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ついに 凛目線

カーテンの隙間からこぼれる朝の光で、目が覚めた。


どのくらい眠っていたのだろう。


頭がぼんやりしている。


暑くもなく、寒くもない。


完璧な心地よさ。


しかし……身体を見るのが怖い。


ゆっくりと首を動かすと、黒く長い髪の毛が顔にかかっていた。


柔らかくて、さらさらしていて懐かしい感覚。


絹代おばあちゃんはショートカット。


まさか、と思いながら、恐る恐る視線を落とす。


黒く艶のある髪が、肩にもかかっている。


「……これは、私の髪だ!」


一瞬で眠気が吹き飛んだ。


ベッドから勢いよく身体を起こす。


両肩に流れる黒髪。


パジャマワンピース胸元を見る――そこには、形のいい私の胸の膨らみがあった。


「やった……戻ってる!」


声が震えた。


深呼吸を1回すると、カーテンを開け、鏡の前まで駆け寄った。


そこには光に包まれた私、凛が息をのむほど鮮明に映っていた。


ふと、おばあちゃんの方へ目を向ける。


そこには、ベッドで眠っている“絹代おばあちゃん”の姿があった。


「……やった!!」


思わず叫んだ。


けれど――私はすぐに冷静になった。


もしかしたら、1年前に戻ってしまっただけのかもしれない。


もしそうなら、今までの出来事はすべて“夢”ということになる。


優真くんとの出会いも、小説の執筆も。


颯太さんのタワーマンションも。


あの涙も、笑いも、全部――なかったことに。


このホテルでは、何が起きてもおかしくない。


胸の奥に、喜びと恐怖が同時に湧き上がる。


震える手で、枕元のスマートフォンをつかんだ。


iPhoneのロックが外れない。


「えっ?」


焦る。


何があったの?


手が震える。


———そうだ。


顔認証……顔が変わっているのだ。


パスワードでロックを解除する。


出来た!!


ゆっくりとホーム画面が広がり、日付が表示された。


「9月23日 7:03」


西暦までは出ない。


胸の鼓動が早まる。


カレンダーのアプリを表示する。


「2025年9月23日 7:03」


ガッツポーズ!!!!! 


「優真くん、待っててね!!」


「颯太さん、絶対に会社に貢献するから!!」


「ふふふっ」


胸の奥から込み上げる感情を抑えきれず、私は声に出して笑った。


そろそろ起こそうかな。


おばあちゃんの肩を軽く叩くと、「ん……もう朝?」と眠たそうな声が返ってきた。


「うん、おはよう」


おばあちゃんが、私の姿をしっかり確認すると、にこりと笑った。


その笑顔があまりにも優しくて、胸がいっぱいになる。


「凛……いい顔しているね。本当にありがとう」


「おばあちゃんもね!立てる?」


私がそう言うと、おばあちゃんはベッドから上半身を起こし、少しよろめきながらも、しっかりと立ち上がった。


「わぁ…凛! 膝も腰もすごく良くなってるよ!」


「食事療法もリハビリも頑張ったんだよ!」


「…凛…」


そう言って、私をぎゅっと抱きしめた。


おばあちゃんの体温が、心にじんわり広がっていく。


本当に、身体が戻ったんだ。


私たちは化粧をして、着替えを済ませ、昨日と同じレストラン「アンドロメダ」へと向かった。


「おはようございます!」


フロントのコンシェルジュにも元気に挨拶をする。


続けておばあちゃんも。


「おはようございます」


「おはようございます、よく眠れましたか?」


「はい、とても!」


白いシャツに黒いエプロンを身につけたかっこいいウエイトレスさんが、柔らかい笑顔で出迎えてくれる。


朝のレストランは貸切状態で、とても静かだ。


テーブルに置かれた朝食は、サラダ、スクランブルエッグ、クロックムッシュ、ヨーグルトのワンプレートだ。


そこに熱々のコンソメスープと香り高いコーヒーが後から添えられる。


去年はあまりのショックで手をつけられなかった朝食。


今日は一口一口、噛みしめるように味わった。


「すごくおいしいね?おばあちゃん…」


「うん……本当に」


窓の外では、新しい光がイングリッシュガーデンを照らしていた。



         * * *



チェックアウトの時間になり、鍵を返却すると、

コンシェルジュは静かに一礼し、いつものバリトンボイスで言った。


「ありがとうございました」


それだけ。


「またのお越しをお待ちしております」とは、決して言わない。


その言葉がないことが心地よかった。


もうここへは、2度と来ることはないのだから。


玄関の外に出ると、高原の冷たい秋の風が頬を撫でる。


駐車場でローバー・ミニに乗り込み、ハイヒールを脱ぎ、エンジンキーを回す。


小気味よいエンジン音が響くと、2人で窓を全開にした。


ゆっくりと発信して、玄関の前を通過して帰り道の坂へと向かう。


「ありがとうございました!!」


声を揃えて手を大きく振る。


コンシェルジュも、胸の前で両手を重ねて深くお辞儀をし、そのあと、静かに手を振り返してくれた。


その姿が、ミラーの中でどんどん小さくなってく。


そして、坂に差し掛かるとミラーから完全に消えた。


もし、今ホテルに戻っても、更地になっていて、誰もいないかもしれない。


そんな気がした。










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