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私立英高校 放課娯倶楽部

放課後CRAB

作者: らきむぼん(raki)

 今作は、前作『放課娯倶楽部』の続編として執筆しました。

 また、宮沢賢治の書いた短編童話『やまなし』に登場する謎の言葉「クラムボン」を扱った作品を集めた短編集企画『クラムボンの多い料理店』の参加作としても発表させていただいています。

 よって『やまなし』を読んでいるという前提で僕はこれを創作いたしました。

 極短い作品ですので、ネットでの検索の上、先に『やまなし』を読んでおくことを推奨いたします(しかし、読まなくても多分話はわかるかと思いますw)。

 そして、この小説は非常にいい加減な気持ちで作ってます(笑)

 小説にする気もなかったので、小説としてどうなんだろうとか思わずに読んでいただけると助かります。ボケてツッコむクラムボンな会話劇、もう意味がわかりませんw

 ハードルを下げて、下げて、下げまくって、なんなら埋めて、読んでくださいw

「……遅いな」

 僕、西山治樹(にしやまはるき)は半ばイライラしながら、呟いていた。

 僕はたった独りの放課後の教室から校庭を眺めていた。この教室は三階にある。我が(はなぶさ)高校では三階が最上階だ。部活で校庭を走り回ってる連中や、ちょっと遠くに見えるキャッチボールをやってる連中とか、カップルで下校しようとしてる連中とか、そんなのを眺めているだけでも、それなりに暇は潰せるのだ。

 僕はある倶楽部に入っている。非公式の倶楽部だ。ホントの所、非公式である上に倶楽部でもなんでもない。唯の帰宅部 (正確には帰宅してないので帰宅部ではない) なのだけれど、部長さんは頭が湧いちゃってる電波少女なので、そこの所をあんまり理解出来ていない。その証拠に、部員はそいつと僕だけである。しかも、僕は第二部長らしい。二人しかいない部員の両方が部長という異例のシステム……いや、確か古代スパルタを参考にしてるとか何とか。まあ、ただの気まぐれだと思ってくれていい。

 そもそも、僕は強制的にその変な倶楽部に入部させられたのだ。興味がない。

 ……と、一人で追憶していると、教室に一人の女子生徒が入室してきた。僕が待っていた人物ではなかったが、その待っていた人物は気の狂った部長さんなので、この場合違う人が入ってきたことは歓喜に価する。

 入室したのは、このクラスの委員長である、白崎奈緒(しろさきなお)。彼女は僕の小学生の時からの同級生だ。僕の通った中学校は小学校からの持ち上がりだから同級生の面子は変わらない。だから僕は白崎奈緒がどんな人間なのかちょっとは知っているつもりだ。

 奈緒は中学生の頃からあまり容姿が変わっていない。高い鼻、キツそうな目にピンクの額縁のメガネ。肩までのストレートヘアに小柄な体躯。いかにも委員長って感じ。可愛らしいというよりは美人だが、あんまりモテているようには見えない。多分、ウチの倶楽部の部長のせいだと思う。ウチの部長はクラスで一番の美少女だから、多分比較されちゃってる。とはいえ、それは見た目の話であって、現実的には人気度の差は明確だ。クラスの男子にウチの部長と奈緒のどっちが好きかアンケートを行ったら、全票が奈緒に入るんだと思う。あの部長は心が腐ってるからな。

「おっ、西山君。今日は一人?」

 僕が何様のつもりか無言で彼女を見つめながら勝手に評価していたのが気になったのか、それとも最初から僕に話しかけるつもりだったのかは知らないけれど、奈緒は僕の席の隣に座り、そんなことを訊く。

「奈緒、やめてくれ。僕がいつも誰かと一緒に居るみたいな言い方じゃないか」

「仲良しな嵐山さんはどうしたの?」

「人の話を聞け。仲良しじゃねーし、一緒に居るのはアイツに無理矢理そうさせられてるだけだからな」

 奈緒が言う嵐山というのが例の頭のオカシな部長の名前だ。フルネームは嵐山早奈美(あらしやまさなみ)。この高校ではちょっとした有名人で、いわゆる変人。誰も友達にはなろうと思わない。……僕は早奈美に友達認定されちゃってるけれど。

