こんな世界はマンボウであふれてしまえばいいさ!
『本日、関東地方梅雨明け』
俺のスマホの画面には、ネットニュースの記事一覧が映し出されている。一番最初に目に付いたのはその文字だ。
世間を騒がすニュースサイトの最上段を飾るそのタイトルは、「へぇ〜そうなんだ」の台詞が勝手に口を衝く程度のものだ。今の日本はアホほど平和なんだろう。
夏休み手前の七月初旬。日本列島に絡みつくように長居していた梅雨前線は、重い腰をあげてご退去なされました。
朝方激しく降った雨は昼前には止み、黒く分厚い雲は消えると、この世で一等明るい太陽は「待たせたな! ここからは俺様の出番だぜ!」と言わんばかりに、容赦なくその熱線を地上にお届けする。
その熱線を避けつつ、俺とナツと富井の三人は、自転車置き場の屋根の下で友人の林を待っている。俺達以外の生徒は、下校したり、部活に向かったり、教室に残って勤勉に励んだりと、それぞれの青春を謳歌している。
「暑っちいなぁ〜、もう先にマック行って涼もうぜぇ」
自転車置き場の屋根は、波型のトタンを乗せただけの物だ。光は遮っても、熱は平気で通している。
ナツは愛車の原付バイクに座り、ブラウスを摘んでその内側に風を送っている。一番上のボタンを外しており、時々赤い下着が見えてしまっている事は黙っておこう。
ナツ様……ちなみにそのミニスカからも、同じ赤のパンがチラっと見えてます。ごっつぁんです。
「今日はアイツのおごりだから、置いて行ったらマズイよ」
富井はスマホを両手で持ち、二本の親指を忙しなくぽちぽちと動かしている。視線はスマホから離れない。
「なぁ、富井。お前まだあの小説投稿サイトやってんの?」
俺の問い掛けに富井は、スマホに視線を落としたまま答えた。
「僕が一年掛かりで書いた大作、【理学療法士のオレが異世界転生したら魔王さまの専属になった件。〜最恐魔王は腰部脊柱管狭窄症〜】が、ついに完結しそうなんだよ」
「へぇ〜、スゲーじゃん、富井。お前まだ書いたの? そういえば、マチルダは飽きて小説書くの辞めたんだっけ?」
ナツはそう言いながら、汗で額に張り付いた前髪を鬱陶しそうに横に分け、思い出したかのように俺を見た。
「あぁ、ミノタウロスのキン◯マの話か? あれのせいで俺は垢バンされたんだが」
「ははっマジか? 辞めたんじゃなくて消されたんかよ? あほじゃん」
ナツは俺の事を鼻で笑った。厳しくね? 何か言い返そうと思ったが、蒸し暑すぎてそんな気力も湧かない。
ふと、自転車置き場を囲む灰色のブロック壁に目をやる。その足元には水溜りが残っており、そこから加湿器のように湿気が立ちあがっているような気さえする。
「つーかよ、林はなんで職員室に呼ばれたんだ? テストで赤点取ったんか?」
「いや、期末テストはギリ赤点は回避したらしいからな……他に呼び出される理由ってなんだろうな」
「あ、来たよ」
富井が向けた視線の先には、片手を軽く挙げて、へらへらと笑いながらこっちへ歩いてくる林の姿があった。
「お〜う、暑い中待たせて悪かったなぁ、ほなマック行こうや」
「おう、待たされすぎて、汗をかいた姿をマチルダにエロい目線でガン見されて困ったわ」
「はぁ? それは、なんかエロいお前が悪いし!」
「見てたことは否定しねぇのかよ!」
俺とナツのやり取りを林は腹を抱えて笑った。
「で、林はなんで職員室に呼ばれてたの?」
富井が聞いた。
「あぁ、それな。実は卒業したら和歌山に帰ろう思っててな。まぁ、進路の相談や」
「え? 卒業後の話をしてたんか? 俺らまだ二年生だぜ」
ちょっと驚いた。俺達は青春真っ盛り、花の高校二年生だ。何をやっても楽しいし、何もやっても許されそうな無敵な年齢。そんな今よりも来年の事を考えていた林に驚いたんだ。
「へぇ〜、てか地元に帰って何すんだよ?」
ナツが鞄から下敷きを取り出し、ソレで汗をかいてる林の顔を扇いてやりながら訪ねた。
「ほら、今の和歌山にはパンダがおらんやろ? せやから県職員か市の職員になって、パンダ以外のモンで町おこしがしたいんや」
「将来の事って、今考えるの? 早くね?」
思わず声に出していた。
「そらお前、そろそろ進路の事は考える時期やろ? むしろ遅いくらいや」
いつもへらへらして馬鹿言ってる林が急に大人に見えた。実はコイツ、将来の事をちゃんと考えていたのか?
