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たとえば、僕たちが  作者: 滝沢美月
second half
16/28

16.恋の予感 side佑真



 大学の夏休みは高校までに比べると期間は二倍くらいになって、学生にとって一番楽しい期間だろう。休みが長い分、しっかり課題も出されるのだから遊んでばかりもいられないけど。

 まあ、そんなこと気にしないで夏だって浮かれて遊びまわるヤツのが多いだろう。

 俺の学友にも、実験結果がまだ出ていないっていうのに放り出して海へ行ってしまったやつもいる。

 俺はぼちぼち課題を進めながら、この夏はバンドの練習に明け暮れる予定だ。

 十一月に控えた大学祭のステージの練習っていう口実だけど、メンバーのほとんどが大学の近くで一人暮らししているから、冷房完備の大学の練習室にいるのが一番快適に夏を過ごせるっていう魂胆だったりもする。

 俺は実家から通っているが、通学三十分圏内だから、大学まで行くのはそれほど苦ではない。

 それに、練習するならやっぱり大学の練習室しか場所がないから。

 その日、俺は早めに家を出て大学のある駅の一つ手前の駅にあるショッピングモールのCDショップに寄っていくことにした。

 家の近くにもCDショップはあるんだが狭くてそんなに品揃えはない。ショッピングモールのCDショップは大手だし、店舗面積も広くて、マニアックなものも取り扱っているから、ぶらぶらしていたら数時間は潰せる自信がある。

 神経質ってわけじゃないが、俺は真っ暗な場所じゃないと眠れなくて、朝は目覚まし時計がなくてもカーテンの隙間から差し込む朝日で目が覚めてしまう。だから夏場は朝早く目が覚めてしまうのだ。

 その時間潰しというか、ここのCDショップに来るのは俺の最近の日課になりつつある。

 本当の理由は他にあるんだが……

 数日前、偶然、このCDショップで優さんに会った。

 いつもと雰囲気が違って感じたのは、眼鏡をかけていないせいだろうか。髪形もなんだかすっきりした気もする。

 以前の優さんと、ここ最近の優さんの中間地点のような姿はとても新鮮で、つい見とれてしまった。

 カラオケに行ったときに俺が歌った曲の入ったアルバムを貸すと言いながら、連絡先を聞き忘れていたことに気づき、今度はきちんと連絡先を教えあった。必ずJOKERのアルバムを貸すと約束して。

 その日、練習を終えて家に帰った俺はさっそく彼女にメールをして都合のいい日を聞いたが、彼女のバイトの時間とバンドの練習の時間が微妙に重なってて都合があう日がしばらくなかった。

 バンドの練習を途中で抜けてもいいんだが、大祭のステージを楽しみにしていると言う彼女の言葉の手前、練習を抜けていくとも言いづらい。それに彼女なら、そんなことは望まないだろう。

 まあ、彼女がバイトしている場所は分かったし、シフトもだいたい教えてもらったから、また偶然に会うこともあるだろうと楽観的に思う。

 なんて言ったらいいだろうか、予感……というか。

 彼女にも言ったけど、またあそこで会うという自信がある。

 そんな変な自信があった俺は、彼女と会った次の日から、鞄の中にJOKERのアルバム入れて持ち歩いた。

 それに約束して会うよりも、偶然に出会う方が素敵だ。

 そんなことで、今日こそ彼女に会うかもしれないという期待を胸にCDショップに足を踏み入れて、俺はある一点に吸い寄せられるように視線を止めた。

 三階にあるCDショップは、ショッピングモール内の店内側の入り口のほかに、ショッピングモールの建物の外に出られる出口があって、その外の出口に優さんが立っていた。

 白のノースリーブのYシャツにショートパンツを合わせた格好の優さんは、かろうじて出入り口の屋根のある場所にいるが、そこから手を空に伸ばしてすぐに引っ込めた。

 今日は午後から雨が降ると天気予報で言ってて、俺が家を出た時にはもう小粒の雨が降り始めていた。いまも外はしとしとと雨が降り続いている。

 傘を忘れたのだろうか。

 いまは家から持ってきた傘が一本しかないが、大学に行けば部室にメンバーの置き傘というか忘れ傘がたくさんある。この雨の中帰ろうとしている優さんに傘を貸そうと声をかけようとしたが、俺はまたしても一歩踏み出した足をそこで踏みとどまらせる。

