1.飲まずにはいられない理由 side優
バンっと勢いよくテーブルにグラスを叩きつけるように置とく、空のグラスの中で氷が跳ねてた。
「おかわりくださいっ!」
そう叫んで、店員さんを呼ぶ私。
親友の美笛ちゃんに誘われて駅前の居酒屋にやって来ていた。
ここは通っている大学の最寄駅にある居酒屋で、よく大学の仲間と来るお店。メニューは豊富でお値段もリーズナブルだし、何と言っても、席が個室で掘りごたつになっているから寛げる。
実際いまも足を掘りごたつに入れ、上半身をぐったりとテーブルに寄りかからせていた。
テーブルの上にはとても女子二人では食べられないような量のお料理の皿と、空のグラス達。
ほとんど飲んだのは私です……
うなだれて背中を丸めていたからか背中から髪が幾筋かこぼれ落ちてきて、それを緩慢な動作で後ろにはらう。
もう何年も切らずに伸ばしている髪は腰をすでに越していて、前髪をポンパドールにしてあげて、もともと癖でパーマしなくてもうねってる髪の毛先を毎朝コテで巻いている。
髪の毛は長い方がいろいろアレンジができるからって伸ばしてたら、気がついたらこんなに長くなっていた。さすがにこの長さを毎朝巻くのには結構な時間がかかるけど、バッサリと切ってしまう勇気ももてなくて、ずるずると伸びていっている。
最近は特に熱くなってきてうんざりしている。
「ユタカ、飲みすぎだって!」
次から次へとお酒を注文して水を浴びるように飲んでいる私に、美笛ちゃんが諌めるように声をかけるけど私の勢いは止まらない。
「だって、これが飲まずにいられますかってのよぉ~!!」
言いながら、新しく来たジョッキを素早く手元に引き寄せて、美笛ちゃんの静止が入る前にゴクゴクと喉を鳴らして一気に飲み干した。
「まあ、今日は仕方ないか……」
その様子を見て美笛ちゃんはあっさり説得を諦めたみたい。むしろ呆れているのかも。
長い付き合いの美笛ちゃんは私がお酒に強いことを知っているし、今日、私が飲まずにはいられない理由を知っているから、暴飲も目をつぶってくれるのだろう。だって。
「なんなの、上代……、別れたいなら別れたいって面と向かってはっきり言えばいいじゃない!? それを友人伝いで言ってくるとか、ほんとどうしようもない男なんだから!」
上代っていうのは元彼……ってことになるのかな。
高三の時同じクラスになって、席が近いからよく話すようになって、お互いにいいなって意識しだして、上代に告白されて付き合い出したのが高三の夏。学科は違うけど同じ大学に通っていて、順風満帆にお付き合いしていると思っていた。なのに、今日出た講義で近くに座った同高の子がなにげなしに話していた会話に驚いてしまう。
「そういえば、ユウちゃんと上代君別れたんだってね~。学食で会った時に上代君が友達にそう言ってるの聞いてさぁ。同じ大学でも学部が違うと上手くいかないんだね~」
そう言われて、私はもう頭の中、真っ白……
なに、どういうこと?
別れた……?
私、そんな話ししたことない。でも、そういえば最近連絡ないなって思ってて、最後に会ったのは実験が忙しいって上代が言ってて一ヵ月前だったかな?
上代はメールが嫌いみたいでメールの返事が来ないのはいつものことで、それでもちょこちょこメール送ってたけど、最後に返信が来たのはいつだったかな……?
私はすぐに上代にメールした。
『友達に別れたって言ってるの聞いたって言われたんだけど、なにかの冗談だよね?』
でも、久しぶりにきた返信は素っ気ないものだった。
『だってユウとぜんぜん会えないし、こんなの付き合ってるって言わないだろ』
ちなみに、私の名前は“ユタカ”なんだけど漢字で書くと優しいの“優”でユタカって読ませるから愛称でユウって呼ぶ人もいるけど、読み自体がユウだと思い込んでいる人が多いんだよね。上代もその一人だった。
「なんで私、あんなろくでもない男と二年も付き合ってたんだろう……」
こうなってしまったのは上代だけが悪いんじゃないって分かってはいるけど飲まずにはいられなくて。
語尾は弱弱しく店内の雑踏にかき消えて、私は運ばれてきたばかりの新しいジョッキをあおった。
瞬間、くらっと視界が回る。
おっとと……
さすがに飲みすぎたかな。ちょっと酔いが回ってきたかも。
私はどんなにお酒を飲んでも顔色にはでないし――これは家系みたい――、お酒に強いっていうことが周知に知れ渡っているから、私が酔うなんて誰も思わないみたい。でも、酔うんです。酔ってきたなっ思ったら自分でセーブすることを身につけているから今までふらふらになるまで酔ったことがないだけで。
上にお兄ちゃんが二人もいると色々と教えられるんだよね、どんなお酒は酔いが早いとか、酔わない飲み方とか。
そんな訳で、私が酔い潰れたとこなんて誰も見たことないだけで、私だって酔わないわけじゃないなんですよぉー。
そんなことを考えながら、私はゆっくりと掘りごたつから足を出して、机に手をついて立ち上がる。その動作は緩慢。
「ちょっと、お手洗い行ってきまーす」
見栄で本当は酔うんですなんて言えない私は「酔い冷ましてきまーす」と心の中でつけ加えて、薄暗い店内の廊下を歩き出した。
一つ目の角を曲がって、この先をもう一度曲がったところにお手洗いがあるというところで、急に視界が回り始めた。
目の前はなんだかチカチカ点滅してるし、どんどん真っ白になっていく。
足がもつれて、体に力が入らなくて――
あー、やばい。
急に動いたから一気にお酒が回ってしまったみたい。
そう気づいた時には、私はぶっ倒れていた。
新連載スタートです!
こちら、不定期更新(週1くらいで更新できたらいいなと思ってます)の予定です。