「無理矢理じゃないじゃん。今、待ってるんだから。嫌いなら帰ればいいでしょう。あ、もしかして私じゃなくて嵐山さんのほうが良かった?」

「冗談はやめろ。お前のほうが百倍マシ。いや、百万倍だ。大好き、奈緒ちゃん」

「……私は西山君みたいな不健全な男は恋愛対象ではないです。ごめんなさい」

 うん、なんか、冗談で言ったのにフラれた。これは意外と心にクるものがある。

「いや、ちょっと待て! 僕は別に不健全じゃないんだけど……!」

「こないだ嵐山さん押し倒してたじゃない、わいせつ目的で」

「いやいやいやいや、誰があんなヤツ。あれはわいせつ目的で押し倒したんじゃないって」

「押し倒したんだね、西山君。否、西山」

「うわっ! 違う! 誤解! 呼び捨て怖えぇ!」

 無実なのに! 僕は暴れる馬をなだめてた感覚だったのに!

 コイツ真面目なのに、たまに悪ノリするんだよな……!

「まあ、そんな変態の西山君に相談したくはないんだけれど、一つ頼みを聞いてほしいのよ」

 ……と、奈緒は俄然冷静な表情を作ってそんなことを言う。

「え、何だ? 頼みって」

「私ね、出来れば嵐山さんと関わりたくないのね。……その、精神衛生上。だけど見捨てる訳にもいかないじゃない? いや、見捨てるというか、多分事故にあってああなった訳じゃなくて彼女の中に芽生えた何らかの理解しがたい衝動が彼女をああさせたのだと推測するけれど、なんというか、委員長としてあれは注意すべきと思うわけ。だけど、絡まれるのはちょっとアレだし、ここは私の代理として西山君が嵐山さんを引き上げに行ってくれるとありがたいなって」

 奈緒は長々と掴みどころのない話をした。正直、何を言ってるのかよく解らない。ただ、解ることは早奈美がまた妙なことをしているということだ。非常に面倒であることは伝わってくる。

「よく解らないけど、お前が嫌だと思うことを僕が快くやるわけ無いだろ。てかさ、早奈美は今どこで何やってんの?」

「いや……そのね。解らない。私にはよく解らない、真意が。でも、飛び込んだ所を見たんだけれど、それっきり浮かんでこないし、多分まだ沈んでるから引き上げた方がいいと思う」

「待て待て。なんだそれ? 沈んでるって、落ち込んでるってことか? アイツに限って落ち込むなんてことはないと思うが」

「ううん。違う。沈んでるの。物理的に」

「物理的……? どこに?」

「……プール」

 奈緒は窓際から見える校内の屋外プールを指差してそう言った。



「………………お前、何やってんだよ」

 僕はプールサイドでボソリと呟いた。……その、なんというか、呟くしかないのだ。とりあえず早奈美が上がってくるまで。

 驚くべきことに、僕がプールに来てから三分程経過したが、嵐山早奈美は未だプールに沈んでいる。一瞬死んでるんじゃないかと期待……もとい心配したのだが、残念ながら生きてるみたいだ。というのも、時々気泡が水面に上がってくるのだ。とりあえず早奈美が自力で息を止めているということは判明した。

 しかし、早奈美はプールの底で何をやっているんだろう。そもそもどうやって沈んでいるんだ? 錘とか使ってんのかな。普通に制服のまま沈んでらっしゃるんですが……。

 状況を理解したいのはやまやまなのだが、プールの壁の死角から辛うじて見え隠れする制服の端は見たものの、覗き込んでこのバカ女を直視するというのも気が引けるというかいたたまれなかったので、僕はまだ彼女がいるらしいプールの底を覗き込んでいない。

「いいかげんにしろ、バカ女」

 僕は痺れを切らして早奈美を地上に呼ぶことにした。……いや、このままほっとけば絶命しそうな気はするが、このまま死なれても謎が残るし、僕が犯人にされそうな気がするから、とりあえず引き上げよう。それに、僕一人ではこの小説の間がもたないじゃん。

 プールサイドから水面を覗き込む。

 彼女はそこで沈んでいた。目が合ってしまった。というのも、驚くべきことにコイツ、ゴーグルを着けている。意味分からん。制服のまま沈んでるから、衝動的に沈んでるのかと思っていたが、ゴーグルを用意している以上沈むつもりで沈んでいるっぽい。

 てか衝動的に沈むってなんだよ!

