タワマン 絹代目線
ここは東京・江東区の東雲。
運河沿いに高層ビルが立ち並ぶ湾岸の街だ。
颯太さんの部屋はその中でもひときわ高いタワーマンションの38階の南側の部屋だ。
電動カーテンを開けるたびに息をのむ。
朝の光が窓いっぱいに差し込むと、ガラス越しに見える東京湾が黄金ように輝く。
巨大なゲートブリッジとたくさんの船、羽田空港も近いので多くの飛行機も見る事ができる。
眼下にはまっすぐな片側4車線の首都高速湾岸線、国道357号線、りんかい線が並行して走る。
バルコニーに出ると海からの心地よい風が入ってくる。
風景にびっくりしたが、颯太さんが言うには、ここは全然都心ではないらしい。
オフィスまでも遠く、交通の便も悪く、周りも特に何かがあるわけではないとの事だ。
ただ、颯太さんは栃木の山あいの町の出身なので、この様な海の見える都会の風景に憧れて、ここを借りて住んでいるらしい。
飽きたら何処かに引っ越すのもいいし、ゲームに負けたら、貧乏暮らしに戻るのも悪くはないって、語っていた。
颯太さんは、この眺めに完全に溶け込んでいる。
朝、ネイビーのシャツの袖をまくり、グラスに注いだミネラルウォーターを一口。その仕草さえ、絵になる。
私はキッチンでほうじ茶を入れ、甘納豆と茎ワカメを食べていた。
本当は、コーヒーとチョコレートの方がこの部屋の雰囲気には似合うのだろう。
けれど、私の中身はおばあちゃんなのだ。
無理をして背伸びをするより、落ち着くものを選んでしまう。
颯太さんの隣に立つ以上、少しは“格好つけて”このタワーマンションに馴染まなければいけないのだろう。
けれど、彼はそんなことを全く望んでいない。
むしろ、飾らない私を好んでくれているのだ。
ただ、この暮らしには、どうしても慣れなかった。若い人なら、この高層の景色に心を躍らせるのだろう。
でも私は、見下ろす東京の街のきらめきよりも、地面の土の匂いのほうに安らぎを感じてしまう。
外に出るにもエレベーターを長く待たなければならず、颯太さんが仕事に出かけている間は、凛も、マリーもいない。近所に知り合いもいないこの場所で、私はひとり、静かな孤独に包まれていた。
だからこそ、颯太さんが帰ってくると、思いきり甘えてしまう。その甘えさえも、彼は愛おしそうに受け止めてくれる。そんな日々の中で、私たち2人は確かに“幸せ”だった。
ただ、日中の空白があまりにも長くて、スーパーの惣菜売り場でパートを始めることにした。颯太さんも笑顔で「その方がいい、働いている凛さんが好きなんです」と言ってくれた。
* * *
2か月が経ちタワーマンションにもパートにもだいぶ慣れ、季節も5月の後半になった。
今までの家は古く、毎日掃除はしていたのだが、年寄りの部屋らしくものが多くごちゃごちゃしていた。
でも、颯太さんは生活感を出さないシンプルな生活を心がけていて、全てが整っていた。
家具の配置も、色のトーンも、まるでモデルルームのように無駄がない。テーブルの上に余計なものは置かず、壁にはアートが1枚だけ。
けれど不思議と冷たさはなく、照明の明るさや観葉植物の配置が絶妙で、心地よい静けさに包まれていた。
朝、ガラスのティーカップでほうじ茶を飲みながら、東京湾を行き交う船をぼんやりと眺めていると、「凛」という名前が、まるで本当の自分のようにしっくりくる。
前の家では、凛がいつも私を「おばあちゃん」と呼んでいたから、このの身体でも「私は絹代だ」と実感できた。
けれど、ここではそれが全くない。
颯太さんからは当然のように「凛さん」と呼ばれ、パート先でもなぜか皆が親しげに「凛ちゃん」と呼んでくれる。
その響きが心地よく、身体に馴染んでいくたびに、“おばあちゃん”“絹代さん”と呼ばれていた記憶が、霞のように遠のいていく……。
思えば、絹代としての人生は、あの人や、娘の美香にまで、軽んじられてきたような人生だった。
それに、人生で初めて本気の恋をしている。
あの人とはお見合い結婚で、最初から“好き”という感情はまるでなかった。
そのうち好きになるかも、なんて淡い期待を抱いていたが、結局幻想に終わった。
絹代として生きた何十年もの時間よりも、ここに越してからの“凛としての生活”のほうが、鮮やかに、まるで当然のことのように感じられてしまう。
もしかしたら、引っ越しとともに、心が勝手に“リセットボタン”を押してしまったのかもしれない。
颯太さんと毎日一緒に、このタワーマンションから朝日に照らされた、東京の街を見下ろしていると、私の人生も夜から、朝へと塗り替えられていく様に感じていたのだった。




