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面接 絹代目線

凛の若い身体は、本当に素晴らしかった。

膝も腰も痛くないのはもちろん、目も歯も悪いところがひとつもない。どこをどう探しても、不調というものがまるで見当たらないのだ。


それに、凛は背が高く小顔で、すらりとしたスタイルをしている。黒髪のロングヘアがよく映える、美しい顔立ちだ。


洋服だって、カジュアルなものからブランド物まで、なんでも似合う。ユニクロのようなシンプルな服でさえ、この身体を通すとブランド物のように見えてしまうから不思議だ。


もちろん、孫だから多少は贔屓目があるのかもしれない。でも実際、昔から周りの人たちにも「すごく綺麗なお孫さんね」とよく言われていたのだ。


大学を卒業してから、続けていたプログラマーの仕事を辞めさせてしまったのは、本当に心苦しかった。


ホテルに宿泊する際、約款をちゃんと読んでいればと悔やまれるが、あんなもの、誰もちゃんとは読まないだろう。


それに、あのコンシェルジュはなぜ説明してくれなかったのだろうか?本当に不親切だ。


予約票は“再発行できない”という事なのでコピーを取り大切にしまっておいた。


以前は、定食屋やお弁当屋などで調理のパートをすることが多かった。


けれど今回は、せっかく元気な身体を手に入れたのだから、思いきり身体を動かす仕事に挑戦してみたい――そう思ったのだ。


もともと、ホテルで清掃のパートをした経験もある。


…ホテルと言ってもラブホテルだけど…。


そのことを思い出し、「やっぱり今の私が1番やりたいのは清掃の仕事」と、自然に心が決まっていった。


凛の仕事の有給をすべて消化するまでは完全に退職とはならない。けれど、新しい仕事を探すくらいなら問題ないだろう。


私は凛の手を借りて、パソコンでいくつかの求人サイトを覗いてみた。その中で「紺野清掃サービス」という会社の募集に目が留まった。自宅から程よく離れていて、なおかつ条件も悪くない。


あまり近すぎると、いろいろと不都合が生じるかもしれないし……。距離感としては、これくらいがちょうど良さそうだった。


* * * 


今日は面接日だ。せっかく受けるからには、絶対に合格したい。そう思って、思い切ってビシッとスーツを着ていくことにした。もちろん凛のスーツだ。お尻のラインがきれいに出る細身のパンツスーツ。鏡の前に立った瞬間、思わず息をのむ。


「……かっこいいじゃないの、私」


そう思ったけれど、冷静に考えれば“私”ではない。凛の身体なのだから当然だと、心の中で苦笑いした。


メイクも凛が手伝ってくれて、気合いは十分。

胸の奥に小さな高鳴りを抱えながら、私は面接会場へ向かう準備を整えた。


面接に向かう途中、すれ違う男性たちの視線が、ふとこちらに向いているのに気づいた。

今までのおばあさんの私なら、絶対にあり得ないことだ。これはきっと、気のせいじゃない。


私は若いころも、外見は“ごく普通”という程度だった。だから、こんなふうに見知らぬ男性にちらちらと視線を向けられるなんて、人生で1度も経験したことがない。


ああ、なんて気持ちのいいものなのだろう。


胸の奥に、少しだけくすぐったいような感覚が広がった。それでも、気取らずに歩き続けた。心の中でこっそり笑いながら。


面接会場にノックして入ると、年配の男性が2人、テーブルの向こうで待っていた。


私がドアを開けて一礼した瞬間、2人とも一瞬だけ目を丸くして、それから慌てて笑顔を作った。


「……いやあ、最近はですね、なかなか若い女性が応募してくれなくて、たとえ採用できても、すぐに辞めちゃうんですよ」


片方の男性が苦笑交じりにそうこぼした。


「そうなんですねぇ」


私はにこやかに相づちを打った。


「私は大丈夫ですよ。きちんと勤めますから。一応経験もありますし」


「おお、頼もしい!」


もう1人の男性が思わず前のめりになる。


「いやあ、そう言っていただけると、こちらも安心します」


「それに、清掃のお仕事はお客様にとって1番大切な“居心地”をつくるものだと思うんです。

空間を整える時間って、誰かの一日を少しだけ温かくできる気がして……。私、そういうのが大好きなんです」


そう口にすると、2人の表情がふっと和らいだ。


「いや〜……すごくいいですねぇ」


「そんなふうに考えてくれる方は、本当に貴重なんですよ」


私は軽く頭を下げ、柔らかく微笑んだ。


「こんないい人がどこかに取られたら大変だ。即採用だよ。ねっ?」


男性は2人で顔を見合わせた。


「えっ!ありがとうございます。私頑張ります!」


私は立ち上がってお礼をした。


今まで面接で、こんなにも歓迎されたことはなかったな。そう思うと、自然に笑みがこぼれた。


「では、派遣先についてですが……」


面接官のひとりが少し声を落とした。


「そちらは後日ご連絡いたします。ぜひ貴女に似合う“特別な勤務先”を用意したいと考えているんですよ」


「まぁ……それは、すごく楽しみですわ!」


思わず胸が高鳴り、絹代のときの口調がぽろりと出てしまった。気をつけているのだが…。

2人の男性は顔を見合わせ、目尻を下げながら温かく笑っていた。


        * * *


凛の有給消化が終わり、正式に退職が決まった。

これで、私もようやく働くことができる――胸の奥に複雑な感情が広がったが、これからは凛のためにも前を向いて生きていかなければ。


凛も、私の身体でデイサービスに通い、リハビリを頑張ってくれている。


「もともと陸上部だったから、体を動かすのは嫌いじゃないの」


そう言ってくれたときは、本当にうれしかった。


私はといえば……デイサービスに行っても、おしゃべりばかりしていて、リハビリに真剣に取り組んでいたとは胸を張って言えない。自由のきかない身体での運動は、どうしても単調で、正直なところ精神的にも辛かったのだ。


それでも今は、凛が私の身体を少しでも良くしてくれることを信じて、私もこの新しい毎日を大切にしようと思った。


        * * *


後日、勤務先の連絡をメールで受けたとき、思わず息をのんだ。


この夕霧市で1番の超高級ホテル。


グラン・カールトン・夕霧


1泊10万円以上、最上級スイートは200万円すると聞いて驚いた事がある。


あのとき面接官が言っていた“貴女に似合う特別な勤務先”という言葉は、てっきり冗談だと思っていたのに、本当だったなんて。


「私が清掃とはいえ、そんな高級な場所に……本当に務まるのかしら?」


胸の奥に小さな不安がよぎったが、すぐに今は凛の身体なのだと気づく。


「この身体なら、絶対大丈夫!」


自分にそう言い聞かせた瞬間、心の奥からやる気がふつふつと湧いてきた。


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