「あ」

 目があって初めて僕の存在に気付いたのか早奈美はゴボゴボと息を吐きながら浮かんできた。

「……おっす、治樹っち。今日何日だっけ? 四日? 五日?」

「とりあえず浮かんできて最初にする質問じゃねーよなそれ!」

 満を持して我が倶楽部の部長、嵐山早奈美登場。早くも帰りたい。

「お前、何で沈んでたんだよ?」

「まあまあ、本題は置いといて、まずイントロをね、作者さんのエンジンかけなきゃ!」

「メタ発言するなって言っただろ。そして本題を置くな! てか、お前が居ない間にイントロ終わってんだよ! お前が教室に来ねえからな!」

 重そうに濡れた制服姿でプールサイドに上がりながらピントのズレた事を言う早奈美。……まぁ、メタ発言は人のこと言えんが。

「あー、そうなんだ。じゃあその辺はカットで。……ということで、あたしはまた沈んでくるから、じゃあね☆」

「待て! カットとかねえよ小説に! そして沈むな! お前次浮かんでくるのにまた何分もかかるだろ! てか何でそんな息が続くんだよ!」

 突込みどころが多すぎてこっちの息が続かねー!

「うーん、じゃあ今日はとりあえずこれでやめとくね。治樹ッチが愛おしそうな目であたしを見つめなければ浮かんでくる予定はなかったんだけれど、そんなにもあたしとお話がしたいということなら今日はもう陸に戻りましょう!」

「…………」

 女を殴りたいと思ったのは初めてかもしれない。

「僕が覗き込まなかったらまだ沈んでたのか? もしかして」

「うん。あたしね、嘘だけど潜水の日本記録持ってるからもうちょっと息続くよ」

「嘘だけどって先頭に付けるのは新しいな、おい」

「ホントは日本二位」

「嘘の方向性がチゲーよ!」

 何だその隠れた才能は!

「いつ潜水の記録なんて測定したんだ!?」

「一昨日、プールに沈むには息が長く続かなきゃ駄目だなって思ったから一ヶ月前くらいに練習を始めて、一昨日大会があったんだ」

「因果関係オカシイって!」

 何だその謎の努力は。何でプールに沈みたがる。

 早奈美は僕のツッコミを華麗にスルーして、更衣室に入っていった。

 そして更衣室から大きな声で一言。

「着替えは覗いても、プールは覗くなよ! 治樹ッチ!」

「逆だバカヤロウ!! 誰かに聞かれたら勘違いされるだろーが!!」

 なんて女だ! 僕がどんどん変態みたくなってるじゃないか!



 舞台は変わって教室。ジャージに着替えた早奈美はスキップで教室に戻ってきた。……ちなみに僕は関係者だと勘違いされたくなかったので少し離れた場所から早奈美に付いて行った。

 まぁ、関係者なんだけど……。

「治樹ッチ、スキップできないもんね!」

「スキップできないからしなかったんじゃなくて普通スキップで廊下を移動しねーからしなかったんだよ! そして地の文を読む特殊能力は捨てろ! 宇宙人かてめぇ!」

 早奈美はさっき奈緒が座ってた場所に座りスポーツタオルで濡れた髪の毛を拭いている。早奈美は胸の辺りまで髪があるので多分そう簡単には乾かないだろう。

「治樹ッチはなんでプールに来なかったの? 誘ったのに」

「誘われた覚えねーよ」

 だいたい、高校生二人が放課後のプールで沈んでるって色々駄目だろ。

「今日やるって言ったじゃん」

「いや、今日も『放課娯倶楽部』やるとは言ってたが、いつも場所は教室じゃんか」

 『放課娯倶楽部』ってのは、僕と早奈美で構成される倶楽部の名称。「後」が「娯」なのは「娯楽」が掛かってるんだって早奈美がドヤ顔で言ってた。活動内容は放課後の暇つぶしらしい。……要するに僕はいつもこの教室で早奈美のボケにツッコミを入れるフラストレーションの溜まる活動をやってるわけだ。

「『放課娯倶楽部』じゃないよ! 今日は『放課後CRAB』をやるって言ったの!」

「ん? なに? 『放課娯倶楽部』だろ?」

「いやだから『放課後CRAB』だって! 『シーアールエービー』! 文字読めよカス」

「カスって何だよ! 文字読めんのお前だけだろ! 僕はお前みたいに地の文も読めねーよ!」

「死ね、そして死ね」

「接続詞の新しい使い方開拓すんじゃねー!!」

 この小説この女が登場してから台詞割合高すぎだろ。もう疲れてきたっつうの。

 それより、「CRAB」って何だ?

