表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

30/41

ビリビリ 凛目線

こちらに帰ってきてからも、自室でのピアノのレッスンは、穏やかな空気に包まれていた。


優真くんは決まって授業料の代わりに、小さなケーキの箱を手にやって来る。


そして、レッスンの合間に、私たちはそれを紅茶と一緒に楽しむのが習慣になっていた。


優真君は、私の作曲した曲を一生懸命に練習してくれている。その姿を見ているだけでも胸があたたかくなるのに、私がネットで連載を始めた恋愛小説まで、毎回楽しみに読んでくれて、しっかり感想をくれるのだ。


ネットでは読んでくれる人は多少いても、感想をくれる人は誰もいなかったのだ。


最近では、私の写真をよく見ているのも嬉しいポイントだ。シルバーの縁に入れてある、写真を眺めては「お孫さん綺麗だよなぁ」と1人ごとの様につぶやいているのだ。


もう完全に“脈あり”だろう。


身体が戻ったら優真君を“落とす”自信はある。


優真君には孫の凛はしばらく東京に行っていると伝えているが、当然はおばあちゃんと颯太さんの事など言っていない。身体が戻った時の為だ。


私にはもう、これからのプランは決まっていた。


まず、おばあちゃんに正直に気持ちを打ち明け、颯太さんと別れてもらうのだ。


はっきり言ってこれは死ぬほど、辛い作業だけど…。


全財産を差し出すから誰かにやってほしいくらい、と言ったら伝わるだろうか?


おばあちゃんは本気で颯太さんの事が好きで、颯太さんも同じ気持ちだ。


そこに、いきなり「別れてください」などと言ったらどうなるのだろう?


正直想像もつかない。


でも、この前颯太さんの会ってから、恋愛感情のない人とは絶対に一緒になれないと言う、当たり前過ぎる事に気がついたのだ。 



         * * *



そんな矢先に事件は起こった。


私が近所のスーパーで買い物を終えてミニに乗り込んで一息ついていると、優真君が前を通ったのだ。


キャップを目深にかぶった奥さんと3歳くらいのかわいらしい女の子を連れて。


幸せそうな笑みを浮かべながら…。


完全に時間が止まった。


私は盛大に勘違いをしていたのだ。


「彼女はいるの?」


「えっ…彼女なんて…」


あのやり取りは「妻子がいるのに、彼女なんて…」と言う意味だったのだ。


おしゃべりが好きな、おばあちゃんは間違いなく、優真君の妻子持ちだった事は知っていたに違いない。


だから優真君もあえて言わなかったのだ。


ショックで言葉が出なかった。


こうして私が描いていたプランは音を立てて崩れていった。


自室に帰り、気がついたら泣いていた。


これからどうしよう…。


颯太さんとの関係を引き継いでも、上手くいくはずがない事はわかっていた。


なので、いずれにしろ、おばあちゃんと颯太さんを別れさせなきゃいけない。


それが死ぬほど辛い。


その時に———恐ろしい考えが頭をよぎった。


私がこのまま、おばあちゃんのままなら、全てが問題なく進むのではないか?


おばあちゃんは私の身体で、颯太さんとずっと一緒に過ごす事ができる。


結婚して子供を産む事だってできるだろう。


私も今まで通り、優真君にピアノを教えてたり、一緒にケーキを食べたり、小説を書いたり、見せ合ったりを続ける事も可能なのだ。


もし、私がおばあちゃんに「その様にしよう」なんて言ったら反対されるのは目に見えていた。


いつだって私の事を、1番に考えてくれるおばあちゃんなのだから…。


私はおばあちゃんの、箪笥の引き出しを開け、クリアファイルに入っている予約票を手に取った。


気が変わらないうちに思い切ってやってしまおう…。




        ご宿泊予約票


ご宿泊者名 一条絹代様 凛様


ご宿泊日:2025年9月22日(月)~2025年9月23日(火)


ご宿泊施設:星屑のホテル


ジュニアスイート


朝食、夕食プラン


ご注意事項


本予約票は、ご宿泊当日に必ずご提示ください。


本予約票を紛失された場合、予約は無効となります。


尚、本予約をもちまして、お客様の当館でのご宿泊は最終とさせていただきます。


再発行はいたしかねますので、大切に保管してください。


本予約票の譲渡・転売は禁止されております。


チェックインは15時以降、チェックアウトは12時までにお願いいたします。


発行日:2024年9月22日

発行元:星屑のホテル


         


予約票は再発行もできないし、予約も今後2度と出来ないと言う事だ。


眺めていた予約票が、大粒の涙で濡れる。


2人を引き離すのと言う選択肢が辛すぎるから…。


だから、このままでいい…。


許して…おばあちゃん。


そして幸せになってね。


おばあちゃん、颯太さん。


さよなら…そしてありがとう、私の身体。


そう言い終わると私は予約票をビリビリに破り捨てた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