第終話
その日、桜は久々に外の空気を吸った。
「うわーハワイの海だー。」
基地の傍の砂浜で、楽しげにはしゃぐサクラ。俺はその様子を見て安心した。
米軍による桜の検査はまるまる一週間を要した。何度も面会の要請をしたが受け入れられず、一週間の居間はずっとまた桜が戦場に駆り出されるのではないかと心配していたが、今日になってようやく桜が出てきた。しかも、大統領直々のサインの入った書類で、俺達が日本に戻り自由に生活することが保障された。
「日本帰ったらまず何するよ?」
波打ち際で魚と戯れる桜に声をかけた。
「うーん…。色々したいことはあるけど、まずは、やっぱり復興かな………。」
そういう桜の顔は、悲壮感などなく、覚悟に満ちた目だった。
大戦中の記憶を消すことを、桜は断った。桜だけではない、楓も紅葉も、牡丹も、皆が記憶の消去を断っている。皆、全てを背負って生きていくことを決心したのだ。
「ジュンは?帰ったら何したい?」
「俺?俺は………とりあえず、友達に会いたいかな。」
「あ、そっか!緑ちゃんや隆くんとかも早く会いたいね!!お土産何がいいかな?」
「さあ、何でもいいんじゃない?」
「よくないよ!明日帰るんだよ?今から決めよ!」
桜はそういうと俺の手を引っ張り走り出した。向かう先に何があるのかは、本人すら分かっていないだろう。だが、笑顔溢れる桜に引っ張られて、抵抗できるはずもない。俺は彼女の歩調に合わせながら美しい砂浜を走った。
「あ!」
桜が急に止まったので、俺は桜にぶつからないように体を捻らせ慣性の法則を無理やり破った
「危ないな!急に止まるなよ!」
「財布忘れた!」
「あ?」
「財布だよ財布!まだ返してもらってない!」
「いや、返してもらっても中身全部日本円………って、もういないのかよ。」
最初なんかは忌々しいと使うことを躊躇っていた能力を今では平然と私用で使うようになった。これは俺が楽したいがためにそうするよう仕向けたのが悪いのだが。
桜が基地に戻って、することもないのでビーチを散歩していると、一組の異様な男女をみつけた。異様というのは、パツキンのねーちゃんやガタイの良いニーチャンしかいないビーチに、明らかに我々と同類の人間がいたという事だ。
パラソルを立てビーチチェアに寝そべる男女。男は俺と同じくらいか年上だが、もう片方の女の子は明らかに桜よりも年下だった
「こんにちわー」
恐る恐る日本語で二人に話しかけてみた
「日本の方ですか?」
男がゆっくりと起き上がり優しそうな笑顔で
「そうですよ。あなたもですか?」
と答えた
「いやあ、この島に私たち以外に日本人がいると思ってなくて。びっくりしました。」
「それは私もです。一か月前にここに旅行に来たのですが、少し体調を崩してこっちの病院で入院してる間に戦争が起こりまして、昨日まで米軍の捕虜になってたんですよ。」
「それは大変でしたね。」
日本と戦争になったのは俺たちのせいでもあるというのもあり少し申し訳ない
「いやあ、今日になって大統領が日本の主権回復と和平条約締結してくれたので、晴れて放免ですよ。」
「そちらは妹さんですか?」
さっきからずっと会話に入らずスマフォを弄っている女の子が気になった
「ああ、こいつは従妹です。アメリカ留学してたんですけど、私が入院したと聞いて見舞いに来てくれて、そこで捕まってしまったんです。なのでまだ怒ってるんです。」
「なんでそういうことにするんですか………」
「え?」
その子が何か呟いたが聞き取れなった
「ええと、あなた方はどうしてここに?」
「いえ、その、色々ありまして………。」
恐らく世界で俺たちの事を知る人間は居ない筈。米軍と楓が強力な情報統制を敷いたからだ。
「まあ、理由は人それぞれという事で・・・。なら、どちらから来られたんですか?」
「えっと、長野です。諏訪湖の近くの辺りで。」
「諏訪湖ですか!?奇遇ですね、私も帰ったら実家に住むことになって、そこが諏訪湖の近くなんですよ。どちらですか?岡谷?下諏訪?」
「上諏訪です。」
「私もです!」
男は嬉しそうに笑って、女の子にも「すごい偶然だね!」とはしゃいでみせたが、女の子は「良かったですね。」と冷たく答えるだけで、男はすぐにテンションが冷めた
「まあ、日本に帰ったらよろしくです。お互い同じ境遇の者としてね。」
男が笑顔で握手を求めてきた
「ええ、こちらこそ。そういや、お名前聞いてませんでした。」
「ああ、そうでした。」
男はしまったと手で頭を叩く動作をし、満面の笑みで答えた
「私は黒木正弘。大学生です。こいつは神林アヤメ。中学生。以後宜しくお願いします。神守隆志君と、天使桜さん。」
変な終わり方ですね。
まあ、これはそういうお話なんで。
ハッピーエンドって、実はハッピーじゃないんですね。