「蟹よ、蟹、読めないの? 解らないの? キモいの?」

「言っとくけど、最後の一つオカシイからな。てか、別に蟹は解るよ。何が蟹なのかってことだ」

 また地の文読みやがった。コイツ、CIAかなんかに入ったほうが良くないか?

「蟹の気持ちになるってことよ」

「蟹の気持ち?」

「『やまなし』よ、宮沢賢治(みやざわけんじ)の」

「……『やまなし』ってあの小学校の教科書に載ってたやつか?」

「うん。あたしあれ好きなの」

 宮沢賢治の短編童話『やまなし』には確かに蟹の兄弟と父親が出てくるけど……。『やまなし』は色々と謎の多い作品だ。作中に一切の明確な説明のない「クラムボン」という単語や「イサド」という地名が出てくるが、それが一体何なのか、その正体は学者でも判っていない。

「でもさ、ゴメン、『やまなし』が好きだからプールに沈むってのが解らない。てか、つまり、全部解らない」

「クラムボンの正体を掴むためには、蟹の気持ちにならなきゃ駄目でしょ?」

「何で?」

「続きはWebで!」

「張り倒すぞてめぇ」

 まぁ、張り倒したらまた奈緒になにか言われそうだけどさ……。

「うるさいなー。クラムボンの正体気になるでしょ? あたしはその正体について研究してんの。それだけ」

 早奈美は何故か乾いた髪の毛を(いよいよ宇宙人だと思う)後ろで縛って、脚を組んだ。

「あのさ、クラムボンの正体なんてどうでもいいだろ。そもそも、あれは判らないから印象に残ってるわけで、正体を解き明かしたらつまんないじゃんか」

「死ね、それか死ね」

「一択じゃねえか!」

 ……まじで、コイツ警察に捕まんねーかな。

 ちなみに僕は早奈美にもう千回は呪いの言葉を吐かれてる。

「……で、そのクラムボンの正体は判明したのか?」

 正直さほど興味はなかったが、学者でも解らないことを逆にこんなやつが解き明かすって可能性もなくはないっていうか、ここまでの狂人がプールに沈んでまでして得たものというのには少しは興味が湧く。

「奈緒ちゃんは二枚貝って言ってたよ」

「あれ? 奈緒も関係してんのか、その話。さっきは何も言ってなかったけど」

「そ-なの? プールの底で水面を見上げたら蟹の気持ちが解るんじゃない? って言ったの奈緒ちゃんなのになー」

「…………そっか」

 なんというか、奈緒の苦労が解った気がする。あいつ、絡まれたのがめんどくさくて適当に冗談言って逃げたのに本当に実行されちゃったもんだから僕に頼みに来たのか。同情するわ、本気で……。

「二枚貝説はあたしの説の次に有力ね」

「……奈緒の説がお前の説の次」

「何?」

「いや……別に」

 別にいいや、突っ込まなくても、めんどくせえ。

「で、二枚貝説ってどんな感じなん?」

「うん、『かぷかぷ笑う』ってのも二枚貝なら納得いくし、『殺された』後に再度『笑った』っていうのも二枚貝なら矛盾しないんだって。中身だけ食べられたなら貝が殺された後に笑ってもおかしくないでしょ。貝殻残るし。しかも二枚貝って英語でクラムだし、ボンを『坊』って意味で捉えれば二枚貝の子どもになるって言ってたよ」

「へー。アイツ何真面目に応えてんだよ、すげえな。さすが委員長。そういえば魚がカワセミに食われるシーンもあるよな。貝が食われるように魚もカワセミに食われたってことか。構図がよく出来てるな」

