バスルームからこんにちは
「18歳だけど?」
年齢を聞かれ、正直に答えたら目の前の男が妙な叫び声を上げた。
失礼なやつだ。
ことの起こりは数時間前。
私は確かに風呂に入っていたはずだ。
はずだ、というのも妙な表現ではあるけれど。
それ以外言いようがない現象だから仕方がない。
その風呂に入っていたはずの私は、いつのまにか見知らぬ男のベッドの上に転がっていた。
いや、正確には落ちた先にベッドがあった、のだけど。
そこまで考えて、やっぱり自分の身に起きた出来事をまとめながら、ありえない、と呟きそうになった。
風呂に入った。
ユニットバスの小さいお風呂。
それでもはじめての一人暮らしで、それなりに楽しくて、程ほどに疲れていて。数少ない癒しの時間、とばかりに珍しくお湯を張ってとぷんと肩まで無理やりつかっていた、はずだ。
なのに、気がついたらありえない重力を感じて、パニックになる暇もなく知らない部屋の知らないベッドの上に落ちていた。
当然、私は真っ裸。
先客もなぜだか真っ裸。
呆然とする私と、見覚えのない男はしばらくにらみ合う格好となった。外から見たら間抜けな図だけど、そんなことまで考えられる余裕はなかった。
しばらくすると、男はこちらを睨みつけてくれた。
あからさまに不審者扱い、いや、それ以上のもっとすごいもの扱いされたことが私にも理解できた。
逆の立場なら私だってそうする。
真っ裸の男が目の前に落ちてきたら、だ。
そこから先の行動は機敏で、どこから取り出したのか長剣を私の首筋にあててくれる始末だ。
ひんやりとした感触が伝わってきて、体温が急激に下がった気がした。
まあ、当然だとは思うよ?
知らない人間が、わけがわからない方法で闖入してきたんだから。
でもさ、そんな物騒なものこんないたいけでかわいい少女にするなんて、男の、いや、人間の風上にもおけないってやつじゃ?
などという反論は、今だったらできる。けれど、実際は、声も出せないぐらい驚いて、ただ呆然と男を見上げるしかできなかった。
どうして、とか、なぜ、とか、色々な言葉がぐちゃぐちゃになって、それなのに見たこともない刃物を当てられて、声すら出せない。
しばらくの沈黙の後、男は深く息を吐いて、その剣をしまった。
やっぱり、こんなにかわいい少女があやしいやつではあっても、危ないやつじゃないってわかってくれたんだと思う。
いや、ホントのところは知らないけど。
繰り返すけど、私は真っ裸。
危険なものだってもっていないのは一目瞭然。なんの筋力もない両腕をみれば、それで彼に危害を加えられるはずはないのもわかってくれるだろう。
実は、わたしの理解の範疇を超えた部分で警戒をされていたらしいけど、そのときの私にそれがわかるわけはない。
おまけに風呂に入っていたんだから濡れている。
寒いし、わけがわからないしで、ちょっと落ち着いたらがたがた振るえがきた。
恐怖心と純粋な寒さからくる震えを、呆然と手のひらをみることで確認する。頭の中はいたって冷静なつもりなのに、やっぱり混乱していたのだろう。
なす術もなく私は震えていた。
それをみて男は、慌ててふかふかのタオルを持ってきて、私に手渡してくれた。
遠慮なく拭こう、と思っても体ががちがちいって上手くふけない。
仕方がないなぁ、って顔をして男は私の体をちょっと乱暴にこすりはじめた。
またまた繰り返すけど、私は裸で、どういうわけか男も裸で。
ちょっとだけ余裕が出てきた私は、まあ、目に入っちゃったんだよね、なにが。
なにって、何がだけど。
で、どういうわけか本当にどういうわけか、よくわからないことを口走ってしまったんだよね。
「確かめてみますか?」
って。
それが、大いなる誤解の元に認識されていただなんて、やっぱり私にはわからなかった。
ただ単に、危害を加えるわけでもないよー、体を改めてみますか?というぐらいの認識で口走ったつもりだったし。
不審者扱いされた、次にちょっと優しくされた。
もう誤解されたくない、という切羽詰った思いでもあったのだけどね。あんな風に冷たい刃物をあてられた記憶も生々しいわけだから。
男はどういうわけか、まじまじと私を眺め、そしてあからさまに目を逸らした。
ご丁寧に顔を赤らめて。
いい大人の、大男がかわいい反応をするじゃないか、と乙女心がちょっとだけうずく。
しつこく繰り返すけど、私は真っ裸。
それに、体には結構自信があったりする。
にやついた私を尻目に、男は俯いた。
視線の先には真っ白なシーツだけ、ならよかったのだけど、見えてしまったみたいなんだよね。
自分の……が。
本人の意思とは裏腹なそれは、大変……で、見たことがない私もつられて見入ってしまうほど、色々まあそれだった。
で、そんなこんなで大変仲良く「話し合った」私たちは、冒頭の会話に戻る。
「そんな体なのに!」
さめざめと泣き始めた男は、私の胸をちら見しながら呟く。
まあ、割と立派なものもってますよ?
