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デイサービス 凛目線

デイサービス「ひまわり」は、足を踏み入れてみると想像以上に穏やかな場所だった。


今の私にとってはリハビリの場だけれど、そこで働く理学療法士や作業療法士、看護師、介護士、みんなが穏やかで優しい空気をまとっていた。


プログラマーとして勤めていたピリピリしたオフィスとは、まるで別世界だ。世の中には、こんな職場もあるのだと、初めて知った気がした。


私は、中高と陸上部で走り高跳びをしていて、インターハイまで出場したことがある。

だから、こうしたリハビリ――いわばトレーニングなら、きっちりやり遂げられるはずだと自分に言い聞かせた。


けれどここは、私にとってはあまりにも穏やかすぎた。ほんの少しぐらいピリッとした空気のほうが、どうやら私の性に合っていると気づいたのだ。


おばあちゃんは話し好きで、誰とでもすぐに打ち解ける人だ。そのおかげか、周囲のスタッフや利用者さんが、次々と私に話しかけてくれる。


非常にありがたい事なのだが、リハビリが全くはかどらない。


おばあちゃんの世界を壊さないように


そう思って、私はできるだけ愛想よく振る舞っていた。


けれど、他の利用者さんから、どうでもいい世間話を延々と聞かされる時間が続くと、心の奥で大きくため息をつきたくなってしまう。


とくに長く通っているらしい佐藤さんという、お爺さんは、本当かどうか知らないが、この辺の大地主で、このデイサービスでも“主”のような存在だった。


“県会議員にも顔が利く”と豪語し、誰も逆らえない空気ができあがっている。自慢話や昔の武勇伝を延々と語られるのは、正直、ものすごく苦痛だった。しかも、以前にもした話を繰り返すのが本当にタチが悪い。


こんな場所にまで、ヒエラルキーが存在するなんて想像すらしなかった。おそらく、人間という集団が存在する以上、古今東西どこにでも存在するのだろう。


だから、人間って嫌いなんだよな…。


そんな思いが胸をかすめる。


「ひまわり」も国民の税金で運営されているのだから、本来もっと黙々と成果を追求すべきじゃないのか?


私はここに“おしゃべり”をしに来ているわけじゃない。リハビリをしに来ているのだ。


「ここは税金の無駄遣いだ」


つい、そんな事まで考えてしまう。


そして、一生懸命リハビリに打ち込んでいるうちに、私はいつのまにか“話しかけないでオーラ”をまとってしまっていることに気づいた。


周りの人たちの会話の端々から、「絹代さん、なんだか変わったわね」――そんな声が、耳に届く。


数回通っただけなのに、私はもう、この穏やかな場所でひとり浮いていた。


思い返せば、こういうことは昔からだった。

私は元来、人と仲良くする事が苦手だった。仲良く話す人はいるのだが、友人と呼べる友人もあまりいなかった。


学生の頃からピアノやそろばん、陸上、勉強、パソコンに1人打ち込んでいたので、そこまで友人を必要と感じなかったのかもしれない。


そのスタンスは今でも変わっていない。


他人は所詮他人なのだ。


例えいくら親友でも、本当に困った時には助けてくれるかわからない。そして、その日の夜も普通に眠るだろう。所詮そんなものだ。


そんな風に考える様になったのは、家族の影響が大いにあるだろう。


おじいちゃんは遠洋漁業の船乗りで何ヶ月も家にいなかったし、いても私に対して、完全に無関心だった。孫が可愛いなど思った事もないのだろう。


兄弟はおらず1人っ子。両親には習い事や勉強をこなしていれば、他は何も言われなかった。


「友達なんて無理して作らなくていい」ともはっきり言われたことがある。私はその方針は間違いではなかったとさえ思っている。


不要な友情ごっこに時間も気も使わなくてよかったからだ。実際に学生時代、周囲の人間は気の毒過ぎるほど友人に気を使っていた。


しかし、私には優しいおばあちゃんがいた。今振り返ると、こんな偏屈な私でも、何とかバランスが取れていたのは、ひとえに、おばあちゃんのおかげと言っても過言ではないだろう。


もしおばあちゃんがいなかったら、私は他人の気持ちに無関心な、サイコパスになっていた可能性さえある。おばあちゃんは、その様な事はしっかり「ダメだ」と教えてくれた。


ひまわりでのリハビリの事だが、このゆるい空気のままでは、回復よりも衰えのスピードのほうが早くなるに違いない。


私は、陸上部で培ってきた科学に基づいたストレッチやトレーニング、食事やサプリの知識をかなり持っている。理学療法士の考案したメニューを淡々とこなすより、私が考案したメニューほうが、よほど効果的だと思えた。


私はひまわりから帰ると、その日のリハビリの内容をパソコンにまとめ始めた。


そして、気がつけば、昔のクセが顔を出していた。


「もっと効率よく回復できるはず……」


おばあちゃんの身体に合わせて、軽いストレッチメニューを作るつもりがが“もっとできる”って思ってしまう。


身体の不調が治った暁には、ひまわりをやめ、おばあちゃんにも私の考案したメソッドを伝授するのだ。


きっと感謝されるに違いない。


ふふっ。


さらに冷蔵庫を開け、食事プランまで組み立てた。

タンパク質は鶏胸肉、納豆、卵、そしてプロテイン。カルシウムは牛乳とヨーグルト、ビタミンA・B・C、マルチミネラルのサプリも追加。


「これで筋力も骨も完璧に強化できる!」


そうつぶやき、満足げに頷く自分がいた。


……けれど、よく考えれば、この身体は78歳。


「まあ、大丈夫よね?」


そう自分に言い聞かせながら、私はおばあちゃんの身体に、少しハードすぎるプランを課していた。


一方、おばあちゃんの方は、私のスーツを身にまとい、清掃のパートの面接へ颯爽と出かけていった。


スーツ姿の自分を、他人の目を通して見ると――やっぱり綺麗だと改めて思った。


「これでどうして、私はモテないのだろう?」


けれど、答えは分かっていた。


私はツンツンしていて、近寄りがたい雰囲気をまとってしまっていたのだ。おまけに口下手で友達を作る気もゼロ。更にウジウジしていて性格もいいとは言い難い。


そして、恋人に求める“理想のスペック”も、自分でも引くくらい高すぎたのだ。


頭が良く、イケメンで長身の性格のいいお金持ちが好みなのだ。


好みじゃない男性なら1人の方がいい、本気でそう思っていた。


こんな男性を求めてしまうのは私の元カレが原因だ。

その事はまた今度語る事にしよう。


でも、私の外見のまま、中身がおばあちゃんの穏やかさと人懐っこさが合わさったらどうなるのだろう?


何かすごい事が起きそうな気がした。


ちょっと怖いけど、その未来を覗いてみたい気がした。





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