表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

32/41

執筆 凛目線

「このままではダメになる」


そう思い詰めた私は、重たい身体をなんとか机に向けさせた。


数週間ぶりにパソコンを開き、震える指でキーボードを叩き始める。


いつもは、恋人たちが優しく微笑み合うような淡いファンタジー要素のある恋愛小説ばかり書いていた。


でも、今日は違った。


心の奥にこびりついた闇を、どうしても書きたがっていたのだ。


そして書ける気がした。


気がつくと、私は不気味なホラー小説を書いていた。


鏡の中の“もう1人の自分”。


ぞっとするような、夢と闇の境界線――。


完成したとき、胸の奥で何かが静かに光った。


怖いのに、美しい。


我ながら傑作だ。


久しぶりに“自分の中の熱”を感じた気がした。


プリントした原稿を握り締めると、私はしっかりとした足で立ち、前を向いていた。



        * * *



翌日、お見舞いに来てくれた優真くんに手渡した。


白い紙の束を両手で持ちながら、私は少し照れながら笑った。


「これ、読んでみて。……ちょっと怖いやつ、ホラーだけど」


優真くんはケーキの箱をテーブルに置き、目を細めながら言った。


「一条さんがホラーを書くなんて意外ですね。楽しみです」


「心の闇を全部小説に込めました」


「その言い方…怖いですよ?」


「ごめんね。実はそんなに怖くないよ、ふふふっ」


今、久しぶりに笑った気がした。


私、まだ笑えるんだ…。



         ドレッサー


花村愛菜(まな)は、古い家具が大好きで、アンティークの魅力に目がない28歳の女性だった。


そんな彼女がふらりと立ち寄ったアンティークショップ「時の結晶」で、目を奪われるような美しいドレッサーを見つけた。


光沢のある木目に、繊細で優美な彫刻が施されたそのドレッサーは、100年以上前のものだという。値段は30万円。決して安くはないが、その美しさに一瞬で心を奪われた愛菜は、即決で購入を決めた。


購入の際、店主の岡本は少し意味深な顔をして、彼女にこう忠告した。


「このドレッサーは素晴らしい品ですが、ひとつだけ注意があります。“合わせ鏡”は絶対にしないようにしてください」


愛菜は深く気に留めることもなく、そのドレッサーが手元に届く日を心待ちにしていた。



         * * *



ついに待ちに待った配送の日がやってきた。


トラックで運ばれてきたそのドレッサーは、重厚感がありながらも、部屋にぴったりと合う優雅な雰囲気を漂わせていた。愛菜は嬉しそうに業者に配置を指示した。


しかし、彼女は岡本の言葉をすっかり忘れていた。


ベッドの頭側にはすでにアンティークの鏡がかけられており、ドレッサーを配置する場所は、その鏡と向かい合う位置だった。


気づかないまま、愛菜は合わせ鏡となるようにドレッサーを配置してしまったのだ。


ドレッサーの大きな鏡は、天井のシャンデリアの光を反射し、部屋全体をキラキラと一層美しく輝かせた。愛菜は、完璧なインテリアに囲まれて、心から満足していた。


         * * *



それから数日後、愛菜の身の回りで、奇妙な出来事が起こり始めた。


同僚のナミが彼女にこう言った。


「この前、愛菜を旅行先の金沢駅の近くで見かけたんだけど金沢、行ってないよね?」


「は?行ってないよ」


愛菜は少し驚いたが、特に気にしなかった。たまたま自分に似た人、そら似だろうと思ったからだ。


しかし、翌日も同じようなことが起きた。友人が愛菜に話しかけてきて、驚いたように言った。


「この前、近所で愛菜を見たよ。すごくそっくりだったけど、愛菜?って言ったら怖い顔で無視されたよ」


さらに次の日、また別の同僚が同じようなことを言い出した。


そして最後には、隣の県に住む母親までもがこう言ったのだ。


「ねえ、愛菜、昨日、家の近くであんたにそっくりな人を見かけたのよ。いくら呼んでも返事しないの。本当に不気味だったわ。こっち帰ってないわよね?」


立て続けに同じような話を聞かされると、さすがに愛菜は気味が悪くなってきた。


そして、トドメの一撃は母の口から放たれた一言だった。


「ねえ愛菜、ドッペルゲンガーって知ってる?自分にそっくりな人が世界には3人いるって言われてるのよ。でも、その人に会ったら死ぬって話があるの」



         * * *



金曜日、仕事が終わり、愛菜は自宅に帰ってきた。いつものように鍵を取り出し、ドアに差し込もうとしたその瞬間、背後に人の気配を感じた。


鳥肌が立ち、心臓が一瞬止まったように感じた。


ゆっくりと振り向くと――そこにいたのは、自分だった。


目の前に、まさに自分とそっくりな顔があったのだ。


“そいつ”は愛菜を見るとニヤリと笑った。


あまりの恐怖に全身に鳥肌が立ち、その場にへたり込んでしまった。


唇が震え、頭の中は真っ白だった。


「驚かせてごめんね」


その声は自分と全く同じだった。


目の前にいる“そいつ”は、穏やかな表情で愛菜を見つめている。


「私はね、あなたの生き別れた双子の姉妹…妹なの。名前は愛里(あいり)


