追放された聖女ですが、私の魔力は「純粋すぎた」ようです ―国中を真っ白な幸せで埋め尽くしますね―
「エリス・ラングレイ! 貴様のような無能、我が国には不要だ。今すぐ去れ!」
降りしきる雨の中、第一王子の冷徹な声が響いた。
王城の庭園。かつて愛を誓い合った婚約者、エドワード殿下は、私の妹であるリリアの肩を抱き寄せ、汚物を見るような目で私を見下ろしている。
「殿下、お待ちください……。私の祈りが通じないのは、きっと何か理由が……」
「言い訳は見苦しいぞ。リリアは昨日、枯れかけた大樹を光り輝く花で満たしてみせた。それに比べてお前はどうだ? 祈れど、願えど、何も起きぬ。……いや、お前が触れた花は、どれも不気味に色褪せ、生気を失うではないか」
殿下の隣で、リリアが勝ち誇ったような笑みを浮かべ、わざとらしく目を伏せた。
「お姉様、ごめんなさい……。でも、聖女の座は『より人々を愛せる者』に与えられるべきなのですわ。お姉様のその……『澱んだ』ような魔力では、誰も幸せになれませんもの」
「聞いたか。リリアはこれほどまでに慈悲深い。……衛兵! この『偽聖女』を捕らえよ。国境の先、魔物が蠢く『死の森』へ捨ててこい。死に場所くらいは自分で選ぶがいい」
屈強な男たちに腕を掴まれ、泥水の中に引きずり回される。
泥にまみれ、引き裂かれたドレス。背中に浴びせられるのは、かつて私を慕っていたはずの家臣や侍女たちの、冷笑と罵倒の礫。
視界が涙で滲む中、私は最後に振り返り、彼らを見た。
エドワード殿下、リリア、そして私を嘲笑うすべての人々。
(私の魔力は、澱んでいるのではなくて、『純粋すぎる』だけなのに…)
死の森へ向かう馬車の中で、私は自分の手のひらを見つめた。
指先から、ほんの少しだけ。
この世のどんな真珠よりも白く、どんな雪よりも清潔な、小さな小さな「綿毛」が芽吹いていた。
◇
馬車から突き落とされ、泥と腐葉土の中に転がった。
ここは魔物が跋扈する「死の森」。国境の果てにある、光の届かない場所。
衛兵たちは私をゴミのように捨てると、振り返りもせず去っていった。
「寒い……痛い……」
ドレスは破れ、全身傷だらけだ。頬を伝う血が、黒い土にポタリと落ちた。
ああ、このまま私は魔物の餌になり、誰にも愛されず、泥の中で朽ちていくのね。
……いいえ。
(違うわ)
血が落ちた場所から、何かが蠢いた。
それは光ではなかった。植物の芽吹きでもなかった。
私の血液を苗床にして、爆発的に増殖する、純白の糸だった。
ズズ、ズズズ……と、湿った音を立てて、白い糸が地面を覆っていく。
腐った土が、瞬く間に清潔な白の絨毯に変わる。
枯れ木にまとわりついた糸は、その幹を食い破りながら美しい花を咲かせ、黒い森を白亜の庭園へと変貌させていく。
「グルルル……ッ」
血の匂いを嗅ぎつけた狼型の魔物が、茂みから飛び出してきた。
けれど、その牙が私に届くことはない。
私が手をかざすと、空気中を漂う目に見えない胞子が、魔物の肺に入り込んだからだ。
「ギャッ、ガ、……ァ、…………」
魔物は空中で痙攣し、ドサリと落ちた。
その体表から、みるみるうちに白い綿毛が噴き出す。
赤黒い獣の体が、ものの数秒で、美しい白珊瑚のような彫像へと変わってしまった。
動かない。吠えない。傷つけない。
ただ静かに、私を讃えている。
(ああ……なんて静かで、美しいの)
私は理解した。私の力は、傷を癒やすものではない。
苦しみも、痛みも、醜い感情も、すべてを白く塗りつぶして「浄化」する、絶対的な救済。
私は立ち上がり、白く染まった森を見渡した。
もう、ドレスの汚れも気にならない。私の体からも、美しい白糸がドレスのように伸びているから。
「待っていてね、エドワード。リリア。これまでつらかったよね。私が、今、救ってあげるから」
◇
数週間後。白一色に染まりつつある王都のメインストリートを、私はゆっくりと歩いていた。
悲鳴を上げて逃げ惑っていた人々は、私の放つ胞子を吸い込み、数歩も行かぬうちに幸せそうな顔で立ちすくんでいる。
「お、お姉様!? まさか、生きて……!」
王城の前で、近衛兵に守られたリリアが、幽霊を見るような目で私を見ていた。
彼女は以前よりも豪華なドレスを着て、聖女の杖を握りしめている。
「ええ、ただいま。リリア。あなたを愛しているから、迎えに来たのよ」