身体測定のたびにクラスメートの女子に触っていい?と聞かれるぐらい。
自分でも、どうしてこんなに育ったかなぁ、と思わないでもないマスクメロンか小ぶりなスイカか、ってのがくっついてますし。
「顔だって!」
いやいや、そこはどうだろう、もう少しぼかさないと。
フケ顔だ!ってあからさまに言う人はいないわけで。普通大人っぽいとか、色っぽいとかさ、あるわけでしょう?
この体と顔で、年相応に見られたことはない。
だけどそれがこんなわけのわからない場所にまで適応されるとは思わなかった。
「犯罪じゃないか……」
今時未成年と、といわれたところで、十八ならぎりぎりオッケーだろう。大学生だし。
のほほんと構えてたら本格的に泣き出した。
「いや、大丈夫だって、警察に言うとかないし」
警察は確か未成年とのなにそれは大変厳しく取り締まっている、はずだ。だけど、合意の上だし、彼を売るようなまねはしたくない。
なんとなくふかふかタオルのお礼じゃないけど。
「違う!これは神への裏切り行為だ」
「子孫繁栄ならいいんじゃね?」
うろ覚えだけど、どの宗教でも子作りって禁止されていないはずだ。子供に手を出したら罰せられるかもしれないけど、どういうわけか日本だって女の子は十六で結婚できるしね。
「子孫……」
そう呟いたまま彼は固まってしまった。両手で両耳をふさいだような格好で。
入浴中にわけのわからない現象でこんなところまで来て、あんなことしたのに今の私は落ち着いている。
最初はちょっとあせったけれど、今ではどっぷりと彼を観察できる余裕すらある。
ああ、この人がたいがいいなぁ、とか。腹筋なんて幾つに割れてんだ?とか、肩の筋肉の盛り方が素敵、なんて具合に。
それは、私が今ここにいる世界を、私が見ている夢だと、断定したからだ。
きっとあまりにもお湯が気持ちよくて寝てしまったのだろう。
その割にはリアルすぎるけど、それもきっと夢の中だからそう感じているだけで、起きてしまったら綺麗さっぱり忘れてしまうぐらい荒唐無稽な出来事に違いない。
固まったままの彼の腹筋をそろりと撫でると、彼はきっちり反応してくれた。
何が、とは言わない。
「結婚してくれ」
「いいよー」
硬直がとけ、どういうわけかがっしりと両腕をつかまれ、揺さぶられるようにしてプロポーズされた。
夢だと思っている私はあっさりと受け入れる。
だって、夢だしね。
男の人は誰だかさっぱりわからないけど、よく見たら好みだし、きっと私の中の願望を思い切り反映したものなんだろう。
筋肉大好き、だなんて、誰にも言ったことないのに、彼は素敵にマッチョだもの。
彼は安堵したのか力一杯私を抱きしめて、そしてまあ朝までしっかり仲良くした。
えらく長い夢だなぁ、とか、夢の中で眠れるんだ、とか考えてたら、いつのまにかすっかり寝入ってしまっていた。
起きたら、夢じゃなかったことに気がついて、今度は私が絶叫した。
それが私のどこでもない国での生活第一日目だった。