呆然としながらも、愛菜は愛里を家に招き入れた。


ニコニコしている愛里からは全く邪気らしいものを感じなかったからだ。それどころか柔らかいオーラに包まれていたのだ。


少しの恐怖はあったものの、その“柔らかいオーラ”に抗うことはできなかった。


リビングに入ると、2人はソファに座り、愛菜に事の顛末を話し始めた。


「私たちのお母さんが2人を産んだ時、既に今のあなたのお父さんと結婚していたの」


「……まあ……そうだよね?」


「でも、その頃お母さんは別の男性と不倫関係にあって、その男性との間に生まれたのが私たち双子なの」


「…そ、そんな…」



「ごめんね。でも信じて…。私を引き取ったのはその男性、つまり今の私のパパ。愛菜は今の家庭に引き取られたの。こうして私たち双子は引き離されたのよ」


「…………」


「知らなかったでしょ?でも本当の話だから……私、お姉さんにずっと会いたかったのよ」


自分が双子?


双子の妹?


引き離された?


そんな話、は一度も聞いたことがなかった。


パパとは血が繋がっていない?


……嘘だ……。


寝耳に水だ。


愛里は、愛菜の目の前で自分が一卵性双生児だと告げた。


愛里の言葉はにわかに信じがたいものだったが、目の前にいる彼女が愛菜とまったく同じ顔をしている。信じるしかなかった。


2人はすぐに打ち解けた。


不思議と、初めて会ったという感じはしなかった。双子だからだろう。


お互いの心が自然に通じ合い、まるで長年一緒にいたかのような安心感がそこにあった。


一緒に台所で夕食を作り、並んで食卓に座りながら語り合った。愛里の存在は、愛菜に新たな幸せをもたらしたように感じた。


これまで知らなかったもう1人の自分――その存在が、愛菜の心にぽっかりと空いていた隙間を埋めてくれたようだった。


「ねえ、ねえ、今日ここに泊まってもいい?一応、ホテルは取ってあるんだけどね」


「今日は金曜日だし、明日は休みだから、もちろんいいよ!」


「私がソファで寝る」と言ったけれど、愛里はそれを聞き入れなかった。


愛菜はベッドを使い、愛里はソファで眠るって話になった。


内心一緒に寝てもいいと思ったくらいだ。双子なのだから…。


その夜、愛菜と愛里はそれぞれの場所で眠りについた。


時刻0時過ぎ。疲れていたこともあり、愛菜はすぐに眠りについたが、夜中に突然、息苦しさで目が覚めた。


何かが愛菜のお腹の上に乗っかっていて、強い力で首を絞められている。


息ができず、もがくように手足を動かした。


恐る恐る目を開けると――愛里だった。


愛里は、ものすごい形相で愛菜の首を締めつけている。


瞳は鋭く光り、まるで別人のように狂気に満ちていた。


「オマエヲコロシテ、ニクタイヲ、ノットル」


声も地獄の底から響いてくる様な、別人のしわがれた声だった。


愛菜は声を出そうとしたが、喉が締め付けられてうまく言葉にならない。


体は力を失いかけていた。


このままでは本当に殺される。


瞬時にそう感じ、必死で反撃する方法を探した。


何か武器になるものはないか?


