対峙② 凛目線
颯太さんは、私の姿を見るとすっと立ち上がり、穏やかな笑顔で一礼した。
その笑顔が何を意味しているのか、まったくわからなかったので思わず、完全にフリーズしてしまった。
何をどう言えばいいのか、何度も考えたが、結局いい答えは見つからなかった。
結局、出たとこ勝負で向き合う事に決めた。
「……すみません……」
私は深く頭を下げた。
90度以上、思い切り腰を折って。
「孫の凛と、別れてください」
その一言を絞り出すと、涙が勝手にあふれた。
泣くなんて卑怯だ。
ちゃんと伝えなきゃ――そう思っても、声が震える。
「信じてもらえないかもしれませんが、私たち……」
ダメだ。
“身体が入れ替わった”なんて、どう言えばいい?
そんな私に、颯太さんは静かに微笑んだ。
「気づいていましたよ?」
「……え?」
「確かに信じられない話ですね。
私は経営者ですので、同棲するにあたり、勝手ながら凛さんの素性を調べさせてもらいました。夕霧のユニソフトで勤務されていた優秀なプログラマーだったそうですね」
「……はい……」
優秀かどうかはわからないが、よかった。
話が通じる様だ。
私はユニソフトやプログラマーの事ならいくらでも喋る事ができるからだ。
———これが、あの“根拠のない自信”の正体だったのかもしれない。
「僕も話していて気づいたんです。“凛さん”にはITの知識があまりにもなさすぎた。それどころか、タイピングさえおぼつかない」
おばあちゃんはうつむき、小さく「はい」と答えた。
「逆に、最初にお会いした時の絹代さんが詳しすぎたんです。あえてITの話を振ったんですよ。そしたらすぐに食いついてくれた」
私がイタズラ心で、ITのことを詳しく語って反応を楽しんでいたつもりが、逆に試されていたとは…。
颯太さんの方が1枚も2枚も上手だったと言うことだ。
「初めてのフレンチの時、私は言いましたよね?中身は綺麗な女性なのに、どこかおばあちゃんっぽさを感じるって」
「覚えています……あのときの言葉、ずっと心に残ってました」
「つまり、そういうことです。私も気づいていました。でも、好きになってしまったんです。
もう、止められませんでした。だからあなた達が悪い訳じゃないのです」
颯太さんはそう言って、静かに微笑んだ。
「それでお2人の身体はいつ戻るのですか?」
「あと、1ヶ月くらいです」
「そうですか…僕もいつか、今日のような日が来る気がしていました。そして、こんなにも寂しい気持ちになることも…」
「……本当にすみません。騙すつもりなんて、全くなかったんです。本来なら予定通り私にチェンジするつもりだったのですが…。私にどうしても他に好きな人ができてしまいまして」
「大丈夫です。許します。ただし、条件があります」
「えっ、条件?」
「ややこしいので、名前は元の名前で呼びますね?」
「はい」
「身体が戻ったら凛さんは、私の会社の夕霧支社で働いてください。優秀なプログラマーを集めるのに苦労しているのです」
「そして、絹代さんは、これからは、ずっと私の友達でいてください」
私はおばあちゃんと顔を見合わせ、涙をこらえながらうなずいた。
「はい!!」
2人の声が重なった。
「それで、絹代さんは…いつまでここにいてくれるのですか?」
「すみません、こんな事になって…。すぐに出て行きます」
「そんな…もう少しだけ一緒にいてください」
「はい。………あと、1週間いいですか?………」
「それでお互いの気持ちの整理をつけましょう」
「はい、お願いします」
ああ、よかった…。
ほっとして私はこんな事を言っていた。
「颯太さん、おばあちゃん……身体が戻るまでは、私の身体、自由に使っていいですからね?」
「……???……」
「凛…どう言う事?」
「夜のハナシ♡」
「ちょ、ちょっと凛!!!」
慌てるおばあちゃんに、颯太さんが吹き出した。
「ははは……本当にお礼を言わなきゃいけないのは、僕の方でしたね。ちゃんと眠れる様にもなったし」
「それが1番ですね」
「はい、完全に命拾いしたと思っています。凛さんの素晴らしい身体、あと1週間、大切に扱わさせていただきます!」
「…もう!!颯太さんっも!!」
「はははははっ!」
一瞬の沈黙のあと、3人は思わず笑い合った。
涙も、罪悪感も、すべてがその笑い声に溶けていった。




