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たとえば、僕たちが  作者: 滝沢美月
first half
13/28

13.小さな痛み side優



「あの、さっきの話なんですけど……」


 そう言って私は話を切り出した。


「迷惑でなければJOKERのアルバム貸していただいてもいいですか?」


 耳元で話しかけると、山科先輩は一瞬眼差しを私に向ける。

 DCならレンタルショップで借りればいいし、貸してくれると言ったのは社交辞令かもしれない。でも、貸してもらえるなら嬉しい。


「実は私、CDショップとかレンタルショップって大好きでよく行くんですけど、いつも迷子になっちゃうんですよね……」


 山科先輩は目が点になっている。


「ええっと、探しているCDがあってもそのCDの場所にたどりつけないんです……」


 言ってて恥ずかしすぎて、顔を俯かせる。

 初対面でこんなこと言うんじゃなかったかな……

 でもでも、私の最大の恥はもうさらしちゃってるし。

 俯いたままちらっと視線を隣に向けると、山科先輩は真剣な眼差しでじぃーっとこっちを見つめているから、どきっとする。

 二人の沈黙に、理緒ちゃんと澤ちゃんが熱唱する甘いラブソングが響く。

 甘い歌声の中に、ぷっと小さな笑い声が聞こえて、私は聞き間違いかと思って反射的に山科先輩を振り仰いだ。

 山科先輩は無表情で私をじっと見ていたけど、ついには堪えられないというように口元に手をあてて横を向いて小さな声で笑い出した。


「あは、あははは……」


 山科先輩が突然笑いだすから、みんなの視線が山科先輩と私に集まる。

 あまりに無邪気な笑顔を向けるから、理緒ちゃんも澤ちゃんも美笛ちゃんでさえ、目を見開いて頬を染めて山科先輩を見つめていた。他の先輩方だって驚いている様子だ。

 山科先輩はみんなの注目が集まっていることに気づいていないのか、笑いすぎて瞳に浮かんだ涙をぬぐいながら私の顔に先輩の顔を近づけると、とろけてしまいそうな魅惑的な声で囁いた。


「ユタカさんっておもしろい人ですね」


 それは褒められているのだろうか……?


「そうですか……?」


 なんと答えたらいいのか困って、そんなことしか言えなかった。

 その後も山科先輩とは他愛無い会話をして、時々は山科先輩と順番に歌って、あっという間に時間が経ってしまった。

 荷物をまとめてカラオケの部屋を出て、さきに下に行くという理緒ちゃん達にお手洗いに寄ってから行くと伝えて一人、お手洗いに向かって廊下を進む。

 土曜日の夜ということで、どの部屋からも楽しそうに歌っている声が廊下にまで漏れ聞こえている。

 室内とは違って照明に煌々と照らし出されている狭い廊下を曲がったところで、どんっと向こうから曲がってきた人と肩がぶつかってしまった。

 視線と視線がぶつかった瞬間。

 どくんって、嫌な音を立てて胸が泡立った。


「あっ……、すみませーん」


 酔っぱらって真っ赤になった顔でへらっと笑って、呂律の回っていない口調でぺこっと頭を下げる男性。


「もー、浩ちゃんったら、気をつけなよ」


 その男性の腕に腕を絡ませて隣に立つ女性はそう話しかけて、促すように腕を引っ張って歩き出した。


「…………」


 すれ違いざま、私はコマ送りのようゆっくり通り過ぎていく二人の様子を呆然と見つめることしかできなかった。

 微動だにすることもできず、二人の声が遠ざかっていく。

 しっかりと視線があった。廊下は明るくて顔も見えたはず。なのに。

 上代は私だって気づかなかった……

 どくんっと、また胸が嫌な音を立てる。

 それに上代と一緒にいたのは、クラスは違ったけど同高の子だった。

 腕組んで、まるで恋人同士みたいだった……

 上代と別れたのはほんの二週間まえのことなのに、すごく前のことのように感じる。

 別れるって話をしたのはメールだったから、会ったのは一ヵ月半ぶりだ。

 だから?

 私に気づかなかったの? もう新しい彼女がいるの?

 ぐるぐると意味不明の疑問が湧き上がっては消えて、新しい疑問が浮かぶ。

 ぽろっと頬を冷たいなにかが伝って、それを受け止めるように手のひらを広げる。

 やだ、なにこれ……

 手のひらに落ちた雫を見てはじめて、自分が泣いていることに気づく。

 もう上代の事なんてふっきれたと思っていたのに。

 どうしてこんなに悲しい気持ちになるんだろう。

 どうして涙が溢れてくるんだろう。

 自分で思っている以上に、上代が私と気づかなっかったことにショックを受けていることに気づかされる。

 もしこの時、もう少し冷静だったなら、イメチェンを遂げた今の姿は、仲のいい美笛ちゃんや理緒ちゃんですらはじめは自分だと気づかなかったんだから、名前すら憶え間違えている上代が私と分からなかったのは仕方がないことだって気づいたのだろうけど。

 そんなことにも気づかず、私は後から後から溢れてくる涙に戸惑っていた。

 こぼれそうになる嗚咽を唇を噛みしめてこらえる。

 狭い通路の壁に背中をつけて、ただ声を殺して溢れてくる涙を流していた。

 どのくらいそうしていたのだろうか。

 すごく長く感じたけど、ほんの数分だったのかもしれない。


「優さん!?」


 驚いた声で私の名前を呼んで駆け寄ってくる山科先輩の姿を、涙でぼやけた視界にとらえて、私は慌てて俯いて涙を見られないようにしようとしたんだけど。

 俯くよりも早く頭を抱えるように抱きしめられて、気がついたら山科先輩の胸に頬を押し付けられていた。


「優さん、ごめん……」


 たまらないというように掠れた声で名前を呼んだ山科先輩は、小さな声で謝った。

 それが何に対しての謝罪なのか分からないし、山科先輩が私に謝ることなんてないのに、私は涙が止まるまで山科先輩に抱きしめられたままだった。

 どくんっと、小さく胸が騒ぐ。

 この胸の痛みはなんなのだろう――……




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