 ぱっとこっちを振り返った優さんの少し癖のある髪が肩の上で跳ねるのがやけにスローモーションに見える。

 店から出てきた男性と一言二言、嬉しそうな表情で話した優さんは迷いなく男性の腕に自分の腕を絡めた。男性が持っていた男物の黒い傘をさすと、優さんと男性は体をくっつけるようにして一本の傘をさして小雨の降る中を歩き出した。

 俺はドクドクとうるさく騒ぐ心臓を、服の上からぎゅっと抑える。

 喉の奥がチクチクする。

 ぎゅっと唇を噛みしめて、ただ二人の姿が見えなくなるまで、そこから動くことが出来なかった。



  ※



 校内で時々見かける男女数人のグループの中にいる彼女。美人で気が強そうで、俺の好みではなかったが、いつも笑顔を絶やさないのが印象的で、彼女のことをよく覚えていた。

 居酒屋で会った時、最初は薄暗くてすぐに彼女だと気づかなかった。

 トイレの前の少し明るい通路で話した時、どこかで見覚えがあると思った。ただ、彼女は勝気な子だろうと思っていたから、おっとりとした雰囲気にすぐに彼女だと気づかなかった。

 浪江に彼女の名前や学部を聞かされた時もふーんとしか思わなかったのに。

 居酒屋の薄暗い通路の壁に寄りかかるようにして手を置いて、声もなく静かに涙を流す姿を見た瞬間、その姿が頭から離れなくて、ピリピリと痛いくらいの電流が心臓から全身に駆け抜けた。

 今まで女の子とは年相応に付き合ってきたけど、こんなふうに胸を震わされたことはなくて、女の子の泣き顔を綺麗だと思ったのもはじめてで、あの涙が忘れられなかった。

 なぜだか気になって、校内では無意識に彼女を探してしまっていた。

 確かに間近で見た彼女はこの世の存在とは思えないほど美人だったが、それよりも、俺は甘くくすぶるような柑橘系のコロンの香りとか、彼女の泣き顔にやられてしまったらしい。

 カラオケで会った時なんか、彼女だなんて気づけもしなかった。

 髪形とか眼鏡とか服装とか、全体的な雰囲気が美人の印象からかけ離れていた。

 でも、大人しそうに見えるのに気配り上手で、恥ずかしがり屋で、そのくせ照れることもなく澄んだ瞳でまっすぐ見上げてくる彼女に興味を持った。

 話すうちに、彼女が居酒屋で酔いつぶれたこと、名前が漢字のせいでユウとよく間違われると聞いて、彼女だと気づいた。

 きっと、居酒屋の話を聞かなければ、彼女だとずっと気づかないままだっただろう。

 恥ずかしがり屋で、頬を真っ赤に染めながら歌っていた姿も可愛かった。

 CDショップで迷子になると聞いて不思議だった。

 J-POPの意味を知らなかったことに驚かされて、でも、新鮮で。

 いつも彼女には驚かされてばかりだ。

 いつからこんなに彼女でいっぱいになってしまったのだろう。いや、いつからなんて関係ないよな。

 俺は彼女に惹かれている。

 胸を駆け巡る情熱に、小さな吐息を一つ吐き出す。

 自室の椅子の背もたれにぐっと体重をかけて、天井をあおいで瞼の上に腕を当てた。

 瞳をつぶれば、鮮明に思い出すことができる。

 彼女が声を殺して涙を流している姿が。

 俺が、彼女の涙を拭いてあげられる存在になれたらいいと思った。

 彼女が泣かなくていいように、笑顔にしてあげたいと思った。

 でも。

 嬉しそうに男性の腕に自分の腕を絡めて歩き出す彼女の姿を思い出して、息が詰まる。

 彼女の涙をぬぐってあげるのは、俺の役目じゃないのだろう。

 彼女の笑顔を守るのは、あいつの役目なのだろう。

 気づいてしまった気持ちに、ただため息しか出なかった。



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