手が勝手に動き、手探りでベッドサイドテーブルの上に伸びた。


手に触れたのは、アンティークの鏡。


それだ――。


愛菜は渾身の力でつま先と背中に力を入れ、ブリッジの要領で愛里を横に跳ね飛ばすと、その鏡を掴み、渾身の力を振り絞って愛里の頭に振り下ろした。


「バリン!!!!!」


ガツンと鈍い音がして、鏡が粉々に割れ、床に飛び散った。


「ガン!!ガン!!ガン!!ガン!!ガン!!」


その後もひるむ事なく何度も頭に鏡の角の部分で愛里の頭を打ちつけた。


やがて、愛里の力は一気に抜けそのまま後ろに倒れたこんだ。


倒れた愛里は、まるで吸い込まれるようにして、ドレッサーの鏡の中に消えていった。


愛菜は息を呑み、何が起きたのかわからないまま、呆然とベッドの上で立ち尽くしていた。


その瞬間、愛菜は岡本が言っていた事を思い出した。


「このドレッサーは素晴らしい品ですが、ひとつだけ注意があります。“合わせ鏡”は絶対にしないようにしてください」


どうやら、この合わせ鏡が原因で、愛菜はドッペルゲンガーを召喚してしまったらしい。


忠告された時に、もっと気をつけていれば…。


愛菜は激しい後悔に襲われた。


人の話は最後までちゃんと聞いておくべきだったのだ。


本当のところ、ドレッサーが直接の原因なのか、それとも合わせ鏡が引き起こしたのかわからない。


ただ1つ確かなのは、愛里――いや、あのドッペルゲンガーはこの鏡の中に消えていったという事実だ。


もう2度と、あの恐怖を味わいたくない。


愛菜はすぐに、この気味の悪いドレッサーを処分することを決意した。



         * * *



翌日、粗大ごみのセンターに電話をし、ドレッサーは回収してもらうことにした。


重いので友達に手伝ってもらい、シールを貼って、マンションの粗大ゴミ置き場に捨てた。


「愛菜、いいの?こんな立派なドレッサー処分しちゃって…高かったんじゃないの?」


「うん、いいんだ…」


そう言い終わると、ドレッサーを部屋に置いた時の高揚感や、束の間だが、自分に双子の妹がいた記憶などを思い出し、感傷的な気分になった。



         * * *



粗大ゴミ置き場にポツンと置かれたドレッサー。


その向かい側の建物はカーディーラーだった。


ガラス張りのショールームにはくっきりとドレッサーが正面から映っていた。


まるで鏡の様に…。



         * * *



翌日、愛菜は会社に出勤すると仲の良いナミと目が合った。


「おはよう!」


「おはよう愛菜。今朝、また愛菜に似た人いたよ。こっちをみて不気味に笑って去っていったの。マジで怖かった〜」


           完



読み終えると優真君は関心した様な表情を見せたあと、くすくすと笑っていた。


かなり怖いホラーを書いたつもりなのに、どこに笑うツボがあると言うのだろう?


「何が面白いの、優真君?」


「すいません、ツボに入りまして…」


「なんのツボに入ったんだよ!?」


「いや、かなり怖いですよ。そしてよくできている。でも、まるで僕みたいだ、ハハハ」


「僕みたい?えっ?どう言う事?」


「僕も一卵性双生児で、本当に兄とそっくりなんですよ…家族でも見分けがつかないくらいに。あまりに似ているんで学校ではドッペルゲンガーって恐れられていたのです」


「えっ!?そうだったの?」


「双子の兄がいるって事は前にも言いましたよね?」


いや初耳だ。


いや、違う。


おそらく、身体が入れ替わる前におばあちゃんには言ったのだ。


「あ…あああ、そうだったね」


慌てて取り繕う。


「でも、性格は全然違うんですよ」


「えっ?そんな事はあるの?」


「学校のクラスがずっと違った為なのかなぁ。両親は教育の為に2人を同じクラスにしない様に学校に頼んでいた様なんです」


「教育の為って?」


「例えば、同じクラスだと、一緒に行動して、同じ友達と関わってばかりいると同じ様な人間になっちゃうんですよ。同じ遺伝子なんで。あと見分けがつかないので、間違われると、周りも、僕本人も結構ストレスなんです。あと、いちいち比べられるのも嫌ですしね…」


「ああ、なるほど…」


「その結果、接する友達も全然違ったから兄はクラスの活発なグループに属していたんですよ。いわゆる1軍ってやつですかね?僕はずっとおとなしい下位グループですけどね」


「…えっと…?」


優真君は続けた。


「それで、兄は僕と違って口が上手くてモテるんですよ。おかげで、兄は結婚していて、子供もいるのに、大人しい僕は彼女すらいないんですよ…全く同じ遺伝子と肉体を持っているのに、差がつき過ぎて……恥ずかしい話ですけど」


「………………そう…………だったの?………………」


「はい、僕も彼女欲しいですよ。どうしたのですか?そんな顔して?」


ショックで、息が止まりそうだった。


——予約票なんて、破り捨てる必要はなかったのだ。


なんて事をしてしまったのだろう…。


まるで、私が書いたホラー小説に、さらにもうひとつのオチが隠されていたかのようだった。


けれど、不思議なことに、絶望ではなく“希望の光”が胸に広がっていった。


もし、あの予約票さえどうにかなれば——


私は身体を戻して、優真くんと一緒に生きていける。


その未来を想像しただけで、胸の奥が熱くなった。


それほどまでに、私は今、優真くんを愛していた。


なんとかなる!!!!!


どこからともなくエネルギーが湧き上がってくる。


「どうしたんですか?」


優真くんが首を傾げて、心配そうに私を見つめる。


「ねえ、優真くん。彼女欲しいって言ったよね?よく見ている“孫の写真の凛”。今度紹介してあげようか?」


「えっ……? あ、はい!ぜひ!」


「実物は超美人なんだから」


私は静かに微笑んだ。


なぜだかわからない。


けれど——胸の奥で、確かな“予感”が芽生えていた。


あの予約票は、きっとまだ“終わっていない”はずだと。


その根拠は完全に謎だったけど。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