表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

追放された聖女ですが、私の魔力は「純粋すぎた」ようです ―国中を真っ白な幸せで埋め尽くしますね―

作者: 唯野丈
掲載日:2026/02/06

「エリス・ラングレイ! 貴様のような無能、我が国には不要だ。今すぐ去れ!」


 降りしきる雨の中、第一王子の冷徹な声が響いた。


 王城の庭園。かつて愛を誓い合った婚約者、エドワード殿下は、私の妹であるリリアの肩を抱き寄せ、汚物を見るような目で私を見下ろしている。


「殿下、お待ちください……。私の祈りが通じないのは、きっと何か理由が……」


「言い訳は見苦しいぞ。リリアは昨日、枯れかけた大樹を光り輝く花で満たしてみせた。それに比べてお前はどうだ? 祈れど、願えど、何も起きぬ。……いや、お前が触れた花は、どれも不気味に色褪せ、生気を失うではないか」


 殿下の隣で、リリアが勝ち誇ったような笑みを浮かべ、わざとらしく目を伏せた。


「お姉様、ごめんなさい……。でも、聖女の座は『より人々を愛せる者』に与えられるべきなのですわ。お姉様のその……『澱んだ』ような魔力では、誰も幸せになれませんもの」


「聞いたか。リリアはこれほどまでに慈悲深い。……衛兵! この『偽聖女』を捕らえよ。国境の先、魔物が蠢く『死の森』へ捨ててこい。死に場所くらいは自分で選ぶがいい」


 屈強な男たちに腕を掴まれ、泥水の中に引きずり回される。


 泥にまみれ、引き裂かれたドレス。背中に浴びせられるのは、かつて私を慕っていたはずの家臣や侍女たちの、冷笑と罵倒のつぶて


 視界が涙で滲む中、私は最後に振り返り、彼らを見た。

 エドワード殿下、リリア、そして私を嘲笑うすべての人々。


(私の魔力は、澱んでいるのではなくて、『純粋すぎる』だけなのに…)


 死の森へ向かう馬車の中で、私は自分の手のひらを見つめた。


 指先から、ほんの少しだけ。


 この世のどんな真珠よりも白く、どんな雪よりも清潔な、小さな小さな「綿毛」が芽吹いていた。





 馬車から突き落とされ、泥と腐葉土の中に転がった。


 ここは魔物が跋扈する「死の森」。国境の果てにある、光の届かない場所。


 衛兵たちは私をゴミのように捨てると、振り返りもせず去っていった。


「寒い……痛い……」


 ドレスは破れ、全身傷だらけだ。頬を伝う血が、黒い土にポタリと落ちた。


 ああ、このまま私は魔物の餌になり、誰にも愛されず、泥の中で朽ちていくのね。


 ……いいえ。


(違うわ)


 血が落ちた場所から、何かが蠢いた。


 それは光ではなかった。植物の芽吹きでもなかった。


 私の血液を苗床にして、爆発的に増殖する、純白の糸だった。


 ズズ、ズズズ……と、湿った音を立てて、白い糸が地面を覆っていく。


 腐った土が、瞬く間に清潔な白の絨毯に変わる。


 枯れ木にまとわりついた糸は、その幹を食い破りながら美しい花を咲かせ、黒い森を白亜の庭園へと変貌させていく。


「グルルル……ッ」


 血の匂いを嗅ぎつけた狼型の魔物が、茂みから飛び出してきた。


 けれど、その牙が私に届くことはない。


 私が手をかざすと、空気中を漂う目に見えない胞子が、魔物の肺に入り込んだからだ。


「ギャッ、ガ、……ァ、…………」


 魔物は空中で痙攣し、ドサリと落ちた。


 その体表から、みるみるうちに白い綿毛が噴き出す。

 赤黒い獣の体が、ものの数秒で、美しい白珊瑚のような彫像へと変わってしまった。


 動かない。吠えない。傷つけない。


 ただ静かに、私を讃えている。


(ああ……なんて静かで、美しいの)


