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翼の心音  作者: 松岡織


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第四章-4 同窓会


 私たちのバディは復活し、また二人三脚で大学生活を重ねることになった。単位のためにはひたすら研鑽に励むしかないとは言え、アートのことだけを考えていられる日々は幸せだ。一番の懸案事項は生活費だが、高層ビル窓掃除のバイトは慣れてくると時給も上がり、一日の食事が昼の学食だけと言う日がちょくちょくあっても、なんとか飢えることなく食べられている。おかげで実家には一度も帰らずに済み、東京勤務の父とだけ、数ヶ月に一度食事会をしていた。

 大学二年の年末近くに会った時、実家に届いた高校の同窓会事務局からの封筒を手渡される。既に岡倉から聞いて、内容は知っていた。

「卒業から二年後の旧成人式の翌週に、一回だけ事務局主催の同窓会を横浜のホテルでやってくれるんだって。その案内だよ」

 説明しながら封筒を受け取ると、父はハッとした表情を浮かべる。

「そうか! 成人式の年か!」

「そうそう。横浜は『二十歳の市民を祝うつどい』って名前らしいね」

 住民票は動かしたので横浜市からの案内はないが、寮がある豊島区から同様の通知が届いている。父は慌てて振り袖のレンタル費用が必要かと聞いてくれたが、もとより知り合いも居ない式典に出るつもりはないし、振り袖を着るなど罰ゲームが過ぎるので、気持ちだけ有り難くいただいて終わりにする。

 それよりも、同窓会をどうしようかと迷っている。岡倉からは一緒に行こうと強く求められているが、倫はどうするのだろうか。もし彼女が出席するのならば、もう二度と会わないと言われた以上、私は行くべきではないだろう。他の同級生たちだって、私より倫に会いたいに違いない。返事を保留していると、同窓会用のグループラインが作られて、返答未提出者への催促と、現時点での出欠のリストが公開される。倫の名前は欠席者の欄に記載されていた。

 あれから二歳大人になった彼女を、見たいような、やっぱり見たくないような。二つの相反する感情が私の中に混在している。それでもやはり、あそこで縁が切れたからこそ完成したのだと、いつもの認識が覆ることはなく、このまま会わないでいたいとの思いが勝る。倫が来ないとしても、バイトも休まなくてはいけないし、別に行かなくても良いかと迷ったが、まだ続けている写真作品のために横浜の景色を写したいと創作意欲が湧き、出席することにした。


 同窓会当日は昼過ぎには横浜に到着した。会は夕方からだが、その前に散策時間が欲しかったのだ。奮発して中華街で昼を食べ、港に面した山下公園に出る。冬の海風の冷たさは今日も容赦なく、これこそが海だ。二年ぶりに海の匂いに鼻をくすぐられると、それだけで全身の細胞が喜んでいるように元気が出たし、東京の街よりも広くてゆとりのある道幅を懐かしく思う。スマホで撮影しながら、みなとみらい、関内、馬車道と、子どもの頃から何度も歩いた道を辿る。私のルーツは間違いなくこの街だが、同時に、今はもうここに暮らしていないことも実感する。寂しくもあったが、また戻りたいとは思わなかった。

 約束の時間に岡倉と合流し、連れ立ってホテルの宴会場へと向かう。MAXでもたった八十人しかいない同学年なのに、出席者は少なくて、五十人にも満たない。美大受験で二浪などザラだし、この時期はまさに受験真っ只中だ。高校時代の友人と交流が続いている岡倉情報によれば、まだ美大受験と戦っている同窓生も少なくないらしい。毎年このタイミングで開催されるとなると、一浪以内で大学に入れた卒業生しか出席が叶わない。この慣例はかなり酷ではないだろうか。本当に実力主義で弱者に容赦ない。

 無事大学生になった出席者たちは皆、他の大学の様子が気になるので、自然と学科ごとの輪ができて情報交換が起きている。藝大のデザイン科に進んだのは、岡倉と私だけだったので質問責めに遭う。逆に私も、第一希望だった武蔵美に入った人から、授業内容や学校の雰囲気を教えてもらう。高校在学中は話す方ではなく、友達もほとんど居なかった私だが、成長して社会性が上がったのか、それなりに会話が弾んだことに自分でも驚いた。

