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第7話:忍び寄る魔の手


 次々と観客の心をつかむメロディが流れてくる。  神木アイの歌声は、まさに風のごとく爽やかにライブハウスに響きわたった。 歌声が美しいだけではなく、その楽曲もまた素晴らしかった。しっとりと包み込むようなバラード、そしてアップテンポのロック調のナンバーまで、キャッチーなフレーズでいて、何処か哀愁の漂うメロディだった。


「上手い・・・」


 るいはほとんど放心状態でアイの歌声の虜になっていた。


 じっとステージ上のアイを見つめるるい。その横顔を不敵な笑みで見つめる二人の男がいた。


「おい、あれだ」 


 真壁は三室の耳元で囁いた。


「なるほど」


 三室はニヤリと笑うと、あらためてるいをまじまじと見つめた。


 約一時間にわたる神木アイのライブは、るいにとってあまりにも短い時間にしか感じられなかった。

 ステージは終了しても、ライブハウス中がまだ興奮さめやらぬ状態だった。

 メジャーデビューしているとはいえ、まだ新人という立場の神木アイにとって、丁寧なファンサービスは欠かせないことである。

 ベテランアーティストのように、ステージが終わるや否や疾風の如く裏口から消える、というわけにはいかない。


 エネルギッシュなステージを終えてすぐ、会場入り口の前でCDの即売が行なわれたいた。


 疲れた表情も見せずに、長蛇の列のファンに次々とサインと握手をするアイ。その表情は見事なステージで多くのナンバーを歌い切った、充実感溢れる笑顔で満たされていた。


 普段ならば回転寿司や、スイーツの店でさえ、列に並ぶことを躊躇うるいだが、この日ばかりは違っていた。 あまりの深い感動に、アイに一言かけたい一心で、ウンザリするような長い列のかなり後方に並んだのだ。もちろんCDを買い求めてあの素晴らしい

「風の声」をもう一度じっくり聴きたい、その思いも強かった。

 るいは列に並びながら、今まで自分が歌ったステージを回想していた。確かに聴衆からはいい評価をもらってはいた。

 しかし、あのアイほどの感動を皆んなに与えられただろうか?そんな思いがずっと回想シーンとリンクしていた。


 るいは今すぐにでも人前で思い切り歌いたい衝動に駆られていた。それほどアイの歌声はるいの体中に電流のようなインパクトを与えたのであった。


 「ねぇ!るいちゃん、すごく良かったねぇ、あの人の歌。私ビックリしちゃった」


 カスミも興奮気味だ。


「うん、私すっごく歌いたくなっちゃった」


 るいのその言葉に何やら答えようと、カスミが一呼吸したその時、


「はい!次の人!どうぞ!」


 と係員の声がして、るいとカスミはハッとした。  考え事をしているうちにいつの間にか列はかなり進んでいたのだった。


 いよいよアイの前に立つとなると、なんだかるいは少し緊張した面持ちになってしまった。


 「どうもありがとう!」


 アイが先手を取って声をかけてきた。そしてゆっくりと右手を差し出して微笑んだ。


「あ、ありがとう・・」


 るいは緊張して言葉に詰まってしまった。


 「ハハハ!なんでるいちゃんがお礼言うのよ。変なの。」


 カスミは口元を手で覆い、肩をすくめて笑った。


「あ、いや・・・す、すごく良かったです!風の声!」


 そう言うのが精一杯のるいに、傍らからカスミがフォローした。


「ほら、るいちゃん。CD買うんじゃないの?」


「あ、そ、そうだった。CD一枚下さい。」


「はい!ありがとう!」


 アイはスラスラとサインをすると、パッとペンを止めた。


「お名前は?」


 ようやく落ち着きを取り戻してきたるいは、いつも通りのハキハキした声で答えた。


「るいです!星野るい。」


「可愛い名前ね。漢字はどう書くの?」


「お空の星に野原の野、るいは平仮名です。」


「キャハハ!幼稚園の先生みたいな説明ね!」


 アイはイタズラっぽく笑うとサインを続けた。そして唐突に、


「あなたも音楽やってるんでしょ?」と聞いた。


「えっ!?どうしてわかるんですか?」


「私けっこう客席しっかり見てるの。聴いている時のリズムの取り方とかで、大体わかるのよ。」



「そうなんですか?スゴい!」


「バンドとかやってるの?」


「いえ、今はやってないんです。でもアイさんの歌聴いたら、ものすごく歌いたくなりました。だからすぐ活動開始します!」


 るいは飛び切りの笑顔で言い放った。


「ふーん、ボーカルなんだ。声かわいいからいいかもね。がんばってね!」



 るいたちは列のかなり後方に並んでいたはずだが、まだ数人のファンが待っているのに気付いた。


「ありがとう!これからも頑張って下さい!」


 るいは明るくアイに声をかけると、出口に颯爽と向かった。ライブハウスの階段を昇り、地上に出るとアイのファンたちもすでにほとんど残っていなかった。


「ねぇ!君たち。」


 後方から呼び掛ける声に振り向くと、そこには中年男が二人作り笑顔を纏って立っていた。

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