 私は理解した。私の力は、傷を癒やすものではない。


 苦しみも、痛みも、醜い感情も、すべてを白く塗りつぶして「浄化」する、絶対的な救済。


 私は立ち上がり、白く染まった森を見渡した。


 もう、ドレスの汚れも気にならない。私の体からも、美しい白糸がドレスのように伸びているから。


「待っていてね、エドワード。リリア。これまでつらかったよね。私が、今、救ってあげるから」





 数週間後。白一色に染まりつつある王都のメインストリートを、私はゆっくりと歩いていた。


 悲鳴を上げて逃げ惑っていた人々は、私の放つ胞子を吸い込み、数歩も行かぬうちに幸せそうな顔で立ちすくんでいる。


「お、お姉様!? まさか、生きて……!」


 王城の前で、近衛兵に守られたリリアが、幽霊を見るような目で私を見ていた。


 彼女は以前よりも豪華なドレスを着て、聖女の杖を握りしめている。


「ええ、ただいま。リリア。あなたを愛しているから、迎えに来たのよ」


「ひっ、来ないで! あなた、何をしたの!? この街の惨状は……!」


「惨状? 何を言っているの。見てごらんなさい。誰も喧嘩をしていない。誰も泣いていない。みんな幸せそうじゃない」


「狂ってるわ! わたくしの聖なる光で、焼き払ってやるわ!」


 リリアが杖を掲げると、まばゆい黄金の光が放たれた。


 けれど、その光は私に届く前に、空気中の胞子に絡め取られ、ジュッと音を立てて消えてしまう。


「な、んで……わたくしの力が、通じないの……?」


「あなたの光は騒がしいのよ、リリア。そんなに眩しくしたら、皆の安眠の妨げになるでしょう?」


 私はリリアの目の前に立ち、その震える頬に手を添えた。


「ひっ、やめ、やめて……!」


「可哀想なリリア。私から奪った聖女の座は、そんなに重荷だったのね。常に完璧でいなければならないプレッシャー。私への劣等感。…もう、疲れ果てているじゃない」


 私の指先から、白糸が彼女の肌へと侵入していく。


「あ、が、ぁ……熱い、いや、冷たい……感覚が……」


 リリアの美しい金髪が、根元から純白に変色していく。


 頬の赤みが引き、陶器のように滑らかで、冷たい白さだけが残る。


 恐怖に見開かれていた瞳から光が消え、白濁したガラス玉のようになっていく。


「お、ねえ、さ……ま……ごめ、んなさ……」


「謝らなくて良いのよ。リリア。私があなたを救ってあげる」


 私は、完全に口がきけなくなったリリアを抱きしめた。


 彼女の口からは、言葉の代わりに、美しい白い茸の蕾がこぼれ落ちた。


「おやすみなさい、リリア」


 私は動かなくなった妹を、城門の前に飾った。まるで、これから始まる王城浄化の記念碑のように。





「……何の、つもりだ、エリス」


 王城の謁見の間。

 かつての婚約者、第一王子エドワードが、剣を杖代わりにどうにか立っていた。


 彼の周囲には、かつて私を嘲笑った貴族たちが転がっている。


 いいえ、転がっているのではない。彼らは皆、恍惚とした表情で、自らの体から生え出た白い真綿に包まれ、静かに眠っているのだ。


「お久しぶりです、エドワード殿下。救いに来たのですよ」


 私は微笑み、一歩踏み出す。

 私の足跡からは、瞬く間に白い糸が広がり、床の絨毯を真っ白なビロードへと変えていく。


「狂ったか! これが……これが聖女の力だというのか! 人を、国を、こんな……動かぬ石像に変えてしまうことが!」


「石像だなんて失礼な。彼らはただ、苦しみから解放されただけです」


 私は、近くで横たわる公爵夫人の頬を撫でた。


 彼女の耳の穴からは、白く細い糸が、花のように咲き乱れている。


 彼女はもう、贅沢品への渇望も、浮気な夫への憎しみも感じない。


 ただ、脳の髄まで私の「浄化」に満たされ、永遠の幸福の中にいる。


「殿下も、毎日お辛かったのでしょう? 王位継承権、隣国との緊張、私を追放した罪悪感……。もう、頑張らなくていいのですよ」


「くるな、来るな……ッ!」


 エドワードが剣を振るう。

 けれど、その腕はひどく重そうだった。彼の袖口からは、すでに真っ白な糸が血管のように浮き上がり、皮膚を突き破って芽吹こうとしている。


 私が彼を「許した」瞬間に、浄化は始まっていたのだ。


「……あ、…………ぁ」


 剣が床に落ちる。

 彼は膝をつき、自分の手の甲から生え出した、雪のように白い「花」を、恐怖に満ちた目で見つめていた。


 やがて、その瞳から色が抜けていく。


 激しい憎悪も、傲慢さも、知性も。


 すべてが真っ白に浄化され、代わりに、幼児のような無垢で空虚な輝きが宿る。


「……ぁ、エ、リス……さま……」


 彼は私の足元にすがりつき、涎を垂らしながら、幸せそうに喉を鳴らした。


 かつて私を冷酷に切り捨てた男は、今や私の意志がなければ呼吸の仕方も忘れてしまう、ただの「幸福な肉塊」へと成り果てた。


「ええ、いい子ですね。今まで頑張りましたね。エドワード」


 私は彼の頭を優しく抱きしめる。


 彼の耳から、鼻から、口から。溢れ出した白い綿毛が、私と彼を一つに繋いでいく。


 城の外では、数万の国民が同じように白く染まり、静寂の中で私を讃えていた。


 争いも、飢えも、悲しみもない。


 この国は今、世界で一番美しい場所になったのだ。


「さあ、次は誰を救って差し上げましょうか」


 私は、真っ白に染まった王子の額に、慈愛に満ちたキスをした。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
お、恐ろしい((((;゜Д゜))) エリス自体も菌糸に操られているのかも・・・
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