第三話
日本時間八月一四日午前五時。
早朝だというのに、まだ薄暗い羽田基地に、数分間隔で次々と飛行機が着陸してくる。羽田にここまで飛行機がやってくるのは、五年前の戦争以来久々の事であった。
五年ぶりに飛行機でにぎわいを取り戻した第一ターミナルのエプロンであったが、軍の輸送機にボーディングブリッジが使える筈もなく、今や羽田には数台しか残っていなかったタラップ車をフル回転で使い、次々やってくる輸送機からタイとマレーシアからのお客さんを下ろしていった。
「変な光景ですね。」
その様子をターミナル内から見ていた神林はコーヒーをすすりながら言った。
今や一般客が出入りすることのなくなり、自衛隊の基地として利用されているターミナル、ラウンジも今やお偉いさん向けの控室として利用されていた。
「可哀そうにね、絶対負ける戦争に駆り出されるなんて、昔の日本を思い出すね。」
「昔って、生きてないじゃないですか。」
「そういう普通のツッコみはいいよ。」
「そもそも、私が変な光景と言ったのは、出稼ぎ労働者の事じゃなく、アレのことです。」
神林が指さした先には、誘導路に所せましと並ぶF-15があった。
「わあ、すげぇな。あれ全部アメリカから徴収した奴だよな。しかも全部フル爆装。あれだけ使える程パイロット居たっけ?あ、だから連れて来たのか。」
「いや、どうせ『Nymph』による自動操縦でしょう。」
「ああ、そうか。その手があるなら何でもうちょっと早く使わないんだ?」
「並列操縦プログラムの構築に手間取ってたみたいですよ、何回か民家に墜落したとかニュースになってたじゃないですか。」
「そうだったけ?」
「昔から生きていたせいでボケて来ましたか?」
「言うじゃないか。」
こんな風にどうでもいい話をしながらラウンジで時間を潰していると
「お待たせしました。」
一人の軍服姿の男が現れた。
「古田和仁一佐です。お迎えにあがりました。」
直立不動の敬礼をした古田に、黒木は若干引いた。
「ど、どうも・・・。」
「さあ、こちらへどうぞ。」
黒木たちは古谷に先導されるがまま、ラウンジを出て、いつの間にかバスに乗り、駐機場のど真ん中まで連れてこられていた。
黒木はそこに停まってある飛行機を見て驚いた。
「これだけは無いと思ってた。」
2機のF-22DJがそこにはあった。
「輸送機は全部本作戦の方に取られてしまいまして、これ位しか自由に使える機体がないんですよ。」
古田は白々しく言った。わざわざこの二人の輸送にラプターを2機も使う必要などないことを、そこにいる全員が分かっていた。
「さあ、早く乗ってください。そのパイロットたちは優秀です。私が保証します。彼らなら、きっとお二人を目的地まで確実にお連れします。」
古田の言い方の端々にわざとらしさが見て取れたが、黒木たちは言われるがままに後部座席へと座った。
それから、2機のラプターが羽田を飛び立ち、富士山を見下ろす位置に到達するまでものの数分であった。
「すげー、戦闘機なんて乗るの初めてだよー。」
「そうですね。」
黒木はこれから自分がすることも忘れ、しばし子供のようにはしゃいでいた。すると、
「ぐわっ!」
パイロットがおもむろに機体を右に傾けた
「酔いそう…。」
「ああ、申し訳ありません。いつも後ろに一般の方を乗せる機会なんてないもので。」
パイロットは申し訳なさそうに謝った
「いえ、いいんです。俺が酔い止め忘れたのが悪いんです。安心してください、コックピットをゲロ塗れにすることはありません。その前にベイルアウトしますんで。」
最後の一言は真顔で言った。それ以降パイロットは急な動作をやめた。
次からようやくバトルかな?