表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
たとえば、僕たちが  作者: 滝沢美月
second half
17/28

17.もう恋なんてしない? side美笛



 冷房のきいた講義室の中から、開きっぱなしになった扉の外に立つ優の背中を眺めていた。

 長い夏休みもあっという間に終わってしまい後期が始まってから、これで何回目だろうか……

 私は長いため息をもらす。

 それが何にたいしてなのか、自分でもよくわからない。


「――はい、山科先輩も講義頑張ってください」

「うん、じゃ」


 三限の予鈴を合図に話していた山科先輩に会釈して、優が講義室の中に戻ってきて私の隣の席に座った。

 そうなのだ、後期が始まってからやたらと校内で山科先輩と会うようになった。そして会うと必ず優に声をかけてくる。

 別にそれが悪いっていうわけじゃない。

 夏休み直前に優を無理やり連れて行ったカラオケが山科先輩との初対面だったと思うが、山科先輩はやけに優を気に入っていた。

 学部は違っても、山科先輩の噂は耳にしたことがある。

 そのルックスと甘い歌声で落ちない女子はいないというくらい、見た目はその辺の芸能人が帽子をかぶって逃げ出すくらい綺麗に整っていて、どんな服でも着こなしそうな抜群のスタイル。そのくせ浮いた噂は聞かない。

 モテないわけがないのに、女遊びしてる噂を聞かないのが逆に怪しかったけど、実際会った感じ、爽やか青年だった。

 自分がモテるという意識もなく、自然なカンジっていうか。驕った雰囲気はなかった。

 自分の容姿に頓着しない様子が、優と似ていた。

 山科先輩なら、優の心の傷を癒してくれるかもしれない。

 カラオケの帰りに上代を見かけた時、上代の話を聞いて駆けだした山科先輩の背中を見て、そうなったらいいと思ったのだけど――


「山科先輩ってユタカに気があるんじゃない?」


 隣の席に戻ってきた優に頬杖をついた格好でなにげなく尋ねると、優はきょとんとした表情で首を傾げるのだから……、嫌になってしまう。

 素でなんのことか全然わかりませんって顔に困ってしまう。


「あー、それ、私も思った」


 きょとんとしてる優に代わって前の席に座っている理緒が振り返って相槌をうつ。


「絶対、山科先輩ってユーちゃんのこと好きだよっ」


 勢い込んで言う理緒に、優は困ったように眉尻を下げる。


「私に声をかけてるわけじゃなくてみんなにでしょ?」

「ないない! 山科先輩ってそんな気さくなタイプじゃないもん」


理緒は優の言葉を遮って全否定する。


「私なんか同じサークルでも山科先輩とは話したことないし、声をかけられたこともないよ。優は特別なんだよっ」

「それは、一応顔見知りだから挨拶してるだけじゃない?」


 唾が飛びそうな勢いで喋る理緒から少し顔を離して優は言う。本気でそう思っていそうだから、呆れてしまう。

 あんな誰が見ても熱烈なラブ光線に気づいていないの……?

 私は無意識にぎゅっと眉間に皺を寄せる。

 優ってこんなに鈍かったかな?

 そんなことないと思うけど。


「ってか、会うたび特に用もないのに優に話しかけてきてうざくないか?」


 明らかにムッとした表情で、理緒の隣に座る健太郎が振り返り、会話に加わる。


「そんなことないよ、さっきは大祭のステージの時間教えてくれただけだし」

「ステージ?」

「軽音部のステージ」

「見に行くのか!?」

「うん、山科先輩の声すごく素敵なんだよ。健太郎も軽音部のステージ見にいくでしょ?」

「絶対、行かねーしっ」


 声を荒げて言い、前に向き直ってしまった健太郎の背中を優が不思議そうに眺めている。


「なんで? 軽音部だよ? 理緒ちゃんも出るんだよ? 一緒に見に行こうよー」

「俺は行かねーよっ!!」


 小首をかしげて誘う優に、健太郎が妬けになった口調でそう言った。

 優と健太郎の二人のやり取りを見ていた理緒が、やれやれといった感じに肩をすくめる。


「もう少し優しくしてあげればいいのに……」


 ため息交じりに吐き出された理緒の言葉は優には聞こえなかったらしく、「ん? なに?」と理緒に尋ねるが、理緒は苦笑して首を横に振るだけだった。


「なんでもない」


 そんな理緒を不思議そうに眺めてた優は、こりずに前に身を乗り出して健太郎に小声で話しかける。


「ねっ、本当は見にいくでしょ? 軽音部のステージ」


 優に話しかけられた健太郎は、複雑な表情で優をしばらく眺めてから、わしゃわしゃっと髪の毛をかきむしった。

 あーあ……

 私は内心、同情のため息をもらす。

 優は善意で言っているのだろうけど、健太郎にとっては拷問でしかないんだろうな。

 気持ちが矢印となって目に見えたら話は単純なんだろうけど、そう簡単にはいかない。まあ、複雑だから恋は楽しいのだろうけど。

 優に片思い中の健太郎は、優に好意を寄せる山科先輩に敵意を持っている。でも優は、山科先輩の気持ちどころか、健太郎の気持ちにも気づかず、健太郎が好きなのは理緒だと勘違いしている。その原因は健太郎にあるんだけど。

 大学入学時、優に一目ぼれした健太郎は、優に他学部の彼氏がいると知って即刻玉砕。弱っている健太郎に、彼氏と喧嘩中の理緒が手を出して、理緒に心が傾きそうになっている時に優は健太郎の気持ちに気づいてしまい、それからずっと勘違いをしている。

 気づくのそこじゃないでしょって突っ込みたかったけど。

 優って人の感情には敏感な方だと思ってたけど、恋愛感情は別ってこと?

 それとも。

 山科先輩の気持ちに気づいているのに、気づいてないふりをしているのだとしたら。

 前の恋で負った傷が癒えていなくて、恋愛から逃げているの?

 もう恋なんてしないっていうの――……?




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

↓ランキングに参加しています。ぽちっと押すだけです↓
小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