「ひっ、来ないで! あなた、何をしたの!? この街の惨状は……!」
「惨状? 何を言っているの。見てごらんなさい。誰も喧嘩をしていない。誰も泣いていない。みんな幸せそうじゃない」
「狂ってるわ! わたくしの聖なる光で、焼き払ってやるわ!」
リリアが杖を掲げると、まばゆい黄金の光が放たれた。
けれど、その光は私に届く前に、空気中の胞子に絡め取られ、ジュッと音を立てて消えてしまう。
「な、んで……わたくしの力が、通じないの……?」
「あなたの光は騒がしいのよ、リリア。そんなに眩しくしたら、皆の安眠の妨げになるでしょう?」
私はリリアの目の前に立ち、その震える頬に手を添えた。
「ひっ、やめ、やめて……!」
「可哀想なリリア。私から奪った聖女の座は、そんなに重荷だったのね。常に完璧でいなければならないプレッシャー。私への劣等感。…もう、疲れ果てているじゃない」
私の指先から、白糸が彼女の肌へと侵入していく。
「あ、が、ぁ……熱い、いや、冷たい……感覚が……」
リリアの美しい金髪が、根元から純白に変色していく。
頬の赤みが引き、陶器のように滑らかで、冷たい白さだけが残る。
恐怖に見開かれていた瞳から光が消え、白濁したガラス玉のようになっていく。
「お、ねえ、さ……ま……ごめ、んなさ……」
「謝らなくて良いのよ。リリア。私があなたを救ってあげる」
私は、完全に口がきけなくなったリリアを抱きしめた。
彼女の口からは、言葉の代わりに、美しい白い茸の蕾がこぼれ落ちた。
「おやすみなさい、リリア」
私は動かなくなった妹を、城門の前に飾った。まるで、これから始まる王城浄化の記念碑のように。
◇
「……何の、つもりだ、エリス」
王城の謁見の間。
かつての婚約者、第一王子エドワードが、剣を杖代わりにどうにか立っていた。
彼の周囲には、かつて私を嘲笑った貴族たちが転がっている。
いいえ、転がっているのではない。彼らは皆、恍惚とした表情で、自らの体から生え出た白い真綿に包まれ、静かに眠っているのだ。
「お久しぶりです、エドワード殿下。救いに来たのですよ」
私は微笑み、一歩踏み出す。
私の足跡からは、瞬く間に白い糸が広がり、床の絨毯を真っ白なビロードへと変えていく。
「狂ったか! これが……これが聖女の力だというのか! 人を、国を、こんな……動かぬ石像に変えてしまうことが!」
「石像だなんて失礼な。彼らはただ、苦しみから解放されただけです」
私は、近くで横たわる公爵夫人の頬を撫でた。
彼女の耳の穴からは、白く細い糸が、花のように咲き乱れている。
彼女はもう、贅沢品への渇望も、浮気な夫への憎しみも感じない。
ただ、脳の髄まで私の「浄化」に満たされ、永遠の幸福の中にいる。
「殿下も、毎日お辛かったのでしょう? 王位継承権、隣国との緊張、私を追放した罪悪感……。もう、頑張らなくていいのですよ」
「くるな、来るな……ッ!」
エドワードが剣を振るう。
けれど、その腕はひどく重そうだった。彼の袖口からは、すでに真っ白な糸が血管のように浮き上がり、皮膚を突き破って芽吹こうとしている。
私が彼を「許した」瞬間に、浄化は始まっていたのだ。
「……あ、…………ぁ」
剣が床に落ちる。
彼は膝をつき、自分の手の甲から生え出した、雪のように白い「花」を、恐怖に満ちた目で見つめていた。
やがて、その瞳から色が抜けていく。
激しい憎悪も、傲慢さも、知性も。
すべてが真っ白に浄化され、代わりに、幼児のような無垢で空虚な輝きが宿る。
「……ぁ、エ、リス……さま……」
彼は私の足元にすがりつき、涎を垂らしながら、幸せそうに喉を鳴らした。
かつて私を冷酷に切り捨てた男は、今や私の意志がなければ呼吸の仕方も忘れてしまう、ただの「幸福な肉塊」へと成り果てた。
「ええ、いい子ですね。今まで頑張りましたね。エドワード」
私は彼の頭を優しく抱きしめる。
彼の耳から、鼻から、口から。溢れ出した白い綿毛が、私と彼を一つに繋いでいく。
城の外では、数万の国民が同じように白く染まり、静寂の中で私を讃えていた。
争いも、飢えも、悲しみもない。
この国は今、世界で一番美しい場所になったのだ。
「さあ、次は誰を救って差し上げましょうか」
私は、真っ白に染まった王子の額に、慈愛に満ちたキスをした。