 アルコールが回ってくる頃には、話題が人の噂話に移行する。岡倉は放課後に(つる)んで遊びに行っていた男子の輪に呼ばれて離れたので、私は興味もないままに噂話に耳を傾けている。誰が浪人が続いてメンタルがヤバくなっているとか、二浪で受からなかったら一般大学にすると言ってる人の話とか、地方の中堅美大に行った誰さんは藝大を受け直す仮面浪人をしているらしいなどなど、やはり今ここには居ない人の話が中心になる。聞いているのがツラくなったのでもう帰ろうかと思っていると、別方向から倫の名前が耳に飛び込んで来た。

「度会さんはキャラが映画化なんてすごい活躍だよねぇ。同級生だったんだって大学で話したら、羨ましがられたよ。今日来てたら、写真撮ってもらって、あとサインももらいたいと思ってたのに残念」

「ね。でも倫はもう人前には一切出ないで、作品作りに専念するんだって。私もたまに電話で話したりはするけど、誘っても出て来ないんだよね」

「そうなの? アイドルみたいに可愛いのに勿体無いね。あのビジュアルも武器だと思うけどなぁ」

 チラッと視線を向けると、一人は倫の取り巻きだった生徒だ。てっきり私と会わないだけかと思ったら、誰とも会わないことにしたとは意外だ。もう縁は終わったと決めた私だが、それでも倫の話を聞きたいと欲してしまう。立食の食べ物を取るフリをして、彼女たちの会話が聞こえやすい位置に移動した。

「自宅からすぐの所にアトリエを借りたんだって。油彩も始めたって言ってたよ」

 うんうん、それはインスタ情報で私も知っているし、描かれた作品も既にいくつか見ている。夏休みに作品を送り合った時のような、イラストの作風とは違ったタッチで描かれた迫力ある画風だ。藝大の絵画科の生徒より上ではないかと思えるハイレベルな表現で、やはり彼女はアートの神様に愛されている絶対的な存在だと改めて思う。

 心の中で相槌を打っていた私だが、倫の友達が発した次の言葉で固まった。

「あとね、映画会社の御曹司と付き合い始めたって噂があるんだよね。これは本人に聞いたんじゃなくて、ネット情報だから真偽は不明だけど」

 (にわ)かには信じられない噂に、私の全神経が集中している。続いた話によれば、相手は今度映画化される会社の専務で、今はアニメ映画部門のトップを担っている三十二歳。仕事で倫と知り合ってからずっとアプローチしているらしい。高校時代はアートのレベルが違い過ぎて、校内で倫に好意を寄せる男子の話は一度も聞いたことがなかった。だが、社会に出れば、あれだけ可愛いのだから大人たちは放っておかないのだろう。

 もし噂通りに付き合っているとしたら、大人にはならないと言っていたのに、どういう心境の変化なのか。それとも私に言った話は、自殺願望と一緒で嘘だったのだろうか。

「それって将来は社長婦人になるルートってコトか。少女漫画を地で行ってるねぇ」

 噂話はまだ続きそうだったが、これ以上聞きたくないと思った私は、そっとその場から離れた。

 二次会には参加しないで、東京へと戻る電車に乗る。夜の上り電車は空いていて、湘南新宿ラインの四人掛けボックス席を一人で占領して、窓に映る夜景を眺めている。さっきは反発を覚えてしまったが、時間を置いて冷静になってみると、倫にとって決して悪い話ではないと考えを改めた。

 地位やお金のことよりも、年齢が一回りも離れた大人であることと、アーティストの扱いに慣れている業界の人間という点でピッタリな相手だ。彼女のあの、他人を翻弄して支配したがるところも、心身ともに大人の相手なら上手く受け止めてくれるのではないか。それで倫の作品が輝くのなら、もう離れた私が否定することではない。それに大人にはならないと言っていた高校時代だって、彼女だけが既に、大人の世界で仕事をしていたのだから、今更ではないか。

 ふと、岡倉と私の噂を聞いた倫が、わかっていないと全否定したことを思い出す。あの頃の倫は私の考えや行動を完全に把握していた。それなのに私は最後まで、倫を理解したとは言い難いままだった。彼女が話していたことの、一体どこまでが本音で、どこからが世界観の演出だったのだろう。そして今だって、倫の交際の噂が本当なのかどうか、私にはその答はわからない。

 だが、今の彼女が何をしようと、過去に置いてきた私の思い出には何の影響も及ぼさないのだと思うと、(ざわ)ついていた心がスッと落ち着きを取り戻した。


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