15.射止めるような眼差し side優
「俺、むこう見てくるけど、優さんはまだ視聴してる?」
「私も一緒に行きます」
一通り視聴し終わってたし、山科先輩がなんのCDを探しているのか興味があってついていくことにする。
山科先輩はすいすいと迷うことなく目的の棚に向かい、真剣な表情でCDを手にとっては眺めている。
その真剣な雰囲気に邪魔しちゃいけないと思って、私は近くの棚を見回した。
このあたりの棚って洋楽のCDみたいだから、この近くに韓流ドラマのサントラってあるのかな?
「なにか探してる?」
キョロキョロと辺りを見ていたら、ふいに声をかけられて驚きのあまり肩が大きく跳ねてしまう。
「えっと、韓流ドラマのサントラを……」
ミーハーだって思われそうでちょっと恥ずかしいけど、すごくいい曲だからできれば買いたいんだよね。
「韓流? だったら、こっちだよ」
そう言って山科先輩は優雅な仕草で案内してくれた。まるでDCショップの店員さんみたいにお店の陳列を熟知していることを尊敬してしまう。
私なんて一度も自分で目的の場所まで辿りつけたことないのに……
案内されて私はすぐに目的のサントラを見つけることができた。
「ありがとうございますっ」
尊敬のまなざしで山科先輩を見つめて、韓流ドラマのサントラがあった棚に“K―POP”という札が刺さっているのを見て、私は指をすぅーっとその札から隣の“J-POP”という札へと動かす。
「あっ、もしかしてK-POPって韓国の曲のことで、J-POPが日本の曲?」
自分では大発見のつもりで弾んだ声で言ったんだけど、私の言葉を聞いていた山科先輩がもともと大きな瞳をこぼれそうなくらい見開いているから、「あれっ?」と首を傾げる。
「あの、間違ってますか……?」
違ったのかな……?
いつも、CとかTとか、なんとかPOPってなんのことなんだろうと思ってたんだけど。
斜めにこっちを見た山科先輩がふっと口元に甘やかな笑みを浮かべて、澄んだ瞳はうっとりするほど艶やかで、どきっとして慌てて俯く。
「あははは……、やっぱり優さんって面白いね」
口元に手を当ててるから、こもったような小さな笑い声だったけど、あきらかに山科先輩が笑っているのが分かって私はちらっと視線を山科先輩に向ける。
振り仰ぐとすぐ上に、山科先輩の美しい眼差しがあって、私をまっすぎぐに見つめて艶やかに揺れていた。
「J-POPの意味知らない子がいるなんて驚いたな。CDショップで迷子になるって聞いた時もすごく不思議だったけど、理由が分かったよ」
そう言って、J-POPは日本のポピュラーミュージックを指すことを教えてくれた。
つまり、私が謎の記号だと思っていたJ-POPとかK-POPの意味が分かっていればどこになんのCDがあるのかすぐに分かるらしい。
CDショップにはよく来る方なのに、初めて知った事実に驚いている私――よりも、山科先輩の方が驚いている感じだった。驚いているっていうか笑われたっていうのが正解かな。
まあ、いいけど。ちょっと恥ずかしいかな。
JOKERのアルバムは山科先輩に貸してもらう約束をしっかりしたし、私は韓流ドラマのサントラを持ってレジに向かった。
会計を済ませて鞄にお財布と買ったCDをしまって、ふいに鼻筋に触れてあっ……と思う。
そういえば、私、今日眼鏡じゃないじゃん。
最近、家でも外でも眼鏡しているから、つい眼鏡をあげるように鼻に触れちゃったけど、この暑さで汗がすごくて、いちいち眼鏡を外して汗を拭くのが面倒だから今日はコンタクトしてきたんだった。
CDショップの入り口で待っていてくれた山科先輩と視線があう。
「ん?」
不思議そうに首を傾げる山科先輩をじぃーっと見つめる。
いまの格好はイメチェンする前の私に近い。
黒縁眼鏡もかけてないし、もっさりしていた髪も暑いだろうって悠兄にほぼ強制的に梳かれてすっきりとした髪形になっている。
山科先輩、今日の私を見て、よく私だって気づいたな――
胸の奥がきゅっと鳴って、小首をかしげる。
ん? もしかして、そんなにたいしたイメチェンじゃなかったのかな……?
私だって気づかれなかった理由はマスクしてたのが大きいのかな……?
右に左に首を傾げる私を見て、山科先輩はまたおかしそうにくすくすと笑うものだから、なんだか胸がざわざわして落ち着かない。
甘やかな瞳を細めて口元に手をあてて笑う、その姿だけで眩暈がするほど素敵で、心を射抜くような破壊力があるんだ。
「じゃ、俺、こっちだから」
駅のホームに上がる階段の下で、山科先輩が一番線のホームに上がる階段を指す。
「あっ、はい。買い物、付き合ってくださってありがとうございます」
そう言ったら、またくすくす笑われてしまった。
「J-POPの意味を初めて知った時の優さんの表情を思い出して……」
目尻に涙をためて、ごめんごめんって誤る山科先輩はどこか楽しそうで、からかわれて恥ずかしいけど、まあいっかって思ってしまった。
「練習頑張ってください」
「ありがと」
「あっ、大祭のステージ楽しみにしてます」
「うん、ぜひ見にきてよ」
「はい」
「じゃ、気をつけて帰ってね」
「あのっ」
片手を上げて歩き出した山科先輩を、つい引き留めてしまう。
なにって話があったわけじゃないから、私は困って視線を彷徨わせる。
山科先輩は「ん?」って首を傾げて、私が何も言わないのを見ると、コツンコツンって靴音を響かせて二人の間の距離を一気に縮める。
視線を上げれば、射止めるようにまっすぐな視線とぶつかる。
背後で、四番線の電車が到着するアナウンスが聞こえる。
ふっと山科先輩は優しい笑みを浮かべると、ぽんっと私の頭を撫でた。
「また会うかもね」
私は瞬きも忘れて、ただ山科先輩を見あげてしまっていた。
「ほら、四番線に電車来るって、急いで」
金縛りにでもあっていたように動けなかった私は、その言葉を聞いてお辞儀だけをして慌てて駆け出した。
階段を登る時、ちらっと振り返ると、まだそこに山科先輩はいて、美しい瞳に優しい微笑を含んでこっちを見て手を振ってくれていた。