 精神衛生上良くないとか言ってて、結構喋ってるんだな、奈緒は。真面目というか何というか……。早奈美と会話するときは半分くらい聞き流さないと頭痛くなるのに。

「で、お前はそれには賛成じゃないんだ?」

「まあね。クラムってのは生きた貝のことを主に言わないのよ。だから殺される前の貝に対してクラムボンってのはちょっと論理的じゃないよねー」

「…………」

 珍しくまともな指摘をしてるのが気持ち悪いな。存在が丸々混沌としてるような奴なのになんで部分的に論理的なんだよ。ていうか、コイツが論理的とか言うと寒気がする。

「多分、奈緒はそんなマジになって考えてないけどな。まぁ、いいや、それでお前の説は?」

「続きはWebで!」

「お前のそういうところが僕は大嫌いだ!」

「Webに来たらそこから詐欺を展開しようと思ってたのに」

「意外にも裏に犯罪性があったのかよそのネタ! 怖えよお前!」

 ホントに通報するぞ。危険人物じゃねーか。

「詐欺なんて、半ばふざけたノリから入ったほうが引っかかるのよ。お隣りに住んでるヤクザが言ってたよ」

 そうそう、早奈美の家の隣はいわゆる暴力団らしいのだ。

「お前はなんでお隣りのヤクザの話を聞ける立場にあるんだよ!」

「なんか組長の娘とあたしが似てるんだって。娘さんが恋人と駆け落ちして外国に逃げちゃって寂しく思ってたらあたしが隣に住んでたっていうね。そんな仲よ、あたしと組長の仲は」

「知らねーよ! 聞きたくねーってお前と暴力団の関係なんか! どこまでホントでどこまで嘘なんだか知らねーけどよ!」

 コイツは一体どこに向かってんだ!?

「それより早くお前の説を教えろよ」

「あー気になっちゃう?」

「作者がそろそろオチ考えなきゃって焦ってんだよ!」

「オチも考えずによくここまで書いたね、作者」

 どうでもいいけどコイツの説でこの小説ちゃんとオチるのか?

「あたしの説は、殺人説よ」

「は?」

「クラムボンは人」

 早奈美は僕の顔に自分の顔をグッと近づけて、真顔で言った。

「……ここにきてまた文字数を使うような説だなぁ。人ってなんだよ、人なら人って言うだろ。なんでクラムボンなんだよ」

「死体捨てるのに普段人がよく来るような川に捨てないでしょ。ましてや人を殺すとしたらなおさらね。蟹は人間を見たことがなかったのよ。クラムボンは蟹語で『人間』って意味なんだよ、多分」

 そう言うと急に立ち上がり窓際を行ったり来たりする早奈美。探偵が暖炉の前でよくやるアレをやりたいんだと思うが酷く似合わない…。

「つまり……なんだ、最初に出てくるクラムボンと後に出てくるクラムボンは違うってわけか?」

「そう。犯人は人の来ない山奥に被害者を連れてきた。被害者はこれから殺されるなんて思っても居ず、何も知らずに笑った。しかし、カワセミが先の尖った嘴で魚を掴み上げたように、犯人は被害者を背後から絞め殺したのよ。そして最後に笑ったのは犯人の方のクラムボンってわけさ。その後やまなしの実が川に落ちるのも意味がある。あれは宗教的に鎮魂の意味があってね、ご存知宮沢賢治はそっちの方にも熱心だったわけだし」

 早奈美は名探偵風の口調で(ちょっと、いや相当イタいジェスチャーも加わってたが)熱く語った。一見突飛なことを言ってるようだが、今までの不毛な会話から比べたら幾分マシな気がする。いや、クラムボンの正体を明そうってのが不毛だけれど……

「……なんつうか、新説だな、それは。でも、何で絞め殺したってなるんだ? カワセミの件と重ねてるなら、どっちかというと刺殺っぽいけどな」

「ばっかだなあ、治樹ッチは。血が出たら川の水の色は変わるでしょ。その描写がないのは不自然でしょーが」

 何かムカつくけど反論できねえ。何で急に知能レベル上がったんだコイツ。人を苛々させる才能があるよな。

「いやね、この説はあたしにとっても新説なのよ。治樹ッチがプールのそこを覗き込んで笑ったでしょ。あれで、ピンときたの。水中から見たからぼやけてたわけなんだけど、それでも判るくらいの、人殺した後のお隣りのヤクザみたいな、にっくらしい顔で笑いやがったから思いついたのよ! お手柄だね!」

「百歩譲ってヤクザの比喩は認めても『お隣りの』は要らねーよ! 僕の前で二度と隣人の話をするんじゃねーぞ! 何か禁忌に触れた心地がしたわ!」

「二度目は思いの外普通だったから、つまんなくて浮上することにしたんだけどね」

 ……ん?

 二度目って何だ? 待て、早奈美は一体何の話をしてる? 僕がプールに沈んでる早奈美を覗き込んだ時の話だよな。あん時、僕は二度も覗いたか? てか、笑ったか?

