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卒業の日

田舎の中学生「M代」の日記です。

私は、小さな谷あいの町にある中学校の3年生。

桜の蕾が日に日にふくらんでいくこの日、ついに卒業式を迎えた。


昇降口には先週から色とりどりのパンジーが飾られ、今日という日が近づいていることを静かに知らせていた。


今日は幸い、空は雲ひとつない晴天だった。

体育館に差し込む春の日差しはやわらかく、心配していた寒さもほとんど感じなかった。

式は淡々と進んでいったけれど、合唱のときにはあちこちから涙声が混じり、私も歌いながら胸がいっぱいになった。


卒業生全員が「一人一言」を話す場面では、涙で言葉を詰まらせる子が何人もいた。

私も頑張ったけれど、途中でどうしても声が出なくなってしまった。

それでも、みんなの言葉の中に何度も響いた「ありがとう」が、胸の奥にじんわりと広がった。

先生や保護者の中にも涙ぐむ人が多く、体育館全体がやわらかい涙の膜に包まれているようだった。


校長先生は式辞の中で「本当は卒業証書を渡したくないくらい、皆さんとまだまだ一緒にいたい気持ちです」と話し、思い出を噛みしめるように目を細めていた。


式がを終り、在校生に見送られ体育館を後にした私たちは、先生が戻るまで教室で待機することになっていた。

緊張が解けたのか、教室はいつも以上に明るい笑い声で満ちていた。

気の早い男子たちは、もう「同級会」の話で盛り上がっている。

私と目が合ったT君が、「M代は引っ越しちまうんだったな。同級会には呼ぶから、絶対来いよ!」と声をかけてくれた。

嬉しさと恥ずかしさが混ざって、私は思わず変な返事をしてしまった。

「えっ?同級会って、大人になってからお酒飲むやつのこと?」

自分でもおかしいと思った瞬間、そこへN子が通りかかった。

「T君、K高校受けたんでしょ?合格したら近い高校だよね。電車で見かけたら声かけるから、無視しないでよね」

少し威圧的にも感じた口調に、T君は驚いたように「お、おう」とうつむき、そそくさと席を立った。

気のせいか、T君は少し赤面していたような気がする。

そしてその後ろ姿を見送るN子は、どこか勝ち誇ったような表情に見えた。

そういえば最近、T君は前みたいにひょうきんなことをしなくなった。

もしかしたら、彼もようやく“女子”を意識し始めたのかもしれない。

4月からは、N子とT君のコイバナが聞けるのかな?そこに私がいないのは、少しだけ残念だ。

気がつけばクラスの男子はみんな背が伸び、顔つきもぐっと大人びてきた。

S君なんて、あんなに背の低さを気にしていたのに、今では後ろの方に並ぶくらい伸びている。

喧嘩っ早かったH君も、最近はすっかり落ち着いて、話し合いで解決できるようになった。

女子だって、みんな驚くほど綺麗に、そして「女性」らしくなっている。

15歳で義務教育を終えるという日本の仕組みは、こうして見ると理にかなっているのかもしれない。


そんなことを考えていると、保護者を連れて担任のN先生が教室に入ってきた。

一気に空気が引き締まり、みんな慌てて席に着いた。

最後の学活は保護者も一緒で、教室はどこかお祭りのような雰囲気だった。

ここでも一人一言があり、それぞれが自分の進路や夢を語った。

本当に、今は一緒にいる私たちが別々の道に向かって歩き出すのだと実感した。

N先生は最後にこう締めくくった。

「皆さんは今15歳。平均寿命が80歳だとすると、まだ18%しか生きていません。

残りの82%には、まだ知らない世界や、知らない出来事がたくさんあります。

不安もあると思いますが、今日の気持ちを忘れずにいてください。

過去は変えられませんが、未来は自分の力でいくらでも変えられます。

皆さんの可能性を信じています。卒業おめでとう」

その言葉で、本当にこの教室でのすべての時間が幕を閉じた。


在校生の拍手に見送られながら昇降口を出ると、朝は蕾だった桜が、ほんの少し花を開いていた。

校舎を振り返ると、見慣れたはずなのに、どこか別の学校のように見えた。

もうここには、私の居場所はない。

使っていた下駄箱もロッカーも机も、もう次の誰かのものなのだ。

胸の奥に、言葉にならない重さが広がった。

思い出がめぐると言うよりも、幾重にも重なって一枚の絵になっているような不思議な感覚だった。


駐車場では、保護者が私たちを待っていた。今日はみんな保護者と帰るのだ。

私のお母さんも、N子のお母さんと話しながら待っていてくれた。

「おかえりなさい」と笑ってくれたその声に、胸がじんとした。

N子のお母さんにもあいさつをして、車に乗りこんだお母さんに、私は突然思いついた言葉を口にした。

「お母さん、ありがとう。今日は歩いて帰るから、先に行ってて。

この通学路を歩くのも、もう最後だから」

お母さんは少し驚いた顔をしたけれど、「わかった。じゃあ気をつけて帰ってきてね」と車を出した。

気がつくと後ろにいたN子も、「私もM代と歩いて帰る」と言ってくれた。

その一言が嬉しくて、私は「うん!」と答えた。


二人で大きな池を見下ろすいつもの道を歩きながら、今日のこと、三年間のこと、たくさん話した。

話は尽きなかったが、N子の家との分かれ道に着いてしまった。

「じゃあ、ここで」

そう言ったあと、「また明日」と言えない自分に気づいた。

N子は少し真剣な顔で言った。

「M代、本当にありがとう。

私、一年のときに転校してきて、知り合いもいなくて、梅取りやお茶摘みとかの農作業も初めてで、不安ばっかりだったんだ。

でも、M代が一番に友達になってくれて、本当に心強かった。

毎日話を聞いてくれてありがとう。

もう会えないかもしれないけど、ずっと友達でいてね」

突然の言葉に胸がいっぱいになり、私は「うん」としか言えなかった。

気づけば、私たちは抱きしめ合っていた。

胸のあたりがふっと軽くなり、時間が止まったように感じた。

涙目で見つめ合い、「じゃあね」と手を振って歩き出す。

これで本当にお別れだ。


一人になった帰り道、森の小道に鶯の声が響いた。

その声は、春の訪れと、私の新しい旅立ちをそっと告げているようだった。

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