「そういえばマチルダって、大人になったらやりてぇ仕事とかねぇのか?」
心の中で焦ってる俺に、ナツが訊ねる。
「え? あ、いや……まだなんも考えてねぇ」
普段より声が小さくなってる自分に気づく。俺は本当になんも考えてない。だから答えられない。俺は目前に迫る夏休みを、いかにぐうたら面白おかしく過ごせるかしか考えていなかった。
「そ、そーゆーナツは? なんかあんのかよ? 将来やりたいこと?」
自分だけが責められているような感覚から逃れる為、ナツに水を向けた。すると、ナツの口からしっかりとした答えが返ってきた。
「あたしんチさぁ、親父が整備工場やってっから卒業したら、親父の手伝いしながら自動車整備学校に通うんだ。整備だけじゃなく、板金塗装もやってみてぇ」
ガーーーーン! 頭の中で鐘の音がした気がする。このエロ女、ちゃんと将来のことを考えてる大人だった。
ふと富井を見る。俺に気づいたのか、スマホに目線を落としたまま聞いてもないのに答えてくれた。
「俺は都内の国立を目指す。医者になりたい」
「おお! さすが富井やな!」
「学校いち勉強できる奴は目標がたけぇなぁ」
林とナツは関心するかのように二人でうなずいた。
「だからこの夏は、ちょっと寂しいけど、あんまり遊べないかも」
え? えまって? ちょまてよ!? 進路って、今考えなきゃならんのか? そーゆーもんなんか?
突然、林とナツと富井の三人との距離を感じた。
ジ〜ワジ〜ワジジジジジぃぃぃ〜……
焦燥感で身を固まらせた俺の耳に、今年初めてのアブラゼミの鳴き声が届く。
あれ? 俺って……何がしてぇんだ?
「ああ、それでWEB小説を終わらせようとしてたんか?」
「そうだよ。小説の投稿は一旦終わり。しばらくは受験に専念するんだ」
「しっかりしとんなぁ富井は。ははは」
小説……そうだ……
「小説家……」
そうぼそりと呟いた俺に、ナツが気づいた。
「いやいや、お前はアカウント消されたんだろ?」
「どーしたんや、マチルダ?」
「卒業したら、まずは小説家になる……」
「マチルダ……友達として、お前の夢は応援するけど、小説家を目指している奴は腐るほどいるんだよ。まずは堅実的な職に就て、生活の基盤を固めてから目指そうよ」
富井の正論は、アブラゼミの鳴き声よりずっと耳障りで、そして痛かった。
「いや、なるね。小説家に」
俺はムキになっていた。
「まてまて、マチルダ。小説家とかになりてぇなら、まずはちゃんと勉強しろよ」
「せやね、後は本をいっぱい読む事やな」
同じ歳なのに、まるで大人に説教されているような感覚に陥る。この中で俺だけ子どもだ。
「でもまぁ、マチルダにも夢はあんだな。がんばれよ……マンボウの卵」
「は? マンボウ?」
ナツの言葉の意味が全然わからなかった。
「ナツ、なんやそれ?」
俺の代わりに林がたずねた。
「いやぁ、マンボウってさ、一度に三億個の卵を産むんだってよ。んで、その中から大人になれるのは一匹か二匹らしいぜ」
「つまり、どーゆーこっちゃ?」
「世の中小説家になりてぇ奴はごまんといる。その中から夢を叶えられるのが、そのくらいの確率だってことだ」
「少なッ!」思わず口に出た。
「それはどの世界でもいえる事なんじゃないかな? アイドルとか声優とかアスリートとかさ……みんな狭き門を目指して生き残るために切磋琢磨しているんだよ」
マジかよ……俺が思わず口走った将来の夢は、簡単に叶えられるもんじゃなかった。じゃあ他になりたい職業はあるかと聞かれても答えられない。果たして俺にも見つける事ができるのだろうか。そして、それに向かって頑張れるのか……
どこまでも眩しい青空の、その奥にある濃紺は、俺にとって、焦りと不安が入り混じった色に感じて胸が押しつぶされそうになる。
鳴き終えたアブラゼミは、どこか遠くへ飛んでいった、
おわり
お疲れ様です。こんにちは、ねずただひまです。
代表作に設定している作品の続編を構想中なのですが、なんとなく思いつきでこの短編を書いてみました。いかがだったでしょうか?
それにしても物語を書くって作業は大変です。まず書こうとする段階に持っていけないのです。
気づいたらYouTube開いてます。
気づいたらプレステの電源を入れてます。
気づいたらパチンコ屋に居ます。
気づいたらFANZ……
ゲフンゲフン! とにかく他の欲に負けてしまっているのです。嗚呼……ちゃんとしなきゃですね。