 いや、確かに気配というか痕跡というか、こいつが沈んでるのが判るレベルに、制服がたなびく感じとかは覗かなくとも少しは見えていたのだけれど、早奈美の位置から覗いたことが判るには僕が身を乗り出す必要があるわけなんだけれど。

 まぁ、着替えを覗くなよ的な(ちょっと違った気がするがここは記憶を編集させてもらおう)ギャグ……もとい嫌がらせ的な発言があったと思うが、実際には勿論覗いてないし、そもそもプールを覗くのとは話が違うだろ。

「早奈美……ちょっと確認な。お前、二度目って何のこと言ってんのさ?」

「だーかーらー、治樹ッチが一度目に覗いた時は、なんというか、鬼気迫る感情が伝わってきたというかね、その、笑顔の中にもどこか複雑な何かが渦巻いているような、例えば苦しみだとか恨みだとか、そんな感じの笑みだったのよ。でもその直後の二回目は無表情って言うか無愛想っていうかつまんなーい感じだったから、あたしは浮上したわけ。日本語ワカリマスカー?」

 早奈美は変わらぬテンションでそう言った。……僕はどうやら気付かないほうが良かったことに気付いちゃったっぽい。

「……………………いや、うん、いや、まあ、うん」

 僕は顔面蒼白になりながら、恐怖のあまり笑う膝、否、大爆笑してる膝を両腕で必死に押さえながら、言葉にならない返事をした。

「何そのノリ、相変わらず気持ちワリーなー、治樹ッチは。あ、もしかしてあたしの新説にビビッちゃった? なんならみんなに教えて回ってもいいよん。許可しちゃうよん。よん♪ よんよん♪」

 なんか急に、突如、前触れ無く早奈美の中で流行りだした、「かぷかぷ」さながらの謎な語尾の「よん」を連発する早奈美に、普段なら華麗にツッコミするはずの僕だが。残念ながらそんなテンションにはなれなかった。

 ……その、なんというか、これを早奈美に言っていいものかちょっと微妙なんだけど、彼女がその「新説」とやらを学校中に広める度に思い出したくないので、一応僕はその事実を告げることにした。

「あのな……早奈美、落ち着いて聞けよ」

「よん?」

「いや、遅ればせながら答えるが、今日は四日じゃねえ、そして聞け」

「なんなんだよーん?」

「あのな……、僕は二回も覗き込んでないし、お前を観て笑っても居ねえんだよ。だとするとだ……二度目に覗いたのが僕だよな? お前一度目の直後に二度目があったってさっき言ったな? 僕は覗く前に三分くらいプールサイドに居たんだ。一回目に覗いたのは……一体、誰だ?」

「…………」

 早奈美の顔がドンドンと青ざめる。……その、なんか、皮肉なことに青ざめて初めて普通の美少女になってる。いつものヘラヘラした感じはどこに行ったのやら。

 いや、でも、しかし、僕も人のことは言えん。顔面蒼白、膝はガクブル、僕等はどこで誤ってしまったのでしょう。

 僕がプールを覗いたところ? 奈緒がプールに飛び込む早奈美を目撃したところ?

 いいえ、早奈美が『やまなし』を読んだ時点がすべての誤りでした本当にありがとうございました。

 もう、早奈美に至ってはあまりに衝撃的だったのか、あんだけフザケたマシンガントーク女なのに、もう、無言で口を開いたり閉じたりしてるもん……泡吹くんじゃなかろうか、蟹だけに。

 ――ガラガラ。

 ……と、こんなタイミングで教室の戸を開く音がした。

「あ」

 僕が短く反応すると、再び入室してきたこの人――委員長白崎奈緒は真面目なのかなんなのか……いや多分真面目だから関わりたくないくらいぶっ飛んだ性格の早奈美が今に限って恐怖のあまり泡吹きそうな様相で口を開閉してるもんだから気を遣って、しかもユーモアを添えてそう言ったのだろう。

「……あれ? どうしたの、そんなに口をカプカプさせて。まるでクラムボンじゃない」

 泡を吹いてぶっ倒れる早奈美を視界の端に捉えながら、本日、僕はクラムボンの正体を理解した。


このシリーズでは相変わらずのハチャメチャで申し訳ないm(_ _;)m

 というのも、実はこのコメディには前作があるわけです。……まぁ、ドラゴンボールについてくっちゃっべってるだけのアホみたいな会話劇なので読まなくて大丈夫ですww

 もし気になる方は『放課娯倶楽部』というタイトルですのでどうぞよろしくお願いいたしますw

 いずれも、作者が楽しむことを目的に書いた拙作ですが、読んでいただいた方々に感謝します、そしてスイマセンw

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