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たとえば、僕たちが  作者: 滝沢美月
second half
18/28

18.傘は必要ですか? side優



 私は手のひらを上に向けて、闇色の雲が広がった空を見上げた。

 天気予報では今日は雨は降らないって言ってたのになぁ……

 最近、雨が多い気がする。それなのに傘を持ってきていない私が悪いのかな……

 食堂の出入り口のぎりぎり屋根のある部分で、傘を持っていない私は立ち往生していた。

 空からは大粒の雨が地面に降り注ぎ、薄暗い空を等間隔に置かれた街灯がチカチカと照らしている。この豪雨の中は、さすがに傘なしで駅まで向かうのは無謀だろう。

 だけど、友達はもうみんな帰っちゃってて、傘に入れてくれる友達もいない。

 ほんの二十分ほど前までは、図書館で一緒に課題をやっていたが、美笛ちゃんはバイトがあるからと言って、他のみんなも一緒に帰ってしまった。

 私はちょうどレポート用紙が切れてしまったから、食堂に併設されている購買部に一人来たのだけど……

 レポート用紙を買っている間に、雨が降り始めてしまった。

 あーあ、みんなと一緒に帰ればよかった……

 時刻は二十時三十五分。

 あと二十五分で校門が閉まってしまう。それまでに雨が少しでも小雨になってくれればいいけど。

 もうみんな電車に乗っているだろうし、傘を持ってきてくれる友達はいない。

 食堂は敷地内の奥の方にあって、こんな時間に食堂まで来る人はそうそういないだろう。

 さっきから、誰も食堂の前を通らない。

 当たり前か、傘持っていてもこの豪雨の中はできれば歩きたくない。傘があっても確実に濡れるだろう。

 最悪、五十五分になったらダッシュで校門に向かうしかないかな。

 はぁ~。

 吐き出したため息は雨音に消されてしまう。

 食堂の壁にもたれかかり目をつぶっていると、雨音の中にばしゃばしゃという走ってくる足音が聞こえて、はっと顔を上げる。

 見上げた視線の先、ビニール傘をさして食堂の前を走っていく山科先輩と目があった。

 瞬間、山科先輩は方向転換してこっちに駆けてきた。


「優さん……!?」


 ほんのちょっと目を見開いて驚いた表情の山科先輩が食堂の屋根のある部分に入ってきて私を見下ろす。


「山科先輩、どうして……」


 驚きがそのまま声になると、山科先輩は濡れて額に張りついた前髪を無造作にかきあげて微笑む。


「俺はバンドの練習が終わって、帰る前に研究室に寄ろうと思ったんだ」


 そう言って、山科先輩は食堂のさらに奥にある建物をさす。

 食堂の奥の更に奥には古びた建物が建っていた。

 確か、一号館。理学部の旧実験室で、新一号館が建った今はほとんど使われていないはずだけど。


「俺の研究室の教授がさ、ちょっと変わり者で、旧一号館の研究室をそのまま使てるんだ。まあ、建物はぼろいけど、研究室のすぐ向かい側に実験室があるから便利なんだ。優さんはどうしてこんなところに?」


 問いかけて私をみた山科先輩は、すぐに状況を察してくれた。


「もしかして傘ないの?」

「実はそうなんです。友達は先に帰って私だけ購買部に寄ったら、その間に雨が降り出しちゃって」


 言いながら、なんだか恥ずかしくて俯いた。

 だって、あまりにまっすぐ見つめられて、心臓がどくどくうるさくなってくる。

 こんな偶然ってあるのだろうか。

 この土砂降りの中、こんな時間帯に、校舎の奥を山科先輩が通りかかるなんて……

 なんとも言えない気持ちになって、胸を服の上から押さえた。


「じゃあ、一緒に駅まで行こう。この雨じゃ傘しててもほとんど意味ないけど、ないよりはましだろ?」


 当たり前のように提案されて、私は慌てて首を振った。


「そんな、大丈夫です。もうすぐ大祭なのに、山科先輩が濡れて風邪でもひいたら大変です!」


 夏休みは終わって、すでに十一月。大学祭はもう一週間後に迫っている。特にサークルに所属していない私は関係ないけど、サークルや研究室で大祭に参加する学生はいま一番忙しい時期だ。

 山科先輩が持っているのは大きめのビニール傘だけど、大きめって言ったって二人ではいったら肩がはみ出してしまうだろう。ボーカルに風邪をひかせてしまっては、山科先輩のグループの人に申し訳ない。それだけじゃなくて。


「山科先輩のステージ楽しみにしてる女子がどれだけいると思ってるんですかっ!?」


 勢い込んで言った私に、山科先輩は一瞬、瞳を大きく見開いてきょとんとして、それからぷっと噴き出した。片目を細めて笑う姿にどきっとする。


「ははっ、なんだか大げさだな。別に俺の歌なんて女子は楽しみにしてないだろ」

「そんなことないです! 山科先輩の歌声聞いて、メロメロにならない女子なんていないです。ぜったいっ!!」


 熱弁する私に、山科先輩は照れたようなちょっと困ったように首を傾げて微笑んだ。


「ほんと、そんなことないよ」


 すぅっと胸にしみ込むような優しい声音で言って、山科先輩は私の頭にそっと触れた。

 大切なものに触れるような手つきがなんだかくすぐったくて、私は山科先輩から視線をそらしてざぁーざぁーとシャワーのように降りしきる雨に視線を向ける。


「それに、私、雨にぬれるのって好きなんです。だから、ここでもう少し待って、校門の閉まる直前に走って駅まで行くので大丈夫です」


 何か返事が返ってくると思ってたのに山科先輩が黙ってしまったから、私は不思議に思って山科先輩を振り仰いだ。

 山科先輩は瞠目してじっと私を見ていた。


「山科先輩……?」

「あっ、いや……」


 首を傾げて尋ねた私に、山科先輩は歯切れ悪く言って、なにかを考えるように顎に手をあて、それから、何でもないように微笑んだ。


「雨にぬれるの好きでも、この土砂降りは無茶じゃないかな?」

「そーなんですよね」


 私は苦笑する。この雨の中、駅まで行くのは大丈夫だし、濡れるのも平気だけど、駅に着く頃には下着までビショビショになってしまうだろう。その格好で電車に乗るのがためらわれる。


「――提案なんだけど」


 そう前置きした山科先輩はうっとりするような微笑みを浮かべた。




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