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たとえば、僕たちが  作者: 滝沢美月
first half
12/28

12.心のブレーキ side優



「お上手ですね」


 山科先輩が歌い終わって私は大絶賛で拍手を送った。

 バンドを組んでボーカル担当なのだから上手くて当たり前なのかもしれないけど、ほんとに羨ましいくらい上手い。

 話す時は男性らしい低い声なのに、歌う時は男性にしてはやや高いバリトンボイスが耳に甘く響いてうっとりしてしまった。

 歌った曲が情熱的なラブソングだからまた声に合っているっていうか、いつまでも聞いていたくなるような歌声にドキドキしてしまった。

 自己紹介の時、山科先輩の名前をどこかで聞いたことがあるような気がしてずっと考えていたら、自己紹介が自分の番になったことに気づかなかった。

 だけど、私はあることに気づいた。というか思い出した、というのが正解だろうか。

 いつだったか、大学の通路を歩いている時に「セクシーな香りがする」と言った私に理緒ちゃんが「たぶん山科先輩の香水の香り」だと教えてくれた。

 その時は遠ざかっていく白衣の後姿を見ただけだったけど、それがいま目の前にいる山科先輩だったんだ。

 それにしても。

 ちらっと山科先輩を見やる。

 きりっとした二重、澄んだ瞳、筋の通った鼻、とても美しく均整のとれた顔立ちは見惚れてしまうくらいかっこいい。

 身長もすらりと高く、服の上からでも分かる引き締まった体は、モデルや芸能人ですって言われても納得できてしまう。

 こんなに格好良くて、歌も上手くて、心をとろかすような甘い声は女子にとっては殺人的に凶器だと思う。山科さんを見てどきどきしない女子はいないんじゃないだろうか。

 うちのお兄ちゃんたちもかなりかっこいいと思うけど、それとはまた違ったかっこよさというか。同性でも惚れ惚れしてしまうかっこよさというのだろうか。

 私は興奮冷めやらぬ勢いで、つい山科先輩に話しかけてしまう。


「JOKER、お好きなんですか?」


 JOKERというのはいま山科先輩が歌った曲を歌っているグループのこと。昨年、大ヒットしたドラマの主題歌につかわれたJOKERの曲はすごく有名で私も知っているけど、その曲以外は知らなかった。

 山科先輩は、歌い終わって喉を潤すようにジョッキに残っていたウーロンハイを飲んでいたから聞こえなかったのか、聞き返されてしまった。


「えっ、ごめん、聞こえなかった」


 その時、ほんの少しだけど、私の方に体を傾けてきたから、カラオケの音が大きくて話しかけた声が聞こえなかったんだと気づく。

 完全に酔っぱらっている近森先輩と酒井先輩さんが踊りながらアニソンを熱唱していて、つい苦笑してしまう。

 私は座った背伸びするようにほんのちょっと体を伸ばして山科先輩の耳元に顔を近づける。


「JOKER好きなんですか?」


 尋ねると、すっと山科先輩の視線が動いて私の視線とぶつかる。

 それがあまりに至近距離で、澄んだ綺麗な瞳に間近で見つめられてどきっとする。

 山科先輩はちらっと視線を天井に向けてから、今度は私の耳元に山科先輩が唇を寄せて答える。


「うん、好きだよ」


 言葉と一緒に息が耳に触れ、心臓がうるさくなり始める。

 えっと……、JOKERのことだって分かってるよ。

 だって私がそう尋ねたんだもの。

 だけど、心をとろかすような甘い声音で“好き”って耳元で囁かれたら、ドキドキしない女子なんていないと思うのよ!

 そうよ、こんなふうにドキドキするのは当たり前なんだよ。

 私は自分に言い聞かすように心の中で呟き、気持ちを切り替える。

 もう一度話しかけるために、山科先輩の耳元に顔を寄せた。


「今の曲は知らなかったんですけど、素敵な曲ですね」

「ドラマで使われた曲は有名だけど、俺はこっちの曲の方が好きかな」

「なんかわかります。ドラマの曲は兄がCD持ってて私も時々聞くんですけど、いまの曲も好きになっちゃいました」


 喋るたびお互いの耳元に唇を寄せて話すのは、カラオケで盛り上がっている室内で会話するためには自然な行動で、別に深い意味はないんだ。


「今度、CDショップで探してみようかな」

「JOKERのアルバム持ってるから貸そうか?」

「えっ、ホントですか?」


 思ってもいなかった申し出に、ぱっと顔を輝かせて、顔の前で両手を合わせる。思わず嬉しい声をあげてしまう。

 貸してほしいと伝えたくて顔を上げた瞬間。

 唇が触れてしまいそうな距離で山科先輩と視線が交わって、慌てて視線を落とした。

 隣で、山科先輩も気まずげに視線を動かしたのが気配で分かった。

 うわぁー、わぁー!!!!

 心の中で無意味な言葉を叫びまくる。

 心臓が煩すぎる。

 いま、絶対、私の顔、真っ赤だと思う。

 そう思ったら、一気に熱が顔に集まってきて、両手で頬を押さえて俯く。

 いまいる場所が薄暗くてよかった。

 こんな真っ赤な顔、恥ずかしすぎる。みられなくて良かった。


「あー……」


 二人の間の沈黙を破るように、山科先輩が掠れた声を出す。


「優さんのグラス空だけど、なにか頼む?」


 言いながら俺はドリンクメニューを手元に寄せた山科先輩は、優しげな眼差しで私を見下ろす。

 山科先輩の前に置かれたジョッキが空になっているのを見て「あっ」と思う。

 自分の分を頼むついでに私にも聞いてくれたんだ。優しい人なんだな。

 そんなことを考えて、ぼぉーと山科先輩を見つめていたら、聞こえてなかったと思ったのか、今度は耳元で尋ねれれて、私はちょっと困った表情を浮かべ、いま禁酒中なことを伝える。

 山科先輩はそれを聞いて驚いた顔をした。

 まあ、当たり前か。禁酒とかいいながら飲んでるし。


「一体、どんな失態したんだ……?」


 好奇心と心配が入り混じったような表情で尋ねられて、私は二週間前に居酒屋で飲みすぎてぶっ倒れてしまったことを話した。

 話している間、山科先輩は静かに聞いていてくれて、だけど話が進むにつれてちょっと驚いたように目を見張った。

 私の人生最大の失態を話し終えると、山科先輩は私を見つめて目だけでふっと甘やかに笑った。その表情はとても華やかで、眩暈がするほど美しかった。


「飲みすぎには気を付けてね」


 この話を聞けば誰もがそう言うだろうけど、なぜだか山科先輩の言葉は意味深な言葉に聞こえて、胸が跳ねる。


「はい、重々気をつけます」


 だけど私は一瞬の胸のざわめきに気づかないふりをして、わざとらしいくらい丁寧な言葉で言った。




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