クリスマス 絹代目線
目が覚めると、真っ暗で深い静寂に包まれていた。
どうやら自宅ではない様だ。
手元のスイッチを見つけてつけた時「ひぃ」っと小さな悲鳴をあげる。
隣には男性が寝ていたからだ。
しかも、2人とも服は着ていない。
相手は颯太さんだった。
全てを思い出す。
枕元の時計の針は午前4時半をさしている。
幸福と罪悪感が入り混じった複雑な感情。
昨日はクリスマスイブで颯太さんと一緒にディナーを楽しみホテルに泊まったのだ。
非常に高価なプレゼントも貰った。
さすがに職場のグラン・カールトン・夕霧ではない。
近くの高級ホテル、リマン・夕霧だ。
ディナーでワインを飲み部屋に入ると、キスをしてシャワーを浴び、抱き合いそのまま…。
実に半世紀…50年ぶりにの出来事だった。
行為自体は、甘くとろける様な時間だったが、いくら許可を得たとはいえ、孫の凛の身体。
こんな事が許されるのか?
罪悪感で胸がいっぱいになる。
とりあえず、颯太さんを起こしてはいけないので、すぐにライトを消した。
再び闇が空間を支配する。
夜中でも幹線道路から近く、何かしら音が聞こえる自宅と違い、防音と遮光が完璧なこのホテルは、驚くほど静かで、闇が深かった。
ライトをつけた時に見た颯太さんの寝顔を思い出す。
この人…こんなに安心した顔で眠るんだ…。
彼はいつもエネルギーにあふれて、眠れない体質だと聞いていた。
なのに今、私の隣で深く眠っている。
お互い眠りについてから、5時間は経っているだろう。
もしや、私と一緒にいるから?
そんな思いが胸をかすめると、罪悪感と同時に、どうしようもない幸福が押し寄せてきた。
半世紀ぶりに触れ合った身体の温かさ。
女としての自分を呼び覚まされてしまった現実。
男性に愛されると言う事を78年間生きていて初めて知った気がした。
気づけば、瞳から一筋の涙がこぼれ落ちていた。
あの人には全く愛されていないと感じていたから…。
でも、今愛されているのは、正確には私ではない。
凛の身体と私の性格の、いわば融合体の人間なのだ。
颯太さんを騙しているのではないか?
ふと、そんな疑問が浮かんだ。
あと8か月でこの身体を返さなければいけない。
その時、颯太さんは本当に凛を愛してくれるのだろうか。
社交性もなく、口下手で料理の修行もやめてしまった凛を…。
正直、このままでいたい気持ちもある。
今が本当に幸せだから。
でも、それは絶対にしてはいけないこと。
身体は返す――当然のことだ。
この恋にのめり込むと2度と戻れなくなりそうな気がした。
膝も腰も痛く、シワシワのあの身体。
正直、戻りたくはない。
ダメ。そんな事を考えちゃ。
凛、絶対に返すからね———
* * *
そんなことを2時間は考えていただろうか?
ブラインドの隙間の闇が、徐々に紺色に変わっていく。
夜明けが近いのだろう。
その時、颯太さんが目を覚ました。
手元の時計を見ながら、夢見るように呟く。
「…おはようございます…凛さん」
「颯太さん、おはようございます」
「…こんなに眠れたの、何年ぶりだろう?凛さんが横にいるだけで、すごく落ちつきます…」
「…颯太さん…」
「…何か、憑き物が取れた気がします…」
そう言って笑うと再び私を抱き寄せた。
私もそっと背中に手を回し、どちらからともなくキスを交わす。
颯太さんの体温が、再び私を包み込む。
「凛さん、愛してるよ」
「私も…」
「もう1度いいですか?…」
「……はい……」
颯太さんの動きに身をまかせると息が乱れる。
静かに時が流れていき、ブラインドの隙間から差し込む一筋の光が、抱き合う私たちを優しく照らしていた。




