんだ。 だからずっとしまったままでね」


「洋ちゃんが亡くなってしまって、このギターはやっぱりるいちゃんに弾いて欲しいねって、ふたりで話してたのよ」

 和子は、るいを優しい目で見つめながら言った。


 るいはケースからそっと、ギターを取り出すと、爪弾いてみた。錆びれた弦からは輝くような音色は放たれないものの、そこには何処か寂しげな響きがあった。


「るいちゃん、今マンドリンしか持ってないだろ?やっぱりギター弾いて歌って欲しいんだよ、オレ。女の子の弾き語りって、好きなんだよね」


 太一はぎこちない笑みをこぼしながら、自分の台詞に自ら相槌を打つように、大きく頷いた。 ギブソンのギターは、まるで洋一の代わりに、るいに話しかけてくるようだった。

 ふたりの申し出に、そっと頷くと、るいの目からすぅっと涙がこぼれた。


 真夏の朝の光が、カーテンのわずかな隙間から入り込んで、るいの頬を照らす。

 それは小さなスポットライトのように、るいの愛らしさを増幅する。

 天国の洋二からの贈り物だろう、太一と和子は言葉にせずとも、全く同じことを考えていた。

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